―――ウマ娘が特に優れている点は感受性の豊かさだ。
領域、と呼ばれる能力がある。それは特別ファンタジーなものではないのだ。実際は感受性の高いウマ娘が、相手の放つ暴力的なまでのイメージを受信しているのに近い。領域とは自分が持つゾーン、超集中状態、それによって引き出された安定されたメンタルのイメージ、そういうものに近い。
だからウマ娘はターフの上で幻視する、他人が得意とする領域をイメージとして。そして特に優れたウマ娘はそのイメージで周りを染め上げる。領域とはそういうものであり、発動には超集中状態を要する。だからトッププレイヤーのみが領域というものを習得できる。
だから、クリムゾンフィアーというウマ娘がこの世で最も優れた感受性の持ち主だと言える。誰よりも他人の機微を察し、そして自分の持つ世界を表現する事に長けている。相手に感じさせる能力と、相手を感じ取る能力がずば抜けていると言える。
その事実をセクレタリアトは見抜いた。彼女は自分の走法、等速ストライドと呼ばれるそれを継承する相手を求めていた。だがアメリカには彼女の走法を継承できるウマ娘がいなかった。天才的なセンス、無尽蔵のスタミナ、そして独特な脚運び。
それはセンス、先天的資質、そして才能という奇跡に奇跡を重ね合わせた産物ともいえるものだった。だから真似しようとして真似できるものではない。自分の走法を伝授しようとしたセクレタリアトはその壁にぶつかり、そしてアメリカ国内で誰にも伝える事が出来ずにいた。
そして知った、クリムゾンフィアーというウマ娘を。
話を纏めてしまえばそれだけの話だ。もしかして彼女なら……と思ったセクレタリアトは繋がりを探ろうとして、日本に縁のあるアメリカのウマ娘としてサンデーサイレンスに助けを求めた。そしてどんな気性難であれ、このアメリカにセクレタリアトの願いを断るウマ娘なんて存在しない。
だからサンデーサイレンスは俺を探しにトレセン学園まで来て、そのままアメリカへと連れ帰った。
だから全部サンデーサイレンスが悪い。アイツが俺を連れ出さなければ俺もここまで暴れずに済んだのだ。
俺は懇切丁寧に全ての責任はサンデーサイレンスにあると説明した所で、サンデーサイレンスが口を挟んできた。
「でもお前ケンタッキーダービーで等速ストライド試そうぜって言い出したよな」
「日本のウマ娘が等速ストライドで乗り込んで米クラシック1冠取ってくの最高に脳破壊って感じで楽しくなかった?」
「最高に楽しかったぜSis」
YEAH! とサンデーサイレンスとハイタッチを決めると恐るべき生き物を見る様な視線が皆から向けられた。俺はちょっとアメリカ人と日本人の脳味噌を破壊したかっただけなんだ。芸術的だったろ? ケンタッキーもNTRビデオレターも。一体どれだけの人間が苦しんだのか帰国してからが楽しみだぜ。
「悪魔かよこいつ」
「完全に愉快犯ですわねこれ」
サムズアップを向けると西村Tが無言で俺の親指を掴んでへし折ろうとしてくる。それを必死に抑えて耐える。悪い、悪かった。俺が悪かったのは認めよう。だけどな、俺の気性難としての本能がな、最近は大きく暴れてないから国際問題の一つでも起こせって事を言いだしてきてるんだ。仕方がなかったんだ。
「セクレタリアト、貴女は……」
「私? 教えられるなら教えたいってスタンスだよ。誰も覚えられなかった私の走りを、誰かに継いで欲しいしね」
セクレタリアトの言葉には黙るしかない。伝説と言われる等速ストライドは誰も習得出来た事がない。そしてそれが習得できる可能性があるなら飛びつくのも当然の話だ……問題はその方法が問題だらけな事で。
「はあ……だからと言っていきなり米ダートに挑むのは肝が冷えるよ。いきなりケンタッキーダービーに出て勝ったなんて話をされてみて欲しいよ。日本で報告を聞いた私達の気持ちにもなって欲しい」
「そうですよ、フィアーさん。それに元々の予定のローテはどうなるんですか?」
西村Tと桐生院Tの言葉がちょっと痛い。実際の所、元々のローテは不可能だと言えるだろう。こっちで走った時点で予定していたNHKマイルは走れない。そしてプリークネスステークスに出るなら日本でダービーに出る事はムリがあるだろう。
いや、俺の頑丈さならワンチャンいけそうだが。
「日本で御大から学べるならまあ、俺も日本に直ぐに帰るけどさ」
「私がステイツの外に出るのを大統領が嫌がるからなぁ」
伝説が言うと本当にしか聞こえない。或いは冗談ではなく本当なのかもしれない。サンデーサイレンスにアメリカに連れてこられたのは事故に近い出来事だったが、今はアメリカに残る事に意義を感じている。ここに来たことには意味があると思っている。
「西村トレーナー」
「その目は考えがあるって事だね?」
その言葉に頷いた。
「トレーナー、俺の等速ストライドの完成度は2割って所だ。俺の特技を知ってるだろ?
