―――1時間程凍った校舎を歩き回って解ったのはこの校舎が現実のトレセン学園の校舎とほぼその姿かたちが変わらないという点だった。
試しに校舎を出てグラウンドへと向かえば、普通に外へと出る事が出来た。だが校門の外は闇で覆われており、とてもだが踏み出して良い様な気配をしていなかった。つまりトレセン学園という場所が完全な形で再現されていた。それをマンハッタンカフェはまず最初に確認した。
次に人。校舎には人の気配はあるのに誰も存在しなかった。人影すらない。だが気配だけは存在する。まるで薄いフィルターの一枚向こう側に存在しているような感触だった。何か、そこを知る為のピースが足りないという事を霊能探偵カフェちゃんは感じ取っていた。
「凍り付いた校舎は……間違いなくフィアーさんの領域によるものです。いえ、ここが心の中だと仮定するなら領域ではなく心の表現である筈です。つまり心の中で彼女は何かを凍らせている……という事でしょう」
再び保健室に戻って来たカフェは自分の得た情報を整理するように呟く。こういう時、茶々を入れるがアグネスタキオンは良くヒントを出してくる。それを元にカフェは推理を構築している。今日は2人のバディが両方揃っていない事実が、少しだけ心寂しい。
保健室のベッドを見る。クリムゾンフィアーの居た所には、代わりに大量の彼岸花が咲いている―――まるで彼女を供養するように。だが、アグネスタキオンの居場所にはなにもない。つまり彼岸花は彼女自身の事を示しているのだろうか、と首を傾げる。
「いえ、そんな安易なものではない筈です……もう少し深く考えてみましょう」
どうして―――どうして校舎が凍っているのか。それは領域以前に、フィアーの心の問題でもあるのだからそれを理解しないことには前へと進む事は出来ないだろう。とはいえ、ヒントはそう多くは無い。今しがた校舎を歩き回った程度では何も―――。
「いえ」
カフェは言葉を口から発して否定する。今しがた校舎を歩いて気づいた事があった。
「
ベッドには彼岸花が彼女自身と入れ替わるように。恐らくはそれが最大のヒントだ。調べる為にも保健室を出て、次はスピカの部室へと向かおうとするも、
―――かしゃん。
鉄が擦れるような音が響いた。
視線を廊下の奥へと向ける。何かがかしゃん、かしゃんと鉄が……いや、鎧が擦れるような音を響かせながら近づいてくる。
「セキュリティだ、追いつかれると面倒だぞ」
「っ!」
素早く横へと視線を向けるがもう、オトモダチの姿はそこにはなかった。その代わりにカフェは見る、廊下の奥から歩いてくる姿を。
それは動物だった。四足で歩行し、少々長い首をしている、そんな動物だった。顔も長く己に良く似た耳と尻尾を生やした動物だ―――ただし、その全身が鎧に覆われている。
知るものがそれを見ればその生き物をこう答えるだろう―――騎馬、と。
「成程、一筋縄ではいかないようですね」
言葉を発すのと同時に背を向けて全力でカフェが走り出す。その後を騎馬が追う。凍り付いた校舎の中、深層に近づこうとするものを追い払おうとするようにありえないレースが開幕された。
「おはよう、ディープちゃん!」
「……おはようございます」
「うーん、ディープちゃん微妙にお眠って感じだね」
朝、マヤノトップガンに早々捕まってしまった。歯を磨いて顔を洗って軽くシャワーを浴びて……それでも未だに眠気が抜けきれずに頭が微妙にぼーっとしてる。それでも朝の支度を全部一人で出来るようになったのは大いなる進歩だと誇っている。うん、1人で出来る。
「こっちこっち、早くしないと朝ごはん終わっちゃうよ」
「……うん」
「あ、頭がこっくりこっくりしてる」
マヤノに頬を突かれるが眠気のせいでうまく反応できない。それでも足は半年で慣れたルーティーンに従う様に食堂へ。マヤノに引っ張られるがままに食堂へと到着すると、テイオーが盆を手にこっちに手を振っている。
