転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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87話 BCクラシック Ⅱ

 パドックに上がって見る御大のバ体はやはり素晴らしいものだった。年を感じさせないほどの輝き、ハリで満ちている。チャーチルダウンズ競バ場が熱気に包まれているのも当然の事だ。これが、今からダートを走るのだ。その事実に興奮しない奴なんていないだろう。

 

 弱体……弱体化……して、してる……? してないかなあ、アレ。してなさそうだなぁ……。

 

 うーん、クソゲー。

 

 チャーチルダウンズに溢れる歓声を浴びながらも脳味噌は冷静にどうやって勝利するかを未だに考えていた。逆に言えばそこまで自分を追い詰めて考え続ける必要の相手でもある。本来であれば静かに牽制しているこのパドックも、今は誰もが一人のウマ娘を観察していた。

 

「よ、Crimson。リベンジのつもりだったんだがそんな余裕もなくなっちまったな」

 

「せやな……」

 

 横に並んでAlexと肩を並べてSecretariatを見る。なんかもう……オーラが違う。ステージの主役とかそういう領域のオーラを纏ってる。腕を組んだ状態でじぃっ、と弱点ねぇかなぁ、アレ……という感じで眺めているが、一向に弱みが見えてこない。参ったなぁ、ちょっと勝てないかも。

 

「対策練られた?」

 

「大逃げ以外あるか?」

 

「だ~よ~なぁ~」

 

 Alexと並んで溜息を吐く。スキルツリー的にありったけのデバフスキルを詰め込んでいるのだろう、俺もこいつも。やれる事はそれを全部戻って来た伝説に叩き込んで逃げ続ける、それだけだ。恐らくそれだけが勝ち筋だとこの場にいるウマ娘全員が把握している。Invasorも何時の間にか横に並んで頷いている。

 

「ウマ型ランニングマシーンをレースに出すのはレギュレーション違反だろ」

 

「同意だね。いい加減生物とロボットの区別をURAは付けるべきだよ。ランニングマシーンをレースに出して幸せになる奴なんていないんだからな。まだ勝ち筋が見えるラインは可愛いけど、勝ち筋の見えない相手は何も可愛くないんだ」

 

「超言えてる」

 

 AlexとInvasorと手を叩き合う。俺達は間違いなくライバルで、ここでも鎬を削り合う仲だが―――まあ、チーミングしてるって言われてもしょうがない状況だった。魔王が勇者の村に突撃してくるのは反則だろう。

 

 だけど、まあ、結局の所このレースはどれだけSecretariatを抑え込めるかによって決すると言っても良いだろう。俺達の勝ち筋はそこだけだ。あのウマ娘のスタミナを削り切って本領を発揮させない、加速させない。完全に走法を許してしまえばその時点でデッドエンドだろう。

 

 見た事はないがEclipseの領域というのが厄介だ。継承している時点で本家よりは弱いのだろうが、それでも領域メタと呼ばれる能力は突き刺さりまくる。

 

 領域はレースにおける変数だ。その変数を封じるという事は意外性も、予想外も発生しなくなるという事だ。それはつまり、強い奴が順当に勝利するだけのレースになるという事だ。ここに至り、俺はあの姿にまだビビっているらしい。情けない、これからレースだというのに何時までビビってるのだろうか。

 

「ふぅ……挨拶してくっか」

 

「骨は拾うぜ」

 

「心を折られるなよ」

 

「ひでぇ」

 

 手をひらひらと振りながら御大の方へと向かって進む。これまで他人と関わる事なく堂々とした姿を見せていた御大は俺が近づくのに気づいて、にやりと笑みを浮かべた……これでも俺よりも遥かに年上のくせして、いまだに二十代にしか見えない程若々しいのはどんな魔法を使ってるのやら。

 

「Fear、待っていたぞ。何時挨拶してくれるのかと思ってずっと寂しい思いをしていたんだ。ハグの一つでもしてくれないのか?」

 

「御大、アンタもうそういう年齢でもないだろ……少しは自重してくれよ……」

 

「自重? 自重とはなんだ? お前が言う様な言葉ではないだろう、私の後継者。お前という存在そのものが三女神の自重のしなさの象徴みたいなものだろう」

 

「ぐう正論」

 

 言い返す事が出来ない。曖昧に笑って頬を掻くと、しかし御大は楽しそうに笑い声を零した。

 

