―――バレンタインが終われば2月も過ぎ去って行く。
3月に入れば4月の皐月賞はもう目前まで来ている。
流石にこの時期になればクラシックシリーズに参戦するウマ娘達が全体的にピリピリとしだす。皐月賞、ダービー、菊花賞……これらのレースは人生で一度しか出走する事の出来ない、俺達ウマ娘にとっては大事なレースになるのだから。
クラシックシリーズを走る事が出来るウマ娘達は、たとえ誰が相手だろうが出走を選ぶ。たった1度の勝利、GⅠの中でも特別とされるクラシックの冠を求めて。だからこの時期になれば最終調整と出走に向けた追い込みが始まる。
無論、俺もそれに関しては例外ではない。
全力でトレセン学園のターフを走る。スパートに入る為に歯を食いしばれば後方からシービーの姿が上がってくる。スピカ所属で唯一出走済みの追込み脚質のウマ娘。対ディープインパクトを想定するのであれば、最も適した併走相手だろう。
何せ、ミスターシービーというウマ娘はクラシック三冠を達成した追込み脚質のウマ娘だ。現時点で彼女の能力は全てにおいてディープインパクトを上回っている。絶対に勝てない相手だ、だからこそ自分の全力をぶつける事が出来る。
―――コーナーからシービーの姿が上がってくる。
シービーが抜きにかかってくる。内ラチに沿うように走る姿は最小限のスタミナ消費で抜きにかかる事を理解させられる。それに合わせて温存していたデバフを叩き込む。足音、体の動かし方、そして視線。プレッシャーを与えるようにシービーの姿に叩きつける。
だがどこ吹く風で、デバフを受けた所で平然とした表情で上がってくる。抜かれる―――そう判断した瞬間には領域を発動させる。
ステップ1、超集中状態に自分を落とす。ゲート内で構築するコンセントレーションのように雑音を排する程の超集中状態を作り上げる。
ステップ2、闘争心、願望、願い、想い、それを自覚する。最強である自分をイメージする。レースに懸ける自分を理解する。
ステップ3、それを外側へと放つ。
踏み込むターフが
「へぇ」
面白そうに笑みを歪ませるシービーも一瞬で集中状態を構築する。一瞬でゾーンを構築したシービーもまた領域に対して領域をカウンターで放つ。凍り始めるターフに対して、豪雨と暴風のイメージが拮抗する。
肌で感じられるほどのリアリティ、実際に濡れている様にさえ感じる程の深度。シービーが構築する領域は、彼女が好む―――楽しむ為のレース状況を構築する為のものだ。まさしく彼女を後押しする為の領域。それが俺の2番目の領域とぶつかり合い、拮抗する。
全てにおいて俺を上回ると断言出来るシービー、だが領域というジャンルにおいては唯一拮抗する事が出来る。領域の展開によって得られる筈の加速力は領域のぶつかり合いによって相殺され、互いに効果を殺し合う。
シービーがスパートで見せる領域の強さが今、此方の領域によって潰された。それに追い打ちをかけるように彼岸花を足元に咲かせ、己の呼吸しやすい環境を作る。息を入れ、ゴールラインまでのスパートに入ろうとして―――呼吸の瞬間を狙われる。
「まだ甘いよ」
「っ」
呼吸の瞬間、息を入れて無防備になった僅かな合間にシービーの威圧が刺さった。一瞬だけ呼吸が乱れ、それが加速力と速度に影響する。しまった、と思った瞬間には領域を破られる。ぼろぼろと崩れる集中状態を引き締めて再構築する。
だがその間にシービーは既に抜いていた。本格化を迎えシニアを駆け抜けた優駿とクラシックを迎えたばかりでは根本的なスペックが違う。スピ400でスピ1600とかには勝てないのだ。抜いてからトップスピードに乗ったシービーは一瞬でゴールラインへと向かって行き、此方を置き去りにゴールラインを切る。
それに遅れてゴールラインを切りながらごろん、とターフに転がる。
「ムリ―――! 勝てねえ―――!」
「はははは」
ターフにごろごろと転がりつつじたばたする。勝てない勝てない勝てない。能力の差があるのは解っているけど、それはそれとして負けるのは悔しい。
クリムゾンフィアーは大体闘争心だけで走っているウマ娘なのである。なので負けると滅茶苦茶悔しい。うおー、悔しいと駄々をこねる姿をシービーが笑いながら見下ろしている。だが勉強になるのは事実だ。シービーと併走する度に対追込みの戦術が自分の中で固まって行く。
シービーにデバフが刺さるなら十中八九ディーにも刺さるだろう。どれだけの才能の怪物であっても、現時点で彼女がシービーに勝てる点は存在しないのだ。
「やれやれ、しかし本当に2個目の領域を持ってるんだな」
「そう簡単にできる筈がないんですけどね」
沖野Tと西村Tがストップウォッチを片手に寄ってくる。併走を見守っていたスピカ所属のウマ娘達もやってくる。スポドリを片手に近づいてくるウオッカからボトルを受け取り喉を潤す。全力で走った後に飲むスポドリはどうしてこうも美味しく感じるのだろうか。
