「Crimson Fearは最後まで走り切れるだろう……だけどそれが勝利する事には決して繋がらないと思う」
「どうした急に」
横でテイザーガンに鎮圧される暴徒の存在を無視して男は眼鏡をくいっ、と位置を調節しながら訳知り顔で語る。
「アメリカンクラシック……ケンタッキーは唐突に現れたSecretariatの後継者によって奪われた。彼女が10ハロンを走り切れる事はそれで既に証明されている。だけどそれとは別に、ステイツのウマ娘も馬鹿じゃない……全員があの乱入者を警戒している」
「成程、つまり彼女の走りは既に研究されているって事だね?」
「あぁ……」
ゲートへと全てのウマ娘達が収まって行く。日本の芝とは違う、砂とも違う土のダートコース。それ故に日本のウマ娘にとってアメリカの土は鬼門だとされている。日本にはない環境なのだから、適応が難しいのだ。
「彼女のJpGⅠレースの映像を見たよ……とても強い走りをしていた。多くのアメリカ人は彼女を馬鹿にするが、彼女とDeep Impactの走りは凄く強かった。それこそステイツでも通用するレベルの走りだったよ。だけど……今度のアメリカは本気だ」
男は本気で勝つのではなく、日本を潰そうとしていると言う。
「まさか……チーミングかい?」
「まさか、そんな露骨な事はしないだろう。だけどCrimsonは悪目立ちしすぎた……そんな彼女を面白く思わないウマ娘は多いだろう。必ず、自分のレースを掻き乱しに来た異物を排除したいと彼女達は思うはずだ……」
男の言葉に話を聞いている男が頷いた。後ろでテイザーガンが放たれる音をBGMに視線をゲートへと戻す。
「僕たちが出来るのは彼女達がベストを尽くす事を祈るだけか……」
「ああ! どちらにせよプリークネスステークスは人生に1度だけだ! 彼女達のクラシックが最高のレースである事を祈ろう」
―――そんな観客の祈りを受け、ウマ娘達がゲートインを終えて開始の瞬間をゲート内で待ち受けていた。
ゲートインしつつもその意識や視線はクリムゾンフィアー一人に集中していると言っても良い。アメリカ側の本命であるウマ娘であるAfleet Alexは既にケンタッキーダービーで1回、この日本のウマ娘に敗北している。
故に、その心中は決して穏やかではなかった。
殺してやると言いたげな程の殺気と闘争心が渦巻くピムリコ競バ場、それを赤毛のウマ娘が心地よく感じていた。
そもそもの話―――殺意や闘争心というものはフィアーにとって友人であり、隣人でしかない。死というものを理解し、そして経験した者にとって殺意や殺気というものはあまりにもその原液からかけ離れたもので、欠伸が出る様な肌を撫でる感触しかないのだ。
言ってしまえば、治安の悪さは彼女の本能を満たす一部でしかなく、アメリカの競バ場は大いに肌に合う環境だった。だがその余裕な態度が他のウマ娘をいらだたせる。
「その余裕面を歪ませてやる……!」
Afleet Alexの言葉を微笑で受け流しながら静かにフィアーが両手を合わせ、一瞬で集中力をゾーン状態へと持ち込む。たったそれだけでフィアーの周囲から雑音が消え去る。既に領域を形成するだけの集中力も揃った。
コンセントレーション、コツ◎、既に脚質に対して必須とも呼べる技術は備えた。周りからのノイズを排除した集中力の中でゲートが開く瞬間を待つ。ダメージジーンズに交差するように二重に巻かれたベルト、体に張り付くようなインナーに半袖のジャケット、そして首元で括られる赤毛。
レースの前に集中力を高める姿は否が応でも伝説の赤毛バを思い起こさせる。
させない、絶対に勝たせない。ステイツのレースはアメリカのウマ娘が取る。
その想いが交差する中―――ゲートが開いた。
当然のように遅れる事無く飛び出すフィアー、それに続くアメリカのウマ娘達。その視線はフィアーの姿を捉え、そして放さない。
「ッ! バ群に沈める気だ!」
「やっぱり……!」
絶対に勝たせないという意思は加速させないという選択肢を生み出す。つまり、抜け出せない状況を生み出すという事だ。バ群に沈めれば嫌でも抜け出せなくなる。勝てなくなる。そして強い相手を沈めるのは或いは当然の手でもあった。
「―――ま、当然そう来るよね」
解っていた、と言わんばかりに西村が笑う。予測されていた想定の範囲内だ。どれだけセクレタリアトの走法が、等速ストライドが凄かろうがその足を発揮できない状況を作れば発揮できる事無くレースは終わる。ある意味で究極の戦術でもあるだろう。
「だけど残念だね―――その対策はもうしてあるんだ」
「ッ……!?」
