転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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55話 人生、結局の所見た目で生物としてのTierが決まる

 片足だけを露出するジーンズって正直どうなんだ? とは思ったけどこれ、穿いてみると意外とお洒落だよね。生足に自信のある人間にしか穿けない選ばれし衣装って感じはあるが。幸い、俺は顔も体も自信満々のグッドルッキングホースなので履いちゃう。

 

 上もまあ、適当に良い感じのを着てはい、お着換え完了。窓の外から見た空は既に暗くなってきている。普通であればこんな時間帯に外に出るのはあまり、褒められたもんじゃない。特に学生であればなおの事だろう。

 

 だけどここはドバイ、治安に関する事は心配する程でもない。大きく背筋を伸ばすと、ソファでだらけていたハーツが此方に視線を向けてくる。

 

「んお、どっか行くのか?」

 

「ちょっと散歩。折角ドバイに来たってのに観光もしないのはどうかと思うし」

 

「こんな時間にか?」

 

「こんな時間だからだよ」

 

 ハーツに手をひらひらと振ってから部屋を出る。エレベーターに乗って、ホテルを出る頃には何時の間にかSPウマ娘の姿があり、俺が視界に姿を捉えようとすると直ぐに姿を消した。視界に入らない所で護衛してくれてるらしい……流石殿下紹介のSP、滅茶苦茶有能。

 

「んー、どこに行くかな……適当に歩くか」

 

 まあ、観光とはいえ特に目的がある訳じゃない。したい買い物がある訳でもない。言い換えればちょっとした気分転換が欲しかっただけだ。俺が割と抱え込みやすい性格をしているのは自覚のある事だ。だから定期的に思ってる事、感じている事を吐き出す必要がある。

 

 割と何時もの奇行で吐き出している部分もあるが……流石に海外で女神像テロなんてするわけにもいかないからな。

 

 そう思ってホテルから離れるように歩いていると、近場に公園を見つける。比較的に海辺が近いホテルには心地よい風が吹いていて、それを公園でも感じる事が出来る。ビーチに行けばもっと風を感じられるかもしれない。そっちに行くのも良いかもしれない。

 

 と、思ったところで、

 

「ここにもあるかぁ……宗教的にどうなんだろうな」

 

 三女神の像が、公園に建っているのを見つけた。本当にどこにでもあるもんだ。この地上、ウマ娘に最も信仰されていると言われる神話である事に間違いはない……お国柄、こういうもんは存在しないと思っていたのだが。今はオープンな時代という事なのだろうか。

 

 と、女神像周囲の光が薄れて翳るのが見えた。

 

「やめろ。1度は……あまり良くないけど終わってしまった事だから良い。だけど2度目は駄目だ。そんな勝ち方、したくはない」

 

 女神像の向こう側の気配に否定する言葉を投げ、公園を去る。俺ばかり神様の手を借りて勝っても、そりゃあ俺の実力じゃなくて神様の助力があったからこその勝利になってしまう。戦いの、熱意の、そして意義がその度に薄れて行く。だから借りられない、神様の力は。

 

 最初の因子継承には感謝している。そのおかげでここまで来られた。だけど今はいらない。この苦境も、俺自身が越えなきゃいけない事だ。

 

 だから女神像に背を向けて歩き出す。気持ちの良い風が吹いてくる方向へと向けて。

 

 

 

 

 ドバイの夜は明るい。注ぎ込まれた大量の金、観光地として栄える企業の努力、ドバイミーティングのシーズンという事で増えた人の姿……夜でありながら大量のライトによって都市部の姿はライトアップされていて、夜という感じが薄れている。

 

 アメリカに居た頃はどちらかと言うと田舎の方に居たため、こういう眠らない街の様子は日本の景色に似ていると思う。ただそれもビーチの方へと向かえば収まってくる。そしてビーチに出れば待っているのは静かな海の様子と、波の音ばかりだ。

 

「漸く落ち着けるな」

 

 ふぅ、と息を吐いて適当なビーチチェアに腰かける。辺りに人の気配はなく、どこかで俺を見守っているSPだけがいるのだろう。お蔭で静かに海を眺める事が出来る。ビーチチェアに腰かけたまま、静かに波の音にだけ耳を傾けていると、頭の中にこれまでの事が思い浮かんで行く。

 

 生まれたばかりの時期の事。

 

 学校がどうしようもなく退屈だったこと。

 

 初めて学校の競走を走った時の思い出。

 

 バンダナに野良レースを紹介された時の事。

 

「アコギでも持って来ればよかったな」

 

