ジャパンカップ。
かつては海外バが勝利した事もあったが、近年ではすっかり日本バばかりが勝っている。日本側からすれば勝って当然のホームグラウンドでの戦いであり、世界で戦うウマ娘を相手にイキれる数少ない機会だ。
だがガラパゴス環境だと言われてきた日本で走る事の意味は海外バにとっては小さい。世界的なGⅠレースは日本国内だと天皇賞・秋がトップに来るだろうが、別段そっちを走らなくても洋芝には凱旋門賞がある。
名誉が欲しく、世界で走るという意味であればフランスやイギリスで走った方が大きな意味があるのだ。だからこれまで遠征してきたウマ娘達はどちらかというと招待されてやって来たという意味合いが大きい。
勝つには日本の芝に慣れなきゃならないし、日本の芝に適応した所で同じように走れる環境は海外にはない。だったら日本で走る意味ってあるのか? 別に走らなくて良くね? そこまでして走るだけの価値ってないだろう?
それがこれまでのウマ娘にあった考え方だ。近年は海外のレース出場回数も増えて割とオープンになって来た日本の環境だが、それでも海外とは切り離されていると言えただろう。
だがその環境が激変する事態が起きる。
そう、俺、クリムゾンフィアーが3大グランプリを制覇した事だ。
ウマ娘のアイコン―――つまり象徴となった俺は日本出身、ラストランになるかもしれないレースは有マ記念。ホームグラウンドで走るという話をすれば嫌でも注目は上がる。俺の出身というだけで誰もが憧れる。
有名人が食べた名店! とテレビで紹介されたら誰だって一度は試したくなる。
俺が走る国、という話をすれば夢を持つウマ娘はその足跡を追いかけようとする。
シンボリルドルフが無敗三冠を達成した背中にトウカイテイオーが憧れたように。
俺が制覇した三大グランプリから故郷で走ろうとする姿に世界が憧れを抱いて、追いかけて来る。それは当然の事であり、俺が世界的に最強だと評価されているから起きる事でもある。だから今年のジャパンカップは違った。
海外バの出走枠限度まで海外からのウマ娘が参加を表明し、抽選も行った。その抽選でさえかなりの高倍率だった。それほどまでにジャパンカップの出走枠が激戦と言われる程に人気だった。これまでの日本の競バとしての地位、人気を考えると恐ろしい程の変化である。
そんな事で。
ディープインパクトは日本の英雄として迎え撃つ事を期待され、その期待通りに見事打ち勝った。
「くーちゃんは、私とデートするべき」
「遠出は出来ないから近場になるけど良いよな?」
「ん」
そんな訳でジャパンカップを圧勝した日本の英雄はデートをご所望だった。最近ますますぐいぐい来るようになった変化を面白いと見るか、それとも成長したとみるべきか。なんだかんだで俺達がここに入学してから3年目になるのだ、3年分歳を取ったと考えるとそれなりに大人になったのだろう。
という訳でデートだから外出するという外出届を寮長に提出。お泊りは駄目だよというお小言を念入りに貰う。まあ、立場上そう言われるのもしゃーないとは思っているのでちゃんと夜には帰ってくると約束してディーと2人で出かける。
赤毛は目立ちに目立ちまくるのでもはや隠す事は諦めている。
というかトレセン学園周辺地域はかなり警備とかの目が入っているので簡単にメディアが突撃してくる事が出来なくなってる――まあ、ここら辺は俺でもなくトレセン学園の生徒が買い物だったりなんだりで良く出歩くエリアなのでしっかり警備されていないと困るのだが。
そういう訳で、近場であれば割と普通に安全に外出が出来たりするのだ。
特に今、色々とVIPが通っている中央のトレセン学園のセキュリティが凄い。だからこうやって俺とディーが2人で出かけた所で大きな問題が起きる訳でもない。
俺は何時も通りのジーパンに《最強赤毛》と書かれたクソダサTにジャケットという格好、ディーは全体的に暗めの色のスカートにブラウスというお嬢様らしい恰好で街の方に出る。
別段、外に出た所でプランがあるという訳でもない。だからぶらぶらと2人で商店街の方へと向かった。
まずは本屋さんに向かって本を漁ってみて、ちょっとBLモノを手に取ってみたり……まあ、どっちも適性がなかったので買う事はなかった。それからコミックの新刊をちょっと買ってみたり。
商店街ではバイトしているアイネスフウジンを見つけた。おやつはまだだったし呼びこまれたらしょうがない、と熱意に負けて早めのおやつにしてみたり。
公園に向かうとちびっこ達がかけっこしている姿が見られる。トレセン学園が近い事もあってちびっ子たちは割と本気で走る事を勉強してたり、勝負している。それを遠巻きにディーと眺めていると何時の間にかちびっこの集団に巻き込まれ、真ん中に引っ張り出されている。
