転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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57話 ドバイワールドカップ Ⅰ

 ドバイミーティングの朝。

 

 報道陣を避けるように軽い変装込みで競バ場入りする。ドバイワールドカップは7R目、ドバイミーティングという1日におけるオオトリを飾るレースになる。その為、朝早くやって来ても待ち時間は長くなる。

 

 それでもその待ち時間を俺は厭わなかった。必要な準備と追い込みの全ては前日のうちに終わらせていた。だから朝早く競バ場に到着したら後は勝負服に着替える準備をしておくだけ。部屋のハンガーにクリーニングに出して綺麗に整えられた勝負服を吊るし、椅子に座って静かに出番を待つ。

 

 1R目、アラブバオンリーのレース。これは俺たちには関係がない。関係があるのは2R目のゴドルフィンマイルからだ。これにはユートピアが出走する。同じ日本出身のウマ娘、チームという意識は正直あまり強くない。

 

 だが同じ、他国を相手にするウマ娘でありダートという領域で走る同胞だ。一緒に遊んで仲良くなった部分もあるし、アドバイスしたりされた所もある。静かに心を落ち着けるように言葉を発する事もなく控室で待っていれば、何時の間にか西村が最初の勝負の結末を教えてくれる。

 

「ユートピア、勝ったよ」

 

「そっか」

 

「日本にとっては最高の始まり方かな」

 

「どうだろうな……チーム戦と言ってもレース中は何時も1人だ。他人の勝敗は、究極的にはパフォーマンスへと影響しない」

 

「そうだろうね。だけどその想いは継がれるだろう?」

 

 西村の言葉に小さく笑みを零し、アロマスティックを口に咥えて椅子に背を預ける。感情を、精神を抑え込む事に四苦八苦している。ここ数日間でコンディション調整を放棄した追込みは体をどこまでもぼろぼろにして追い詰めた。その反動で精神が昂っている。それをどうにか抑えて、抑えて、抑え込もうとして―――失敗している。

 

 足を組んで、心を落ち着ける為にアロマスティックを吸っているのに足元には花が咲いている。抑えきれない感情がこうやって溢れ出している光景を見るのは久しぶりだ。此方に入学してからはだいぶコントロールが利く様になった影響で、こうなるのも珍しいものになっていたのに。

 

 気分転換をする為にスマホに手を出す。ソシャゲにでも手を出そうとして、どれを遊ぼうにも気分じゃないから再びスマホをテーブルの上に投げてしまう。

 

「あー、駄目だ。落ち着かない。西村、なんか面白い話して」

 

「宴会部長の無茶ぶりか何か? 仕方がないなあ……」

 

 出来るのぉ……?

 

 期待を込めて視線を西村へと向けると、西村が胸を張る。

 

「こう見えて理子さん、葵ちゃん、洋介とは同期だからね」

 

「洋介……?」

 

「モルトレって呼ばれてる彼の事だよ」

 

 初めて本名を聞いたかもしれない。というか西村、やべぇ奴らと纏めて同期なのはちょっとヤバイでしょ。組んでいた足を解いて少し前のめりに姿勢を直す。話を求めるような視線を西村に向ければそうだねえ、と声を放つ。

 

「昔の洋介は割と人間だったんだよね」

 

「割と人間って表現おかしくないか? まるで今が人間じゃないみたいな……いや、そっか、今モルカーになってんもんな」

 

「どうしてあそこまで生命として道を踏み外しちゃったんだろうね。まあ、あの頃の洋介も僕もだいぶまともな側の人間だったんだけど、同期に葵ちゃんと理子さんがいて、あの頃は色々と楽しくやってたよ。今も楽しくやってるけど」

 

 ほうほう。

 

「あの頃から理子さんは貧弱でね、トレーナーとして多少は体力を付けないと! とか言いながら階段を上り下りするだけで死体になっている姿が発見されて……良く葵ちゃんが理子さんを運んでいる姿を見かけたよ。片手で」

