ミネルバ・マクゴナガルにまつわるすべて   作:ぱーりらぱーりら

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1948年 ミネルバとクィディッチ

 

トロフィールームにはホグワーツクィディッチ杯の歴代優勝チームの記録が残されている。

 

 

何の気なしに遡った先に「イゾベル・ロス」の文字があった。それはミネルバの母の名だった。

 

ミネルバの知っている、あの無口で、神経質で、滅多に家から出たがらない母親は──かつてレイブンクローのクィディッチチームのキャプテンだったのだ。

 

 

──あの人は一体どれほどのものを捨ててきたのだろう。

母の隠し事の多さは、それだけ捨てたものが多いことを示していた。

 

運命の奇妙な巡り合わせを感じ、ミネルバはグリフィンドールのクィディッチチームの新メンバー選考会への立候補を決心した。グリフィンドールのチームは昨年レギュラーが3人も引退・卒業し、2年生以上の新しいプレイヤーを募集していた。

 

 

 

決して体格は良くないが、ミネルバの頭の回転の速さとすばしっこさはチェイサーにぴったりだった。

選考会でミネルバは並外れた運動神経を発揮し、グリフィンドールのキャプテンとメンバーをうならせた。

 

しかしミネルバの線の細さでクィディッチの実地試合に出るのはまだ厳しいと判断され、けっきょく合格したのはミネルバと()()()()()飛ぶのが上手い、魔法族生まれの4年生だった。

 

かくしてミネルバはチェイサーの補欠に収まった。順当にいけば来年か再来年にはレギュラーに抜擢されるだろう。

 

しかし、ミネルバは納得いかなかった。

 

 

「ミネルバ! あなたってすっごく箒に乗るのが上手いのね! 私、感心しちゃった!」

 

だからオリヴィアの賛辞にも素直に喜べない。

 

「ありがとう。キャプテンもそう思ってくれたら良かったのにね」

「そう思ったからチームに入れたんじゃないの? 2年生でチームに所属するなんて快挙よ、快挙!」

「そうね……」

 

ミネルバの心には「もっと早く箒に乗っていれば」という悔しさがあった。

 

彼女が初めて箒に乗ったのは去年の9月、飛行術の訓練があったときだった。

一方、合格した4年生のブロンテは魔法界生まれ魔法界育ち。生後3日目には箒に乗っていたと自慢話をするほど箒に慣れ親しんだ生活を送ってきた。

その話が大袈裟だとしても、ブロンテの箒の経験はミネルバよりずっと多い。

 

ミネルバは一年間の少ない飛行訓練で、ブロンテに並んで候補者の中で一番上手い箒乗りになったのだ。

これを才能と呼ばずとしてなんと呼ぶのか。

 

 

ミネルバには箒の能力への自負があったし、これからプロチームのチェイサー並みに上手くなる自信があった。

 

自分ならもっと上手くやるのに。

そんな口惜しさがわだかまっていた。しかし、12歳ながらも、彼女にはそれを口にしないだけの弁えがあった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

今週の土曜、午前10時から。

今週の土曜、午前10時から。

今週の土曜、午前10時から。

 

 

ダンブルドアの手書き文字を何度もなんども反芻する。

 

ちゃんと”10 in the morning(午前10時)”と書いてあっただろうか。”10 at night(午後10時)”の読み間違いではなかっただろうか。

ああ、大丈夫だ。ちゃんと”in the morning(午前)”って書いてある。

 

 

こんな不安と安堵を、ミネルバはここ一週間ほど毎日くりかえしていた。それこそ、オリヴィアがうんざりするほど。

ミネルバは、まるで片思いの相手と初めて待ち合わせをするときのように、気がつけば場所と時間を確認している。

 

ミネルバの興奮を敏感にかぎとったオリヴィアは、親友の恋の話をわくわくしながら催促したが、相手がダンブルドアと知るとすぐに興味をなくしてしまった。

とはいえこの並外れた執着心は恋といっても差し支えないだろう。

 

 

早く行きすぎても、ぴったりでも、遅く行っても悪いだろうと考えたミネルバは、きっかり5分前に変身術の教室に入った。

そこにはすでにダンブルドアがいた。

 

