「―――彼女には才能があります。それも前代未聞の才能です」
我が家に来た男はそう言った。
我が家の居間、テーブルを挟んで座る男は目の前に名刺を置いていた。そこにはURAのスカウトマンという身分と、吉田浩二という名前が書かれていた。URAが発行しているエンブレムと問い合わせれば身分が判明する以上、詐欺という訳ではないだろう。
スカウトマン、吉田はテーブルを挟んで座る俺とマミーを相手に説明していた。
「ウマ娘の誰もが“領域”を使える訳ではありません。領域は一種の到達点です。まずジュニアで見る事はありません。あのシンボリルドルフでさえクラシック後期まで使う事は出来ませんでした。それほど強力で、習得するのが難しい能力です」
「はあ……」
我がマミーはスカウトマンの言う事が良く理解できずに首を傾げている。
「領域/固有/ゾーンと呼ばれる能力は、今でも科学的に解明できていない神秘です。シニアまで走りG1に出場し、何度も他のウマ娘たちとしのぎを削ったウマ娘が覚醒する超能力の様なものです……経験と、闘争心、そしてそれに見合う能力を備えて漸く形が出来上がるものです」
ですが、と吉田は言葉を区切る。
「お子さん……クリムゾンフィアーさんはその領域が使えています。はっきりと言いますが、これは異常な事です。一流の選手にのみ備わった能力をお子さんは最初から使えるのです。これを天賦の才と言わなければ何を才能だと言えるのでしょうか?」
その言葉にマミーはやはり良く理解できずに首を傾げている。マミーは余りレースの事が詳しくはない。テレビでトゥインクルシリーズやドリームシリーズを見てもまあ、速いわねぐらいの感想しか抱いていない。つまり競バを良く理解していない層の人間なのだ。
まあ、それも当然だろう。ウチは名門でもなければマミーはウマ娘でもない、一般ヒューマンだ。ヒトは走らないし、走る事にそこまで興味を抱かない。ヒトオスなら割とトゥインクルシリーズに興味を持つのはアイドルを追いかける様なもんだからだ。
成人ヒト女性でレースの興味を持つのは割と珍しい事なのだ。
「つまり、ウチの娘はその……走る才能がある、という事でしょうか?」
「その通りです。クリムゾンフィアーさんのレース映像を見せて頂きました」
野良レースでの走りの事だろう。吉田は俺のスカウトに対してかなり熱心だった。
「この歳で非常に計算された、強い走りをします。赤毛という特徴も話題を呼ぶだけの力があります。彼女を見て思いました、トゥインクルシリーズで彼女はもっと輝けると……今年か、或いは来年のトゥインクルの台風の目となる才能が有ります」
「はあ……うちの娘がねぇ……」
疑う様な視線をマミーは向けてくる。俺はそれに対して肩を揺らして対応する。
「この子は昔から変な子だったわ。歩けば足元から彼岸花を生やして、偶には部屋を氷漬けにして。不思議と悪影響はなかったしまあ、別にいっかぁ……の精神で流してたけどウマ娘の才能だったのね」
マミーはだいぶおおらかな性格をしている。俺がベビーだった頃から領域を暴発させまくってたのに“そっかぁ”程度ですませられるメンタルの持ち主だった。俺のマミーは非常にストロングな女性だった。そうでもなきゃ俺みたいな個性の暴力を一人で育てる事も出来なかっただろう。
彼岸花は俺にとっての死のイメージ、具現でしかない。転生者の俺にとって死とは隣人であり、すぐそばにある存在である。メメントモリ、何故死んだのにその存在を忘れられるのだろうか? 俺は常に死という存在を想っている。
だから領域が発生した。強すぎるイメージ、強すぎる死への想い。それが領域という形で常に発現しているのだ。俺が歩く度に足元に彼岸花を咲かすのは決してアマ公をリスペクトしての事ではない、別に大神ごっこをしている訳じゃないのだ。
嘘だ、実はアマ公ごっこして滅茶苦茶学校ではしゃいでた。出来るなら誰だってやるだろ。
俺はテーブルの上に指先でとんとん、と叩いて彼岸花をそこに生やした。それを見て驚く様に吉田は目を見開き、頭を下げた。
