転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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39話 Crash!

 歓声が爆発している。アメリカ全土が俺の偉業と現代に打ち立てられた伝説を祝福している。見る者全てが俺の走りに魅了され、そして認めた―――俺が、セクレタリアトの後継者であると。実情はまだ、走りは完璧ではない。だがそれでも、俺は走り切った。

 

 アメリカ三冠、未だに成しえぬ日本バでの伝説を。

 

 ライブを踊り切り玉の様な汗が体に張り付く。だがその感触でさえ愛おしい。アメリカのウマ娘をバックダンサーに俺はセンターとしての役割を果たしきり、ステージの上で今回訪れた全ての人たちに自分の勝利する姿を刻み付けた。吐き出す息は熱く、熱が籠っている。だがその火照りでさえ今は心地が良い。

 

「ありがとう! ありがとう」

 

 素直に祝福を受け入れるように手を振って、名残惜しまれながらステージを去る。舞台裏に出た所で背中を勢いよく叩かれた。

 

「Crimson……お前は凄い奴だよ。日本バとか関係なく、な」

 

 そう言って1人、悔しそうに涙をこらえながら去って行く。

 

「お前はアメリカンドリームを体現してみせたんだ……生半可な走りを見せるんじゃねぇぞ」

 

「おめでとうCrimson……ムカつくけど、クラシック最強はお前だ」

 

 唇をかみしめながら、闘争心を燃やしながら、或いは涙を零して。クラシック三冠の戦いはこの二か月の間に終了した。もう二度と、終わった時間は戻ってこない。その悔しさに胸を焦がしながらライブを終えたウマ娘達は去って行く、次のレースへと向けて。

 

 クラシック三冠は確かに終わった。だけど俺達のレースはまだ続く。このレースは、まだ長く続くレース人生の始まりでしかないのだから。

 

「Crimson」

 

「Alex」

 

 名前を呼ばれて振り返ると、アメリカのライブ衣装に身を包んだAfleet Alexの姿がある。手を前に、真っすぐ差し出してくる。それに迷わず応えた。

 

「Crimson、お前は強かった。強すぎるぐらいに強かった。本音を言えばずっと羨ましくて腹立たしかった。どうして日本のウマ娘が……私達じゃなくて、日本なんて競バ後進国のウマ娘があのお方の後継者だなんて」

 

 歯を食いしばりながら言葉を口にする。手を握り締める力が強い。だが次第に、力が抜けて行く。

 

「だけど……納得したよ。お前は勝った。アメリカの三冠を。そこにはもう、日本もステイツも関係がない。お前がお前だから勝ったんだ。悔しいけど……悔しいけど此処までやって負けたなら完敗だ。お前が、今のアメリカクラシックの……ナンバーワンだ」

 

 とん、と胸を叩かれる。

 

「誇れよ、ライバル」

 

 そう告げてAlexも去って行く。その背中姿には嫌にもクラシック戦線、その最大の祭典が終わってしまった事を物語っていた。全てのウマ娘が舞台裏から消えるのを待ってから、ゆっくりとステージ衣装に包まれたまま控室に行く。

 

 体を巡る熱狂、その感覚を味わう様に一歩、また一歩進んで控室へと漸く戻って来た。未だにステージの方から熱狂冷めやらない観客たちの声が響いている。控室に戻れば西村Tの姿がそこにある。タオルとスポーツドリンクを片手に、微笑む姿が見える。

 

「お疲れ様、フィアー」

 

「おう」

 

 タオルを受け取って汗を拭い取り、スポドリを飲んで失った水分を補う。体の中に流れ込む感触に生き返った気分になる。なんだかんだでライブもレース程ではないがハードだ。というかレースの後でライブをするというのが中々ハードな事だ。

 

「凄い取材の申し込みがあるけどどうする?」

 

「めんどくさいけど1回大きなメディアに出ておいた方があとくされないよね」

 

「じゃあこっちで何個かマイケルさんと相談して見繕っておくよ」

 

 知らないおっさんとどうして相談するんだ? もしかしてあのおっさんメディア関係のお仕事でもしてるのか? この前カピ君と戯れながらなんか色々と教えてたけど。動物調教師じゃなくてメディアの方だったのか……もしかして乙名氏と同類のおっさんなのかもしれない。

 

「はあ……未だに信じられねぇわ。アメリカ三冠をなんで取ってるんだ俺……」

 

「僕が一番言いたい事なんだよなあ、それ」

 

 そう言って西村Tは苦笑する。

 

「まあ、でも、初めて担当させて貰った娘がこんなとんでもない奴だったんだ。以降の生活ではもう驚く事はなさそうだね」

 

「ははは、次はトラヴァース、そしてBCクラシックだ。越えれば今が目じゃないレベルで忙しくなるぜ」

 

「はは、そうだね。君なら問題なく超えられそうで楽しみだよ。次はどんな景色が見られるのか、って」

 

「任せろよ、トレーナー。俺がアンタを見た事のない景色まで連れてってやるからよ」

 

「期待してるよ。さ、帰ったら祝勝会だ」

 

「うわ、皆はしゃぎそう」

 

 笑いながらトレーナーが控室から出て行く。1人残された所で服を脱ぎ、下着姿になった所で汗を拭いながらステージ衣装から私服に着替える。漸く身が軽く感じられる服に着替えられ、気が抜けた感じがする。ふぅ、と息を吐いて前髪を軽く弄る。

 

「ほんと、遠くに来たんだな。ここまで来たらどこまで行けるのか試すのも楽しそうだわ」

 