「いうて、皆も領域2個目大体構築できるっしょ。テイオーもマックイーンも勝負服に合わせたバリエーションがあるし、スぺちゃんだってあるし」
「それは勝負服に合わせた想いや経験、願いやこれまでの積み重ねがあるからだよ。ボク達だってそうほいほいと領域を展開できる訳じゃないよ。そもそもレース1回でゾーン状態まで集中力を高めるのだって難しいのに」
アプリをやっていればウマ娘が勝負服に合わせてその願いや込める想いが変わってくる事は解る。それがまた、彼女達の固有/領域に影響するという事実も解る。だから彼女達からすれば、勝負服ですらない体操服姿で複数の領域を切り替えて展開できる俺の姿にバリバリの違和感を抱いているのだろうが、
そこでシービーが違うでしょと声を放つ。
「フィア、持ってる領域3個でしょ」
「……」
ごろりとターフを転がっていた体を起き上がらせ、座り込んで視線を逸らす。
「えっ、3個? 流石に嘘でしょ? 盛り過ぎじゃない?」
テイオーの言葉にぷい、と視線を逸らす。引き攣った笑みをスピカの面々が浮かべる中で、シービーに視線を向ける。
「……パイセン、何で解ったん?」
「さっき、領域が割れかけたでしょ? その時ちょっと仕込みが見えたよ」
シービーの言葉にそっかぁ、と答える。そういやシービーやルドルフは現役最強クラスの領域の持ち主だ。だったら見た所で俺の領域が表層的なものでブラフを含んでいるものだって解ってしまうのも仕方がないのだろう。失敗したなあ、と呟く。
「菊花賞まで誰にもバラすつもりはなかったんだけどなぁ」
スポドリをじゅるるるるる……て飲み干しながら立ちあがる。一息入れると心地よい疲労感が体を満たす。
「で?」
「いや、確かに3枚目のカードはあるべよ。ただ奥の手というか……切り札の裏に隠した切り札というか。ぶっちゃけこれ、ディーが覚醒した時に対するカウンターとして用意した最終札みたいなもんなんで」
「ふむ」
つまるところ、ディーの覚醒と進化、俺と競い合う事で強くなって行く事を想定して用意してある切り札だ。だからこれを出来る事なら見せたくはないし、見せるつもりはない。最初から最後まで隠し通して、俺が想定するように……想定以上の成長をディーが果たした時。
その瞬間、彼女を殺す為の一撃として振るう事の出来る決着札になるのだ。だから皐月でもダービーでも使えない。彼女が夏を越えて成長してくる菊花賞というタイミングが唯一使えるタイミングだ。使えば最後、以降は警戒されて条件を満たせなくなるだろう。
「という訳で、何も聞かず使えるもんは領域2個ってだけにしておいてくだせぇ。彼岸花と氷の方は見せ札なんで」
「ま、俺はそれで構わないけどな」
「クラシックだと驚く事だけどドリームに行けば時々見るからね」
「逆に言えばこれは現時点での唯一無二の武器ですよ」
スぺの言葉に頷く。俺の領域に特化した才能は俺の精神性が深く絡んでいる。死を乗り越えた影響で、俺の精神性、精神力というものは人類の範疇を逸脱していることを自覚している。つまり一般的にゾーンと呼ばれる様な集中状態は俺にとって平時における状態でもあるのだ。
精神のタガ、リミッターと呼ばれる上限部分が吹っ飛んでいるのだ。
生まれる前、生と死が混ざった状態を経験し、覚えているから。それがそのまま俺の中にある価値観、その世界観を強固にしている。つまり人類を超越した精神性が俺の領域に関する才能を限界まで押し上げているのだ。
だからこそこの時点で、領域を2種使い分けられる。
とはいえ見ての通り、熟した相手だとそこまでの強みにはならない。
武器は磨かなければ意味はない。領域が使えるからと驕っていると負けるのは目に見える。だからもっと、もっとこの技術を、強みを磨かないとならない。俺だけが持つ強みを、誰にも真似できない強さを備えないとならない。
「うっし、もう1本お願いしますっ!」
「うん、良いよ」
「あ、ボクも混ぜて混ぜて! 見てたら走りたくなってきちゃった」
「私も走ります!」
スタートラインにスピカの面々が並ぶ。ストップウォッチを手にタイムの計測を始めるトレーナー、そして再び走りだす俺達。
3月、4月に向けて追い込みの始まる季節。
クラシックを飾るレース、皐月賞はもう、目前まで来ている。ふざけていられる時間はもう終わりが来た。
―――魂を燃やしつくしても走る時が来た。
クリムゾンフィアー
“ぼくのかんがえたさいきょうの領域”をずっと昔から作り上げてた。ずっと用意してた。漸く使える相手を見つけた。実はチワワへの感情が激重
ミスターシービー
サイゲに忠誠を誓うので早く実装してくださいアニバ辺りで……
次回、皐月賞開幕。