「―――中山競バ場、か」
競バ場前、両手をポケットに突っ込んだ状態で外から姿を眺める。皐月賞、それはクラシック3冠とも呼ばれるレースの最初に走るもの。皐月賞、ダービー、そして菊花賞の3レースはクラシックでしか走る事の出来ないレースだ。
……一生、名誉に残るレースだ。
「テレビで見ていたレースに、まさかこうやって出られるようになるなんてなあ……って前も言ってたな」
そこらへんどうよ、三女神。
アロマスティックを口に咥えて火を付ける。アロマの匂いを漂わせながら心を落ち着ける。気づけば足元に彼岸花が咲き乱れている。高揚する精神を抑えきれていない証拠だ。抑えろ、抑えろと自分に言い聞かせても花が咲いてしまう。
それを落ち着かせる意味でもアロマスティックは重要なアイテムだ。これ、見つけておいて良かったなあ……と思う。
「―――よう、抑えきれないって感じだな」
「お」
知っている声に振り返れば、バンダナ姿が片手を上げながら近寄ってくるのが見えた。此方からも手を上げて返答を返す。俺の横に並んできたバンダナが一緒に中山競バ場を見上げる。思えばこいつがコネを持ってたからこそ入学が出来たんだった。
「お前、トレセン学園の関係者?」
「いんや? スカウト連中は野良レースやフリー・スタイル競技場とかを把握してるんだよ。お前みたいな怪物がたまーに紛れてるからな。だからそういうレースを良く知る人間とは繋がりを作っとくんだよ」
「成程な、そういう繋がりだったのか」
「ま、俺もこんなコネを使う日が来るとは思いもしなかったけどな」
俺もトレセン学園の制服に馴染むような日が来るとは思えなかった……だが今では違和感もなくこの制服に袖を通している。入学前はあれ程似合わないと思ってたのに。時間とは不思議なものだ、徐々に色んなものが変わって行く。
「だけど変わらないものもある」
「はっ」
ひらひらと手を振ってバンダナが去って行く。
「レース、期待してるぜウマカス」
「退屈させねぇからしっかり見てろヒトカス」
は、と声を放って息を吐く。久しぶりに顔を出したと思ったら発破かけてそのまま去って行くとは暇な野郎だ。だけど考えてみれば、アイツが俺のファン1号なんだろう。となるとその期待には応えなくてはなるまい。
拳を掌に叩きつける。
「うっし、控室に行くか」
控室に入ったら早速勝負服に着替える。流石に皐月賞となると緊張……とはいかないが、昂りが抑えられないせいでソシャゲを遊ぶ気にはなれなかった。自他共に認めるソシャカスウマ娘だが、流石に骨の髄までソシャカスではなかったらしいのを今知った。
勝負服に着替え終わったタイミングを見計らって、西村Tが控室にやってくる。ソシャゲにも手を出さず、アロマスティックを口に咥えてもくもくしている俺の姿を見てから、足元を見て苦笑を零す。アロマでも抑えきれないぐらいに零れる闘争心が彼岸花を足元に咲かせている。
「堪えきれない、って様子だね」
「おう」
抑えきれない。俺は漸く、本気で戦える場所を、相手を見つけられた。
「最初な」
「うん」
「ディーを見た時、こいつと同世代ってのは運がねぇなあ、って思ったよ」
だって、あのディープインパクトだぜ? 競馬をロクに知らない人だって知ってる伝説の名馬だぜ? そりゃあ最初見た時はビビるさ。だけど、アイツの走りは本能に訴えてきた。
「見た瞬間こいつと競り合いたいって思えた。こいつと本気で走りたいって思った。あの才能の暴力の様な奴に一生消えない傷を残したいと思ったんだ」
ぐ、っと拳を握る。
「本気で走りたい。燃え尽きる程熱狂できるレースがしたい。自覚したら次から次に胸の奥底から闘争本能が湧き上がってくるんだ。アイツが、アイツがそれを俺に自覚させたんだ。アイツの走りが俺を狂わせた」
燃え尽きる程のレースがしたい。魂を燃やし尽くして今度こそ成仏できるようなレースが。そうすれば最高に満足して逝けるかもしれない。明確にそれを自覚させたのがあの漆黒の英雄なのだ。いや、未だ英雄と呼ばれる風格はないだろう。