 暗い海は近づけばそのまま飲み込まれて帰って来られなそうな程闇が深く見える。ただその闇も静けさも、自分にとっては身近な色でしかなかった。日頃から死を認知し、隣り合わせで生きる事を考え続ける程奇特なウマ娘も俺ぐらいだろう。

 

「んー、良い風。これならエアコンなんていらないな」

 

 ガンガン冷房をかけまくっているホテル内を思い出し、はあ、と溜息を吐く。俺は実はあの冷房をガンガン効かせた感じ、あんまり好きじゃない。この自然観の方が好みだ。靴じゃなくてビーチサンダル履いてくるべきだったかなあ、あっちのが砂の感触が解って気持ち良かったかも。

 

「Alexはどこにいるのかなぁ。レース前に1度あっておきたいなぁ……」

 

 俺抜きのBCの話もしたいし。今年はどうかな……ドバイで勝てたらBCに向かう感じで良いとは思うけど、開催時期的に凱旋門の後になるんだよな。それまで自分がどうなっているのかは、ちょっと想像がつかない。たった半年前にはあんな事になっていただけに。

 

 口を閉ざし、夜空を見上げる。開発が進んだ都市部では田舎の様な透き通った空は見れない。それが少し寂しく、そして遠く感じる。俺は、街に出てくるべきではなかったのかもしれない。そんな事を考えて、否定する。トゥインクルという舞台に出たからこそ出会えたものも多かった。

 

 その出会いまで否定したくはない。

 

「―――あら、素敵な色のお嬢さん」

 

「ん?」

 

 波の音しかしなかった砂浜に、女の声が増えていた。視線を横に向けると、幅の広い帽子にワンピースという、どことなく貴婦人の様な雰囲気をした栗毛のウマ娘がいた。片手には脱いだハイヒールを持ち、素足で砂の感触を楽しんでいる様に見える。

 

 俺が視線を向けた事に口元を隠し、微笑を浮かべる。

 

「ごめんなさい、あまりにも綺麗な色をしてたからつい」

 

「そうやってナンパされるのはここに来てから二度目だなぁ」

 

「そうなの? ふふ、やっぱり綺麗な色をしているって解る人には解るのね」

 

 栗毛のウマ娘の雰囲気はともかく、その肌や顔はまだまだ若々しさが見えるのに、所作はどことない深い落ち着きと貫禄がある。彼女を見てから、尻尾が少しだけ緊張するようにぴーん、と張っている。くーちゃんレーダーに何らかの反応アリだ。

 

「横、座っても良いかしら?」

 

「どーぞ、どーぞ」

 

 俺が止める権利がある訳でもない。横にどうぞ、とするとゆっくりと近づいた女性が便利に腰を下ろす。風になびく髪を片手で抑え、帽子を脱いでウマ耳をぴこぴこと揺らす。

 

「良い夜風ね」

 

「そっすね。エアコンを付けて部屋に閉じこもってるのが勿体ないぐらいの」

 

「えぇ、本当にそう。こういう夜は眠くなるまで歩き回るのが楽しいと思うの」

 

 でも、と女性は言葉を続ける。

 

「あまり、歩くのに適していないわね、ここは」

 

 ビルが多く、観光用施設や商業施設が多い。観光として歩き回るのであればまあ、楽しめるだろう。だけど落ち着きを求めて静かな夜を純粋に楽しみたいのであれば……発展と開発と共にそういうものは姿を消してしまっている。

 

 それらを求めるならもっと遠くへと行かないとならないだろう。まあ、流石にそんな遠くにはいけないのだが。だからこのビーチは悪くない。人の姿がなく、静かで、暗く、波の音しか聞こえてこない。心の淀みを波が洗い流してくれるようだった。

 

「綺麗な色をしているのに……どことなく窮屈そうね」

 

 波を眺めていると、そんな声を聴いた。

 

「窮屈?」

 

「えぇ、凄く綺麗な色をしているのに……誰にも見せないように、必死に抑え込んでいる様に見えるわ。きっと、貴女はそれを出す事が出来れば誰もを魅了できる輝きを持っているのに」

 

「アンタ……」

 

 最初は毛色の事を言われているのかと思った。だけど違う、このウマ娘はもっと深い部分を見て指している。心の色、そういうべきものを見て言っているのだろう……純粋に、その並外れた感覚に驚いた。

 

「解るんだ」

 

「うーん、長年この業界に居ればなんとなく? 今まで見てきた色の中で一番綺麗な色をしているわ」

 

「一番綺麗な色か。姐さん、良い事を言うな」

 

