転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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38話 ベルモントステークス Ⅱ

 日本の皆からエールは貰った。心も体も力と充足感で溢れている。

 

 俺のように反則的な存在がどれだけ許されているのかは解からない―――だが本能が走る事を求めるのであれば、あるがままを受け入れるだけだ。細かい事を考えるのは今更ない。ただ走り、勝つだけ。自分が行ける所まで行きつくまで、走り続けるだけだ。

 

 パドックを出て地下バ道へと入ると、俺を待ち受けるようにAfleet Alexの姿がある。

 

「Crimson」

 

 悪意や嫌悪の類は感じない。その視線は真っすぐ此方を捉えている。

 

「よう」

 

「Crimson……日本から来やがった怪物め。お前さえいなければプリークネスは私が取れていた筈なんだ。ステイツの冠はステイツのウマ娘が取るべきだ」

 

 ぐっと、拳を握り此方を睨む。

 

「そう思っていた。だけどお前と走る度に心が熱くなる。圧倒的な壁を見て血が沸騰するように燃え滾る―――お前と、走れて良かった。それだけだ」

 

 そう言うと先にゲートへと向かう為にコースへと向かった。その背中姿を眺め、苦笑を零す。

 

「気持ちのいい奴じゃんか」

 

 敵意はあるが闘争心の産物だ。悪意や嫌悪感はなく、ただ勝ちたいという気持ちがそこにはあった。結局、強さの質や方向性が違うだけでウマ娘はウマ娘……スポコン世界の法則らしくその根底にあるのは善良なものなのかもしれない。

 

 Alexに挑戦状を叩きつけられゆっくりと地下バ道を出る。

 

 陽の光と共に歓声が爆発する。蹄鉄が踏みしめるのはターフではなく土のダート。思えば日本からだいぶ離れた場所へとやって来てしまった。手を翳して観客の声に応えながらゆっくりとゲートへと向かって歩く―――その間も、ずっと他のウマ娘の視線が突き刺さる。

 

 もうわかる、全員で俺をマークしているという事実に。

 

 確実に俺を潰しに来る。それがこのベルモントステークスで勝つ為の最低限の条件なのだろうから。だから全員、総力を挙げて俺を潰して、その後で主導権争いを始めるだろう。それは既に事前のミーティングで認知していた事でもある。

 

 問題はどこまで、相手がその手を駆使できるかという点についてだろう。

 

 そして俺がこのレース中に、どこまで成長できるか。

 

 次走のトラヴァースステークスはクラシック限定のレースだ。だがBCクラシックはシニア込みのレースになる。シニアとクラシックの間の能力的な差は非常に大きく、クラシック級のウマ娘がシニア級のウマ娘に勝つ例は稀だ。

 

 故に、それまでに俺の走りを限界まで仕上げなきゃならない。より強い相手、より激戦を制して限界まで己の力を高める必要がある。このベルモントステークスは3冠を締めくくるレースであり、そして全てのウマ娘が勝利に食らいついてくる戦いだ。

 

 俺も、ここでまた一つ上を目指さなくてはならない。

 

『威風堂々と1番人気はこの娘、Crimson Fear!』

 

『Big Red唯一無二の後継者! 彼女はその才能と実力は国籍等関係ないという事実を証明した! 既にクラシック2冠を獲得した深紅の恐怖は今日もレースに消えない傷跡を残して行くのか! 彼女が真に等速ストライドを継承できたのか、彼女の走りで証明して貰いましょう!』

 

 何時も通りの煽り。しかしそこにヘイトはなく、純粋にレースを盛り上げようとする意志を感じる。

 

『さあ、真剣な表情を浮かべた各員ゲートに収まって行きます……』

 

『ベルモントステークス、いよいよ始まります』

 

「ふぅー……」

 

 息を吐いて集中力を高めながらゲートの中に入る。ゲートに入るだけで既に周りからプレッシャーを掛けられているのを感じる。何人かが領域展開を行う準備に入っている。そういう精神の高ぶりを肌で感じ取られる。

 

 そうなると、勝負は序盤から中盤にかけてだ。

 

