転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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56話 つまりこれまで人生舐めプだった……って事!?

 ホテルが正面に見える。

 

 俺が泊まっている所とは別のホテルだ。運転を頼んだSPさんに手を振って感謝を告げたらそのままホテルの中へと進む。

 

「ようこそ、宿泊でしょうか?」

 

 すかさずやってくるホテルボーイを片手で払いながらホテルの奥へと進む―――事前に調べてあるだけに迷う事はなかった。ホテルの中を抜けてその中央へ、俺たちが泊っているホテル同様中には走る為のコースが用意されているホテルだ。

 

 というのも、ドバイは競バを盛り上げたいという声に合わせて宿泊できるホテルにはウマ娘用のコースが用意されている。ドバイは近年のウマ娘ブーム、レースブームに合わせて更に盛り上げる為に資金の投資を行っている。ホテルにコースが用意されているのもそういう都合故だ。

 

 何より、関係者のみを中に入れたホテルのコースは、外の練習場とは違って限られた空間だ。余計な偵察などを心配せずにトレーニングができるのは最大の魅力だ。基本的に報道関係者はこの手の施設から締め出されているから安心してトレーニングができるという訳だ。

 

「……」

 

 ホテル内のコースにまでやってくると、アメリカチームが練習している姿が見えた。途中、ここに来るまで当然ホテルの関係者が俺の足を止めようとしてくるのを全員威圧して完全停止させてきたから誰も俺を止める事は出来ない。その調子のままコースの端に立ち、アメリカチームを無言で眺める。

 

 アメリカはダート大国だ、お国柄とその歴史の関係上土でのレースが主流となりそのまま発展してきた。その結果アメリカという環境は世界で最も優れたダート大国へと化した。シガーが走り、優勝した事でドバイのダートはある種のステータスを得る事に成功した。

 

 その為、アメリカからは毎年一定数の参加者がドバイダートには出てくる。そして今年も、ドバイのダートトロフィーを持ち帰る為に来ている姿が多数ある。

 

 その中には、当然Afleet Alexの姿があった。コースのサイドではティズナウとサキーがトレーニングを見守り、アメリカ組の全体の監督もしていた。だが俺がコースの端に出てくるのを見ると、視線を向けて来る。

 

 それに気づき他のウマ娘達も足を止める。

 

「Crimson……」

 

 呟くような声がする。それに応える事もなく、不動のまま待つ。俺の放つ気配を理解してか、前に出てくるのはAlex1人だけだった。俺の前に柵越しに足を止めると、トレーニングで流れた汗を拭いながらよう、と挨拶してくる。

 

「元気みたいだな」

 

「―――1本」

 

「……?」

 

「ダート2000領域抜き以外は本気で1本」

 

 人差し指を持ち上げての提案に、Alexは一瞬黙り込む。だがその後ろからやって来たティズナウが言葉を挟み込む。

 

「止めておけAlex。その提案を絶対に受けるな」

 

 警告するティズナウの言葉にAlexは頭を横に振る。

 

「殻を破るか否かの瀬戸際……って所だろ? 見れば解るよ。だからこそ受けなきゃならない、そうだろう?」

 

 そう言うとAlexはタオルを受け取って汗を拭い、息を吐いて一瞬でコンディションを整えてから視線だけで“来い”と示してくる。それに従いコースに入り、スタートラインに向かう。その様子にティズナウがはあ、とため息を吐いてコースの横に出る。逆にサキーはどこか楽しそうに眺めながらスタートラインの横に立った。

 

「合図と判定は私が取ります―――皆さん、コースを空けて」

 

 サキーの言葉に合わせてコースから他のウマ娘達が一瞬で消える。それを受けながらスタートラインに立ち、大きく背筋を伸ばして体を捻る。手を足を振って体を軽く慣らしたら準備は完了する。何時も通りのスターティングポジションを取り、構える。

 

 俺とAlexの間に言葉は必要ない。ここに来た意味もぶつける必要はない。これは、俺自身に対する一つの確認だ。確認であり確信だ。俺がこれから、何をするべきか。どうしなくてはならないのか。それを知って理解する為にも本気で走らなきゃならない。

 

 走ればわかる。熱は既にある。カモメはそう鳴いた。

 

 ならその熱を確かめるしかないだろう。

 

「……」

 

「……」

 

「はぁ……馬鹿な奴だ。ほら、サキー」

 

 ティズナウの呆れの溜息を聞き流し、レースにのみ集中する。サキーの出すスタートの合図だけに全神経を集中させ―――。

 