「Fear、私は純粋に嬉しく楽しいんだ。解るか? 私の魂は―――Secretariatは蹄葉炎で死去した。なんて情けない結末だ。その運命が回避され、こうして生き残った今……私は、私達の魂はそれでもレースで散る事を望んでいるんだ」

 

 語る御大の視線は今、この場ではなくその向こう側を見ている。時折、女神と近しい存在や或いはオカルトに触れるウマ娘がその魂がどこから来ているのかを気づく。その中でも、Secretariatは特別理解に近い。或いは完全な理解に至っているのかもしれない。

 

「Fear、一目見た時から解っていたよ。お前は私達のレールに縛られた魂を唯一解放できるウマ娘だって、或いは―――」

 

「御大、それ以上は駄目だ。俺が走る理由も、生きる意味も、生まれてきた事実も。女神でもアンタでもなく、俺自身が決める事だよ」

 

 ウマ娘。

 

 そう、ウマ娘は根本的な部分で不自由だ。

 

 人間よりも強く、美しく、神に愛されていて……それでいて不思議な存在だ。人間とほぼ同じ姿形をしているのにその力は軽く人を凌駕する。その中には御大みたいにピークを過ぎても未だに伝説を終えられない奴だって存在している。

 

 彼女達は縛られているのだ。前世、或いは魂に、ウマ娘という形に。本来彼女達の運命はもっと自由であるべきなのだ。自由に走って、決めて、そしてそういう風に生きるべきなのだろう。だが知らず知らずその運命をなぞって生きている。

 

 Secretariatの視線が俺の背後、Afleet Alexに向けられる―――そこには憧れの様な視線があった。運命を越えて、定められた道を外れて自由に走る姿はきっと、このアメリカにいるどのウマ娘よりも彼女には特別に見えるだろう。もしくは、それがこの人の目指したい場所だったのかもしれない。

 

 だからこうやって、あらゆるムリと無茶を通して彼女はレース場に戻って来た。

 

 熱気は異様だ。誰も彼女がここに立つ事に違和感を覚えない。ルール違反、掟破り、常識外……そんな事を気にする人間はどこにもいなかった。或いはそれこそ、三女神の手による応援なのかもしれない。俺はあんまり連中と関わらんから適当なイメージだが。

 

 いい迷惑だ。

 

 だけど同時に、これが俺の仕事だとも思う。

 

「ならしっかりと墓に埋めてやるのが俺の仕事かぁ」

 

 俺の言葉に御大が笑って肩を揺らす。

 

「しっかりと息の根を止めてくれないと這い出てくるから―――しっかりと、もう二度と走れなくなる程私を念入りに殺してくれよ、Fear。彼岸から這い出た私の可愛い後継者。しっかりと、きっちりと私を殺してくれ。じゃないといつまでも死ねないからな」

 

 語り合うべき内容は終わった。背を向け、離れる。軽く距離を開けた所で溜息を吐く。

 

「どいつもこいつも感情が重すぎるだろ」

 

 アヤベさん! その布団火炎放射器で湿度の奴を滅ぼしてくださいよ! 無理? 無理かぁ、そっかぁー。アヤベさんが割と湿度高いタイプだしなぁ。他人の湿度にキレる前に自分の湿度に関してどうにかしろよ。

 

「まあ、でも、解ったよ」

 

 手は抜けない。本気は出す。全力も出す。元々勝つつもりだったし、手を抜く予定なんてなかった。使える自分の全てを使って打ち倒すつもりなのはそうだった―――だけどそれでは甘いのだろう、多分。必要なのは……そう、全てを燃やし尽くす覚悟。

 

 伝説の後に伝説と呼ばれる程に鮮烈な赤を見せつける事を。

 

 二度と墓場から這い上がろうとする気さえ起こさない程の決定的な敗北を。

 

「やるか、伝説殺し」

 

 柔軟する様に軽く体を動かし背筋を伸ばす。

 

 土壇場だが、プランは決めた。今決まった。俺がやるべき事は一つ。

 

 真っ向から、恐怖を刻む事だ。




クリムゾンフィアー
 本当はドロップキックキメてキレたい

Afleet Alex
 本当はメガトンパンチキメてキレたい

Invasor
 本当はバックドロップキメてキレたい
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