転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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貴女の居ない日々

「―――では最後に2500メートルを意識して走ってください」

 

「はい」

 

 促されるままにターフのスタートラインに立った。走りだす為のポーズを取り、視線を横へと向ける事なく前へと向ける。集中力を高め、雑音を排除する。必要な音だけを拾う様に意識をコントロールし……。

 

「始め!」

 

 声に前へと飛び出す。

 

 目の前に15人のウマ娘が走っているのを想定し、幻視し、後ろへと控えるように速度を落とす。加速力を溜める為に呼吸と足を残し、序盤戦を潜伏するように過ごす。そこから中盤戦に入り逃げで距離を稼ごうとするウマ娘の姿を窺い、自分の速力をコントロールする。

 

 俯瞰……俯瞰する。余計な情報はカット。今の速度、知っている末脚、そこから相手がどれだけの距離を稼げるのかを脳内でシミュレートする。必要な情報は全てターフの上に転がっている。だがそこから必要な情報のみを吸い出し、完全にコントロールする様な技術は自分にはない。

 

 だから集中する。自分の走りだけに。

 

 私が走れる最高の走りを常に走り続けるだけ。

 

 中盤半ば―――先頭を行くのが世代トップの実力者であれば後続と距離を空け始めるだろう。中盤には加速力と速力の向上が必要とされる。だから自分も前に出る。ムリなんかしていない、自分のペースで前に出る。それが早すぎると言われる事もあった、だがその全ては走りで黙らせてきた。

 

 だから同じように前に出る。

 

 1人、2人、3人。有マを見据えてデータを頭に叩き込んできたウマ娘達の幻影が後ろに流れて行く。残されるのは同じ考えを持つゼンノロブロイのみ……彼女は強い、強くなった。8月のインターナショナルステークスも勝てた彼女ならば、間違いなく自分に対応してくるだろう。

 

 だが上がってくる彼女に合わせて先頭に立ち、中盤終わりから終盤にかけてハナ争いに入る。いや、都合の良い妄想だ。本物のロブロイはもっと強いだろう。簡単に勝てるとは思ってはならない。だから加速する。影となって一気に迫って上がる。疾風怒濤の如き勢いで一気に最終直線を見据える。

 

 ロブロイの幻影が後方へと流れて行く。ゴールラインまで阻むものはなにもない。このまま前へ―――。

 

 赤い影が上がってくる。

 

「―――」

 

 悠々と、自由に、地上の法則から解放されたような軽やかで楽しそうな走りで抜き去って行く。他の幻影とは違った強さは私の心の弱さなのだと思う。どれだけ足に力を込めても、どれだけ加速しても赤い幻影が先にゴールラインを切って抜けた。

 

 それに続く様に二番手でゴールラインを切る。

 

 少しずつ足を緩め、速度を落として行く。軽く瞬きをしている間に赤い幻影はその姿を消していた。コーナーの向こう側から視線を逸らしストップウォッチを手に握る樫本理子サブトレーナーに視線を向ける。

 

「流石です、上がり辺りのタイムも文句なし―――これなら有マでも良い結果を出せると思います」

 

「いえ、まだ、です。まだ、足りない」

 

 勝てない。彼女の幻に。何度走って強くなっても勝てない。皐月賞では勝っている筈なのに、ずっと勝てない。

 

「まだ、足りません」

 

「ですが有マが近い今、貴女に調整以上の走りをさせるつもりはありません―――今日はこれまでです、ディープインパクト」

 

 理子サブトレーナーにそう言われるともはや黙るしかなかった。リギルは徹底した管理主義。トレーニングの内容と時間は厳密に計算され、そして管理されている。言葉にすれば息苦しい様に思えるが、実際の所は少々の悪ふざけは許される、自由時間だって普通に存在している。

 

 リギルと管理主義という言葉が独り歩きした結果、恐れられているというのは2年近くチームに所属して理解した事だった。

 

「解りました、今日は……上がります」

 

「えぇ、お疲れ様です。しっかりと休んで疲れを抜いてください」

 

 こくり、と頷いてからまだ練習に精を出すチームメイトたちを見た。シンボリルドルフは東条トレーナーと何かを相談中、ナリタブライアンを始めとする一部のドリーム組は怪我をしない程度に流す程度に併走中、テイエムオペラオーはターフの真ん中でポージング、エルコンドルパサーは薙刀を振り回すグラスワンダーに追われていた。

