「―――ドバイやべぇ」
「金がある所には金があるんだな、って話だよな」
用意されたホテルは最高級ホテル、部屋は広くトレーニングルームも完備、ダートも芝もコースがホテル内で用意されていて好きに調整する事だって出来る。遠征中の費用を出すと言っただけに流石のクオリティだった。ドバイやべぇ、とは豪華さに慣れてない日本人のお言葉だった。
まあ、所謂VIP待遇という奴だ。今の日本バは去年国際競走で何度か勝っている事もあって上がり調子だと判断されているのだろう。その期待の分投資というのが待遇という形で見えている。実際の所、俺にはもう本来の歴史はどうだったかという知識はほぼない。後はもう実力で出来る事をするだけだ。
と言うか一々細かいレースの勝敗なんて覚えられるわけがないだろ。
「とりあえず相部屋だけど宜しくなハーツ」
「お前となら問題ないだろ」
拳をこつん、と叩きつけて挨拶を終えたらホテルボーイに荷物を運びこんでもらって部屋に広げる。とりあえずは落ち着ける環境を作っておきたい。ウマ娘は割とメンタルに響く性質のある種だ、自分のホームグラウンドを作り上げるのはメンタルコントロール上、非常に重要な事だ。
と言う訳で、
「はい、こっち俺のベッドー!」
「あ、ズルいぞお前!」
ひゃっはー、と叫びながらベッドにダイブする。当然のようにふかふかで体が沈み込むような柔らかさに思わず夢見心地になってしまう。ファーストクラスの快適さは本当に半端ないのだが、それとはやはり別次元の良さがここにある。と言うか比べ物にならない。
ここまでの高級ホテルは流石に初めてだ―――アメリカにいる間も基本的にはずっと、サンデーハウスで暮らしていたし。ホームステイしている間は家事もローテーション組んで役割分担したりで結構楽しかったんだけどね。
意外とサンデーサイレンスが料理上手だったのは面白かった。お前上手なのかよ! って思ったが、考えてみればほとんど他人を信じず頼らず生きてきた女なのだから、そこら辺のスキルが高いのは当然の話だった。ちなみに今の生活にはだいぶ満足してるらしい。
と、クローゼットに服を吊るしたり下着を入れる場所を吟味していると、西村からメッセージが来る。今日はトレーニングなし、時差を抜く為に9時ぴったしに眠って明日に備えて欲しい、それ以外は基本自由だとの事だった。
トレーナー組はトレーナー組でどうやら色々と忙しいらしい。其方の方にお疲れ様のメッセージを送る。あっちは此方を走らせるまでが戦いで、俺たちは走る事が戦いだ。しっかりと休み、遊び、トレーニングして調子を整えよう。
ともあれ、
「まずはシャワーを浴びるかあ」
「飛行機の中はなんだかんだで辛かったしな……先に入るか?」
タオルと着替えを取り出しつつあるハーツの姿を見て、首を傾げる。
「一緒に入らんのか」
俺の言動に動きを止めたハーツは手元のタオルを見て、俺を見て、腕を組みながら真顔になった。
「お前、1回同室との関係性を見直したほうが良いぞ」
解せぬ。
ハーツに一緒にシャワー入るのを拒否られ1人寂しくシャワーを浴びてきた俺はちょっとした探検に出る事にした。やはり、パンフレットを見るだけではどうにも満足できない。こういう大型ホテルは探検してなんぼだ。自分用のカードキーを片手に、ルンルン気分で廊下に出てホテルを探索する。
まずエレベーターがカードキー無しでは動かないタイプなのが割と興奮する。カードを読み込ませてまずはホテルのレストランフロアへと移動する。
「朝食も複数のレストランから選べるって話だしなあ」
複数のレストランがホテルに入っており、食事用のチケットさえ提示すればどのレストランで食事する事も可能だ。そうじゃなくてもホテルに連絡を入れればルームサービスだってしてくれるというなんとも豪勢な構いっぷりだ。
「まあ、食事周りはトレーナー達が色々と考えてくれるか」
