転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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54話 この話は実は特に読む必要がない

 軽く走る。

 

 足元を確かめるように、しっかりとダートの大地を踏みしめて感触を確かめる。足元が沈み込むような感触に少しだけ顔を顰め、だけどそれを体で覚えるように緩いペースで前へと向かって走る。パワーを、スタミナを消費しない走りは既に慣れているものだ。

 

「フィアー、どうだい」

 

「日本の砂に近いなぁ、これ」

 

 アメリカの様な硬い土の感触ではない。トレセン学園で踏んでいたような深めのクッションの利いた砂のコースだ。いや、それでも日本のダートと比べると此方の方がまだ硬さを感じる。歴史的にドバイのダートはアメリカを参考にしてから砂に変化したという話だったか? だとすればまだ部分的に硬さを残している文化なのだろう。

 

 アメリカ由来のダートコースは米三冠で走り慣れている。毎日のように御大と併走して、そして走りを覚える為に体の隅々までその走りを飲み込んできた。だからあの走れば響くような硬さ、スピードの出る環境には慣れていたのだが……ここ、ドバイのダートはまたそれとは違う。

 

 このクッションの利いた足元ではアメリカ程の速度は出ないだろう。だがダートへの転換には既に慣れている。ここも1週間ほど走り続ければ普通に慣れるだろう。少なくとも自分にはそれが出来るだけの理解力とセンスがある。少なくともその事は自覚している。自己評価は正確にしないとならない。

 

「走れそう?」

 

「問題なく走れる」

 

 トラックの外でタブレットを手に此方を見ている西村の言葉に応える。

 

「競バ場のコツというか走り方の理解の仕方はそう難しくないよ」

 

 蹄鉄を通して砂を踏みしめる感触に、ここを走った者達の想いを感じ取る。そういう残された想いから記憶を読み込めば良い―――等速ストライドを習得する事の1000倍簡単だ。等速ストライドマジでわからん。アレを言語化するのは人類には無理だろ。

 

「まあ、一度ナド・アルシバ競バ場を見ておきたいけど」

 

「スケジュールに既に組み込んであるよ」

 

「さっすが西村」

 

「もう3年目だからね、君の考えてる事はある程度察せるよ」

 

 はは、と笑いながら足を止める。もう一度足元のダートを踏み、足の感触から太腿、下半身と感覚を巡らせて息を吐く。

 

 ドバイ到着翌日、早速ダートコースを借りて練習させて貰っている。バ場の状態や感じ方で走り方は細かく変化させなくてはならない。その為、現地に早めに入って調整を施すのは非常に重要な事だ。水や食べ物が合わず本番までに身を崩す娘というのもまあ、珍しくはない。

 

 しかしそこは西村Tがいる。こいつがいる限りその手の不調が起きる事はない。

 

 ならば問題は、純粋なスペック勝負で勝ちに持ち込めるか否か……という話だ。力はだいぶ戻っている。走り方も完全に戻っている。足りないのは残り2割の筋力と体力だけだ。それだけが足りない。そしてそれは時間制約上どうしようもない事でもある。

 

「後は小手先の技術でどうにかするか……或いは」

 

 出せるもんを全て吐き出すか。

 

 トラックを一周して西村の前に戻ってくる。今も同じトラックでは他のダート組が練習している。隣の芝のコースでは芝に挑戦するハーツが脚を馴染ませようとしている。皆、本気でドバイへと勝ちに来ている。当然俺も負けるつもりで参加した訳ではない。

 

「それで」

 

 タブレットを持って立つ西村は俺を見て言う。

 

「どうするんだい、フィアー。僕は君の判断に従うよ」

 

「諫めたりしないんだな」

 

「自由に―――方針も何もかも、ウマ娘が心赴くままに。負ける為に走ると言うならそれも支えるのがスピカの方針だよ。僕は最初から最後まで、君の心のままに走らせる事しか考えてないよ」

 

 真顔で言い切る西村の言葉にひゅー、と口笛を吹かせる。俺が普通の乙女だったら今の顔と言動にやられていた所だろう。しかしだ、残念ながらこの心は既に売約済みだ。今更カッコいい顔をされた所で笑顔のサービスぐらいしか返せるものはない。

 

 そう、そうだ。思えばこいつとも長い付き合いになって来た。半年間眠っていた事実を抜けば、ほぼ3年間毎日顔を合わせているのだ。そりゃあ互いに呼吸も解ってくるだろう。は、と声を零す。こいつにも割と迷惑をかけてきた。そう考えるとちょっと申し訳なく感じるな。