 名も知らぬウマ娘の言葉に小さく笑う。心の色を褒められるなんて経験、滅多にないもんだからちょっとだけ気分が良い。とはいえ、良い事ばかりじゃない。

 

「綺麗に見えるのは多分その形だけだよ。本当に美しいものってさ、実は危険なんだ。危険で、醜悪で、そして邪悪だと思う。触れてはならないものほど綺麗に飾られてて触りたくなっちゃうんだ。だから俺はこれが嫌いなんだよね」

 

 知らなきゃ良かった。忘れれば良かった。だが生まれ変わった事実も、今を生きる現実も変わりはしない。魂に焼き付いた原色は消える事がない。俺がなんであり、なんであり続けるかという事実は決して覆らないんだ。

 

「だから押し込んでるのね」

 

「おう、それが多分一番正しい」

 

 だけど、同時にこれを晒したいという自分もいる。見せつけたい、派手にやりたい、褒められたい、認められたい教えたい―――そんな気持ちを抑圧している。だけどこれはそんな早々に見せても良いものでもないだろう。そんな、綺麗さではないんだ。

 

 人の魂を焼くような、そんな色彩を、俺の本当の領域は抱えている。

 

 だから使ってはならない。使うべきではないのだ。それでも、それに反していつ使うのか、どうやって使おうか……そんな事を考えている自分がいる。結局覚悟とか決意とか、その程度のものだって話なんだろうけど。

 

「良いんじゃないかしら」

 

「良いんじゃないか、って。何が?」

 

「矛盾してて」

 

 言葉にしない感情と想いを、汲み取るように栗毛のウマ娘は呟く。

 

「間違っていても、矛盾してても、それで何か問題があるのかしら?」

 

「いや、それは人としていけないでしょ」

 

 人に、跡が残る様な事はしてはいけない。当然の倫理だ。魂を焼きつくす様な行いを、当然のモラルを踏まえて行ってはいけない。ブレーキを外せば最後、残るのは止まらない暴走特急だけだ。それを外してはならないというのは当然の認知だろう。

 

 だけど、乙女は頭を横に振る。

 

「そうね……悪い事をしてはいけないわ。だけどね、私達ウマ娘の脚は結局、使えば使う程すり減って行くものよ。走ればそれだけ死が近づいていく世界に身を置いているのが競技者としての人生よ。そもそものスタートラインが違うの」

 

 トゥインクルも、ドリームも、その行いは結局デッドエンドへと向かった暴走特急。

 

「なら、今更遠慮する事って何かあるのかしら?」

 

「そりゃ……色々とあるだろ」

 

「えぇ、あるでしょう―――だけどそれを考慮する必要なんてあるのかしら」

 

 ふふ、と乙女が笑って立ち上がる。

 

「とても綺麗な色の娘。貴女は間違いなく此方側よ」

 

 脱いだ帽子を被り、視線が真っすぐに俺を捉える。

 

「燃え尽きるような一瞬を。焼けつくような全てを。自分の全てを出し切ってでも燃え尽きる瞬間を求めて焦がれている。最強で最高のレースの為であれば人生の全てを薪としてくべても構わない……貴女は私と同じ、そういうウマ娘よ。その本質を自覚しているけど否定したいのよね?」

 

「それは……そうだろう」

 

 肯定する言葉に白い乙女が頷く。

 

「でもね、それは貴女の本質を否定しているだけだわ……貴女の中では既に答えが出ているはずよ。それから目をそらさないであげて。殺し続けているのは貴女の為にもならないわ」

 

 ふふ、と笑みを零して背を向けた。

 

「でもきっと、貴女は使うわ。そのとても綺麗な色の心を。今年のドバイは、そういうレースになるわ。きっと、我慢が出来なくなる。そういう素敵な熱が既にあるもの……それでは、良い夜を」

 

 そう言って白いカモメは去って行った。化け物め。背筋に冷や汗が伝う感覚を拭い去るように倒れ込み、夜風に身を任せる。

 

「ありゃ勝てる気がしないな」

 

 本格化を終えて、既に引退しているのに。勝てる景色が思い浮かばない。だというのに熱を灯されたように体が火照ってしょうがない。

 

「こえーなぁー」

 

 ざあ、ざあ、と波の音に身を任せながら息を吐く。どうするか、という言葉はもう口から出てこない。




クリムゾンフィアー
 ナニカサレタヨウダ

白いワンピースのウマ娘
 一体どこのカモメ姐さんなんだ……

カピ君
 ヒマラヤ山脈登頂
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