ゆるゆるーっとしたお正月が抜けると新学期が始まり―――地獄のリハビリが始まる。
そもそも食生活から寝る時間まで全てを管理したリハビリは休みの間でも実行していた。筋トレ、栄養、睡眠による回復力を計算した上で体を最速で治すプランを西村Tは構築していた。その為私生活を含めて時間の全てはリハビリへと向けられていた。
「ほい、ロイヤルストレート満点。これで補講はなしって事で」
「……むう」
寝ている間の逃した単位の分をテストという形で突破する。寝ている間の範囲を全て満点で回答すれば流石の教師連中も何も言い返せない。そもそも俺は中学の間に高校の範囲は全部勉強し終わっている為、今更高校の授業で習う様な事はない。
これで晴れて補講も補習も回避し、生活の100%をリハビリへと向けられる。
寝ている事で落ちた体力、そして筋力の全てを取り戻す為の地獄のトレーニング、それこそ普通のウマ娘であれば体を壊すと言われるレベルのトレーニングが俺を待っていた。
「体力と言うのは基本的に全体の筋肉とそのバランスから来るもんだ。ただ単に肺活量を伸ばせばよいという訳じゃない。理想的な筋力のバランス、そして質。その両方を取り戻す為にもまずは肉を付ける。そしてそこから無駄を削ぎ落す。弱音を吐いてる時間は無いよ」
「はいッ!」
答えながらも体に紐を繋ぎ超大型タイヤを全力で引っ張る。時代錯誤のトレーニングにしか見えないだろうが、それこそなぜかウマ娘には効果的というトレーニングは多い。根本的にヒトとウマでは法則性が違う、みたいなものは存在している。
その為、全力でタイヤを引く。
引き終わったら坂路の時間になる。何時の間にかブルボンとライスが合流しているので坂路ダッシュを繰り返す。その後で体のチェック。怪我をしていないか、疲労が溜まりすぎていないか、そういう所をチェックして何も無ければプールへ。
まんべんなく全身を鍛える事が出来る為、実はプールトレーニングは効率が最高に良い。俺たち寒門出身はここら辺の知識が全くないが、ちゃんと資格を取っているトレーナー達はここら辺を理解し、温水プールは取り合いになりやすかったりする。
プールが終われば流石に体力が尽きて動けなくなる。マッサージを受けて体力を回復したら―――再び坂路へ。体力が尽きたら回復してトレーニング続行。ある意味では通常のトレーニングよりもタイトなメニューを組んでいる。
その無茶が出来るのも俺というウマ娘が他の誰よりも頑丈で怪我し辛いという背景があり、そのギリギリのラインを西村Tが見極めているからだ。日常的にこのプランを通そうとすれば、レースを前に肉体的にも精神的にもぼろぼろになるからコンディション最悪の状態で挑まなければいけなくなる為、決して取らないコースだ。
だが数か月で復帰戦を目指す場合、どうしても強行軍になる。お正月以来妙に体の調子が良いのは悪くない事なのだが、それだけではどうしようもなく復帰には足りない。新年から学園へと復帰して早々、俺は自分の意思で地獄を見ていた。
全てはレースへと復帰する為に。
「お疲れ、様」
「ば、ばたんきゅーだわ」
ベッドに突っ伏す。1日のリハビリを終えたら自分の部屋に戻ってベッドに倒れ込む。タイヤ引き、ランニング、坂路、プール。キツイと言われるトレーニングを奇跡的なバランスで回しながら全身の筋肉を刺激し、成長をコントロールするのはもう異次元の手腕としか言いようがない。
まるでウマ娘の能力を数値で目視している様にさえ思えるのが、西村Tのトレーニングだ。思想で言えばリギルの管理主義に近いが、そこに流動性を持たせているのが西村式だ。ただ数値で全部管理できる分、本当にギリギリのギリを理解して突いてくる。
この細かい塩梅が本当に憎らしいぐらいだ。