「ぴったり5分前じゃ。いい時計をもっておるのう」

 

ダンブルドアはミネルバの懐中時計をみやった。

学生生活に時間の管理は不可欠だろうと、ミネルバはダイアゴン横丁で魔法使いのための時計を購入した。この懐中時計は魔法で驚くほど正確に動き、寸分の狂いも許さない。

 

「ダンブルドア先生はどのような時計をお使いなんですか?」

 

ミネルバは興味本位でたずねた。

ダンブルドアほどの名高い魔法使いならば、さぞ立派で精巧な時計をもっているに違いない。

そうでなくても、この人のことだ。カッコウ鳥を時計に変身させて使っていてもおかしくない──

 

「君のに負けず劣らずいい時計じゃよ。特別な魔法はかかっておらんが、お気に入りでの」

 

ダンブルドアは手首をまくりあげて腕時計を見せた。

黒っぽい革製のベルトのついたごくごく普通の時計である。

金の時計ばりで、その先端には星がついている。中心の小さな振り子が揺れるたびにきらきら光っていた。

 

ダンブルドアが天文学的なモチーフを好むのだと知ってからというもの、ミネルバは眠くて身が入らなかった「天文学」がにわかに楽しいものに感じたものだった。

 

「さて……本題に入るとしよう。去年、君が動物もどき(アニメーガス)になりたいと言ったとき、わしが必要なあらゆる知識を提供しようと言ったのを覚えているかね?」

 

ミネルバは大きく頷いた。

 

動物もどき(アニメーガス)は非常に高度な変身技術じゃ。並外れた魔法力と忍耐力を要する。しかし、普通の生徒が必ずしも習得できないかと尋ねられると、わしはNOとは言えん。

 

アフリカにある魔法学校ワガドゥは、かつて生徒たち全員が動物もどき(アニメーガス)になれるよう教育を施していた。

 

自然とともに生きる魔女や魔法使いにとって、動物に変身することは生きる手段のひとつだったのじゃ。ほんの数十年前まで、ワガドゥの生徒はほとんどが動物もどき(アニメーガス)じゃった」

 

ミネルバは信じられないという顔をした。

 

20世紀においてイギリス魔法省に()()()登録された動物もどき(アニメーガス)はたったの3人である。

たったの3人! 

動物もどき(アニメーガス)になるに足る変身術の実力と忍耐をかねそなえた魔法使いは、この半世紀でまだ3人しかいない!

 

──そう思っていたのに、ワガドゥでは自分と歳の変わらない少年少女たちが動物もどき(アニメーガス)になっていたなんて。

 

 

()()()とおっしゃいましたね? 今は教えていないのですか?」

 

ダンブルドアは頷いた。そして言葉を続ける。

 

「いかにも。自己変身術はとてつもない危険を伴う。ホグワーツでも5年生以下の生徒に自己変身術を教えることはない。

ワガドゥは国際魔法使い連盟と変身術学会の抗議を受け、今では一定の年齢と基準をクリアした生徒にのみ動物もどき(アニメーガス)の手ほどきをしておる」

 

ダンブルドアは眉間のしわをさらに深くした。

 

「賢明じゃ。()()()()()()()()()という不幸な事故は年々減ってきておる」

 

ミネルバも顔をしかめた。セントバーナードの姿のまま元に戻れなくなる哀れな自分を想像したからだ。

 

「人間から動物への変身は大変危険なことじゃ。動物になれば身体の構造が変わり、五感は変化し、時には精神さえ変容する。文字通り()()()影響するのじゃ。

 

失敗すれば永遠に動物の姿で生きることになるかもしれん。

15世紀のお間抜けな魔法使いディグリーは人生の半分を馬の頭のまま過ごし、食事にたいへん苦労したそうじゃ。

他にも、私が知っているある女性は、血の呪いによって永遠の蛇の姿になってしもうた。身体が完全に動物になってしまえば、もはや救う手立てはない」

 