「こっちこっち。ディープは何時ものでいいよね」
こくりこくりと頷くとテイオーが食堂のおばちゃんから何時もの朝食セットを取って来てくれる。それを受け取り席へと座りもっしゃもっしゃと朝ごはんを食べていると、何時の間にか周りが騒がしくなっている。
「プイちゃん今日は有マでしょ? 応援してるよ」
「ありがとうございますぅ……」
「現地で応援してるから、負けちゃ駄目よ」
「うん……」
「ちゃんと野菜も食べなきゃ駄目よー」
「ばぶぅ……」
「あ、クリークの波動にやられてる」
味噌汁を飲んでいると段々と意識が覚醒してくる。そうだ、今日は有マ記念だ、のそのそと朝を過ごしている訳にはいかない。ずぞぞぞぞ……と朝食を食べ進めているとおぉ、という声が聞こえてくる。
「起きた! プイちゃんが起きた!」
「もう大丈夫そうだね」
「ねー」
心なしか自分の表情もきりっとしだした気がする。今日はまた凄いエネルギーを消費するレースに出るのだ、しっかりと朝ごはんを食べておかないとならない。ちらり、と別の席を見るとスペシャルウィークとオグリキャップが腹を出した状態で朝食を食べている。
「パーティーがあるとついついお腹が出ちゃいますよねー」
「とても良く解るぞ」
「少しは加減しいや」
ぽん、とタマモクロスの叩く音が食堂に響く。今日は有マ記念があるという事で多くのウマ娘がトレセン学園にその姿を見せていた。年末になれば実家に帰省するというウマ娘も、一年を締めくくるこのレースをライバルや同室の仲と一緒に見る為に集まっている。
自然と、その有マ記念で事前調査の人気一位を獲得している自分には、視線と期待が集中する。
クラシック5冠の記録、それを獲得する事を。
「今日は、勝つ……!」
「あ、やる気の顔だ」
「ちょっと眉に力はいってるの可愛いよね」
むんむん。拳に力を込めて気合アピール……している暇はない。朝食を食べてついでにおかわりも食べれば朝の支度は全部終わる。食べ終わったらお盆を返してマヤノとテイオーに軽く頭下げてから食堂を出る。
リギルの部室に向かおうとすると、横にエアグルーヴが並んできた。
「おはよう、ディープ。良く眠れたか?」
「うん、ぐっすり、眠れました」
嘘だ。ずっと浅い眠りだった。深くは眠れない。あまり、夢見が良くないから。眠ってしまったらもっと全てが悪くなりそうな気がして、深い眠りにつくのが怖い。だがそれを表情に出す事もなくエアグルーヴにやる気の表情を見せて答えると、
「そうか……ディープインパクト」
「はい?」
エアグルーヴに名前を呼ばれて思わず足を止める。エアグルーヴも足を止め、此方を見る。
「走るなら、己の根幹をしっかりと認識しておけ―――あやふやのままではどれだけ才能を持とうと、暮れの中山には通じないぞ」
厳しい言葉を告げてエアグルーヴが先に向かう。心無しか少しだけ足の速いエアグルーヴの背中を見送って考える。私の根幹―――どうして、走るのか。
「解らないです、そんなの、もう」
解らないけど走るしかない。ディープインパクトは望まれて走ったウマ娘だ。走る為に育てられ、走る為に育てられ、そして走る事を望んで走って来た。
だが今、己の根幹が揺らいでいる。どうして走るのか、その理由が見えない。
「解らないです、エアグルーヴさん」
もう有マ記念当日だというのに依然として頭の中はぐちゃぐちゃだった。心もぐちゃぐちゃで、肌だって見えない所は荒れているだろう。調子は最悪だし、コンディションだって上手く調整できていない。
それでも走るしかない。走るしかなかった。
ディープインパクトは―――これ以外にできる事を、知らないから。
マンハッタンカフェ
何時もの奴かー、という顔をしてる
ディープインパクト
朝が得意(自称
マヤノトップガン
赤毛がいない時はちょくちょく面倒を見ている
エアグルーヴ
この後傷ついていないかどうか不安で角の先でこっそり様子を見てる