1月が終わるとチョコレート戦線がやってくる。
そう、バレンタインである。2月の前期は戦争の時間なのだ。
昨年はまだそこまで知名度がなかったから問題がなかったが、今年からは俺の知名度の問題でバレンタインがヤバイ事になる。バレンタインはファンが推しに貢ぎものを押し付ける絶好の機会で、普段交流する事の出来ない推しに対してアピールするチャンスだ。
特に俺はパカチューブに良く出るがゴルシ共々毎度スパチャオフにしているので、グッズ購入でしか俺に貢ぐ事は出来ない。その為、バレンタインでこの手の欲を爆発させることは目に見えていた。だから俺は一計を案じた。
俺は事前にファンにチョコなどのプレゼントを贈らないように周知、そのままとあるサイトを用意したのである。
バレンタイン、プレゼント用ページ。そう、グラブルの推しへのバレンタインチョコを送るシステムをパクったのだ。プラン別の料金を払う事で俺に仮想チョコを送る事が出来、それで得た金は全て寄付へ……という形にした。
こうする事で俺はファンからのプレゼント爆撃を回避する事に成功した―――なんて、思っていた時期が俺にもあった。
「フィアー先輩! 受け取ってください!」
「私からも!」
「おう、ありがとな」
「は、はい!」
「きゃー! 渡せたー!」
顔も知らない……恐らくは中等部の後輩たちから今、栗東寮のロビーでチョコを受け取った。これで部屋を出て受け取ったチョコは全部で6個だ。まさか朝のシャワーを浴びる前にチョコを受け取る事になるなんて思いもしなかった。しかも昨晩から出待ちしている感じの子が一番乗りというのが恐ろしい。
俺にチョコを渡した後輩たちはそのままきゃーきゃー言いながら逃げて行った。その背中姿を眺めていると横から尻尾のぺちぺちという感触を足に感じる―――冬場は寒いからタイツを履いているが、それでも感じる尻尾による無言の抗議ははて、誰のものだろうか。
「ははは、早速バレンタインの洗礼を貰ったようだねフィアー」
「おっと、これは既にヤバそうな寮長じゃん」
未だに続く無言の抗議を無視して視線を声の方へと向けると、既にチョコが両手で抱える量になっているフジキセキの姿があった。頼りになる寮長でヅカ系、この基本が女子高というトレセン学園の環境下でTier1を誇る夢女子製造機は今年も大人気だった。
「ファンや慕う子達からのプレゼントは無下に出来ないからね……それよりもフィアーこそ気を付けた方が良いよ。君、下の子達からはかなり人気だからね」
そうかなぁ、と首を傾げると足に尻尾が巻き付いてくる。
「割と奇行を晒してるつもりなんだけど」
その答えにフジが苦笑を零した。
「圧倒的な強さとカリスマ性の前では可愛いものさ。逆にその手のエピソードは人間味を与えるって事で加点要素になるんだよ。君は、国内では見下されがちなダート路線を、それも超王道を勝ち進んだ英雄だよ? ダートにしか進めなかった子には、君という赤に憧れる子は結構多いんだ」
「ふむ」
言われてみれば忘れがちだがダートの人気は国内では低い。芝が王道と言われ、ダートは芝の二軍とさえ蔑む奴だっている。いや、これマキバオーだわ。ともあれ、芝は王道中の王道で、誰だって芝でクラシックを走る事を夢見る。
だが芝にも適性がある。適正に泣いて芝を走れずダートに転向する娘はそれなりにいる。そしてダートで日本を揺るがす事は難しい……だから最終的な目標は国外のダートレースという形になるだろう。その中でもアメリカクラシック3冠路線は前代未聞の挑戦、そして偉業だった。
1冠取るだけでも奇跡、3冠はもはや歴史に残るレベルの出来事だ。国内にダートの話題を走らせ、そして環境に目を向けさせる起爆剤になった……なんて話も聞いた覚えがある。正直、ダートとか芝とかあまり拘りは無い。強い奴と走れたらええねんな。
「君が色々とバレンタイン対策をしていたのは理解するけど……さて、今日はどれだけ持つかなあ」
「不吉な事を言うじゃん」