 終盤までに抜け出す事が出来なければそのままバ群に沈められると考えるべきだろう。相手の妨害を交わし、等速ストライドで無限加速状態に入る―――そうすれば誰も俺を止める事が出来なくなるだろう。

 

 そう、それこそ異次元の末脚を持つウマ娘でもいない限り。

 

「……」

 

 両手を合わせて、口元で合掌するように目を瞑り精神を統一する。恐らく今、日本でこのレースの中継を見ているライバルの存在を思い出す。彼女なら―――彼女なら……果たして、俺に勝てるのだろうか? いや、勝つだろう。あれだけ手を尽くしても皐月賞で負けたのだ、彼女は絶対に勝ってくる。

 

 だから俺も、彼女に勝てる俺になりたい。

 

 彼女がライバルとして誇れる俺でありたい。

 

 すぅ……と目を開けて走りだす為のフォームを取る。直感が、感覚がゲートは間もなく開くと訴えてくる。それに備えて態勢を整え、走りだす準備を追える。騒がしい歓声も、吠えてくるような声も、実況の茶々も全ては遠くに置き去りにする。

 

 拡大した感覚で他のウマ娘達の存在を捉え、視線を向けずその動きを把握するのに努める。威圧が、プレッシャーがガンガンと突き刺さってくるのを精神性で受け流す。開始前から出遅れさせる為の戦術は既に動き出している。

 

 だからそれを認知しながら静かに呼吸を整え―――今、ゲートが開いた。

 

 コンセントレーション。出遅れる事はあり得ない。開ききる前に体は飛び出している。僅かな隙間に接触しない様に前へと向かって滑りだす。一瞬でギアを入れ替え、先手必勝の心得で足元の地を固めて加速する。

 

「さ、させるかあ―――!!」

 

 瞬間、デバフの嵐が叩き込まれる。

 

 威圧、精神性で受け流す。

 

 熱いまなざし、精神をコントロールして緊張感を抑え込む。

 

 悩殺術、惚れた相手以外に見惚れるかボケが。

 

 独占力、精神力のみでは抗い切れない。技術的に得た加速力と速度を一瞬だけ潰される。リスタート、先頭を取る事へのプライドで後ろへと引き戻される感覚を振り切る。それを狙う様に眼光が突き刺さるのを気合で弾く。

 

「止まれ、止まれ、止まれ―――」

 

 暴風の領域が発生する。抜き去る為に追い風を受けて後ろから加速してくる姿がそれを利用し、向かい風を生み出す。領域に対抗する為にまず一手、領域を切る。踏みしめたダートからパキリ、と氷が砕ける音がする。

 

 瞬間、暴風が凍って拮抗する。領域によるデバフ効果を領域を瞬間的にぶつけ合う事で相殺し、影響力を脱する。

 

 だが次の領域が一瞬で迫る。響く轟音、大地の躍動する気配。山に木霊する様な足音は脳と感覚を揺さぶってくる。誰の領域であるかを確認する暇なんてない。サンデーサイレンスから継承した領域を展開し、弾丸を打ち込む。三発、叩き込まれた弾丸が領域に突き刺さり罅を生む。

 

「こいつ、クソ!」

 

「だが止める、ここで止めなきゃ勝てない……!」

 

「は」

 

 序盤戦を抜けたばかりという段階で既に地獄の様な領域とデバフによる乱戦が展開されている。焦り、駆け引きを生み出そうと仕掛けてくるのを弾きながら新たな領域が展開される。頭上に星空の宇宙が展開され、発動したウマ娘の精神性を強固に補強し、己の領域の展開により加速力が向上する。

 

「借りるぜ」

 

 豪雨と暴風が打ち付けるように星空の宇宙に叩きつけられる。本物であると錯覚する様な雨、その中でも楽し気に歌って走るウマ娘の姿が幻視される。ターフの魔術師とさえ呼ばれたウマ娘の領域が展開され、イメージがぶつかり合い、喰らい合う。

 

「っ、ぅ―――くっ―――!!」

 

 

 その合間を、Afleet Alexが抜けて前に出た。中盤もその半ばに差し掛かった所で殺人的な加速力を出して前に出る。前に出なければ勝てない、それを彼女は最初から理解していた。脚を引くのではなく、その争いを利用して前に出る。

 