 

「なあ、マゾ野郎」

 

「今、僕の事マゾ野郎って呼んだ?」

 

「口が滑った、許せ。ストロング葵よりはマシだから」

 

「マシかなぁ……? マシかなぁ……」

 

 調整神西村、ストロング葵、要介護理子、ヒト型実験生物モルトレ。トレセン学園の同期四天王トレーナーである。トレセンきっての名物トレーナー達であり同時に要注意人物たちでもある。ちなみにこの中で一番まともなのが西村なのは確定的に明らか。

 

「覚悟とかよ、決意とかさ」

 

「うん」

 

「結局言葉で吐くだけ吐いても、それが本当に定まってるかどうか……ってのは結局、その時にならなきゃ解らないもんだと思うんだわ。どれだけ言葉を口にしたって中身が無きゃ風船と変わりはしない。それが覚悟であるのは行動で示して初めて判明する事なんだ」

 

「うん……それで」

 

 自信がない、と言うだけの話だ。だけど西村は違う。

 

「フィアー、僕には君が才能のあるウマ娘である事を信じている。恐らくは出会ってきた誰よりも……そして今の君に才覚だけで匹敵する事が出来るであろう相手はディープインパクトぐらいだろうと思っている」

 

「……」

 

「きっと、君が本気を出す事が出来れば……君はどこでも戦えるだろう。どこでも勝つ事が出来るだろう。だから怖いんだろう、勝ててしまう事が。走って勝ててしまう事に、その意味と熱量を理解しているから」

 

 西村が的中する俺の内心に、溜息を吐いて笑みを浮かべる。肯定するように頷く。

 

「俺がこの世で最も不要と考えるものは俺自身なんだよなぁ」

 

 生まれて来なければ、こんな事に悩む必要もなかった―――けど、まあ、もうちょっと自分の事は好きになっておこうと思う。こんな俺の事を好きな連中もいるし。そういう奴らの為に、自分を卑下し続ける訳にもいかない。

 

 だから走る。走って勝つ。本能が求めるままに。だけどそれ以上の夢と呼べるものが存在しなかった。ある意味で、俺はディーに良く似ている。あの娘は目標も目的も熱量もなく走れていた。走る事が義務だったから。

 

 俺はその逆だ。義務はなく、走る事以外なんでもできた。だけど走りたいから走った。それでも根本となる理由が空っぽでがらんどうなのはどうしようもなく同じだった。俺がディーに惹かれ、彼女が俺に惹かれるのはそういう部分が根本にあるからだろう。

 

 俺たちは違っていて似ている。だからこそどうしようもなく惹き寄せられるのだ。

 

「実はね、このドバイワールドカップを勝った後のローテーションってのを僕は考えてあるんだ」

 

「へぇ」

 

 そう言ってトラックを分け隔てる柵に寄りかかりながら西村が言葉を続ける。

 

「KGVI&QEステークス、凱旋門賞、BCクラシック」

 

「それって……現在最も価値のあるGⅠの3大タイトルだよな?」

 

「あぁ、君が眠っている間……というかアメリカにいる間に考えてたんだよ」

 

 悪戯を咎められるような表情で笑う。

 

「君はこの先もきっと走る。信じられない記録を打ち立てられるだけの力がある……なら歴史上初の、絶対的な偉業を成し遂げてやろうって。やるならとことん、徹底的に。それが君となら絶対に出来るだろうって」

 

 ま、とそこまで言った所で西村が話を切る。

 

「君にやる気がないなら話は別なんだけどね」

 

「言うなこいつ」

 

 手をひらひらと振った西村は寄りかかっていた柵から身を離すと、背筋を伸ばして体を捻った。

 

「ま、僕は何時だって君次第だって事を忘れないでいて貰えればそれで良いよ。それが僕の仕事で、夢で、そしてやりたい事だ」

 

 だから緩くね、と言ってくる西村の姿に俺もお手上げのポーズを取って降参の意思を見せるしかない。なんつー出来た人間だ。これで本当にあの人外魔境世代の同期だってことが悔やまれる。

 

 まあ、何はともあれ。

 

 答えはそろそろ出さないとな。




調整神西村
 育成はまず絶好調にする所から始めるアプリトレ

ストロング葵
 桐生院家は永遠に首を傾げている

要介護理子
 グラッセとココンが何時もこっそり見守っている

ヒト型実験生物モルトレ
 キラキラピカピカの時代もあった。今は物理的に光る
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