「―――開始」

 

 腕が振り下ろされるのと同時に前へと飛び出した。一切出遅れる事無く2人同時に飛び出し、前へと向かってポジションを取る。前に出たがるAlexに先頭を譲り、その直ぐ後ろにマークするように位置を付ける。

 

「っ、そう来なくちゃな」

 

「は」

 

 Alexを直ぐ後ろから加速させるように威圧する。いや、実際に加速する。等速ストライドと言う武器を使わない理由はない。マークして威圧し、そのまま相手を押し出すように加速する。少しずつ、少しずつ加速を累積させる。

 

 段々とハイペースで展開するダートの一騎打ちがほぼ全力疾走染みた速度へと変貌し始める。

 

 直線で呼吸を入れ、コーナーで呼吸を整える。

 

 互いにスタミナの温存手段、スタミナの回復技術は備えている。最初から最後までスタミナをコントロールして走っても途切れる事はないと理解している。

 

 だから序盤を抜け、中盤に差し掛かった所で一気に加速が始まる。後ろからの圧を増大させ、崩しに来るAlexの動きを牽制しながら1000mのロングスパートに入る。Alexも此方を良く理解しており、同様のペースで加速しだす。

 

 結局500m地点で互いに全力のスパートに入り始める。領域抜きの一騎打ちは純粋な肉体スペックの勝負になる。どちらがよりパワーを持ち、どちらがより多くのスタミナを備えているのか。たったそれだけの勝負になる。

 

 細かい技術、レースコントロール、そんな物は2人での戦いの間に入る余地もない。存在するのはどちらがより優れているか、という種としての戦いのみ。

 

 そしてその点において―――どうしようもない遅れを俺は取っていた。300m地点までは横並びに全力でスパートが出来ていた。だが段々と息が上がり始める。肉体にのしかかってくる疲労はこれまでのレースでは感じられなかった重みだ。

 

 ―――ブランクだ。

 

 半年間のブランク。それが純粋なスペックの比べあいという舞台において明確に俺の劣勢を示していた。

 

 だからスパートを補助するように姿勢を整える。息を入れて加速する―――だが足が重い。体が重い。煩わしい程の重みが体にのしかかってくる。自由に走れない事へのイラつきと、勝利への渇望が重みが増えると同時に肥大化する。

 

 ハナ差。

 

 アタマ差。

 

 1バ身。

 

 2バ身。

 

 怠惰と迷いのツケは俺に対する負債として縛鎖となる。引き剥がされる。それを理解していても前にAlexが出る。強い―――お前は本当に強い。走りを見れば解る。俺が寝ている間も一切手を抜く事なくトレーニングをしていたのだろう。

 

 俺がいないレースで勝った。俺がいないから勝てた。そんな誹謗中傷に負ける事無く、腐る事無く走り続けてきたんだろう。走る姿を見ればお前がここまで一切手を抜く事無く走り続けた姿が思い浮かぶ……本当に凄いと思うし、尊敬する。

 

 4バ身。

 

 等速ストライドは結局、底なしのスタミナとそれを支えるパワーが存在して初めて成立する走りなのだ。それが欠けようものなら普通に走っているのと何も変わりはしない。最後まで失速する事なくとも、トップスピードが出せる事はなくAlexが前を走って先にゴールラインを切った。

 

 それがAlexとの領域抜き、本気の勝負の結末だった。

 

 息を切らし、汗を流し、胸を押さえながら呼吸を整えて息を吐く。

 

「満足したかCrimson?」

 

 振り返ったAlexの言葉に頷く。

 

「ありがと、帰るわ」

 

「もうトラックに轢かれる事無く帰れよ」

 

 Alexの言葉にひらひらと手を振ってからコースを去って行く。

 

 

 

 

 真っすぐ自分のホテルに戻り、今度は自分が借りているコースへと戻ってくる。日本のウマ娘達は今日も環境に慣れようと悪戦苦闘し、自分のトレーニングに励んでいる。その姿を眺めながら暇そうにしている西村の姿を見つける。その姿に向かって軽く手を振ると、

 

「おはよう、フィアー。せめてサボるなら一言ぐらい書置きを残してくれても良いんじゃないかな」

 

「西村……ずっと、何のために走り続けているのかを考えてたんだ」

 

 少しだけ優しく、冗談を咎めるような口調で言葉を口にした西村が俺の返答を前に黙り、真剣な眼差しを向けた。先を促すように無言のまま、次の言葉を待つ。

 

「結局の所俺が走り続けてきたのは、ウマ娘としての本能を満たす為だったんだよな……走りたい。走り続けたい。負けたくない。もっと前に出たい。その欲望が俺を突き動かす原動力だったんだ。それが枯渇した事はなかったけど、一瞬でも満たされた事があった」

 

「皐月賞か」

 

 初めて全力を出して負けた舞台。楽しかった、自分の全てを出して考えて戦い、そして負けられる事は。或いは俺は、無意識ながら走る事に満足していた部分があるのかもしれない。それが眠り続ける事への選択に続いたのかもしれない。

 

 何のために走る? どうして走る? 何が俺を走らせる?

