ケンタッキー州チャーチルダウンズ競バ場に到着した俺は既に待機していたスタッフや護衛の方々に迎えられた。一度テロに遭った事がある為、アメリカとしても絶対に二度目はやらせないという意志からか、交通規制まで敷いて対応してくれている。
そんな到着した俺の耳に、少し離れた所からアメリカの国歌が迎えるように聞こえてくる。
「なんか朝から歌ってるのが聞こえるんだけど……アメリカの競バってそういう文化でもあるの?」
「いや、アレは俺がアメリカ出身バだと思い込んでる精神異常者の集団。ステイツの誇りを胸に今日は最高の走りを見せてくれ! って意志を込めた歌だよ」
「ヤバ」
ヘリオスが普通に草を枯らすレベルの精神異常者がファンとして連なっている国……それがアメリカだ。連中は脳味噌が強火で焼かれている。正直ここまで焼けてしまうとは思いもしなかった。まあ、実害はないし別に良いんだが。
「それじゃ、私達は客席の方へ回るから」
「ターボが教えたんだから頑張るんだぞ!」
「応援してるよフィアー。君なら絶対に勝てるって」
「世界を相手に爆逃げでかましちょれ! うぇーい!」
「うぇーい」
ヘリオスとハイタッチをキメ、ターボを無駄に胴上げして、パーマーとスズカに感謝を告げると、カブラヤオーがおずおずと前に出てくる。
「あ、あああ、あの、あのあのあの」
「はい」
「そ、その、私みたいなウマが何を言ってるのかと思ったりしちゃったりするかもしれないですけど。そ、その……に、逃げる事は決して悪い事じゃないんです」
あの、その、と言葉を区切りながら挙動不審になる姿はどことなくディーを思い出す。いや、でもヤオーは年上なんだよなあ……良くこれまでこれでレース走れてきたなあ、とは思う。でも実際の所、カブラヤオーは日本国内でも有数の名バだ。彼女は決して小心者のウマ娘なだけではないのだ。
「し、信じてあげてください。フィアーさんの……走りに信仰を持つという考え、決して間違いじゃないと思いますちにゃぁ」
「あ、限界迎えた」
「バケツに入れて持っていきましょ」
ついに会話の限界に達したヤオーが溶けた。その姿を持ってきたバケツの中にせっせとスズカが回収し、手を振ってから客席の方へと向かった。残された俺と西村はしばらく去って行く友人たちの姿を眺めてから、控室へと向かう事にした。
流石に警備はしっかりとしたもので、所々銃を持った軍人が警備に当たっているのが見える。ちょっと手を振ってみると笑顔で小さく手を振り返してくる。その軍人が同僚から軽く肘で小突かれているのを見るのはちょっと面白い。
「Ms.Crimson、此方が控室になります」
「サンキュサンキュ」
スタッフに案内されて控室に入り、既に勝負服が届けられているのを確認してからリラックスする為に用意された椅子に座り込む。部屋に到着次第、西村はタブレットを取り出して作業に取り掛かる。アレには今日出場する選手やバ場の状態、天候などレースに必要な情報が全て揃っている。
まあ、今年のBCクラシックにはInvasorが出るし、本当はそっちが主役だったんだろうなあ……とは思わんくもない。だがその話題性も赤毛対決によって埋もれてしまった。申し訳なさはどうなんだろうなあ。正直、あんまり他所を気にしている余裕はない。
今日走る俺も、Invasorも、Afleet Alexも、ドバイWC以来の集まりだがそれよりもヤバイラスボスが出走している事実が脳内を占めている。レベル60ぐらいの集団にレベル99が参戦しているみたいな感じだ、これ。
―――あー、うん。皆と別れた途端に口数が少なくなっている辺り、俺も割と緊張してるなこれ。
「ふぅー……どうしたもんかなぁ」
「はは、流石のフィアーも今回ばかりは参ってるかな」
「そりゃ、そうさ。レース前に勝ち筋を見据えてそこにハメるのが俺の走りなのに、今回ばかりはルートが見えないんだから困ったもんだよ」
クリムゾンフィアーというウマ娘は勝敗をレースの前に決めるものだ。レースをプランニングし、それに合わせて勝利する。そういう走りを今までしてきて、成功してきた。それを可能にしてきたのは数々の武器を切り替える器用さがあるからだ。
一部のウマ評論家はそれをパーフェクトオールラウンダーと評価する。このウマ娘に苦手な脚質はなく、どんなレース運びも出来るウマ娘だと。俺もそれを認めよう。そこそこ練習さえすれば大体なんでもできるだろう。短距離だけは勘弁してほしいが。短距離だけは無理だ。ムリなもんはムリ!