「ちなみにこれは偉業だって考えて良いよ。他の子では1割すら真似する事も出来なかったからね」
「……」
セクレタリアトの言葉に西村Tが黙り込んだ。俺がレースを通して
領域が異様に得意な俺はつまり、この世で最も感受性とそれを発信する能力が高いウマ娘だ。技術をレース中に引っ張ってきて覚えるのはその副産物みたいなものだ。
その俺が、ケンタッキーダービーという最高の舞台で走って習得出来たのが2割だ。
等速ストライドという技術はそれだけセクレタリアト専用のものだと言える。
「……日本では不可能なんだね?」
「ぶっちゃけ走法がアメリカのダート向け。まずはこっちで完成させてからじゃないと日本の芝には適応させられない。覚えた後ならどうとでもなると思うけど」
俺の返答に西村Tが再び黙り込む。桐生院Tはこの件についてこれ以上口出しするつもりはないらしく、だんまりを決め込む。ゴルシとマックイーンも珍しく何も言わない。俺が等速ストライドを習得する為にアメリカに残ろうとする事に意義を感じているのだろう。
「Crimsonはアファームド以来の三冠を取れる逸材だ。私の走りを三冠を通して習得すれば、BCクラシックでも勝てるだろう……私の時代になかったレースだ。私が現役を退いて生まれた、世界最強のダートウマ娘を決めるレース。この娘にはそれを取れるだけの才能と素質がある」
サンデーサイレンスから切り落とされたビール瓶を受け取ると、足を組みながら口を付けて話を続ける。
「見たくはないか? この偉大なるステイツの大地に新たな伝説が生まれる瞬間を。歴史が塗り替えられる瞬間を。私の脚を継いだ娘が、この大地に立ち再び赤い伝説を生み出す瞬間を」
セクレタリアトの言葉は殺し文句だ。そんなものを見たくない奴なんて存在しない。BCクラシックは未だにアメリカが独占しているレースで、海外の優勝者は過去に1度のみ。ケンタッキーダービーでさえ過去に日本出身のウマ娘の優勝者は存在しない。米クラシックのダート路線は、日本では未だに攻略の兆しさえ見せない魔境だ。
それを取れるとこの伝説は言っているんだ。
興味がないホースマンは存在しない。俺もまさかダート路線でウマおじさんの脳味噌粉砕するとは思わなかった。マジで。ディーを倒すか凱旋門辺りで人類の脳味噌ぶっ壊せねぇかなぁー! とか考えてたけど。
「フィアー、君は……アメリカに残って走りたいんだね?」
「まあ、御大への恩返しが終わるまでは」
「となると三冠走ってBCクラシックか……スピカにはダート路線のウマ娘がいないから色々と確認する必要があるかな……」
「止めないのか、トレーナー」
「スピカは個人の目標を応援するチームだよ。そりゃ無言で失踪された上にビデオレター送られたら困るけど、理由と道筋がはっきりしてるなら止める理由はないよ」
西村Tの言葉にゴルシとマックイーンが溜息を吐いた。
「しばらくの間トレセン学園が静かになりますわね」
「平和になるの間違いだろ」
「話はついたみたいだな。Crimsonの事はBig Red共々俺ん所で預かっておいてやるから、お前はどうする」
「流石にここに住み込むわけにもいかないから、近くのホテルを探すよ。フィアーのおかげで予算はかなりあるし」
ほ、と息を吐く。話はまとまった。等速ストライドの完成には少なくともアメリカ三冠を走る必要があるだろう。それだけの激闘を乗り越えなければ習得出来ない走法だ。だけどこの展開、実に転生者してるなあ……とは思わなくもない。
和やかな空気が流れ出す中、これで話はお開きになるという所で、
―――彼女が、口を開いた。
「フィアさんは―――私と、走ってくれないんですか? 去って、行くんですか……?」
ディープインパクトがゆっくりと、重い言葉を浮かべた。彼女のその姿を見て頭を掻いて、扉の外に親指を向ける。
「ちょっと外で話そうぜディー。2人きりで」
俺達の関係を、ちょっと見直そうぜ。
サイレンススズカ
この話の間もずっと爆走している