サインが欲しい、走り方教えて、領域よこせとかいろいろと言ってくるちびっこどもを苦笑交じりにディーと一緒に遊んであしらい、そこそこ堪能した所で通りすがりのライスシャワーをスケープゴートに脱出する。
ちょっと疲れたなあ、とか考えながら落ち着ける場所を探そうと思うとオペラオー、ドトウ、トプロ、アヤベの集団とエンカウントする。相変わらず騒がしいオペラオーに引っ張られる形で商店街を歩いている連中はどうやら新しい枕を買いに出かけるらしい。
ふわふわソムリエのアヤベがいるのだからまあ、枕選びに失敗する事もないだろう。なんて思っていると、小走りで合流してきたカレンチャンがグループに加わった。カレンチャンのウマスタ用に軽くポーズ取ってツーショットを撮って別れる。
なんか騒がしいなあ、と店の中を覗き込んでみるとオグリと商店街の飲食店の人たちが集まって大食い勝負をしていた。大食い勝負といっても限界まで料理を作って提供する店側と、それを限界まで食べ続けるオグリとの勝負だ。また妙な事をしているなあ、と笑っているとクリークがガラガラを手に出現した。
近くにいたタマを生贄に逃げる。
今日はオフが重なるのか、割と皆外に出ているらしい。そう思うとウマ娘の世界も決してトレセン学園の敷地内で終わるもんじゃないんだと思わせられる。
そうやってちょっと外で遊んでいる学友たちの姿を見たりして。
1日の時間は徐々に過ぎ去って行く。楽しく歩いて、食べて、遊んで、それで日が暮れ始める頃には階段を上がった先の神社にまで来ていた。
境内にあるベンチに二人並んで腰を下ろしながら、夕日に沈んで行く街の様子を一望する。しばらく無言のまま、2人で並んで夕日色の街を眺める。
「俺さ」
「うん」
「別段夢なんてなかったんだよな」
最初に凱旋門を目指したのは、それが最も解りやすい指針で目標だったからだ。才能はあるし、能力もある。だから努力すれば決して非現実的ではないラインだと思った。事実、俺は凱旋門を砕いた。日本出身のウマ娘で唯一無二を成してきた。
「生きる指針が欲しかったんだよなぁ。どうすれば良いのか、どうしたらよかったのか。そういうのが解らなくてとりあえず……って形でさ」
「うん」
「でも、気づけば凱旋門を目指すって生き方そのものが俺の夢になってたんだ。凱旋門を目指すってのは、そういう生き方を目指すっていう俺の夢そのものだったんだ」
難しいなぁ。もっと解りやすく言うならどう言えば良いのだろうか。
「ううん、言いたい事は解るよ。私も夢はなかったから」
ディーは小さく息を吐く。寒くなって来たこの季節、息は白く染まり、マフラーや手袋が徐々に愛用されるようになってきた。それでも手袋を付けないのは、手と手で触れる体温を感じる為……だったりして。
「走ってた、義務として。それがディープインパクトに与えられた使命だったから。そして、この魂が求めるものだったから。だけどね、私ね、くーちゃんと何度も走っていて解ったよ。走る事に夢は見れるんだ、って。行こうと思えばどこにでも行けるんだって」
きゅ、と胸を押さえる。
「くーちゃんだけじゃない、よ。リギルの皆も、寮の皆も、沢山話して仲良くなったよ。色んな夢があって、それを踏み越えて走ってる。何も夢を持っていない様に見えて……私は、走る度に新しい夢を背負ってターフの上を、走ってたんだ」
夢を駆ける。
それは決して俺達だけの夢じゃない。走ると選んだ以上、何千、何万という人の夢をこの背に乗せて走っているのだ。最初は解らなかったその重み、今ではしっかりと感じられる。俺達の一歩先の所に夢があるのだ。
3年間。長かった、本当に。
それでも色々とあったこの3年間で漸く大人への一歩を踏み出せたような気もする。見えるものが増えて、感じられるものが増えて、そして今も夢を駆ける。
「くーちゃん、私ね。有マが終わったら一度実家に戻ろうと思うの」
「ノーザン本家に?」
「うん。怯えたり怯えさせたりで、ちゃんと話したことがなかった。だからちゃんと正面から向き合って話し合おうと思うの」
「そっか……そりゃあいいな」
何時までも子供のままではいられない。俺達は駆ける度に大人に近づいて行く。少しずつ、ラストランへと向かってその脚を進めているんだ。その運命からは絶対に逃れられない。だから全てのフィナーレへと向けて、全力を尽くして走る。
それが、俺達のやりたい事なんだろう。
日が暮れて行く。
年もまた暮れて行く。
日本の誰もが待ち望むレースがやってくる。その1年の総決算、観客が選ぶその年の代表の戦い。
有マ記念。
3年間を締めくくるレースが、近づいてきた。
クリムゾンフィアー
週2~3ぐらいのペースでデートしてる
ディープインパクト
向き合う勇気と受け入れる勇気を手に入れた
オグリキャップ
敗北が知りたい