だが彼女の走りにその可能性を見た。それに魂を焦がされた。元々強さへの憧憬はあった。だがそれを明確に出力する為の形に変えたのはアイツだ。
「勝ちたい。走りたい」
「あぁ……行っておいで、フィアー。君が満足して燃え尽きる程のレースを、日本人の目に焼き付けておいで」
「おう」
こんこん、と扉のノック音がパドックのお披露目を告げる。西村Tとの言葉はそれ以上は必要ない。口からアロマスティックを抜き、灰皿で潰して部屋を出て行く。迎えに来たスタッフは俺を見て、
「それではパドックへとお願いします」
と言いながら風古戦場を走ってた。
スタッフのヒトカスは皐月賞でもヒトカスだった。安心するなぁ……。
「Skyleap?」
「Skyleap導入済みです」
もしかしてプロ騎空士なのかもしれない。いや、プロだったら有給取って古戦場を回るだろう、こいつはプロではない。プロではない事実に安心を覚えヒトカススタッフに案内され、パドックへと向かう。
既に3度目のGⅠ出場、パドックへと出るのにも慣れた。パドックには既に他のウマ娘達の姿が揃っている。彼女達に遅れる形でパドックへと上がり、自分の身を衆目に晒す。
『そして出てきました最優秀ジュニアウマ娘クリムゾンフィアー、1番人気です』
『見事な仕上がり具合ですね……西村トレーナーが担当すると毎度毎度素晴らしいコンディション調整を見せてくれますが、今日は特にバ体のキレもハリも良いですよ。これは素晴らしいレースを見せてくれそうです』
パドックに立ち、辺りを見渡し―――見つける。黒い勝負服。後ろにはマント、何層も重ねたように見えるスカート、施された装束……漆黒の英雄が纏うべき衣装。GⅠの舞台でのみ着る事が許される勝負服姿の、ディープインパクトがそこにいる。
「ディー」
「フィアさん」
視線を向け合い、名を呼び合って黙る。それ以上語る言葉はなかった。俺達にそれ以上何かを言い合う必要はなかった。それだけで互いを理解しあえた。全力で走って殺す。友情も、親愛もある。
だが走って殺す。今、この場の俺達にあるのはそれだけだった。胸から脳味噌の中まで全部が闘争心に満たされていた。極上の好敵手を前に、走って潰す事以外の何物も考えられない。
「―――寂しいわね、蚊帳の外にされるのは」
声に視線を向ければ勝負服に身を包んだアドマイヤジャパンの姿がある。その横にはシックスセンスの姿もある。
「まるで自分達以外は全て脇役の様なその視線、気に入らない……!」
「ま、そういう事なので。カノープスを紹介してくれたのは感謝してるけど皐月賞は貰うよ」
それに、と別方向から声がする。視線を向ければ朝日杯FSで戦った、マイネルレコルトの姿がある。
「こっちは朝日杯のリベンジをしなきゃならないからね―――今度は負けないよ」
熱気、熱狂、狂気、覇気。掛かり気味にむき出しにされた闘争本能を滾らせているのは何も自分だけではない。初めてGⅠの舞台に立つウマ娘、そしてそれを倒さんとするウマ娘もここには揃っている。
アドマイヤジャパン、マイネルレコルト、シックスセンス―――本来、歴史でディープインパクトと競り合い敗北した馬……その魂を継いだウマ娘達がここに揃っていた。果たして彼女達が歴史と同じ道を辿るのかどうか、それとも……この俺がその全てをぐちゃぐちゃにしてしまうのか。
解るのは今、ディーは、俺以外の全てを見ていなかった。
彼女の瞳には最初から最後まで、俺の姿しか映っていない。
そしてそれは、恐らくは俺も。
俺達は欲している。本気で走る瞬間を。本気で戦える瞬間を。魂を焼きつくす程のレースを。
……その始まりが、目前に来ていた。
俺達の皐月賞がいよいよ始まる。
クリムゾンフィアー
お前の走りに脳を焼かれた。漸く本気で走れる
ディープインパクト
貴女の存在に救われた。漸く全力で走れる
バンダナ
んー、ディープ1フィアー2でバ単かなぁ……