転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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60話 保健体育の授業は受けてる

 全世界に対する挑戦状は当然荒れた。大荒れだった。だけどそれはウマ娘の闘争心に火を付けた。

 

 最強とはなんだ? 最強とは誰だ? どうやって基準を決める?

 

 バ場、競バ場、環境適性……様々な要因が原因で本気で走れないウマ娘は存在する。だからこそレーティングが存在し、それで強さを測る。だがそれで戦ってもいない相手より格下と評価されて本当に満足できるのか? 納得できるのか?

 

 当然、納得できる筈もない。

 

 だったら戦うしかない。

 

 明確に強いと解るウマ娘の出場するレースに出場し、バチバチにターフの上で殺し合うしかないのだ。それだけが強さを証明する行いになりうる。そして俺の領域は最高のスペックを発揮して戦う事を許す異形の領域。全てのウマ娘が自分の限界を超えて走る事が出来る。

 

 無論、こんな領域が常に続けられる訳じゃない。

 

 ウマ娘の足とは消耗品だ。走れば走るほどデッドエンドに向けて燃え尽きて行くだろう。俺達ウマ娘は見えている破滅へと向かって走り続ける自殺者集団だ。それがサラブレッドの宿命だろう。それが解っていても走るしかないのは、もはや走るという行為に魅せられているからだ。

 

 だからこの挑戦状は最高に盛り上がった。誰もが最高のレースに最高の仕上がりで挑む事を求める。それが可能とする領域、そしてレースがあるなら飛び込むに決まっている。既に次走として指名したKGVI&QEステークスは誰が参戦するかで大盛り上がりを見せている。

 

 ドバイミーティング翌日は流石に誰も観光をする気にさえなれず、マッサージやエステを受けて全身の疲労を抜くのに数日掛けたらもう帰国の日程となっていた。

 

 当然のように押し掛ける大量の報道陣を受け流し、観戦に来ていた身内に別れを告げて日本へ。海外で走る方が多いが、あくまでもホームは日本なのだ。これからの遠征の為、そしてその後の為にも日本でやらなくてはならない事は多い。

 

 全世界最強宣言をしてしまった以上、忙しいのはここからだ。

 

 

 

 

「おいすー、ただいま。これドバイ土産のゴドルフィンペナント」

 

「ペナント海外でも売ってるんだなぁ」

 

 スピカの部室にようやく戻って来れた。思ってた数倍長く感じる帰国にお土産で買ってきたゴドルフィンペナントを部屋に飾る。これ、帰る前にカモメ姐さんに押し付けられた特級呪物なんだよね。持ってるとあの女に呪われそうだから早く手放したかった。だってあの女、凄い湿度の高い視線をずっと送ってくるだもん。流石に怖いよ。

 

「というか2人揃ってそろそろ蹴り続けるの止めない?」

 

「は? 止めねぇけど?」

 

「えいえい、えいえい。ワガハイら抜きで楽しそうな事してズルいぞ!」

 

 ゴルシとテイオーが部室に顔を出し次第両側から俺にローキックを叩き込んでくる。テイオーはまだしも、ゴルシはお前未デビューなだけだろ。さっさとデビューしろよボケが。いや、世代的にまだ何年も先の話なんだろうけどよ。ゴルシとテイオーに対抗してゴッドシャドーを披露していると、西村と沖野が顔を合わせていた。

 

「よ、大変そうだな西村。愛バの面倒を見るのは」

 

「大変も大変ですよ。取材申し込みが殺到していてスマホの通知止まらないですし。それだけじゃなくて各国の代表的名バもコンタクトとって来ようとしてますし……理事長からもちょっと会えないかと言われてますし」

 

「はっはっは、大変そうだなこいつ。ま、楽しそうな顔してるし苦しくないなら問題はなさそうだな」

 

「えぇ、大変ですけどこれ以上なく楽しいですよ。トレーナー冥利に尽きますよ、全く」

 

 西村の言葉の背後でダブルピースを浮かべているとローキックにマックイーンまで合流してきやがった。我慢してたけど我慢がならなくなったようだ。がははは、許せ!

