転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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待たせたな

「―――確かに、貴方が凄い事に間違いはありません。ですが生まれ持った種族の差は覆せないんです……」

 

「P,pui……」

 

 ゆっくりと崩れ落ちるモルトレに悲鳴が上がる。だがモルトレは倒れない。膝を床につかず、倒れる寸前で体を止め、そのまま大きく飛びのくと保健室の前に立ち、拳を掲げるように気絶した―――モルトレ、意識を失ってもなお誰も通さないという漢立ちである。

 

 その姿に誰もが涙を流さずにはいられなかった―――否、約数名欠伸で涙を流しているが結果としては同じである。カワカミプリンセスなんて唐突にトレセン学園に降って湧いたバトル設定に興奮して自分もと立候補しかけている。これ、そういうもんじゃねぇから。キングヘイローが必死にカワカミプリンセスを抑え込んでいる間にたづなが前に出る。

 

「では保健室を―――」

 

「―――そこは、少し待ってもらいましょうか」

 

 は、と声を零して視線が廊下の先へと向けられる。そこに立っているのは霊障で何度も被害を受けていたマンハッタンカフェのトレーナー、通称カフェトレだった。ここしばらくは謎の赤いウマ武将のおかげでめっきり平和なカフェトレであったが、その様子は少しだけくたびれた様にも見える。

 

「トレーナーさんももしかして……」

 

「えぇ……僕はカフェのすることを信じていますから」

 

 苦笑しながらカフェトレはたづなと視線を合わせる。トレーナーの中に何人か人類を超越しているとしか考えられない連中が存在する。耐久力が異様に高い沖野トレーナー、忍耐力が限界突破している気性難の駆け込み寺と呼ばれているスイープ担当、もはやみんな知っている発光物体モルトレ……カフェトレも霊障関係で非常に有名なトレーナーの1人だ。

 

 だが、

 

「貴方では正直、その……」

 

「えぇ、まあ、僕ではどう足掻いてもたづなさんの相手にはなりませんね」

 

 カフェトレはそれを自覚していた。だからこそ横の窓を開けた。

 

「だから僕は今日、この場に間に合わせるべく最強の助っ人を呼びにアメリカへ行ってました」

 

 カフェトレの言葉にたづなが驚き、視線を窓の外へと向ける。

 

「ま、まさか―――」

 

「見るが良い! 貴女の相対者は今、空からやってくる!」

 

 誰もが外を見た。誰もが空を見上げた。遠い黒点だったものが徐々に近づいてくる―――そして近づくにつれ、それが何であるのかを気が付いたウマ娘が声を上げた。

 

「あ、アレはマンボデェェェス! マンボ!? マンボナンデ!?」

 

 1羽の大鳥が空を飛翔している―――その下には何かを掴んでいるようで、トレセン学園へと向かって高速で飛翔してくる。一瞬、アメリカ勢の誰かが来るのかと思ったたづなが首を捻った。だが次の瞬間にはマンボから射出された姿が窓を通り抜けて廊下へと着地する。

 

 その姿は茶色の毛で覆われた人と比べれば余りにも小さな姿だった。

 

 だがソレはワニに打ち勝った。

 

 だがソレはパパラッチを滅ぼした。

 

 そしてアメリカの大地で、誰よりも悠々と育った。

 

「か、カピバラッッッ!!」

 

 ―――カピ君、海を越えて今トレセン学園に登場……!

 

 

 

 

 ウマ娘vsカピバラ、世紀の決戦が行われる裏でカフェは漸く辿り着いたフィアーの生家の前で足を止めていた。ここだけ、不自然に彼岸花が途切れるように咲いていない。まるでこの場所だけは避けようとしているような意思さえ感じられる程に。

 

「……入らない限りは進みようがありませんか」

 

 この住宅街で妨害らしい妨害はなかった。或いはもう、妨害の類は必要がなかったのかもしれない。そもそも凍結トレセン学園も隠されているようで、実際の所ほぼ隠れていないのに等しい。それはクリムゾンフィアーの、大事なところは隠すつもりがないというスタンスの表れなのかもしれない。

 

 ともあれ、カフェは進む事を選択する。

 

