……ちらっ、と控室の前で足を止めて中を伺えないか確認してみる。小窓があるが中は見えないタイプのガラスだ、当然どうなっているかは解らない。ならしゃーねーわ。帰るか。おっほっほっほ、と踏み込みから動作の全てを気配遮断しつつ音を殺して完了させると、
「良いからはよ向き合え」
「ごぁっ」
ゴルシの低空ドロップキックに蹴り飛ばされ、床を転がる。思わず乙女らしからぬ鈍い声が漏れるが、そんな事を気にせずにスぺが俺の足を掴み、控室の扉をあけると一気に俺の姿を投げ入れた。
「あげます!!」
「あげません! じゃないのかよ……」
その変化球は欲しくなかったなあ……なんて事を控室の床に転がされながら思う。あぁ、床ぺろよ……ネトゲやってると割と慣れてしまう概念な辺りアレだ。床から視線を持ち上げると東条トレーナーとディーの姿がある。にこり、と笑みを浮かべると東条トレーナーが視線を逸らした。
「……ライブまで席を外すわね」
「Oh……」
まさかの人にまで逃げられた。マジで? 東条さんまで逃げるの? マジかぁ……。ちょっと怖くなって来たぜ、へへへ。
そう考えている間にも室内にはノームーヴメント、即ち動きはなし。怖いなぁ、怖いなあ……なんて考えながらよろり、と立ち上がる。クリムゾンフィアーは本能的に卑怯タイプなのでここで軽くよろめく事で病弱アピールをしておくのだ。
「はは」
立ち上がった所で、目の前にはディープインパクトの姿があった。勝負服を着てびしっと決まった姿はまあ、カッコいい。いや、うん、言い直そう。実はかなりカッコいい。そんなカッコいい漆黒の英雄は真っすぐ感情の読めない視線を俺へと向けてきている。
うむぅ……どんな面して話せば良いのだろうか。
1回死んで生き返ろうが、未熟なのは未熟。
人間、1回死んだ程度では別に全てを悟れるという訳じゃない。精々、命の意味と世の無常さを理解できる程度の事だ。それだって生きる上では無駄でしかない知識だ。必要すらない―――だから、俺はマミーの言葉に真理を見た。
世の中、馬鹿になって生きた方が絶対に楽しい、って。
だから悟ったような仮面を剥ぎ棄てた。こんなもんいらないだろ、って。結局の所超人になったって幸せになれる訳じゃない。迷い、苦しみ、間違える事があるのは今の俺が証明している。だから、まあ……なんというか。
「ごめん。遅くなったわ」
誤魔化すように申し訳なさの笑みを浮かべると、ディーが堪えきれないと言わんばかりに涙を流して突撃してくる。それを甘んじて胸で受け入れ―――あ、駄目だ。踏ん張りが利かない。扉まで押し戻されて潰される。
「くーちゃん、くーちゃん、くーちゃんっ、くーちゃん……!」
「あぁ、うん、そうだよ。俺だよ。ここにいるよ」
がすっ、がすっ、がすっと音が響く。地味に叩き込まれるブローが痛い。お前、この半年で大分筋力付いたな―――いや、俺が寝てて衰えたのもあるのだろう。正しく本格化で成長しているのだ、ディーは今は国内最強クラスの能力を持っているだろう。
そしてそれは今夜、この有マで証明された。
「早く、起きて欲しかったっ!」
「迷ったんだよ、己の価値に」
死を願うものがいるなら、まあ、死んでもいっか……程度の考えだった。まあ、こうしてみれば間違った選択肢だったのだろうが。そもそもそこまで自分の命に頓着しないのが悪いと言われたらはい、ごめんなさい。私が全面的に悪いですとしか言えない。
「不安だった、心配したの、寂しかった……!」
「あぁ、全部俺が悪い。ごめんな」
ぽんぽん、と頭を撫でる。ぎゅう、と抱きしめてくるディーの尻尾が俺の足に絡みついて離れない。俺も尻尾をディーに回して抱きしめる。本当に申し訳ないし、こうやって抱きしめて人の体温を感じるのは落ち着きを覚える。
「どうして、こんな事を、したの?」