 

「あの人良く今まで生きていられたな」

 

 流石だな、ストロング葵。その頃からストロングだったんだな。

 

「葵ちゃんも思い込んだらこう、って部分が少なからずあってその結果全員ウマ娘を制圧する為に武道を習いましょう! って話をしたり……OBの皇帝の杖を捕まえて女装させてからリリースした事件もあったなぁ」

 

「なにやってんの」

 

「やあ、僕も学生時代はやんちゃだったし。あぁ、沖野さんと東条さんの話も面白いのあるよ。あの人たち昔からあんな感じだったから沖野さん何時も怒られてたし」

 

「へぇ」

 

 

 

 

 それからしばらく昼食やら着替えを挟んで馬鹿話を続けていると、ノック音が部屋に響いた。

 

「Crimson Fearさん、パドックへの移動準備をお願いします」

 

 扉の向こう側から聞こえてくる声に西村が間髪入れずに返答する。

 

「はい、解りました―――と、言う訳で君と話している時間も名残惜しいけど、ここら辺で終りかな」

 

「ん-、そっかぁ。割と楽しかったんだけどなあ」

 

 まあ、レースじゃしゃーないか。座ってた椅子から立ち上がってアロマスティックを灰皿に捨てる。背筋を伸ばして勝負服の着心地を確かめる―――改めて着るのは日本を走っている時の勝負服、俺のありったけの想いを込めて作った彼岸の衣。これがやっぱり、一番体に馴染む。

 

 尻尾をゆらりゆらりと揺らしながら部屋を出る。既に待機していた外国人のスタッフは、俺を見て言葉を失う。

 

「パドック、どっち」

 

「っ、あ、そ、そうでした。先導します、此方です」

 

 駆け足で去って行くスタッフの姿を軽く見てから、部屋の前で立ち止まる西村に視線を戻す。よ、と片手を上げて挨拶しておく。

 

「んじゃ、勝ってくるわ」

 

 俺の言葉に西村は小さく笑った。

 

「行ってらっしゃい、フィアー。今日の君は間違いなく最強だ、好きに走っておいで」

 

 脚質の相談も、戦術の相談もない。俺が俺らしく走ればそれで勝てると断言し、信じている者の目だった。そもそも、西村はこうなる前にちゃんとした戦術を、プランを用意していた。俺が8割の力だけを発揮できる状態でどうやって勝つか、というのを限界まで考えて突き詰めたプランだ。

 

 失った体力を補うために最後方から開始し、ディーやシービーを真似るような追い込みで勝負に出るというプランだ。何度もシービーとは併走しているし、ディーの走りは俺が一番良く知っている……だから普段はそう走らずとも絶対に走れるという信頼から出たプランだ。

 

 実際の所、俺に走りの好き嫌いはあっても得意不得意は特にない。走ろうと思えば大逃げから追い込みまで全脚質を走る事が出来る。それでも俺が先行と逃げを選んで走るのは単純に対策されづらく、レースコントロールをする上で勝ちやすい脚質だったからだ。

 

 つまり得意だから先行で走ってたのではなく、勝てるから先行で走ってたのだ。

 

「Crimsonさん」

 

「ん?」

 

「Belmont Stakes、見てました……応援してます」

 

 先導するスタッフがパドックの入場口まで俺を案内すると、横に退いて頭を下げてきた。それに無言の笑みで答えながら手をひらひらと振った。正面を横切るようにパドックの入場口に立ち、もう一度背筋を伸ばす。

 

「そんじゃ、行きますか」

 

 たん、と蹄鉄が床を踏む音が響く。

 

 たん、たん、たん、と音が響く。外から聞こえてくる歓声に足音が打ち消される。外へと続く通路から光が差し込んでくる。既に他の出走バは揃っている。オオトリを飾るようにゆっくりと日陰からアラブの太陽が差し込むパドックへと上がる。