 

 その姿を眺めてから軽くぺこりと頭を下げる。

 

「プイちゃんお疲れ様ー」

 

「お疲れ様ですー」

 

「グラス!! 挨拶する時ぐらいぃぃぃ―――!」

 

「お、お疲れ様、です」

 

 ぺこぺこと頭を下げてから足早にターフを去る。リギルの皆は優しく、良い人達ばかりだ。色々と付き合ってくれるし、遊びに誘ってくれるし、心配もしてくれるし。ただ、心の中にぽっかりと開いた穴を埋める事は出来なかった。

 

 その場所だけは、特別なものだったから。

 

「……着替えて、シャワー浴びてから、行こうっと」

 

 練習で沢山汗を掻いたから。シャワールームで着替えてから向かおう。まずは汗を流す為にシャワールームへと向かった。

 

 

 

 

 汗を流したらもう時刻は放課後になる。校内にいる時は基本的に制服の着用義務があるが、放課後までその規則が及ぶ訳ではない。というより、ストレスというものにウマ娘という種族は基本的に弱いらしい。

 

 放課後まで制服を着ていなきゃいけないとなるとちょっとめんどくさいという子がいたり、それをストレスに感じる子がいるらしい。だから放課後は制服以外に着替えても良し、というのがトレセン学園のルールだったりする。

 

 一部、寮長のようにしっかりしたウマ娘とかは放課後でも人前に出る時は制服なんて人もいるのだが、私はちょっとずっと制服である事に息苦しさを覚える。そう思えるようになったのもここに通ってからの話だが。以前、家に住んでいたころは自分の着るものなんて与えられるものだけでいいと思っていた。

 

 汗を流して着替え終わったら一旦購買部に寄る。そろそろ花瓶の花を変えなきゃな、と思い出して購買部で花束を買う。それを手に向かう先は他でもない、トレセン学園にある保健室だ。

 

 何せ、トレセン学園の医療技術やセキュリティは下手すれば病院なんかよりも凄い。特にウマ娘の治療と健康管理に関しては国内最高クラスの施設だと認知されている。どんな肌荒れや病気、精神的な問題だろうと直ぐに解決出来てしまう魔法の様な場所。

 

 ―――だから、彼女はトレセン学園で預かる事になった。

 

 花束を手に、保健室の扉をノックする。

 

「失礼、します」

 

「あら、ディープインパクトさんね? どうぞー」

 

 人の心を落ち着かせるような優しい声が保健室の扉からする。扉を開けて中に入ればスツールに座って仕事をする保健医のウマ娘の姿がある。タキオン等という胡乱な生物とは違い、ちゃんとした意味を持って白衣に袖を通すウマ娘だ。

 

「先生」

 

「お見舞いね? それじゃあ私はしばらく席を外しているから仲良くねー」

 

 とんとん、と書類を纏めると保健医が立ち上がって保健室を出て行く。軽く頭を下げてから見送り、保健室の奥へと視線を向ける。そこには一台のベッドがカーテンによって隠されており、その足元には黒いウマ娘の姿がある。

 

「こんばんは、ディープインパクトさん」

 

「マンハッタンカフェさん」

 

 保健室に入った直後には気づかなかった。闇に溶け込むような黒毛は自分と似たような深い色合いをしている……白が多いこの保健室では間違いなく目立つはずなのに、存在感すら気づく事が出来なかった。その事実に少し驚きつつも、視線を合わせる。

 

「お見舞い、ですか」

 

「えぇ、少し様子でも見ようかと」

 

 そう言ってカフェは手元のコップからコーヒーを飲む。保健室に心を落ち着かせるような心地よい匂いがしている。コップに口を付けるカフェが、小さく何かを囁いている。

 

やっぱり―――してない? となる―――に―――必要が―――

 

「あの……」

 

「……? あぁ、すみません。私はもう帰る所ですので」

 

 カフェは何もない空間をじっと見つめると、小さく溜息を吐いた。その後此方を見て、

 

「ディープインパクトさんも、あまり長居されないように。逢魔が時……あまり良くない者が出やすいですから。それでは」

 