「お願いします、どうかURAで……中央トレセン学園で預からせてください。上の方には私から説得し、必ず奨学金を約束します。クリムゾンフィアーさんは輝くものを持っています。それはレースという舞台で輝けるものですから……!」
スカウトの吉田はこの時頭を下げまくった。土下座までして説得した。マミーはトゥインクルで走る事の凄さを良く理解してなかったので終始首を傾げていたが、吉田マンの頭の下げ方を見て大舞台である事を理解したので、最終的にはオッケーが出た。
俺も勿論、中央のトレセン学園には隠し切れない憧憬がある。そういう意味では入学する事に反対する筈もない。
吉田は言った、俺は世代のトップになれる。それだけの才能を俺は秘めていると。だからトレセン学園に入学する俺は有頂天になっていた。三冠を夢見たし、凱旋門でも狙うかぁ? なんて超調子に乗っていた。
そしてあの伝説、ディープインパクトと同室になった。
よし、あの吉田とかいうヒトカスを殺してやろう。
俺は密かに殺害予定リストに吉田の名前を追加した。
ディープインパクトと同室になった。無敗で三冠を達成した日本競馬界のレジェンド、ディープインパクトだ。俺はウマ娘のアプリを知っていてもリアル競馬をあまり良く知らない。それでもディープインパクトの名前は知っている。連日テレビで放送され、持ち上げられた伝説の名馬だ。
それほどまでにディープインパクトは強く、日本競馬界にその名を刻んだ。
俺の自信やテンプレチートオリ主計画はディープインパクトを知った瞬間崩壊した。未来の無敗三冠馬に勝てる訳がねぇだろボケカス吉田よ。
ただ我がルームメイトのディーちゃんはそんな未来性を欠片も見せないチワワだった。滅茶苦茶吃音が酷いし、生活力が皆無と言うべきか、箱入りチワワだった。部屋に積み上げられたトランクの処理にも困っているし、普段から世話をされている人間の姿だった。
流石の俺も慈悲はある。この哀れなチワワの面倒をなぜか見る事になった。
部屋を片付け、寝る場所を整え、クローゼットの中身を整理して……恐らくこの手の事を一度もやった事はないんだろうなあ、というのがチワワの姿を見ていれば良く解った。ただその手のお嬢様はこのトレセン学園はそれなりに多い。
家族から離れた共同生活を送るのは一般的な社会生活に慣らす部分もあるのだろう。
そんな訳でチワワとの栗東寮での共同生活がスタートし、入学式を終え、
俺はチワワに懐かれた。
「ふ、フィアさん! い、いい、一緒にお昼食べませんか!」
「良いぞぉ」
「やったぁ」
当然のように入学式をサボった俺は滅茶苦茶フジキセキに怒られた為、この時点で栗東寮全体からしてアイツ不良だぁ……みたいなレッテルが貼られている。実際、それは正しい。入学前の俺は当然のように野良レースで走り、ギャンブルをし、そして三女神の像を先日復讐とばかりにカラースプレーでデコってきた。今度は理事長に怒られた。次は誰に怒られようかなあ。
だが俺はチワワに優しかった。そしてチワワは俺に懐いた。俺は真剣にチワワに脳の診断を勧めた。そして周りのウマ娘たちはそんな俺達を見て疑っている。
「ディープインパクトさんがまた……」
「やっぱりクリムゾンフィアーに脅されてるのよ」
「ディープさん程の名家の方が寒門と一緒だなんて」
俺は遠巻きに見てくるウマカスお嬢様方に中指を突き立てて威嚇しながらチワワと食堂へと向かった。この学園の食堂は学生である限りおかわり自由で、しかも無料で提供されるのだ。良く財政破綻しないなここ、とは何度も思っている。
食堂のおばちゃんから今日の定食セットを貰った所で2人で並んで席に座る。同室同期同クラスという作為すら感じる俺とチワワのコンビはすっかりどこに行っても一緒というコンビになっていた。
「お、お昼美味しいですね」
「せやな」
チワワは悲しい生き物だった。一緒に飯を食べる度に同じことを言っている。チワワの会話デッキは余りにも薄かった。デッキ内容は40枚どころか通常モンスター3体で構築される10枚デッキだった。あまりにも悲しすぎる生き物故に俺の母性本能が刺激され、このチワワを守らなくてはならないと思っていた。