「俺、あんまり自分の価値を信じてないんだ。どれだけ活躍して、どれだけ頑張った所で……結局、別の誰かが出来る事なんだ。もはやこの世に唯一無二なんて物はない……だったらそこに存在する意味はあるのか?」
結論から言えばそれだ。俺は俺の価値を信じてはいないだけ。だけどあると、そう言ってくれる奴がいる。それだけで少し救われた気持ちになる。俺にも、価値はあるんだと思える。
「もう、どこにもいかないで」
「国外に行っちゃだめ?」
「そういう意味じゃ、ない」
「解ってるって。冗談だよ、冗談」
そう言うとディーが見上げるように顔を持ち上げ、ぷくーと頬を膨らませた。それを笑いながら見下ろす。段々といつもの調子を取り戻してきた気がする。俺も存外馬鹿な事をするもんだわ、と思える程度には。
と、そこで、
『ディープインパクトさん、そろそろライブの時間です』
「あ。はい」
レース後のライブの時間となってしまった。名残惜しいが、一旦解散だ。
「よいしょ」
離れようとしたらそのままディーに担がれた。
「今、行きます」
「待って♡」
片手で俺を肩に担ぎ、もう片手で扉を出て廊下に出ると、スピカとリギルの面々が揃っている。抱えられている俺を見て、そしてディーを見て、静かに皆が道を開けた。
「お前ら少しは止めろよ」
「止めたくないし……」
「あげますッッ!!」
「スぺちゃん新しいネタをアピールしたいのぉ?」
手を振って見送ってくれるマルゼンスキーに俺も手を振り返す。これがドナドナされる気持ちなんだろうか。というかスタッフまで見て見ぬふりをしている。いい加減にしろよ、俺は部外者だぞ。じたばたしてみるが全くディーが解放してくれるような気配はない。
その間にいよいよ舞台裏にまでやってくる。そこには今年、有マで走った優駿たちの姿が揃っていた。ディーの肩に抱えられたまま視線を前に向ければ、そこにはロブロイとハーツクライの姿がある。片手を上げて懇願する。
「助けて」
俺の言葉に対して無言でロブロイがスマホを取り出し、俺の復帰早々のウマッターの呟きを表示する。
「少しは反省するべきだと思います」
「おのれロブロイ・ホームズ」
うおおお、俺を解放しろー。じたばたじたばたしてみるが、俺を床に下ろしたディーの代わりに今度は両側からロブロイとハーツクライに確保される。駄目でしょこれ。絶対にダメだろこのパターンは。助けを求めて視線を巡らせると、有マ記念に参加した連中が良い顔をしている。
と、舞台裏に潜む8Bitサングラス姿の謎の元カイチョーの姿を発見した。
「も、元カイチョー! いたんすね!」
「実益を兼ねた趣味だ」
そう言いながら理事長が持つような扇子を取り出し―――ば、と広げてGOのサインを出す。ついには舞台の方からはBGMが流れ出す。年末、有マ記念、ここで流れるBGMなんて決まっている。伝説的な程の電波ソング……!
「さ、行くぞクリムゾンフィアー。腹をくくれ」
「年末を楽しく締めくくりましょうか」
「逝こう、くーちゃん。ファンに、挨拶しなきゃ」
「なんでお前ら結託して―――あ、この流れ事前に相談したな!? 俺がいない間に事前に相談したなこれ!? 何時!? 何時相談してたの!? あ、話を聞かねえうっそだろマジでやるのこれ!?」
うおー、と叫んでももう遅い。既に舞台の幕は上がる。有マに募った皆の前に引きずりだされる。当てられるスポットライト、一部では死体蹴りライブとまで言われるこの文化は俺を殺しに来ていた。羞恥心で今にも爆発しそうな気持ちの中、マイクに向かって叫ぶ。
「う、うまぴょい!」
クリムゾンフィアー
振りつけ完璧だったが後半体力が尽きて床に倒れたままライブは終わった
ディープインパクト
最後は担いでライブ終わらせて持ち帰った
良く知らないアメリカ人のおっさん
最前列で号泣しながらサイリウム振ってた