転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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53話 またもや脳を破壊されるチワワ氏

「ふぅ―――」

 

 額から垂れてくる汗を拭いディープインパクトが一息つく。最近は調子が戻ってきた事もあり成長を感じているディープは、練習やトレーニングが楽しく感じられている。義務ではなく、責務ではなく、純粋に走りたいから……そんな気持ちで今は走れている事が何よりも楽しい。

 

 そう、楽しい。走る事を楽しいと思えるようになったのがディープ自身が知覚している成長だった。恐らく、それまで一切領域の発現や予兆がなかったのはずっと、精神的なブロックがあったからなのだろうとディープは今更思う。それを乗り越えた今、精神的に無敵な部分があった。

 

「……」

 

 満足感の息を吐く。トレーニングの合間、体を軽く休ませるためにトラックから外れて芝生の上に座り込む。持ってきたスマホを手に取り、新着を確認しようとすると、ディープの姿を見てナリタブライアンが近づいてくる。

 

「休憩かディープ」

 

「うん、ちょっと体を、休めるだけ」

 

 息の入れ方、休み方は教わっている。ただただずっと練習しているだけがトレーニングではない。リギルはなぜ、どうやってトレーニングするのかをしっかりと説明するタイプだ。そこからトレーニングの意味、その合間に必要な休息や栄養補給の話を聞いて理解しているディープはちゃんとトレーナーの言いつけを守っていた。

 

「それで、それは?」

 

「くーちゃんから、お便りを」

 

「あぁ、成程」

 

 相変わらずべったりだなぁ、とナリタブライアンは口に出さずに思った。ディープインパクトがクリムゾンフィアーに対して依存的なのは少々問題だとブライアン自身は思っていた。だが同時に、一概にそれが悪いとは言えない。

 

 何故ならリギルにもテイエムオペラオーが、そして彼女をモチベーションとして走っているメイショウドトウというウマ娘が存在している。オペラオーがドリームへと移籍した時には迷わずドトウも移籍した……恐らく引退する時も一緒だろうとブライアンは思っていた。

 

 ウマ娘のモチベーションは人それぞれだ、それが個人を強くするのであれば別段口を挟む事でもないだろう。それにブライアンも魂を焦がす様なライバルを持ち、走る事の意味をよく理解している。ディープにとってのフィアーがそうなのだろう、それならば仕方がない話だ。

 

「そろそろ、ドバイで落ち着いたころかな、って」

 

「ドバイミーティングか……世界の強豪を相手にレースをするというのはあんまり考えた事がなかったな。トゥインクル時代にもっと挑んでおくべきだったか」

 

 今は遠征中の日本チームにちょっとだけ嫉妬心を感じつつも、ブライアンも興味を抱いてディープのスマホを確認する。ディープはまず最初にディスコードではなくSNSの方を確認する。大体の場合SNSで何かしらのツイートをしているのを知っているのだ。

 

 すると丁度無能ウマッター社員の手によってぐちゃぐちゃにされたタイムラインが出てくる。そこからフィアーの最新のツイートを確認すれば、

 

 

クリムゾンフィアー @crimson_fear・1時間前

 

同じWCに出場予定のエレちゃんと仲良くなったぜ!

pic.twitter.com/electro_bikini

 

5万9千件のリツイート1022件の引用リツイート6万2千件のいいね

 

「―――」

 

「……」

 

 フィアーのSNSには、ウマッターには一つの写真が上がっていた。赤いビキニ姿のウマ娘―――エレクトロキューショニストとのツーショットだった。これだけなら何も問題がないだろう。

 

 問題はこの女、滅茶苦茶フィアーと密着している事だ。腰に回されたエレクトロの手、頬に近寄るエレクトロの唇、足に巻き付く尻尾……まるで見せつけるように独占欲を晒しているSNSの写真に今日もウマッターは見事に燃えていた。

 

 あっぱれフィアー号! 今日もようウマッターを燃やしおった!

 

 第二次フィアーNTRショック開幕の瞬間でもあった。

 

 ウマッターを見てから横のディープを見て、静かにブライアンは目を閉じた。

 

 ―――ダメな奴だな、これは。

 

 ぴき、と音を立ててディープの手の中でスマホの画面に亀裂が走った。それを見てブライアンが迷わずに叫ぶ。

 

「桐生院トレーナー! 出番だ!!」

 

「くーちゃんがまた新しい女を誑かしてる……!」

 

 画面が割れ始めようと関係なくドバイ行きのチケットを取り始めるディープの背後に気配を消して桐生院が回り込み、一瞬で首にホールドを仕掛けると1秒もかからずディープの意識を落とした。ふぅ、と額の汗を拭いながらディープをターフに転がす。

 