 そして後はスタミナを全て注ぎ込んで最後まで全力で走り抜ける―――それが彼女の戦略だ。

 

「は」

 

 面白れぇ……! 顔が笑みで歪むのを自覚しながら降りかかる領域を気合で振りほどく。自分に襲い掛かるデバフの類を受けた上で脳味噌を加速させる為に余分な情報をカットする。脚が重く感じる。呼吸が荒くなる。だからどうした。

 

 今、今日、この場で、最強は……この俺だ。

 

 加速する。

 

 等速ストライド。伝説と呼ばれるその走りで加速する。自分に降りかかる妨害札、それを受けた上で強引にスタミナを犠牲に加速する。自分の体にかかる負荷を、想いを振りほどくような加速力をぶち込む。加速する肉体がトップスピードに立ってハナを走るAfleet Alexの姿を捉える。

 

 その視線が最終コーナーに差し掛かる所で、ちらりと俺の姿を確認した。

 

「来い、Crimson……決着をつけてやる」

 

「言われなくとも、先頭(そこ)は俺の場所だ」

 

 ハナを走るAfleet Alexが後の事は知るかという速度で走る。そのスタミナが最後まで持つとは思えない。或いはそれすらも無視して加速しているのかもしれない。じりじりと追い詰める中でAfleet Alexが領域を展開する。

 

 己の空間、己の世界観、己の居場所―――自分が勝つために構築するイメージ。

 

 それがAfleet Alexから放たれる。此方へと這い寄る様なデバフ型の領域。それが俺の加速力と足を止めに来る。領域で対抗するのは簡単だ、だが領域で対抗すればその瞬間に等速ストライドは崩れるだろう。

 

 だから集中する。

 

 レース中にしか構築できない極限集中状態。精神の高ぶりとレースという環境でしか構築できない意思で脳を、考えをコントロールする。

 

 セクレタリアトが天賦の才能とセンスで構築する走り、それをエミュレートしながらクリムゾンフィアーとしての形へとコンバートし、センスを感覚と論理的に解釈する。それを己の体に反映しながら―――領域を展開する。

 

 足元に彼岸花が咲き乱れる。頭が痛い。無駄がまだあるからだ。息を入れながら加速する。蹄鉄が足元の彼岸花を踏みしめて進む。迫る影を彼岸花の花弁が弾いて散らしてくれる。そうすれば残されるのは純粋なスペックによる勝負。

 

 舞い上がる花弁が燃え盛って消えて行く中で加速が速度の上限を超える。肉体強度が許す所まで加速が速度へと変換されて行く。前を進んでいたAfleet Alexの姿が横に並び、限界を超えようと吠える姿が見える。

 

 その熱情、決意、覚悟―――全てが美しいものだろう。

 

 幼いころからクラシックの夢を見たに違いない。アメリカのウマ娘として、クラシックのGⅠレースで勝利する事は多くが見る夢だろう。その為にこれまで走ってきたに違いない。

 

 だが、だが……だ。

 

 ―――決して、想いの重さが強さへと繋がる訳ではない。

 

 想いが強ければ勝てるという訳ではない。

 

 より強く、そして才能を磨き上げた者が勝つ。それがレースの理。

 

 最終直線、Afleet Alexは垂れる事はなかった。だがその横を外側から抜いて行く。内ラチ横を確保して最小限の動きで突き進む姿を躱して前に出る。速度はまだ上がる。足元の彼岸花は咲き乱れている。ゴールまでのラインは既に敷かれている。

 

 赤い死のカーペットの上を疾走する。

 

 もはや邪魔できる存在はいない。

 

 1バ身、2バ身……3バ身。

 

 止められる者がいなくなれば等速ストライドはその本領を発揮し、限界を超えた速度を見せる。だがその全てが発揮される前にゴールラインは切られた。

 

 歓声に祝福される中、玉の様な汗を零しながらゴールラインを切り、拳を掲げる。

 

 勝利を祝福するように放たれる声の中、アメリカのクラシック3冠レース、その最後の冠を強奪した。




クリムゾンフィアー
 ワートリの推しはオッサム

Afleet Alex
 この後ワートリを布教される

パパラッチ
 カピ君の牙によって全滅した
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