息が苦しい。胸が辛い。頭がぼーっとする。無理矢理スタミナを補充しても苦しいもんは苦しい。今にも足が爆発しそうだ。だけど楽しい。楽しかった。最高のレースだった。恐らくこれ以上出せない最高のパフォーマンス、人生でこれ以上は出せないだろうという走りだった。
領域の入りも、等速ストライドも完璧、ミス一つ存在しない走りだった。毛先から滴る汗でさえ愛おしい。酸素を求めて荒く息を求めると、遅れて体力を使い果たした他のウマ娘達がもつれ込む様にゴールし、同じように酸素を求めて大きく息を吸い込む。
誰もが凄まじい疲労を感じて、誰もが言葉を発せない程に消耗している―――俺の領域とはそういうもんだ。
誰にだってレースには調子の波が存在する。だが調子が良ければ良い程、速度が乗れば乗る程消耗は激しくなる。最高の走りというのはそれ以外の全てを削ぎ落として到達する境地だ―――それを任意でとはいえ、確定で呼び出す事の出来る領域の中で全力を出せばどうなる?
最悪潰れる。そうじゃなくても限界まで消耗する。
最高の代償は決して安いものではない。
だがそれでも全力で走る。それがウマ娘という生き物で、それが俺達が選んだ生きる道なのだから。もはや躊躇も遠慮もない。この領域を使う事を完全に解禁する。今回は1回目だから無駄もあった、次回はレベル4ぐらい……そう、もっと最適化して使う事も出来るだろう。
とはいえ、ここまで無法に領域を重ねられる事はないだろうが。スピカや身近な友人はともかく、クリークやルドルフを始めとした他のチーム連中の領域は今回が対海外シフトだからこそ引っ張って来れたようなもんだ。国内でやる分には間違いなくレンタル不可だろう。
「はあ……はあ……はあ―――」
細かい反省や自己分析は後回し。
勝負服の上着を脱ぎ去って、丸めて観客席へと投げ込んで中指を突き立てる。
「俺が! ナンバー! ワンだっ!!」
咆哮するように声を放てば客席から爆発する様な歓声が返される。手を振って笑顔で返していると、Alexがよろよろとした足取りでやってきた。
「ふざけろこいつ、こいつっ」
「痛い痛い、蹴るな蹴るな」
足に優しくローキックをAlexが叩き込んでくる。負けてはいるが、その表情はどことなく晴ればれとしたものだった。笑いながらローキックを入れてくる辺りが満足感の見える表情をしている。
「どうよ、俺は幻で終わったか?」
「いんや、今も昔もお前は俺達のクラシック戦線の顔で代表だよ。すっきりしたわ」
楽しそうにそう言うAlexを押しのけて、エレちゃんがやってくる。
「好きだ、フィアー。結婚して欲しい。君の全てに恋をした」
「悪いけど、俺の心は売約済みなんだ。欲しかったらお前の走りで惚れさせてくれ」
俺の言葉にエレちゃんは楽しそうに、レースが終わった直後だというのにもう1レース全力で走れそうな程の獰猛な笑みを浮かべている。あぁ、こいつ、根本的に俺の事を諦める気一切ないなというのが見て解る。こいつとは今年、あと何度か走る事になるだろう。
さて。
ウィニングランを緩く実行し、トロフィー授与の表彰式を終えたら観客に中指を突き立ててスタート地点へと戻る。そこから地下バ道へと潜れば、そこには俺の事を待っている西村の姿がある。レースが終わった直後に走って来たのだろう、少しだけ汗の臭いがする。
「お疲れ、フィアー。最高の走りだったよ」
「サンキュ、これまで絡みついてきた重りを全て振り払った気分だわ」
お蔭で体が軽い。もはや俺を押さえつける者は何も存在しない。どこまでも飛翔できそうな気分だった。
「で、この後報道陣がライブが始まる前にコメントを求めて集まっているけど……どうする?」
肺と脳味噌を酸素で満たしてから口を離し、息をたっぷりと吐いてから心を落ち着ける。ドバイWCで勝利する事は出来た。国際競走の中でもグレードが高いレースだ、GⅠなだけではなく世界的に見て評価の高いGⅠである事が重要だ。だが単純な価値で言えばベルモントステークスの方が上だろう。
だけど国際競走で勝ったことには大きな意味がある。
それは発言力だ。
アメリカ、そしてドバイのダートで勝った俺は現在、現役トゥインクルのウマ娘としてダート最強の称号を手にしたと言える。だから今、全てのメディアは俺に対して注目を向けているだろう。今、この瞬間にしかできない事が存在する。
だから俺は西村を見て、頷く。事前にどうするかは決めていた。だから覚悟と了承の意を込めて西村に頷きを返せば、西村も短く解ったと答えた。
「全く……最初に個人で担当させられたウマ娘がこんな破天荒な奴だったなんて。他の娘では満足できなくなっちゃいそうだよ」
「俺の走りを最前線で見て、支えるって大役を担ったんだ。俺が燃え尽きる瞬間まで一緒に居て貰うぜトレーナー」