 門を抜けると空気の感触が変わった様に錯覚する。前よりも軽く、そして薄い。体が少しだけ動きやすくなったような、そんな気さえする。ゆっくりと足元を確かめるように前に出て、扉を手を付ける。カフェの記憶の中にある通りの一軒家……現実でフィアーの事を調べる時に訪れたのと変わりはない。

 

「鍵は……かかってないですね」

 

 今更ここで罠という可能性はないだろう。扉を開けて中に入れば普通の玄関が広がっている。きょろきょろと辺りを見渡し、それから上へと繋がる階段を見つける。

 

 その前に軽く中を探索しようと、リビングへと向かう。

 

 リビングではテレビが付けっぱなしだ―――あれは年始の特番か。テレビに有名なウマドルグループが出演している。その前に半透明な幻影のようにディープインパクトと、フィアーの母親の姿がある。

 

「……そう言えば去年の年始にはディープさんを預かっていたんでしたっけ」

 

 ついでにファインモーション殿下も何度か出没していた事実も思い出し、このウマ娘の謎のコネクションの豊富さを思い出す。アメリカはアメリカで妙なコネクションを築いてきたらしいし、目覚めたら話したい事がたくさんある。

 

 改めて叩き起こす為の覚悟を決めて、視線をリビングから外し、キッチンへと向ける。フィアーの母がキッチンで料理をして、その姿が霞む様に消える。

 

 或いはこれはどこかで見た記憶、経験、それがリフレインのように繰り返されているだけなのかもしれない。ある意味では閉じた、悲しい世界だろう。だが同時に……どれだけ日常と呼べるものを愛していたのかを理解できるものでもある。

 

「好きだったんですね、自分を取り巻く日常が」

 

 テーブルを見ればファインモーションがラーメンを啜っている。キッチンを見ればディープインパクトが洗い物をしている。玄関に向かえばSP隊長がこっそりリビングを伺っている。入口に視線を向ければ西村トレーナーの姿が見えた。

 

 シンボリルドルフが新年の挨拶に来ている。バンダナの男が悪そうな笑みを浮かべて何かを持ち込んでいる。トレセン学園のスカウトが神妙な表情で居間に上がる。彼女が経験した過去の記憶、それがここでは垂れ流しになっている。

 

 ある意味では、ここが……彼女にとっての楽園で天国なのかもしれない。

 

「もう、すぐそこですね」

 

 階段を上がって二階へ。そして目の前には扉が。“Fear‘s Room”と書かれた扉はクリムゾンフィアーの部屋へと繋がる扉だろう。ここがゴールだろうと、そう確信してマンハッタンカフェがノブに手をかけ、躊躇する事無く一息に扉を開け放った。

 

 瞬間、景色が一変する。

 

 鼻腔を擽るのは花の匂い。

 

 どこまでも広がる晴天、足元は色取り取りの草花で満ちている。まるでこの世の楽園を謳う様な美しい景色に誰であれ一瞬は目が奪われる。先ほどまでそこに存在していた筈の入り口は存在せず、マンハッタンカフェは花畑に立ち尽くしていた。

 

 頬を撫でるような優しい風に花びらが舞い上がる。どこまでも広がる美しい景色は未知の興奮を呼び起こしながらどことないノスタルジーを感じさせる。それをカフェは魂の奥底で危険な光景だと感じていた。

 

 だがそんなマンハッタンカフェを待ち構えるように、花畑に1人佇む姿がある。

 

 揺れる尾の様に首元で赤毛を束ねるウマ娘の背中姿。トレセンの制服ではなく、着慣れたジーンズの私服姿で立つ姿を間違える筈もない。

 

「フィアーさん」

 

 後ろへと軽く首を動かして視線を向け、横顔でにやり、と笑みを浮かべる。

 

「よう」

 

 友人に挨拶する様な気安さで半年間沈黙を守り続けたウマ娘は口を開き、苦笑した。

 

「良くも、まあ、こんな所まで来たもんだわ」

 

「来ますよ、友達なんですから」

 

 恥ずかしがる事もなく言い切ったカフェの姿にフィアーが頭を掻いて視線を逸らす。そして溜息を吐く。それからカフェへと向き合うようにポケットに手を入れた。

 

「そんじゃ、答え合わせをしよっか」

 

 ―――どうして、クリムゾンフィアーは半年間眠り続けたのか。

 

 そのどうしようもなくくだらない話をしよう。




カピ君
 待たせたな(CV大塚明夫
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