「あ、あああ、あの、フィアさん。フィアさんは、ど、どど、どの距離を走ろうかとか、考えてたりしますか……?」
驚く事に今日のチワワはEXデッキを用意出来ていたらしい。まさかいきなりこんな高度なスキルを……! と内心戦慄しつつも、チワワの言葉を真面目に考えてみる。
ウマ娘がトゥインクルシリーズで走る以上、距離は大きな問題だ。走りたい距離と適性が一致しない事は多々ある。そして短距離、長距離は圧倒的に不人気だ。クラシックディスタンスとさえ呼ばれる中距離こそが王道で最も人気の高い距離である以上、皆中距離を走りたがる。
「どうすっか実は悩んでる所があるわ」
「そ、そうなんですか?」
「おう、適性的にはマイルから中距離っぽいんだけど」
ここに長距離に対する適性があれば完璧だったのだろう。だが後天的に距離適性を変える事は難しい。少なくともトレーニングを通してこの適性を変える事は長い時間と代償を要する。三女神因子ビームを喰らえばデメリットも代償もなしに一瞬で肉体改造が終わるからズルい。
「そ、そうなんだ」
そう言うとチワワは嬉しそうにはにかんだ。
「わ、私は長距離適性があるけど……中距離は一緒だね。え、えへ、一緒に走れるかも」
―――じょ、冗談じゃねぇ……!
俺は泣いた。心の中で泣いた。ディープインパクトと同世代と言う事実に泣いた。こいつと同じ世代は皆泣いて良い。何を嬉しそうに笑ってるんだこいつは、こっちはこれからの競走バ人生がお通夜になった事実に泣いてるんやぞ。
もしかしてこのチワワは可愛い顔をして同世代を皆殺しにする特殊性癖を持っているのかもしれない……。俺はその可能性に至り、心の底からチワワに対する恐怖を覚えた。
「く、クラシックの三冠……一緒に走れたらい、良いですね」
言外にクラシック三冠は自分のもの宣言だろうか? もうこうなったら出走回避してマイル路線以外に行くしか生きる道はないのかもしれない。そうだ、ティアラ三冠だ。ティアラ三冠を目指そう。まだ心まではメス堕ちしていないつもりだったが、この際メス堕ちしても良いからディープインパクトと同じ路線で走らない事にしよう。
いや……待てよ……?
「なあ、ディーちゃんよ」
「な、何かなフィアさん」
「ディーちゃんってよぉ、最後にレースしたの何時だ?」
俺のそんな質問にチワワは考えるように首を傾げた。
「え、えっと、……そこそこ……前? ご、ごごご、ごめんなさい! あまり良く覚えてないです」
「あー、いやいや、覚えがないならそれで良いんだよ、気になっただけだし。ほら、併走でもしないとどれぐらい走れるか解からないだろう?」
「な、成程」
俺の言葉に頷くチワワの言葉に俺はほくそ笑んだ。もしかして……もしかしてこのチワワは俺が恐れる程強くはないのかもしれない。もしかしてケルベロスの皮を被ったチワワなのかもしれない。
俺は素早く、そして冷静に考えた。ウマ娘は闘争心の強い種族だ。それでいてここにいる娘たちは若く、そして未熟だ。口車に乗せれば容易く模擬レースを開催するだろう。そうだ……名目はトレーナーへのアピールとか、同期の実力を探るとかで。
口八丁で俺だけ参加せずに他のウマカスどもを走らせる事等容易い。これでこのチワワが真にケルベロスか否かを判断する事が出来るだろう。
俺は自分の天才的な発想に自画自賛しつつ小さく笑った。
「これからの生活が楽しみだな」
「う、うん」
何も知らぬディープインパクトが幸せそうに食事している姿を眺めつつ食べていると、通りすがりのウマ娘が俺達の背後で止まった。
「マヤ、オチが解っちゃった」
うるさい黙れ。希望ぐらい持たせろ。お願いします。
クリムゾンフィアー
トレセン学園最短叱られ記録を更新し見事気性難認定を受けた。
ディープインパクト
最初にドローした時点でデッキアウトが確定するレベルの会話デッキ。
マヤノトップガン
マヤノじゃなくてもオチは見えてる。