 

「所詮ドリーム組は俺抜きでシニアを終わらせた敗北者じゃけんのぅ……」

 

「はあ、はあ……敗北者ぁ!?」

 

「取り消せよその言葉ッッ!」

 

「もうお前スピカ降りろ」

 

「急にガチ目の改変来るじゃん」

 

 わーわーきゃーきゃーしながら久しぶりにスピカでふざけ倒していると、こんこんというノックが部室の扉に響く。遠巻きに恨めし気な視線を向けていたスぺがはーい、と声を放って部室の扉を開けに行き、

 

「失礼、します」

 

「はい、なんの―――」

 

 言葉の途中でスぺが言葉を失い、視線が部室の入り口に集中する。ゆっくりと黒毛のウマ娘の姿が現れる。

 

「くーちゃんを、回収しに、来ました」

 

 物凄い感情を溜め込んだ気配のするディーの姿があった。見た瞬間絶対に逃げなくてはならないと本能で悟り、一瞬で窓へと向かって逃亡しようとするのを、ゴルシとマックイーンが両側から一瞬で取り押さえてきた。全力で腕を振るって逃げようとしても体が動かない。

 

「は、放せ! 放せよお!」

 

「まあまあまあまあ」

 

「最近調子に乗ってるし一発叩き込まれた方が良いだろお前」

 

「ゴルシテメェ!!」

 

 両側から抑え込まれずるずると引きずられディーの前までやってくると、当然のようにディーが俺を掴んで持ち上げ、担ぐ。

 

「では、貰って、帰ります」

 

「どうぞどうぞ」

 

「ごゆっくり」

 

「まだ完全に疲れが抜けきった訳じゃないからなるべく運動はさせないように」

 

 こくりと頷くディーとドナドナと歌う俺。良い笑顔で送り出してくれるスピカにファッキューと中指を突き立てながらスピカの部室から連れ攫われる。そうやってディーに運ばれていると、様々な視線が俺達に突き刺さってくる。

 

「お帰り赤毛。相変わらず問題しか起こさないなお前」

 

「ただいまー。でもレースで走る以上は最強の名、欲しいだろ? 1人で名乗って気持ち良くなるのも恥ずかしいし、全世界のウマカスしばいて最強名乗ることにしたんだわ。応援してクレメンス」

 

「おーい、お帰りフィアー。お土産ないのかー?」

 

「俺の無事」

 

「これから無事じゃなくなりそうだけどね」

 

「HAHAHAHA」

 

 担いでるディーにめっちゃ揺らされた。うす、黙ります。途中カイチョーともエンカウントするが、静かに俺の姿を笑顔で見送ってくれた。薄情な皇帝め、覚えてろよ……心の中で静かに復讐を誓っていると、そのまま栗東寮にまで戻って来てしまった。

 

 ロビーにいるフジキセキが俺達の姿を見て、頷いた。

 

「隣の部屋に迷惑にならないようにね」

 

「この遺伝子女、その脳味噌の中身はピンク色か? 大丈夫だよ、寮長。意外とヘタレだからこいつ」

 

「成程、それは安心だね」

 

 滅茶苦茶揺らされた。笑って手を振って見送るフジキセキに中指を突き立てながら部屋まで戻ると、ベッドの上に放り捨てられる。俺はここらへん、滅茶苦茶器用なので投げ捨てられている最中に靴を脱いで部屋の入口まで蹴り飛ばせる。

 

 人生でまるで役立たないスキルである。でもベッドが汚れずに済むのは良いよね。

 

 ぼふん、と沈み込むベッドには久しぶりのディーの匂いが沁みついている。ここしばらくずっとホテル暮らしだったし、昨晩に至っては飛行機の中で眠っていただけに寮のベッドは非常に心地よく感じる。なんだかんだで3年も使ってるベッドだし当然か。

 

 あっ、荷物スピカの部室に置いてきたまま。

 

 空港から真っすぐ部室に来ちゃったしなあ。

 

「くーちゃん」

 

 ベッドに体を投げ出す俺の上にディーが乗ってくる。腰の上に乗ってマウントポジションを取り、尻尾を激しく動かしている辺り絶対に逃がすつもりがないのが見える。そんな親友の姿を見上げる。