顔面からベッドの枕に倒れ込んですぅー……っと息を吸い込む。全身の疲労がやばくて一歩も動ける気がしない。それでも今、こうなっているのは全部自分のせいなのだから文句の言いようがない。やるべき事はただ全力でリハビリに取り組む事だけだ。
「くーちゃん、復帰はどんな、感じ? んしょ」
「お゛ー……」
ベッドにうつ伏せで倒れていると腰に乗ったディーが背中を押してくれる。絶妙な力加減で押してくれるもんだから気持ち良くて声が漏れる。えーと、なんだっけ、復帰か。
「相当詰め込んでやってるからなぁ……どうだろ、元通りに戻せるのは4月ごろって感じかも」
「早い、のかな?」
「滅茶苦茶」
半年間眠っていた遅れを4か月で戻そうって話なんだからそりゃあ無茶やってる。それでも西村Tはやれるかもしれないとか、やろう、じゃなくて出来ると断言したのだ。あの男はこの手の約束や予測を裏切った事がない。
だからあの男が4月に間に合わせると言ったら絶対に間に合う。ただし、4月まで常にぼろぼろのぼろってレベルになっているだろう。最近、後輩連中が俺と西村Tをビビッて一切近寄ってこないのが非常にアレだ。
逆にブルボンとかライスはこれまで以上に寄ってくるようになったけど。君たちドリームに移行してもそんな調子だったんだな……。
「あっ、あっ、あっ、気持ちいい~……」
ディーのマッサージの心地よさに思わず眠ってしまいそうな意識を繋ぎとめる。流石にこのまま眠ると色々と差し障る。満足した所でごろり、と転がるとそのまま横にディーが倒れ込んでくる。俺たちの部屋は二つのベッドを繋げる事で大きな一つのベッドにしている為、2人で転がるぐらいのスペースはある。
他の部屋ではあんまりやらないらしいが、俺たちはまあ、非常に仲が良いのでこういう事も出来てしまう。こうやってベッドを繋げて一緒に寝るのは結構楽しい。
きゃっきゃっ。
ちょっとベッドの上で掴み合ってごろごろと転がる。余り制服に皺がつかない内に止めておく。ベッドから起き上がってばっばと服を払ったらクローゼットから着替えを取り出す。トレーニングも終わったし汗を流す為にシャワーを一度浴びておきたい。
背筋を伸ばしてん-、と声を零す。なんだかんだで今、人生が充実しているのを感じる。友達と遊んで、全力で打ち込むものがあって、その為に本気になれる。実に充実した人生だ。問題は自分が一体どこまで行けるかが解らないという事だが。
「んー、次走どうすっかなぁ」
シャワーへと向かう為に準備をしていると、ディーもシャワーへと一緒に向かう為に着替えを取りにいく。その間にスマホが僅かに震えて新しい通知が来たのを告げる。ディーが服を取っている間に確認するか、とスマホを取って確認する。
「西村からか」
西村からのメールで、添付したファイルを確認して欲しいという内容だった。添付されているファイルを開く―――英語だ。眉をひそめてふぅむ、と呟き添付ファイルを読み進める。着替えを取って来たディーが横に立って、背伸びしてスマホを覗き込もうとしてくる。
「どう、したの?」
「んー、困ったな」
スマホの中身をディーに見せると、ディーが首を傾げる。
「招待、状?」
「おう」
西村Tから送られてきたメールは、クリムゾンフィアーというウマ娘宛に送られてきた国際競走への招待状だった。俺が今リハビリ中であるのを知って誘ったのか、それとも俺がそれまでには完全な形で復活すると信じて送って来たのか。
或いは、ダートに立った新しい伝説を潰せる時に潰す為に送ったのか。
「……ドバイ?」
おう、とディーの言葉に応える。
「ドバイミーティングのお誘いだ」
どうしたもんかなー、これ。
クリムゾンフィアー
抵抗力ゼロ
ディープインパクト
体をくっつけて寝る
フジキセキ
あの部屋大丈夫? って偶に様子を見に来てる