転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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異種生物頂上決戦

 ―――駿川たづなが対峙する。

 

 保健室へと続く廊下の前に立つのは発光する物体……否、モルトレと呼ばれ親しまれるアグネスタキオンのトレーナーであった。普段から自由自在に発光するトレーナーの存在は既にトレセン学園では常識のように認知されている。それだけモルトレは常識を逸脱した状態が普通となっていた。

 

 そのモルトレが保健室への道を塞いでいた。

 

「PuiPui……」

 

「トレーナーさん……流石にこれはやり過ぎだと思います。アグネスタキオンさんとマンハッタンカフェさんが友人の為に何か行動を起こそうとしているのは理解しています。ですが保健室は重要な場所で、そこで眠っている彼女も大人の監督が必要な未成年の少女です」

 

 たづなの言葉にモルトレが頭を横に振る。

 

「PuiPui……」

 

「トレーナーさん……」

 

 否定のPuiPui。通りすがりのエアシャカールが欠伸を漏らしながら呟く。

 

「誰も突っ込まねぇ……」

 

 モルトレが言語能力を失っている? 今更の事だ。そもそも今年の新入生はモルトレが発光している姿とモルカーごっこしている姿しか目撃していない。最初からそういう生物であるとさえ認知されている状況で、ツッコミもクソもない。

 

「仕方がありません―――拘束させて頂きます」

 

 瞬間、たづなの姿が緑色の残像となって消えた。それを見物する通りすがりのウマ娘が声を零した。

 

「あ、あれは!」

 

「知っているのか!?」

 

「いや……良く知らないけど滅茶苦茶速い」

 

「うん」

 

「私も良く捕まりマース!」

 

 捕まる様な事をするなというツッコミが響く中、残像となったたづながモルトレを確保する為に動いた。人間の反射をはるかに超えた速度、絶対に捕捉したという事を確信させるたづなの動き。しかしたづなの手はその瞬間、無を掴んで通り過ぎた。

 

「なっ」

 

「Pui……」

 

 スライドする様な動きで、実像すらその場に残す様な美しく流れる動きでモルトレが回避していた。きゅ、とヒールが床を踏む。直ぐに姿を翻すようにモルトレ拘束にたづなが動き出す。だが捕まらない。最初からその場にいないようにたづなの手が空を切る。

 

 それを見ていたゴルシが成程、と声を零した。

 

「ありゃあ実体のある分身だな……普段から良く光ってると思ってたけど、ついに光る方向性をコントロールして視覚のトリックにまで取り込んでやがるっ! その上で汗を使う事で残像に重みを乗せて誤認させてやがる……!」

 

「人の体でF91みてぇな事するな」

 

「モルトレに……食券20枚だ……!」

 

 朝から保健室周辺が騒がしくなってくるが、実体のある分身を駆使するモルトレをたづなが掴み切れず、数メートルほど距離を空けて対峙する。

 

「成程……生半可な覚悟でそこに立っている訳ではないという事ですね」

 

「Pui……Pui……」

 

「解りました。なら私もトレセン学園の職員として、本気でお相手致しましょう」

 

 エアシャカールが欠伸を零した。そろそろ二度寝しようかな。たづなが帽子を脱いだ。その下に隠れているウマ耳を晒すと、被っていた帽子を廊下に落とし―――ごす、という音が響いた。良く見れば帽子が廊下にめり込んでいる。

 

「た、たづなさんが戒めを解いた……!」

 

「いや、モルトレを見ろ! あっちも本気だ!」

 

 静かにバルクアップする事で上半身の衣服を全て弾き飛ばしたモルトレが静かに両腕を広げ、円を描く様に動かしてから……構える。本気になるモルトレとたづなを前に、廊下は嫌でも緊張感に満ち始める。

 

 それを見てエアシャカールが頷いた。

 

「二度寝すっか」

 

 背後で始まる究極の戦いをガン無視して、エアシャカールは今日の授業をサボる事にした。

 

 

 

 

「んっ……到着しましたか」

 

 トレセン学園不思議生物頂上決戦が繰り広げられている頃、カフェは大穴の底に到達していた。僅かな眩暈と視界の暗転が層の切り替えを示していた。未だに自分が起きていないのはタキオンが上手く学園側を誤魔化してくれているからだろう。

 

「タキオンさんが誤魔化せている間に……間に……いや、またどうせバイオテロでも使って時間稼ぎでもしているんでしょ」

 