 

 告白しよう―――俺は根が凄い真面目だ。びっくりするほど真面目だ。だから糞真面目にここら辺の事を考え、悩み、迷ってしまう。存在の是非を。

 

「だけどさ」

 

「……」

 

「やっぱ、負けるのって悔しいわ」

 

 胸を焦がす熱量を自覚する。あぁ、あったよ。俺にも、意地とかプライドとか、闘争本能とかそういうもん全部ひっくるめた熱量がそこに。願いのない奴が走ったらいけないのか。特別な想いのない奴が走ったらいけないのか。勝つのは何時だって運命に愛された奴なのか。

 

 否、否、そして否―――勝つのは運命ではなく、強い奴だ。そこに想いの熱量なんて一切関係がない。

 

 純粋な才能が、修練の量が、桁を超えた努力が夢やそれ以下の努力を否定するのだ。

 

 俺はそれが嫌いだった。報われる奴はいるんじゃないかと思ってた。だけど結局、俺は彼方側の存在だった。才能に愛され、そして神に愛された暴力の化身だったのだ。それがどうしようもなく吐き気がした。だから三女神が嫌いだった。お前らに愛されたくなんてないと思っている。

 

 それでもはっきり自覚する。

 

 負けたくない。

 

 勝ちたい。

 

 たとえそれが運命の果ての勝利だったとしても、それを捻じ伏せて蹂躙してでも喰らいたい。

 

 我こそが最強であるという事の証明を立てたい。

 

 唯一抜きんでて並ぶものなし―――その名は俺にこそ相応しい。

 

 究極のエゴイズム。自分勝手の主張。だがそれでこそ世界を相手にする相応しい気概。あぁ、そうだ。熱量は常にそこにあった。カモメの鳴いた通りだ。あの女、三女神なんかよりも遥かに邪悪にすぎる。だがおかげで目を逸らす事も逃げる事も出来なくなった。

 

 急所を突くという意味ではよくやったとしか言えないだろう。

 

 俺は、あのカモメは嫌いだがその一点においては感謝しよう。

 

「西村、俺を追い込んでくれ。限界まで。壊れるぐらいに。調整とか、コンディションとか。そういうの全部忘れて。血反吐吐いても良いから。壊すほどに追い込んで。倒れても無理矢理引き上げて走らせて」

 

「―――」

 

 俺の言葉に西村は黙り込み、腕を組む。目を瞑って数秒間、己の中にある考えを巡るように沈黙を保ち……ゆっくりと目を開けた。

 

「良いんだね? 最悪のコンディションでワールドカップを迎える事になるよ」

 

「それでも俺を戻せるでしょ、身体的に負けないラインへ」

 

 西村の中には見えている。明確に俺が回復できるというラインまで引き上げるプランが―――だがそれはコンディションの調整を全て投げ捨てた先にある行いだ。とてもレースを走れるだけの状態ではないだろう。

 

 だがそれで構わない。コンディションなんて所詮は精神的な部分だ。その点においては人類最強を自負している。精神的なリミッターが解かれた今、もはや崩れるものなんて何もない。真っすぐに西村の目を見て、訴える。

 

 それに負けた西村が目を閉じた。

 

「はあ……これで負けたら世界中から無能トレーナーとして地位を獲得できるかな」

 

「安心してくれよ、トレーナー」

 

 もう、負ける事はないから。その言葉を口に出す事なく答えとしてコースの上に立つ。




クリムゾンフィアー
 おや、クリムゾンフィアーの様子が……?

Afleet Alex
 ライバルの覚醒ににっこり

ティズナウ
 言わんこっちゃない

サキー
 ライバルは強ければ強い程楽しい派

ハーツクライ
 急に同室のチームメイトが毎日ぼろぼろになり出した恐怖


 明けましておめでとうございます。今年もまた宜しくお願いします。
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