ブルーアーカイブ
控室にクソデカ音量が響く。スマホからブルーアーカイブのタイトルコールが響く。俺と西村Tはお互いの顔なんかじゃなくて手元のスマホに視線を向けていた。
「体操服ユウカやばすぎでしょ……」
「キヴォトスの風紀が乱れすぎてる……」
ガチャガチャ。俺達は無言でガチャを回す。そこに太腿があるから。太腿がそこにあるのなら回すしかない。所詮俺達は哀れな消費者。推しがPUされたらガチャを回す事しかできないソシャゲ中毒者。トレーナーであろうとウマ娘であろうとガチャの呪縛からは逃れられない。
「あ、すり抜け社長」
「100連回しても出ないんだけど。天井コースかこれ??」
メイクデビュー当日、パドックに上がる前の暇な時間。本来であれば緊張を解したり、最後の作戦を確認する貴重な時間なのだろう。だけど俺は暇だった。西村Tも再確認は必要ないだろうなあ、というのが解っていた。
結果、俺達は待ち時間の間にキヴォトスを満喫する事にした。体育祭が始まったから仕方がないね。現代に転生して良かったわ、スマホとソシャゲのない世界に転生なんて絶対したくないわ。
「そういえば聖蹄祭だっけ? そんなのがトレセン学園にあったっけ」
「あるよ。春はファン感謝祭で秋はハロウィン文化祭という感じのが。運動会は……まあ……普段からそういう感じだし」
「ファン感謝祭かあ……クラシック期のウマ娘にでもならないと関係なさそうだなぁ」
「そうだね」
ガチャガチャガチャ。150連すり抜け社長。社長、どうしてそうも出てくるんだ。出番が欲しいのか? 便利屋スピンオフ化おめでとうございます。次話が楽しみだわ。いやあ、やっぱブルアカは神コンテンツだわ。でもガチャはクソ。
結局170連まで回して新キャラはなし。レースの前にガチャの敗北者となる。椅子に座った状態で放心しながら天井を見上げているとこんこん、というノックが室内に響く。
「クリムゾンフィアーさんそろそろパドックの方へ……ってうわっ、大丈夫ですか!? レース前から負けたって顔してますけど!?」
パドック入場を伝える為にやって来たスタッフはガチャで爆死している俺達コンビを見て慄く。俺はへへ、と笑いながらサムズアップをスタッフへと向ける。
「ガチャ……爆死しちまった……」
「賞金で天井すれば良いんじゃないですか?」
スタッフはヒトカスだった。だが正しい事を言うゴミだった。俺はゴミの言う事に頷き、西村Tと視線を交わし合った。同じ意見に至った俺の全身には活力が漲り始めた。
「天井へ……!」
俺達の晄輪大祭を始める為に、俺は立ち上がりパドックへと向かった。
『集まった皆様にご紹介しましょう、4枠4番、本日の1番人気クリムゾンフィアーです』
『今年度のスカウト生です。赤毛がバ体に映えますねぇ。スピカに所属している以上その実力に疑いはないでしょうが、未だに学内でレースを走った姿が目撃されていません。実力は未知数ですがこの仕上がり……期待できますねぇ!』
『担当の西村トレーナーはコンディション調整に関してはトレセン学園でもトップクラスの腕前を持っています。クリムゾンフィアーがスカウト組として実力を示せるか要注目ですね』
パドックに立ち観客を前に体操着姿を晒している。これ、案外恥ずかしいものがあるな……というのを今更感じている。この恥ずかしさを紛らわせるように中指を観客へと向けて突き立ててアピールすれば、驚きの声が返ってくる。
この大衆に向けて挑発する心地よさよ。
『おぉっと、中指を突き立てていますね』
『ヒール路線かもしれませんね。日本では珍しいですが、海外ではそれなりに見ますね』
「プロだなぁ」
ヒール路線という言葉を即座に入れて俺のアクションを合法化する辺り、実況の人たちはこういうのに慣れているのかもしれない。今更ながら自分がテレビで見ていたレースの一つに出る事実に、驚きを感じる。
野良で走れればそれだけで満足だったのに―――思えば遠くへと来たもんだ。
それからパドックでのお披露目を終え、地下のバ道へと入る。コースへと向かう道すがら、地下バ道を他のウマ娘たちと歩くが、どいつもこいつもピリピリしている上に此方に視線を向けてきている。
何も喋りはしないが、警戒していますというサインを全身で出している。
可愛らしいなぁ、というのが率直な意見だ。ストリートの連中はもっとギラついた殺気みたいなのを飛ばしてくるし、併走してくれたスピカの面々は気負いみたいなものを一切見せなかった。そういうこれまでの経験の積み重ねが俺の心の余裕となっている。
それに今、俺の心を満たす想いは一つ。
―――体操ユウカ……あわよくばマリーも天井したい……!