「勝率は高く見積もっても2割ぐらいなんだよね。領域封じられて走るとなると後はもうどれだけ加速して速度を出せるか、って戦いだから」
「そうだね、そうなったら君とSecretariatでスタミナの消耗合戦だ。どっちが先に力尽きるかという戦いになってしまう。そしてスタミナに関してはSecretariatは底なしだって現役時代に証明している」
そう、そこだ。領域抜きでの戦いとなるともはや純粋なスペックの勝負になってしまう。そしてそれで勝てるかどうかは解らない。だが現役の御大と今の俺を比べた場合、純粋なスペックにおいては完敗しているとしか評価できない。
俺のスペックの足りなさは領域で補っているのだから、それが使えないとなると純粋な能力が足りない状態で戦う事になる。
だから、Secretariatとの戦いにおいて祈るべき点は一点のみ。
「―――
俺の言葉に西村が頷いた。
「あの人は現役引退後もずっと体を維持してきた。だけど引退したのはもう何十年も前の話だ。73年に引退して既に本格化も終わりを迎えた。本格化の終わったウマ娘は緩やかにその能力が下降して行く……少なくとも20年もすれば普通のヒトと変わらないぐらいまでスペックは落ちてる筈なんだ」
「でも去年俺とガンガン併走して勝ってたんだよね」
「本当にウマなのかなあ……エンジン積んでないかなあ、あの体……」
西村の言葉に腕を組んで頷く。もう既にヒトと同じレベルまでスペックが落ちててもおかしくない筈なのに、衰える様子の一切ない怪バにはもう、恐怖しかない。敵対して初めて解る、チートという言葉はああいうのにこそふさわしい。まだ勝ち筋がある分俺の方が可愛い。
当時のウマ娘の絶望感ヤバそうだなぁ。全員レイプ目で先に走る姿を見てそう。今からそれに俺らが加わるんやで。
この場に至って、俺も西村もあの伝説の赤毛に対する明確な勝ち筋と言えるものを見いだせていなかった。あるとすれば神頼み。あの赤毛が現役のころよりも衰えていますように……と祈る事だ。もし勝てるラインがあるとすればそこしかないだろう。
レースは既に見えている。俺達が走るのは全力の大逃げ、それもツインターボスタイルの破滅逃げだ。最初から最後までトップスピードを維持して走り続ける。スタミナの事はこの際無視して走り続ける。その上で追いつけない距離を稼いでゴールする。
これ以外、手段がない。御大がかかれば……かかっても……かかっても平然としてそうなイメージしかないなぁ。やっぱスタミナ削れないよなあ。
「御大の卑怯な所って古バだから経験豊富で単純なトリックや焦りが通じない事だよなぁ。単純に経験の総量が違うから此方の読みを回避してくるところが嫌らしい」
「君の倍近く生きてるからね。やっぱり勝てるラインはスタミナの勝負に持ち込む事だけだと思う。彼女が衰えてる事を祈って肺と脚の潰し合いだね」
「やっぱそうなるかぁ」
あー、嫌だ嫌だ。なんでこんなレースになってしまったのだろうか。これも全部大統領って奴が悪いんだろう。まあ、Goサイン出した大統領が邪悪なのはまず間違いがないのだろうが……それはそれとして、越えられるか解らない壁が目の前に立ちはだかるという状況は、燃える。
悲しいけどこれ、本能なのよね。自分より強い奴に食らいつきたいという。
こういう本能を刺激する様なレースがあるから走るのは止められない。
「神頼みかぁ……やだなぁ」
「君は前々から祈る事を嫌っているよね」
「そーだね。神様に力を借りたらそりゃあ俺の力じゃなくて、神様の力で勝ったって事になる……って考えちゃうんだよね。まあ、他の人はどう思うか解らないけど。己の才覚のみで戦いたいんだよね」
めんどくせぇウマ娘だよこいつ。自覚はあるけど、これで勝てるんだ。だったらこれで良いんだわ。俺は、何も間違っちゃいない。負けない限りはこの傲慢さを貫いて生きていくつもりだ。
「……」
「……」
しばし、2人で無言の時間を過ごしてから両手を祈りのポーズで揃える。
「衰えてろ衰えてろ衰えてろ……!」
「スタミナが切れますようにスタミナが切れますようにスタミナが切れますように―――!!」
悪ぃ、やっぱ祈るわ!
クリムゾンフィアー
弱低下してる事を祈る以外出来る事がない
この話でついに100話めです。最近寒くて更新速度が落ちてますが、エンディングはもう目前まで迫ってるので後少しだけお付き合いください。