動物もどき(アニメーガス)の習得者が極端に少ないのは、これが面倒で複雑な魔法であること以上に、”自由に動物に変身できる能力”と”確実に人間として生きること”の二つを天秤にかけ、後者を選ぶ魔法使いが圧倒的に多いからに他ならないからじゃ」

 

そして、動物もどき(アニメーガス)になれたからといって、自分の好きな動物になれるとは限らない。

鳥やネズミ、猫、犬なら問題ないだろうが、獅子の動物もどき(アニメーガス)なんかになってしまったらイギリスではそうそう変身できない。ここはアフリカの広大な大地ではないのだ。

 

「それでも君は動物もどき(アニメーガス)になりたいかね?」

 

ミネルバは即答できなかった。自分でも思うところがあったからだ。

しかし、彼女はダンブルドアの見透かす青い目をしっかりと見返し、一言一言噛み締めるように答えた。

 

「この一年、そのことについて考えてきました。去年、ホグワーツでたくさんのことを学びました。変身術の他にも、呪文学、魔法薬学、天文学──どれも興味深くて、人生をかけて追求する価値がある学問だと感じました。ですが──」

 

ミネルバは深呼吸をして、

 

「やっぱり、私は変身術が一番好きです。動物もどき(アニメーガス)の習得が危険な()()なのは、重々承知です。でも、私は、変身術を極めたいと思っています。動物もどき(アニメーガス)は目標ではなく過程に過ぎませんわ。ダンブルドア先生」

 

ダンブルドアは静かに笑った。

 

「なるほど。君の熱意はよく理解した。君は授業にとても熱心に取り組んでくれるが、変身術を極めたいというのは初耳じゃな」

「ええ。初めて口に出しました」

「口に出すのは良いことじゃ。心に秘めて叶う夢はそう多くない。もう一杯、コーヒーはいかがかの?」

 

ミネルバが頷くと、空になったコーヒーカップに再び並々と黒い液体が現れた。

ミネルバはコーヒーにミルクを注ぎながら尋ねた。魔法をかけられたマドラーが勝手にカップを混ぜていく。

 

「ダンブルドア先生は、なぜ動物もどき(アニメーガス)にならなかったのですか?」

 

ダンブルドアほどの魔法使いであれば、動物もどき(アニメーガス)になるのも容易いだろうに。

 

「ふむ。君がさっき言った通り、危険な趣味だというのが一つ。そしてもう一つが、単に動物に変身する()()()を感じたことがなかったからじゃ」

 

確かに、動物もどき(アニメーガス)になる必要性はほとんどないが……。

自己変身術にとどまらず杖なしで変身できるというのは、ミネルバにとっては、とてつもないロマンだった。

 

「ミネルバ。君には変身術学者になる素晴らしい資質がある上、強い熱意がある。わしが生徒の希望に応じて特別講義を開講しているというのは知っているかの?」

「ええ。最近は『錬金術』の講義をされていらっしゃるとか」

 

懇意にしているレイブンクローの先輩が、ダンブルドアの特別講義に参加していると言っていた。

さすがダンブルドア。変身術だけでなく、錬金術も教えられるなんて。私も受けてみたい。

 

「さすがよく知っておる。特別講義とまではいかんが、週に一度、変身術の個人レッスンの日を設けるのはいかがかの。普段の授業の課題に加えて難しい宿題もこなしてもらうことになるが、どうする?」

「やります! 喜んでやります!」

 

ダンブルドアの、1対1の、個人レッスン!

食い気味に答えたミネルバを、ダンブルドアは手で制した。

 

「君が動物もどき(アニメーガス)になるにたるレベルに達したと判断したとき、わしがその手解きをすることを約束しよう。

 

ミネルバ、君は聡い。知ろうと思えば動物もどき(アニメーガス)になる方法を知ることもできるし、試すこともできるじゃろう。しかし先ほど伝えた通り、自己変身術には大きな危険が伴う。

 

どうか約束してくれ。必ず、わしの指導のもとで、動物もどき(アニメーガス)になることを」

 

「約束いたします。ダンブルドア先生」

 

 

かくして、次の週からダンブルドアの個人レッスンが始まることになり、オリヴィアはミネルバの()()()を毎週のように聞かせられることになるのだった。

 

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