―――俺と良く知らんおっさんは争った。
無論、カピ君……カピバラの親権についてだ。おっさんはカピ君を抱いて寝たから自分が連れ帰ると主張したが、サンデーハウスで発見されたのだからカピ君はここで飼われるべきだと俺が言い争った。
サンデーサイレンスは焼いて食おうぜって主張したが俺達はこの瞬間だけ結託して反対した。結果、俺とおっさんは叩いて被ってじゃんけんぽんで決着をつける事となったので秒で氷漬けにして凍ってる所をハンマーで叩いて抹殺した。
ヒトがウマ娘に勝てる訳がねぇだろ!! 解らされてぇのか!!!!
そんな素晴らしい1日だった。
―――凡そ2~3週間後。
それがプリークネスステークスからベルモントステークスまでの時間だ。6月初めに開催されるこのレースはアメリカのクラシック戦線、3冠レースの最後を飾るレースであり、多くのウマ娘の脚の寿命を縮めてきた原因でもある。
ケンタッキー、プリークネス、ベルモント。間隔が短く脚を酷使するレースが立て続けに開催される故にこのクラシック戦線を抜けたウマ娘は多大な名声を得るのと同時に、その足の寿命を大いに削られるという話だ。
それでもウマ娘達は走る―――名誉のために、栄誉の為に、或いは自己満足の為に。そして俺もベルモントステークスが迫る中、等速ストライドの完成を目指してベルモントステークスへと出走する準備をしなくてはならない。
その為に今日もBig Red、セクレタリアトというレジェンドと併走する。
無限に加速し続ける脚。速度の上限を突破して疾走する姿。伝説はその本格化を終えて現役を退いても決して色褪せた姿を見せない。それこそ本気でレースをすれば勝つ事は出来るだろう。だがその現役時代の走りを、今の姿からも幻視する事は出来る。
そしてそれを見て、誰もが思う。
―――これには勝てない、と。
目の前を走る赤い影を追いかけるように走る。目の前では赤い尻尾が走るのに合わせてゆらゆらと揺れている。尻尾の揺らぎだけでウマ娘の感情は大体読める。今のセクレタリアトは自分の後継者になりうる存在に走りを伝授できる事に喜んでいる。
それが走りにも見える。
走り、そう、等速ストライドだ。
一切遠慮のない加速、そしてスタミナによるごり押し。無限に加速してスタミナが持つなら最強だろう。そう、誰だってそれを考えるがスタミナという限界が存在する以上、それは不可能に近い。だが等速ストライドはそれを可能にする。
問題はそれが、セクレタリアト本人でさえ言語化不可能な、センスと才能100%によって構築された伝授不可能な走法である事。だから誰も等速ストライドを継ぐ事は出来なかった。
俺という存在を除いて。
あの、ディーに負けた皐月賞でさえ、俺のスタミナは途切れる事が出来なかった。最終的にはトップスピードの差で負けた。だが限界まで振り絞った所でスタミナを消費しきる事はなかった。俺がこれより上の世界で戦う為には、必要なのだ。等速ストライドという走法が。
パワーとスタミナに恵まれた反面、スピードに欠ける。それが俺のスピカトレーナーからの評価だった。俺がそれを誤魔化せているのはあくまでも領域とレースコントロールによる賜物であり、トップスピードを技術で誤魔化している状態なのだ。
これでシニア期、他の連中が走り切るだけのスタミナを付けてくると俺の優位は大きく落ちる。だからこそ俺は俺だけの武器を磨き、他の連中が追い付いてくる前に更に強くなる必要がある。等速ストライドはその全てを解決する鍵だ。
とはいえ、その習得が異様に難しい。
「フィアー! フォームが乱れてる! 余計な事を考えるなッ!」
「はい!」
コースの外から西村Tの叱咤が飛んでくる。西村Tの言う通りだ、余計な思考をまずは排除して走る事だけを考えなくてはならない。
セクレタリアトの等速ストライドによるストライド幅の微調整は全て勘とセンスによって行われている。天性の才覚に経験をミックスして限界まで練り上げて煮詰めたのが等速ストライドの正体だ。つまりそれを言語化する手段は恐らくは無い。説明した所で理解できる範疇を超えている。
だから、ひたすらセクレタリアトという伝説の走りを体に刻むしかない。
無限に併走を繰り返して、そのセンスを理解しなくてはならない。幸い、俺は感じとり、継承するという行いに関してはこの星で一番得意だと自負している―――領域のスペシャリストとは、そういう能力がずば抜けているのだから。
だけど逆に言えばそんな俺でも、最も集中力を高められるGⅠのレースという環境下で等速ストライドを発展させられるのは僅か1~2割程度なのだ。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ―――」