栄養バランスとか、変な薬が混ぜられていないかのチェックとか。ここにモルトレがいれば匂いだけで薬が盛られているか否かを判断できるのになぁ。犬よりもやべーよあの嗅覚。
「晩飯が楽しみだなぁ」
当然一流のシェフが厨房には勤めている……ここを利用する客にとってはそこまで珍しい話でもないのかもしれないが、未だに小市民感覚が抜けない俺からすればどこもかしこも目を輝かせるような景色だ。そもそも普段は学生で通ってるしな。
「ファイモ殿下とかこういう場慣れてそうだなぁ」
こういう時、いてくれたら助かるんだけどなあ。次、行くか。
レストランを見て回ったら今度はトレーニング施設を見学する―――プロフェッショナルのウマ娘が使う為の一流の施設がちゃんと揃えられている。トレーニング施設はレベルの話をするなら全部レベル5と言えるクオリティのものばかりだ、ここで機材を原因に調整ミスを行うなんて言えないだろう。
それからプール! 屋内プール! 屋外プール! ホテルの天井の一角がプールになっていて、街を見下ろしながらプールに浸かる事が出来るとかいう凄い作りになっている。日差しから逃れるようにプールに浮かぶヒトやウマ娘の姿がいくつも見える。
「……ま、ここはレースが終わったらだな」
流石に今は遊んでいる暇はない。そう思ってプールに背中を向けて去ろうとすると、
「Wow……Beautiful……」
噛みしめるように呟くウマ娘の声がした。それに思わず振り返る。俺を見ながらつぶやくのはサングラスを頭に載せ、赤いビキニ姿のウマ娘だった。魅入られるように呟くウマ娘の視線は真っすぐ、俺の姿を捉えている。はて、どこかで見た事のある奴だなこいつ……なんて事を考えていると、駆け足で近づいてくる。
「君!」
「お、おう」
「素晴らしい、素敵だ、なんて美しいんだ……!」
「……は?」
勢いよく俺の両手を取ったウマ娘は真っすぐ俺に視線を合わせる。どことなく頬が紅潮している様に見える姿は、キラキラと輝くような視線でロックオンしてきている。
「まさか、こんな美しいウマ娘に逢えるなんて思いもしなかった……あぁ、神よこの出会いに感謝します!」
「お、おぉ?」
すい、っと流れるような動作でそのまま腰に手を回してくると、体を密着させてくる。
「君、どこのウマ娘? とてもきれいな赤毛だね……まるで燃え上がる炎の様な……いや、そう、太陽だ。太陽の様な煌めきをしている! その煌めき、君の奥底にあるパッションを表しているかのようで本当に綺麗だ。ここまで魅了される様な娘と出会うのは初めてだよ!」
「え、あ、ありがとう」
何時の間にかプールサイドの椅子にまで誘導されてる……。
「赤毛の君、名前を伺っても良いかな? 絶対に逢った事があると思うんだ。記憶の中に君の姿が引っかかり続けるんだけどどうにも思い出せなくて……!」
「え、あー……クリムゾンフィアーって言うんだけど」
「Oh……Crimson Fear……!」
喜ぶように身を離し、腕を広げ、楽しそうに拳を握ってから再び近づいて手を握ってくる。
「これは運命だ。一目惚れした人がまさかあのCrimsonだったなんて……!」
「今なんつった?」
「一目惚れだ! まさしく一目惚れだよ! 君の輝きに目が奪われてしまった! あぁ……」
溜息を吐き、額を抑える所作や喋り方からどことないイタリア訛りを感じる―――いや、それで思い出した。こいつ、要注意人物の1人じゃないか。
「お前、エレクトロキューショニストか」
「El、気軽にElって呼んでくれよハニー。君にそう呼んでもらいたいんだ」
万人を魅了する様な笑みを浮かべながらそんな事を言うエレクトロキューショニストの姿に、天を見上げて溜息を吐いた―――またキャラの濃い奴が増えたな。
クリムゾンフィアー
実は告白された経験がない
ハーツクライ
お前の距離感おかしいよ
エレクトロキューショニスト
背中姿を見て顔を見て胸を見て惚れた