 

『そして、私達は待っていた! 貴女の帰還を! 去年のアメリカダート界に出現し、伝説を継承し三冠を達成した赤毛の暴君! 一時期幻の三冠とさえ呼ばれたウマ娘は今日、この場で復活の雄たけびを―――っ!?』

 

 海外らしいショーっぽさを演出する為の入場を盛り上げる実況か、或いは解説のトークがその瞬間止まった。パドックに出た瞬間あらゆる音が停止し、そして視線が集中する。誰もが俺を見て、言葉を失い、そして次に零すべき言葉を探す。

 

 その状況を言葉にするべき人物でさえ口を開いたまま次の言葉を発せない中、唯一言葉を放てる奴がいた。

 

「―――よお、Crimson。遅かったな」

 

 Alexだ。真っすぐ視線を此方へと向け、闘志に満ちた眼差しを突き刺してくる。その中には戸惑いも無ければ驚きもない。単純な事実として俺の存在を認め、受け入れている。あぁ、そう言えば一緒にGⅠレースで対戦した回数はお前が一番だったな。

 

「待たせたな、俺抜きでBCをやらせて悪かった」

 

「気にしてない……と言ったらウソになる。ただ、今年は走れるだろうからな」

 

 それにしても、とAlexが苦笑する。

 

「なんだ、その姿は」

 

「なんだって……見ての通り、準備万端なだけだが」

 

 勝負服に身を包んだ姿を手を広げて見せつける。髪の毛はぼさぼさ、肌は大荒れ、どことなく体全体がぼろぼろに見える。限界の限界まで追い込んでコンディション調整を放棄し、ひたすら限界まで自分の体を虐め抜いた姿がここにある。

 

 まさしく―――まさしく、鬼が宿った状態だと言えるだろう。

 

 完璧な調整から程遠いみすぼらしい姿かもしれない。

 

 だがこれで良い。今は、かつてない程に最高の気分なんだ。気力が、精神が、明確に肉体を凌駕する段階にあると断言できる程心と頭が熱く、冴えている。俺にとっては二度とないこれ以上ない最高の仕上がりだろう。

 

「楽しませてくれるよな、Alex」

 

「先日みたいなしみったれた走りをしないならな」

 

 互いに睨み合う中で、動き出す姿がある。その姿は迷う事無く近寄ってくると、俺の両手を握った。

 

「改めて、惚れたよ」

 

「エレちゃん……」

 

 エレクトロキューショニストが俺の両手を取って、あのプールで見せた姿と何の変わりもない態度で接してくる。だが雷を思わせるような勝負服に身を包んでいる彼女の今の気配には、闘争心を掻き立てるものがある。

 

「君ほど美しい者を未だかつて見た事がない。こうやって改めて対峙して解る―――君は最高のウマ娘だ。心も、体も、全てがこの場で揃った。君という存在の全てに……恋焦がれるのが今、解るよ」

 

 或いは、土も芝も走れる天才肌のこの電気処刑人はカモメ同様、俺の見た目ではない所を感じ取っているのかもしれない。

 

「だが残念だ、今日は君の表情を曇らせて帰らないとならない」

 

 欠片も戦意を濁らせる事はなく、それよりも寧ろ闘争心を研ぎ澄ませるように電気処刑人が情熱的な視線を向けてくる。ゆっくりと解かれる手の抱擁から離れては、と声を零す。

 

「面白い事を言う」

 

 本当に。

 

「俺を敗北させられる(ころせる)のは1人だけだ」

 

 だから負けない。負けられない。

 

 ―――自分の在り方に開き直ってしまえば、後は勝つだけだ。




クリムゾンフィアー
 領域が本来の形を取り戻した

Afleet Alex
 この時を待っていた

Electrocutionist
 視点がカモメに似ている。君の色に恋をした

西村トレーナー
 スマホが震えっぱなしで通知が止まらない
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