フジの不吉な言動に首を傾げている間にもフジにチョコを渡す子がPopする。まるでモンスターが出現する瞬間のように後輩が出現しチョコタワーがフジの腕の中で出来上がって行く。大変そうだなあ、と他人事で構えていると数名がそのままこっちに来て、
「手作りです! 受け取ってください!」
「ドバイWC応援してます! 勝ってください!」
「フィアー先輩なら絶対に勝てます! 日本の強さを見せてください!」
チョコカウントが+3されちゃった。既にチョコの裏に顔が隠れたフジの姿にひょえーと声を零しながら貰ったチョコを胸の谷間の四次元ポケットにしまい込む。原理は聞くな、巨乳にのみ許されたチートスキルなんだ。
なお胸ポケットを利用した瞬間、本日最大風速の尻尾ビンタが放たれた。
「ディー、尻尾が痛むから止めなさい」
「むぅ」
俺は口に出さない言葉を察してやるほど優しくないぞ。
「フィアー先輩! 受け取ってください!」「応援してます!」「これ、チョコです!」「手作りの媚薬混ぜました!」「胃腸に優しいもの用意しました!」「手作りグッズです!」「受け取ってください!」「ハッピーバレンタイン!」「パクパクして良いものありませんか!?」「チョコです!」「私をチョコでコーティングしました! 食べてください!」「バレンタインチョコレートです!」「応援してます! 受け取ってください!」
「く、くーちゃん……!」
教室にたどり着くころには見事なレイプ目になっていた。歩くだけで凄まじい量のチョコレートとチョコらしき物体が集まって行く。俺はあんまり警戒する必要もねえよなあ……と思ってたのが甘かった。ファンは学内にもちゃんといたんだ。その事を完全に失念していた。
はあ、と頭を抱えて教室の前で足を止める。
「俺、こんなに人気あったんだな」
「た、たぶん、他の人と一緒に……って感じで、作られてるけど。それでも狙われてる」
何を? 女子として転生してはや十数年。女の子としては立派な意識を育ててきたつもりだったが、未だに本物への理解は及ばない。俺はまだ二流TS転生者なのかもしれねえ。一流はたぶん最初のシーンでメス堕ちしてる。いや、もうエロゲだわそれ。
「ホームルームも近いしちゃっちゃと入るか」
「うん、教室に居れば、入っては―――」
ディーが教室の扉を開けると、俺の席がチョコとラッピングに埋もれてた。
「……」
数秒見つめるとごろごろろとチョコの山が崩れて俺の机が見えるようになった。首を傾げて教室の扉を閉めてからもう一度開ける―――俺の席は埋もれたままだった。目頭を揉んで溜息を吐いて、もう一度見ても景色に変わりはない。
「嘘でしょ」
「ところがどっこい、これが現実!」
「いやあ、当クラスの2大アイドルは流石だねえ」
2大アイドル。チワワの席を見ると、本人へと渡しに来る人がいない代わりに俺の席以上のタワーが出来上がっていた。俺たちの席だけ完全にチョコとバレンタインによって居場所を奪われていた。抗議の鳴き声を一緒に放つが現実は変わらない。俺たちの席はそのままだった。
そして廊下を見渡せば、そこにはチョコを渡す為に牽制し合う学生たちの姿が見える。教室に入るその瞬間まで狙ってチョコを渡そうとするその意思はどこから来るんだ。いや、嬉しいけど此処までくると迷惑でもあるんだわ。
マジで? この調子で1日続くの?
そう思っていると横から肩を抱く腕の感触がある。
右側にはカイチョーが。
「Welcome」
その反対側にはシリウスが。
「此方側へ」
2大イケメンが揃った影響で廊下の女子女子密度が一気に上昇したし此方のグループを見つめる熱度が上がった気がする―――ははーん、成程? こっちにヘイト擦り付けに来たなこいつら??
だが解った。バレンタインという魔物に対する遠慮も容赦も必要ないという事に。
俺は授業をサボってバレンタインと戦う事にした。勝負だ、チョコの魔物よ……!
クリムゾンフィアー
胸の谷間が四次元ポケットになってる
ディープインパクト
四次元ポケットがない
シンボリルドルフ
四次元ポケットがある
シリウスシンボリ
四次元ポケットがある