けらけらと笑って地下バ道を抜け、控室ではなく報道陣が待っている部屋へと移動する。これからウィニングライブの準備をしなくてはならないが、丁度俺も報道陣に対して言わなくちゃいけない事がある。
だからレースの後のインタビューの為に報道陣が待機する部屋へと向かった。受け取ったトロフィーは一旦スタッフの人に預けて控室に運んでもらい、そのまま報道陣の待つ部屋へ。俺が諸々の事をしている間に既に報道陣は行儀よく待機していた。
俺の姿が見えるのと同時にマイクを向け、しかし大きな音もフラッシュもない訓練された対ウマ娘用マニュアルに沿った動きで声を飛ばしてくる。
「フィアーさん! 優勝おめでとうございます! 是非コメントを!」
「一言で良いからお願いします! あの、あの領域についてのコメントを!」
「うおおおお、おめでとうございます、うおおおおん、また走るのが見れたよぉ、おぉぉん」
一部、アメリカからやって来て号泣している記者がいるのが面白い。号泣する姿に苦笑しながら報道陣の正面で足を止める。室内を見渡し、報道陣の中に見覚えのある記者が数人紛れ込んでいるのを見て笑い声を零し、手を前に差し出した。
「マイク」
「え、あ、はい、どうぞ」
呆ける記者からマイクを受けとり、
「次走は既に決めてる」
「ッ!!!」
俺の一言に報道陣がどよめき、一瞬で音を殺して俺の一挙一動を逃すまいと食い入る様な視線を向けてくる。無駄な質問をせずにただ、俺の動きを待つように控える姿に俺は室内をもう一度だけ見渡し、頷いた。
「今回のレースを見て皆解っただろう、俺が復活した事を。完全によみがえった事を。赤毛の怪バは彼岸の彼方から帰ってくる事を。そうだ、ウマカス共ヒトカス共。良く聞け、俺は帰って来た。そして遠慮も躊躇もしない。走る以上、誰だって何時かは夢見るだろう?」
人差し指を突き出す。
「最強の名を」
最強、それは現役を走るウマ娘にのみ許された称号だ。
「どうすれば最強を名乗れるか……考えた事はないか? 20世紀最強のウマ娘はシーバードだ。誰だって彼女を最強として名を上げるだろう。だけどよお……もう引退してるぜ? ロートルがいつまでも最強って呼ばれる事に違和感はないか?」
なあ、おい、と言葉を続ける。
「今は俺達の時代だぜ。最強と呼ばれるべきなのあんなロートルじゃなくて、俺達の誰かであるべきじゃないか?」
だから、最強が誰であるかを決めよう。
「俺の次走はキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスだ」
おぉ、という声が響く。
「ついに渡欧か……」
「芝への挑戦……いや、海外の芝への初挑戦か」
どよめく報道陣を無視し、
「その次の凱旋門」
「え?」
報道陣のどよめきが止まらないが、言葉を続ける。
「その次にBCクラシックで俺が取り忘れたトロフィーを取りに行く」
報道陣に凄まじい困惑が走る。こいつは何を言っているのだろうか、という言葉さえ漏れかけている。とてもじゃないが現実的なプランではないと言いたいのだろう。だが否定できない。誰も俺の走りを否定できない。だって今日、大差をつけて勝利という化け物を目撃してしまったのだから。
彼岸の暴君が全てを踏みつぶす姿を目撃した以上、最強の前提が見えてしまったのだから。
あぁ、そうだ。俺は西村が冗談で言ったかもしれない事を本気にする。
「解るか? この世で最も価値の高いGⅠレースだ。どれも歴史が深く、そしてそれぞれにおいて最強を決めるレースだ。だったらよ―――その三つに勝ったら史上最強のウマ娘を名乗って良いんじゃないか? なあ? お前らそう思わないか?」
カメラを指さす。
「ドバイには出てこなかったお前だよ、お前。自分抜きで最強名乗るんじゃねぇ! って思ってるんじゃないか? ほら! 挑戦状は投げてやったぜ。スケジュールも出してやった! じゃあ後は出走するだけだぜ?」
他のカメラを指さす。
「それともお前、そこでバ鹿面して見てるだけか? 自分抜きで最強の名をかけて争う事を認めるのか? それでも本当にウマ娘か? おいおい、勘弁してくれよ」
煽るように声を放つ。
「とりあえず、俺が世界最強の前提取って来てやっからよ、誰が今の時代、地上最強のウマ娘なのか勝負して決めようぜ」
ただし、
「今年、一敗も出来ずに俺が勝ち続けて年を終えたら―――ドリームに行かず、競走人生引退するぜ。そんで最強の名前は永遠に俺のもんだ」
言いたい事は言い終わった。マイクを呆ける報道陣に投げ返して部屋から笑いながら出て行く。
さあ! 始めようぜ!
全世界のウマ娘諸君!
狭い土地に引きこもってないで!
本気で潰し合う戦国時代をよォ―――!
クリムゾンフィアー
祝、ラスボス化
トゥインクルシリーズ
最強の名を懸けて戦国時代が始まる
ドリームシリーズ
ちょっとだけ! トゥインクルいかせて! 今年だけ! な! いいでしょ!? 先っぽだけ!! いかせろ!!!