周りからのプレッシャーをガン無視してバ道を抜け―――ターフへと出る。
コースは芝、1600メートル、右回り。トレセン学園が保有するメイクデビュー用のコースだ。府中競馬場と比べれば圧倒的に小さいのはメイクデビューはそう集客を求める様なステージではないからだ。
それでもターフの上に立てば優に数百を超える観客がスタンドに集まっているのが見える。配信サービスを通してネット配信していることを考えれば数千人がこのレースをリアルタイムで鑑賞しているのだろう。
「ここでやらかしたら絶対に楽しいだろうなぁ……」
いや、成程。納得した。これがゴルシ120億事件の真相だ。絶対にやらかしてはならない所でやらかすの、絶対に楽しいだろそりゃ。俺は1人変な視線を向けられるのを無視してうんうんと頷く。
その間にもターフに揃った俺達は少しずつ、用意されたゲートの中へと進んで行く。
ウマソウルの影響か、それとも本能からか。一部のウマ娘はゲートに入るのを少しだけ嫌がる様な姿さえ見せる。だがウマソウルのない俺にそんなものは関係がない。すっとゲートに入り、そのまま収まる。
「ふぅ―――」
軽く息を吐き、集中力を上げて行く。ゲートに入った瞬間からスイッチが切り替わる。雑音は全て消え去り、脳内がクリアになって行く。どれだけ普段が愉快であってもレース前になればそうあるべき状態へと自分の意識がスイッチする。
耳に実況と観客の声が聞こえる―――カット、思考から外す。
そわそわするウマ娘たちの雑音―――カット。
隣から来るウマ娘の視線―――カット。
カット、カット、カット、カット―――コンセントレーション。意識して集中力を高める
姿勢は自然とスタートのフォームを取っている。無言。無音。慣れた世界。意識の全てを走る事にだけ凝縮させ―――ゲートが開く。
出遅れる事無く一気にゲートから飛び出し、先頭に立つ。抜いて前に立とうとする姿を前に進ませ、更に前に出ようとする姿を通す。逃げが2、先行が2、差しが3。俺を含めて8人のウマ娘が位置取り争いを始める。
その中で最初からプランしていた通り4番手に収まる。中央から前から後ろも知覚できる距離を自分の位置取りとして認識する。
「ふぅ―――」
最初の直線を抜けてコーナーへ。コーナーに合わせて内ラチに寄せていたウマ娘たちの体が僅かに内ラチから外れるように浮かぶ。それに逆らう様に速度を維持したまま内ラチに張り付く。1ミリも体を内ラチの横からブレさせずに内ラチから離れた逃げの姿を視界にとらえる。
「っ……!」
後ろを確認しようとした逃げと視線が合う。その瞬間に威圧を込めて睨めば、逃げの脚が揺らぐ。それで即座に速度が落ちる事がないのは流石トレセン学園の生徒というべきだろうが、最終直線で垂れさせる仕込みは終えた。
そうしている間にも背後から追ってくる差し共を軽く体を動かす事で牽制し、取ろうとするコースが潰れる事を意識させる。前を走る先行を利用してスリップストリームを形成して体力を温存する―――良し、レースがプラン通り進んでいる。
こいつらにスピカ程のレース能力はない。ぶっちぎれる。
「この、離れろ……!」
雑音が聞こえる。スリップストリームを外そうと体を無理矢理外側に外し、前に出ようとする。スタミナを自分から削ってありがとう、と息を吐いて次のウマ娘を風よけ代わりにする。前に行ったウマ娘が最終コーナー以降で垂れてくるのを脳内で計算に入れつつ、向こう正面から最終コーナーに入り始める。
レースの展開が早い? いいや、1600メートルが短いだけだ。中距離2400でもなければレースはあっという間に進む。最終直線に入る為の準備に入り始める。
走法をストライドからピッチへ。
「……ちっ」
思ったほどスムーズに切り替えられない。ここは要練習だ、ディープインパクトであれば何の躊躇もなく切り替えられただろう。最低限同じことが出来なければ勝負にはならない。それを意識し、自分に対する怒りを燃料に最終コーナーで火をつける。
最終直線に向けてウマ娘たちが加速し始める。だが加速すれば加速するだけ内側から体が離れ始める。それに合わせ内側から一気に捲り始める。外側へとよれた姿を横に一気に前へと上がって行く。速度が落ち始める逃げと先ほどの先行が垂れてきて上がろうとする他の姿を邪魔する。
その姿を全て置き去りにし領域を形成する。
「さあ、覚えろ。覚えて帰れ。俺という存在を。嫌でも忘れさせはしないぞ、ステージ全て飲み込んでやる俺の庭で―――」
彼岸花が咲き乱れる。領域が一瞬で空間を飲み込んで形成される。緑色だったターフは彼岸花が咲き乱れる深紅に染まる。空は月光の色を濃く彩る夜空に、そしてその全てを焼き払う様に火の粉が舞う。
踏み出す度に脚が彼岸花を踏みつけて花びらが舞う。
蝶の様に舞い上がりひらひらと空を漂う。濃密な死の気配とイメージが心を蝕み、そして俺の背中を追う。
だが届かない―――そう、届きやしない。
転生した俺には、死すら追いつけない。
死ですら、俺を止める事は出来なかった!!
領域でターフを飲み込み、全てを置き去りに。誰も並ぶ事無く一直線に最終直線を抜けてゴールを抜ける。赤い花びらと蝶を回しながらゴールの向こう側、徐々に速度を落とし集中力が霧散する。
漸く聞こえてくる爆発する様な歓声と実況の声に、中指を突き立てて応える。
「ユウカ天井確定」
クリムゾンフィアー
この後めでたく2天井して揃えた
西村T
同じく2天井した
解説
1天上で両方揃えた
実況
10連でツモった