 

「なんだよ、言いたい事は口にしなよ」

 

「……」

 

 押し倒したまま、言葉を探るように沈黙し、ゆっくりと口を開いた。

 

「私、の……私の、くーちゃんなの」

 

「ディーより強い奴いたら浮気しちゃうかもなぁ、俺」

 

「……」

 

 両肩を押さえられる。ベッドに押さえつけられるように力を込めてくる。ただそれ以上のアクションがないのは、本人が自分の感情をどうやって処理すれば良いのかを解っていないからだろうとは思う。そこら辺の情緒が、幼少期の出来事が原因で育ち切ってない。

 

 良かった……育ってたら寮を追い出されてると思う、間違いなく。

 

「凱旋門」

 

 頭の中を整理したディーが零すように名前を口にする。

 

「私も、出る」

 

「KGVI&QEじゃなくて?」

 

「うん、凱旋門なら、リギルにノウハウが、あるから」

 

「成程」

 

 確かに、リギルには凱旋門に挑戦したウマ娘がいる。なら彼女達を通して洋芝の走り方や欧州での対策を積んでくるという事だろう。プランを決めたのは東条T、勝つ為に次走に合わせようとするのを理性でディーが抑え込んだという形だろう。

 

 直ぐに次のレースに合わせず、勝てるように最大限の努力と調整をしてから挑みに来る―――あぁ、とても素敵な話だ。

 

「3大タイトル取ったら有マをラストランにしようって話を西村としてたんだ」

 

「させない。絶対に、させない」

 

「倒せるのか? お前に俺を」

 

「1度勝った。また勝つだけ」

 

「あの頃とは何もかも違うぜ」

 

 俺のレースに対する姿勢も、想いも、強さも。あの頃とは全く違う。女神からの因子継承を拒否している事以外は全てにおいて本気だ。俺の足が今年だけ持てば良いと思って走っている。そういう走りで世界に挑む事を決めているのだから、皐月賞の時とは何もかもが違う。

 

 だけど、

 

「違わない」

 

 ディーは否定する。

 

「走って、勝つ。それだけ」

 

 息に乗る熱、手に籠る力、心に宿す焔。あの頃とは比べ物にならない熱をその身に宿したディーが覚悟を持って俺を見る。育っている、未だに成長している。あの時、まだまだ未熟だった少女は本物の怪物へと変貌した。それでもまだ、足りないと貪欲に力を求めている。

 

 ―――やっぱり、本気で走る俺に勝てるのはこの娘だけなのかもしれない。

 

 不思議とそんな予感がした。決戦の地は凱旋門、そこが俺達の夢見る最終ラウンドになるかもしれない。

 

 或いは、俺が勝ち越して有マがラストランとなるかもしれない。

 

 未来は誰にも解らない。

 

 ただ、今解る事は―――ぴくぴく、と互いにウマ耳を動かし、視線を音もなく扉へと向ける。音を殺してベッドから起き上がり、2人揃ってそろーりと扉まで行き……勢いよく扉を開ける。

 

「うわぁ!?」

 

「うおっ!」

 

「おっと、危なっ!」

 

「おーもーいー!」

 

「あっ」

 

 扉に張り付くように聞き耳を立てていた大量のウマ娘達が一瞬で逃げ出す姿を見送り、ディーと視線を合わせて笑う。戦国モードにトゥインクルシリーズが突入しようが、女子学生の姦しさには何の変わりもない。

 

「ただいま、ディー」

 

「お帰り、くーちゃん」

 

 一生に一度しかできないレースをしよう。そのほか全てを燃やし尽くしてでしかできないレースをしよう。

 

 きっと、それが、俺達の求める最強という形に最も相応しいから。




クリムゾンフィアー
 解ってて煽ってる

ディープインパクト
 最近はフジキセキに教わってる

マヤノトップガン
 一緒に教わってる

ナイスネイチャ
 情操教育に悪い事止めろとカットに入る

隣室のウマ娘
 壁が一番薄いポイントを押さえてある。私はとても良いと思います
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