 そう言ってカフェは横を抜けて保健室を出て行く。その姿を見送ってから保健室の一番奥にあるベッドに向かう。カーテンによって遮られ、入口の方から見えないようになっている一角がある。そのベッドの足元まで向かえば漸くそこで眠る姿が見える。

 

「こんばんわ、フィアさん……また、来ちゃいました」

 

 クリムゾンフィアー、日本もアメリカも沸かせた希代のウマ娘の姿が静かに眠り続けていた。花瓶を見て、少し萎びて来た花と綺麗に咲き誇る彼岸花の姿を見て。その中身を捨て、持ってきた花束と交換する。

 

「もう12月も、末が近い……ね」

 

 クリムゾンフィアー、アメリカダートでの圧倒的な力強さを証明し日本にアメリカクラシック三冠という前代未聞の記録を持ち帰る筈だったウマ娘。同室で、ライバルで……恐らく、私の人生で最も重要な存在だった。

 

 だけど彼女は起きない。

 

 6月、トラック事故―――ではなく、殺されかけてから。

 

 酷い事件だった。ドライバーはアルコール中毒者でギャンブラー、非公式のブックメーカーで金をかけている、言ってしまえばそう珍しくもないヒト。今の時代、トゥインクル公式がサポートしていなくても非公式のブックメーカーの類は多く存在する。勝負というものは何時だってギャンブルの対象になってきた。

 

 だがこのアル中の悪い所は、負けた事で自暴自棄になった事だった。どうやらドライバーの知り合いの証言によればアメリカで日本のウマ娘が勝つはずないと未だに現実を見ない発言をし、財産のほとんどを賭け、そして外した。

 

 その結果男は破滅した。だが自分一人では破滅したくなかった。

 

 だから憎きあのウマ娘諸共―――という、救いもどうしようもない顛末だった。

 

 日本は怒った。アメリカも怒った。大統領もキレた。だが問題を起こしたドライバーはフィアーの乗っている車を潰した後競バ場に衝突、そのまま爆破炎上して死んでしまった。責任を取るべき男はテロという形で死亡し、財産さえも残さなかった。

 

 行き場のない怒りだけが残り、自然と何が悪かったのかという話にすり替えられた。

 

 結果、今回の件で一番割を食うのは非公式のブックメーカーになった。法のメスが色んな所から突き刺さる。トゥインクル公式がギャンブルを禁止しているのに非公式を許すのはどうか、とか。だがそれぐらいしか怒りの行き場はなかった。誰もが認める偉業を果たしたウマ娘、その仇を取りたかった。

 

「フィアさんは、そういうのくだらないとか、言いそうだよね」

 

 くすり、と笑う。復讐に燃えるシーザリオの米オークス遠征。ロブロイの証明の為のインターナショナルステークス。海外へと挑戦したウマ娘達は日本を出てその強さを証明した。赤い暴君は決してフロックではなく、日本のウマ娘には戦う力があるのだと証明するように。

 

 ただ、その先陣を切ったウマ娘は今日も起きる事無く眠り続けている。

 

「ねえ、部屋が、広く感じるの」

 

 もう、12月だ。貴女は目覚めなくなってから半年が過ぎている。

 

「トラヴァースも、BCも終わっちゃったよ」

 

 この話をするのも何度目だろうか。

 

「暮れの中山、一緒に走りたかった。フィアさんが、我慢するって言うなら私も我慢したよ。もっと、大きな舞台で……凄い場所で、決着を付けようって」

 

 でも起きない。宝塚も菊花も勝った。ジャパンカップにリベンジしに来たアメリカのウマ娘達も撃退された。今年のトゥインクルの盛り上がりは凄い、日本全土が競バブームに飲み込まれている。誰もが注目し、熱狂している。

 

 ただ、そこに、貴女がいない。

 

「まだ、起きないんだ……ね」

 

 眠っているフィアーを見て、俯く。

 

「……なんで、走ってるんだろ」

 

 12月、暮れの中山が見える頃。

 

 クリムゾンフィアーは未だに起きず、しかしクラシックはその終わりを迎える時期になった。




ディープインパクト
 生活で人に頼らなくなった

マンハッタンカフェ
 何かを調べてる

大統領
 アメリカの裏社会に根付いた闇のブックメーカー組織と戦ってる
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