 にひり、と笑みを浮かべる。走るのが最近は楽しくて楽しくてしょうがない。着替え終わって控室を出るとサングラスを装着する―――まあ、赤毛のせいでまるで変装にはならないのだが。待っていたトレーナーと合流し、そのまま競バ場の外へと向かう。

 

 またマスコミやら何やら待ち受けているんだろうなあ……とちょっと憂鬱になっていると、競馬場の外、関係者口の外で待機している筈のマスコミパパラッチ連中が全員ぼろぼろの状態で地に伏していた。

 

「なんで全滅してるんだこいつら……」

 

「猛獣とでも戦ったんじゃないかな」

 

 アメリカだしまあ、あり得るやろ。お蔭でマスコミ共に邪魔されずに車に乗り込める。倒れ伏すマスコミ共を避けながら車まで移動すると、西村Tのスマホからうまぴょい伝説が鳴りだす。

 

「おっとごめん、ちょっと電話に出るね」

 

「あいあい。先に乗ってるな」

 

 車の扉を開けて乗り込み、俺は良い子なのでちゃんとシートベルトを締める。助手席に座った所で背をシートに預けて息を吐く。これで等速ストライドも良い感じに完成度が高まって来た。後は年内にどれだけ完成度を上げられるか、という話だ。

 

 BCクラシックまでは見据えているが、その後のレースをどうするかという話もある。年末は日本に帰って有マを走るか、それともディーとの対戦を回避する為にアメリカに残るか。アメリカで走るのも楽しいけど、伝統と歴史の欧州のレース場を荒して回るのも楽しそうだ。

 

 等速ストライドが未だに踏んだ事のない、ヨーロッパの芝を走るのはきっと、誰もが楽しみにしている事に違いない。

 

 そして何時かは凱旋門を……日本のウマ娘が夢見る舞台に挑戦したい。人はアメリカ三冠もまた偉業と言っているが、正直ダートの凄さというものは未だに伝わってこない。解りやすく凄い、という話になるとやはり凱旋門になる。

 

「まあ、この先も思うがままに走るかな。健康で頑丈な体があるんだし」

 

 神様は知らないけど、それでも生まれた来た事に意味があるのなら前人未到に挑み続けるしかない。その全てを走り終えた果てにきっと、俺だけのゴールが待っている筈なのだから。

 

「……って、トレーナー遅いなあ。電話長引いてるのか?」

 

 窓から車の外に視線を向けると少し離れた所で忙しそうに電話対応している西村Tの姿が見える。まあ、アメリカ三冠を獲ってしまったんだ、アメリカだけではなく日本からも連絡が凄い事になっているのだろう。忙しそうな姿を見て微笑む。

 

「走らせてくれてありがとよ相棒」

 

 

 

 

『なんとか、そこをなんとか。年末は日本で―――』

 

「いえ、要望は解りますがそこは本当にフィアーの都合次第なので。彼女が年末をアメリカのレースに出たいと言ったら私はそれに尽き従う予定ですので」

 

『クリムゾンフィアーは今では日本の英雄なんです。前代未聞の大偉業を達せいした彼女を是非日本で過ごさせて欲しいんです』

 

「解ってはいるんですが、彼女の走りは自由であって欲しいんです。要望や誰かの思想でレースを縛ったら彼女の魅力が損なわれるんです。誰にも囚われないからこそ今の彼女の輝きがあるんです。そこで無理矢理日本への都合を付けたらそれはもう、彼女ではないんです」

 

『解ります、解りますけど彼女を待っている日本人は多いんです』

 

「はあ」

 

 溜息を聞こえないように零す。アメリカのメディアからだけではなく、日本のURAからも凄い催促の電話がかかってくる。当然だ、今では彼女は日本とアメリカの英雄だ、誰もが認める新時代のスターだ。そんな彼女の存在を国を挙げて盛り上げたいに決まっているのだろう。

 

 声が聞こえないように少し離れた車に視線を向ける。車の中で待つフィアーは両足をダッシュボードに乗せ、此方に気づいて手を振り返してくる。投げやりにも見える姿に苦笑を零し、やる気が湧いてくる。

 

 彼女の走る果てが見たい。その想いが自分の中にある。きっと、彼女ならアメリカも、ドバイも、欧州も走れる。その先伝説となった彼女の走りの終着点が見たい。その為であれば多少の苦労なんてものは厭わない。自分も、相当脳を焼かれてしまっていると自覚してしまう。

 

 もう一度フィアーを見て、気合を入れようとして、

 

 ―――次の瞬間、高速で突っ込んできたトラックがフィアーの乗っていた車を粉砕した。

 

「……は?」

 

 道路から明らかに狙って突っ込んできたトラックが周りのもの全てを薙ぎ払って粉砕しながら一直線にフィアーの乗る車に突っ込んで破壊した。フロントがひしゃぎ、折れ、横転し、砕けた車のボディが転がる。それでも勢いの止まらないトラックは衝突したフィアーの車の横を抜けて競バ場にそのまま衝突して停止する。

 

「え、あ、あぁ……」

 

『西村さん? どうしたんですか西村さん? 今の音はなんですか?』

 

「ふ、フィアー?」

 

 呆然とした声しか出ない。集まりだす人と警備、何事かとカメラを回し始めるマスコミ。

 

 ―――クリムゾンフィアー、襲われる。

 

 その事実が漸く、脳が理解した瞬間には全てが手遅れだった。




クリムゾンフィアー
 意識不明



 数日程更新休みますね。

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