Afleet Alexはケンタッキーで敗北してからしっかりと、フィアーを研究した。朝日杯、ホープフル、皐月賞―――全てのレースを見てきた。その上で芝という環境で行った走りを、このアメリカのダートでも同じように実行できる強いウマ娘だと判断した。
だからAfleet Alexは油断や慢心の様な事をしないように心掛けていた。相手を沈めようとするバ群の動きを利用しつつ自分の最高の走りをしようと計画していた。
だがその計画はレースの序盤から狂う。
先行策。それがこれまでクリムゾンフィアーというウマ娘が取って来た戦術だった。だが今度は違った。フィアーが前に出る動きを止めない。止めないのに加速している。先行ではない。レースコントロールを行わない。レースをコントロールする意思を排除して前に出ている。
ハナを奪い更に前へ、前へ―――加速し続けながら更に前へ。
その走りをAfleet Alexは疾走する中で怒りをにじませながら口にした。
「大逃げ……!?」
Afleet Alexの声は競バ場に響く恐怖と驚愕の声に掻き消された。全てのウマ娘がその策もクソもない選択肢に恐れた。そしてサイレンススズカが西村の横でドヤ顔を浮かべた。
「本当に無尽蔵のスタミナを兼ね備え、無限に加速し続けられるなら―――これが、一番強く速いんだよね。等速ストライドを習得する上で、追われる立場で走るというのは非常に有用なんだ。フィアー、このレースで加速し続ける感覚を掴むんだ」
レースコントロールを捨てて走るフィアーをその他全てのウマ娘が追いかける。ほぼ10ハロンという距離に大逃げが出現した結果、序盤から全力で追いかけるレースが始まった。垂れない、この赤毛の怪物は絶対に垂れない。垂れる筈がない。
あの赤毛の伝説が選んだ後継者なのだ。アメリカのウマ娘はまだクリムゾンフィアーの強さは半信半疑でも、セクレタリアトが選んだ後継者という事実に対する疑いはない―――それだけ赤毛に対する信仰心が存在していた。
故にレースは中盤に入った時点でスタミナを燃焼させながら追いかける地獄を見せる。向けられる殺意や威圧が全てフィアーを削る為に放たれる。だがそれを涼し気に受け流しながら土を蹴って加速する。
止められないのなら抜き去るしかない。
「待てCrimson……!」
Afleet Alexが加速する。史実においてプリークネスを取ったウマ娘がその冠を己のものとする為に走る。その怒りが、力が一線を越える。具現するのは怒りを表す鉄槌、己の夢を阻む障害を叩き伏せる力―――日本バにだけは冠をもう取らせない。
その意思が領域となって具現する。ダートを走る有刺鉄線。イバラのように伸び、しなる姿が一直線に物理法則を無視してフィアーへと殺到する。その足を、加速を、輝きを抑え込む領域がフィアーへと放たれる。
迫る領域。クラシックの中でも最上級のウマ娘でしか発揮できない戦いが始まる。限界まで練り上げた相手のイメージを跳ねのけられるのは、同じく限界まで練り上げられたイメージのみ。領域には同じ領域で対抗するしか手段はない。
故に、フィアーもまた領域で対抗するのは必然だった。
その足に絡みつこうとする有刺鉄線を弾いたのは―――一発の銃弾だった。
瓦礫の廃墟。
寂れた路地。
道路に散らばる銃弾。
その先にある寂れた教会、半壊した三女神の像の根元に黒鹿毛のウマ娘が銃を構えて立っている。その苛烈すぎる領域をアメリカの国民であれば当然のごとく知っている。ダートの上におらずとも、フィアーから放たれる本来の領域の主―――継承された領域の主に怒りを叩きつけるように、その名前が吠えられた。
「Sunday Silenceッッ!!」
叫ばれる名前に客席からサンデーサイレンスの嘲笑が響く。怒りを原動力に変えて走るウマ娘達が土のコースを走る。だが継承された固有で向けられる威圧も領域も、全て切って捨てて暴君のままに駆け抜ける。
もはや抜け出したそのスタミナを削る方法も、その足を止める方法もない。
―――それこそ、異次元の末脚でもなければ追いつけない。
ゴールラインを切った赤毛の暴君の影を、誰も踏む事は出来なかった。伝説の通り、赤毛は圧倒的なスタミナと暴力的な加速で後続のウマ娘を全て突き放して加速し続けてゴールした。
その日、アメリカという国は改めて理解した。ケンタッキーが決してフロックではない事を。伝説の継承者の名が偽りではない事を。
Crimson Fear、恐怖を刻む名前がアメリカの全土を揺らしに来たのだと。
その脳と臓腑に、しっかりと刻み込まれた。
クリムゾンフィアー
サイレンススズカを相手にひたすら走って練習してた
アフリートアレックス
この時期に領域が使える、非常の優秀
サンデーサイレンス
滅茶苦茶楽しそう
懐古厨おじさん
息をしてない