「歩幅が違うぞ!」
「はいっ!」
叱咤を受けて集中し直す。意識してゾーンに入る。等速ストライドを完全に継承する為にセクレタリアトの歩幅、体の揺れ、体重の動かし方、そのセンスと思考力を全て読み取って行く。そして感じ取る全てを自分の体に張り付ける。
だがそれだけでは駄目だ。セクレタリアトの等速ストライドのままでは、駄目だ。セクレタリアトのものから俺のものへとコンバートしなければならない。
俺の体格、癖、趣向、体の揺れなどに合わせて全ての細かい所を調節して変えないとならない。その上で歩法本来の効果を残す―――これを全て脳で管理し、コントロールする。セクレタリアトのセンスというものを脳内でエミュレートしてから自分の体用にコンバートして運用してるのだ。
脳がフットーしそうだよぉ。
「邪念!」
「うす……」
西村Tの頭の上でカピ君が頑張れの欠伸をしてる。それに癒されながらも楽しそうに前を走る赤い伝説の姿を追いかけ続ける。どれだけ走っても衰える事のない輝きは確かに、人の魂を焼く程に眩いだろう。
俺が得意とするレースコントロールも、領域の展開も、等速ストライドを使おうとすれば明らかに脳の処理が追い付かないから、諦める必要がある。だがそれはまだ完成されていないからだ。
この伝説の走りを覚え、そして完全な形で再現できるようになった時、漸く俺は全ての力を使ってレースを走る事が出来るようになる。
「Hey,ついてこれてるかシスター」
「まだまだ、全然余裕だよ御大」
「はは、ならまだまだ走っても良さそうだな」
楽しそうに笑って更に加速する。引退してるなら少しは脚を労れよと心の中で叫びながら背中を追って行く。加速する際の脚の動きを脳裏に刻み付けて走って。
走って。
今日もまた走って。
走り続ける―――ディーがダービーを勝ったという知らせを聞いてから体は火照り続けていた。
「ん-、やっぱり凄いなフィアーの脚は。あれだけ走ったのに異常もなければ過度な疲れもない……」
「むおー」
練習後、脚の疲れを抜く為にトレーナーにマッサージを受ける。カピ君を枕代わりに顎の下において顔を埋めつつ脚をトレーナーに任せる。そんな俺達の光景をサンデーサイレンスは不思議そうに見てる。
「お前ら、デキてんのか?」
「趣味じゃない」
「そういう対象には見れないかなぁ」
苦笑する西村Tの姿を見てサンデーサイレンスが成程、と頷いた。
「ゲイか」
「年下が対象外ってだけですよ!?」
「姉御、姉御。ウチのトレーナー実は職場から数人から狙われている訳でして」
「へぇ」
「日本のトレセン学園は職場恋愛ありなんだ」
セクレタリアトがシャワーを終えた下着姿で部屋に出てくる。見られる事に一切の恥じらいという概念を持たないレジェンドは、もう少し慎みという概念を覚えるべきだと思う。
「アメリカは違うの?」
「こっちは下半身も銃を抜くのも早い」
「地獄じゃん」
「だから女性トレーナーが推奨されてるぜ、こっちは。そっちはどうなんだ?」
日本のトレセン学園はそう考えると割とモラルが高い。まず学園長がロリって時点で凄い。次に秘書が正体を隠してるウマ娘って事で更に凄い。そしてトレーナーが担当とくっついても卒業までお手付きしてない辺りがもっと凄い。
凄いぞ、日本トレセン学園! それで良いのかは解らない。
「あ、でもヤバイトレ担当コンビならいるよ日本」
「どんなのだ?」
「トレーナーで人体実験する奴」
「警察呼べよ」
仰る通りです……。
もみもみもみ。トレーナーに脚を揉まれ極楽気分を味わいながら6月が始まる。6月、ベルモントステークスがついに始まる。そこで勝てば俺は日本バでありながらアメリカのクラシック三冠を獲得した唯一無二のウマ娘になる。
ちょっと、ずるをしているような気もするが……勝つべきレースは勝たせて貰う。
とはいえ、俺の目標は凱旋門だ。なんか凱旋門よりもヤバイとか言われてるが無視だ、無視。俺は凱旋門でチワワと雌雄を決したいのだ。だがベルモントの次はトラヴァース、それからBCクラシックと予定は詰まっている。
「どっかでヨーロッパのGⅠに出ておきたいなあ」
洋芝、どういう環境なのかちょっと興味がある。
「ふむ」
俺の呟きを聞いて西村Tが唸る。何か考えてくれるみたいだ。あー、と声を零してカピ君の腹に顔を埋める。
次走、ベルモントステークス……、まあ、絶対に出走者全員で俺を潰しに来るだろうなあ。
対策が、必要だ。
クリムゾンフィアー
まだ大統領だと気づいてない
サンデーサイレンス
大統領だって知ってる
セクレタリアト
大統領だと知ってる
西村トレーナー
大統領だと知らないフリをしてる
アグネスタキオン
通報された事がある