「ここ1時間ぐらいの記憶を消しておきますね」

 

「消せるのか……」

 

 流石桐生院家! 凄いぞ桐生院家! こんな事が出来るのは葵だけで他の兄弟は皆見てビビってるぞ桐生院家! ウマ娘への愛は時にヒトの限界を容易く超える力となる。桐生院葵の限界は一体どこにある! ジャンル的にはもしやモルトレと一緒かもしれない。同期だし。

 

 ブライアンはターフに転がる不発弾を眺めてから空を見上げて息を吐いた。

 

「……練習に戻るか」

 

 不発弾の責任は何時だって持ち主の責任だ。ドバイから帰ってきたら炸裂させて欲しい。それだけを胸にターフへと戻って行く。今夜も焼肉だ……!

 

 

 

 

「しっかしナンパなウマ娘って案外初めてエンカウントしたかもな」

 

 これぐらいは挨拶だからとか言って頬にキスされたのはちょっと驚いたけど。まあ、同性だしいっか……という結論に至った。ウマッターも何時も通り炎上しているのを見ると心がぽかぽかしてくる。やっぱりウマッターは炎上してサーバーに負荷をかけてなんぼだと思う。炎上してないとウマッターって気がしないというか。

 

 まあ、それはともあれエレクトロキューショニスト、名前が長いのでエレちゃんとはそこそこ仲良くなった。イタリア育ちが原因なのか距離感が近いというか、スキンシップが強めなのは気になったけどまあ、考えてみれば割と何時もの事だった。

 

 連絡先を交換した事でこのホテルにはゴドルフィン所属のウマ娘もいる事に気づく。

 

「最強のカモメさんもどっかにいるのかなあ……」

 

 シーバード、逢えるのであれば一度はあってみたい。20世紀最強のウマ娘と呼ばれた人物に。出来たら調子が完全に戻ったころに非公式で良いから勝負もしてみたい。まあ、無理だろうなとは思うけど。

 

 エレちゃんと別れた所でそこそこ時間がたっているので大人しく部屋へと戻る事にした。部屋に戻ってみればハーツクライの姿はなく、どうやらどっかに出掛けているようだった。後でトラックの様子を見に行かないとな……なんて思いつつ、ソファに深々と座り込む。

 

「アレが電気処刑人か……ヤバイなぁ」

 

 アレにロブロイが勝てたってマジ? スマホを取り出して経歴をざっと調べる。

 

 エレクトロキューショニスト、ミラノ大賞で1着、前走であるダートのマクトゥームチャレンジⅢでなんと7バ身差という圧倒的な勝利を見せている。芝でもダートでも走れる強いウマ娘だ。ロブロイが彼女に勝てたのは恐らく“想い”の力の影響なのだろう。

 

 なんでも俺がすやあしている時期のウマ娘の勢いは鬼気迫るものがあったとか。ロブロイもそういう想いの後押しがハナ差の勝利へと繋がったのかもしれない。

 

 ただ、先ほど見たエレちゃんは恐ろしく強いと感じられた。

 

 ソファに身を投げ出して、はあ、と息を吐く。

 

「アレ、勝てねぇな」

 

 少なくとも8割の状態では。領域の方はギリギリ遠征に合わせて使える所まで調整している。だから領域は再び使用可能な段階まで来ている。だが筋力8割という状態で等速ストライドを万全に運用する事は不可能だ。少なくともアレは底なしのスタミナがあって初めて成立する走りだ。

 

 つまりあのノってる処刑人を相手に、制限された肉体で勝たないとならないという話で。

 

「ん-」

 

 どうすっかなぁ、と呟く。

 

「勝ち筋……勝ち筋ねえ」

 

 相手は世界を舞台に走るウマ娘。ついでに言えばAlexも馬鹿みたいなパワーアップして控えている。それに対して俺は制限プレイを余儀なくされている―――多分、アメリカにいる御大らはマジで俺がこの大舞台で魅せるのを期待してるんだろう。

 

「やるか、否か」

 

 領域を、解禁するか否か。

 

 最後の領域―――或いは最初の、原風景の領域。今使っているデコイではない。本物、俺の奥底に真実から生み出される最も恐ろしく美しい領域。

 

 それを使うか、否か。

 

「どうすっかなぁ……」

 

 ソファに倒れ込んで沈みながら目を閉じて呟く。

 

 ―――このドバイが、俺の転換点だ。




クリムゾンフィアー
 距離感が基本バグの人

ディープインパクト
 カウンセラーと会う事をお勧めされてる

ナリタブライアン
 毎日焼肉にしようとして阻止されてる

桐生院葵
 桐生院のトレーナーとして当然の嗜み

桐生院家
 なにそれ……知らん……こわ……
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