 そう言いながらカフェは漸く自分の目が周囲の状況を飲み込めるまでに慣れてきたのを知覚する。視界内の光景は一変していた。

 

 赤。

 

 赤赤赤赤赤―――赤い。赤い色で満ちている。血のように赤い彼岸花が視界の限りを埋め尽くしている。赤い花が狂ったように咲き乱れている。見える範囲で彼岸花の咲いていない場所が存在しない。それほどまでに暴力的な赤色が視界を満たしている。

 

「二つの領域の片割れ、彼岸花の方の蓋、ですね」

 

 凍結と彼岸花、その内本質に近い片方がここでは蓋としての役割を果たしていた。目の前に広がるのはトレセン学園ではなく、街の姿だ。どことなく素朴な雰囲気のある、普通の住宅街。カフェにはその場所に見覚えがあった。

 

「ここは確か……フィアーさんの故郷ですね」

 

 クリムゾンフィアーは名門ではなく寒門の出身。一般家庭で生まれ育ち、そしてスカウトされたウマ娘だ。スカウトされた結果トレセン学園の門を叩き、スピカに入部し、そしてアメリカで三冠を成し遂げるという偉業を成した―――何度考えても、勝ち鞍のおかしい女というのが誰もが思う事だった。

 

「骨を埋めるなら故郷が良い……って事でしょうか」

 

 腕を組み、思案する。先ほどはトレセン学園で今度は故郷、その意味はなんだろうか、と。クリムゾンフィアーというウマ娘が普段見せている悪ふざけとは別に、思慮深い一面を持っているのはそのレース運びを見れば良く解る。

 

 寧ろ走れるウマ娘程、フィアーの気性難が表面的なものだと解るだろう。本当の意味で気性難として振舞うには、フィアーのレーススタイルは賢すぎた。少なくともルドルフ、ハヤヒデ、ネイチャクラスのずば抜けた頭脳と状況認識能力がなければコントロールタイプのプレイヤーは務まらない。

 

 無論、ルドルフのようにギャグ方面が完全に天然さんという可能性も億が一、あり得るかもしれない。だが天然と呼ぶにはフィアーの行動には規則性が強く、そしてカイチョーチャレンジで無様を晒し続けている。彼女の性根は寧ろもっと、真面目なものだろう。

 

「まあ、それを口に出して本人に言うのは無粋が過ぎるでしょうけど」

 

 カフェが振り返る。背後には闇が広がっている。此方に進む事は出来ない。

 

 正面へと視線を戻せば、絨毯のように敷き詰められた彼岸花が住宅街にどこまでも広がっている。フィアーに関する調査の為にその生家を訪れたため、カフェは本来の姿と今の差異が見えてきている。だから彼岸花以外の変化は無いように思える。

 

「あ」

 

 と、そこで正面にオトモダチの姿が揺らぐ様に現れた。

 

「やっぱり―――サンデーサイレンスさん、ですよね」

 

 見覚えのあるウマ娘だと思った。割と最近テレビで見た姿でもあると。オトモダチと呼んでいた彼女の姿はここではもっとはっきりとした姿かたちを以ってサンデーサイレンスの姿を取っていた。それもアメリカでクラシック時期を走っていたころの勝負服を纏って。

 

 だがサンデーサイレンスの姿をしたオトモダチは正面、十数メートル離れた先で言葉を発する事なく足を止めて此方を眺め、振り返って姿を消す。

 

「ついて来い、という事でしょうか」

 

 歩き出しながらカフェは溜息を吐く。

 

「とはいえ、ここまで来て向かう先なんて一つでしょうが」

 

 足元を見れば、踏みつけられた彼岸花の跡がある。恐らくはオトモダチが残してくれた正しい道筋だろう。それを間違えないように彼女の足跡を追って不思議な住宅街を抜けて行く。どことなく現実に則していながらも、細かい所で違和感を覚える世界。

 

 或いはそれも、フィアーの記憶の底から作られた景色だからかもしれない。

 

「……後どれくらい時間が残されているかは解りませんが」

 

 足が止まる。彼岸花の敷き詰められた道を進み、到着する。一か所だけ、咲くのを避けるようにぽっかりと空間に穴が開いている。そこには一軒の家が建っていた。

 

「ゴールももう、近いでしょう」

 

 クリムゾンフィアーの生家、そこにだけは彼岸花が生えていなかった。




モルトレ
 自分の生き様に後悔はない

駿川たづな
 後悔して欲しい
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