気づけばウオッカが“そっちの方がかっけぇ気がしたから”とか言って皐月賞に突撃した事以外は大体平和な4月が過ぎ去った。あのウマ娘、桜花賞に突撃してから皐月賞にばちこんかました常識破りの女帝ムーブをしたが、それ以外は本当に平和だった。
いや、桜花賞のライバル対決は負けたけど皐月賞で勝ったって何? このままダービーに行くわとか言っているしスピカの今年のクラシック戦線は明るい。どんどんスピカ入部のハードルは上がって行く。
桜花賞、皐月賞、天皇賞春と大暴れする春の季節、聖蹄祭を終えれば5月が見えてくる。KGVI&QEステークスまで残り2か月となると流石に渡欧の準備に入らなくてはならない。そうなると渡欧中の滞在先を用意しなくてはならない。
無論、トレセン学園にもコネはある。長年経営されている学園だし、イギリスにだってトレセン学園は存在している。頼めば理事長が直ぐに連絡を入れて滞在の都合を付けてくれるだろう。とはいえ、素直にニューマーケットトレセン学園に向かうかどうかは別の話だった。
ニューマーケットトレセン学園―――略してNMトレセン学園はその規模と伝統を考えれば滞在先として最高クラスの場所だろう。だが別の問題として既に大量のウマ娘がNMトレセン学園には在学しており、全てに喧嘩を売っている俺はいうなれば敵地に乗り込んでいる状態だ。
ぶっちゃけ、妨害は無くても嫌がらせぐらいは覚悟できる環境だろう。少なくとも完全に居心地の良い状態とは言えない。見えない所で虐めなんてされた日には俺も大人げなく必殺彼岸アタックを披露してしまうかもしれない。相手は来世に飛ぶ。
そういう事もあり、イギリスの滞在先はなるべくであればアメリカの時のように、誰かの個人宅が理想だった。周囲の土地を所有しているのであればメディアからの、妨害や嫌がらせの可能性を考慮しなくてすむ。考えてみればサンデーサイレンスでのホームステイは理想的な環境だった。
それと全く同じ環境を用意するというのは正直難しい話だろうが、渡欧中、KGVI&QEステークスとその後フランスで走る凱旋門に向けてなるべく環境の整った場所に滞在したかった。
「うん? フィアーって確かイギリスの滞在先を探してるんだよね? 紹介しよっか?」
「え、マジで?」
その問題を解決してくれたのは、ファイモ殿下だった。えっへん、と胸を張るファイモは話を続ける。
「私は色々としがらみがあるし国王陛下に絶対にやるなよ、って釘を刺されてますから。せめて応援の意を込めて滞在先ぐらい紹介させて貰えないかな、って」
拙者、ファイモ殿下に仏を見た。アイルランドのお姫様の紹介だ、まず間違いなく安心できるコネであるという事はそれだけで解った。自分が求める条件を口にしてファイモ殿下は大丈夫だと太鼓判を押してくれた。ファイモ殿下の紹介に飛びつき感謝し。
5月、洋芝へと慣れる時間を確保し、ゆっくりと体を欧州の環境へと慣らす為に早めに日本を去ることにした。
成田国際空港から直行便でイギリスへと向かう事にする。無論、ファーストクラスに乗って行くだけの金銭的余裕はある。今度はチームでもなく個人での挑戦の為、一緒に来るのは西村だけの寂しい旅になってしまう。毎度恒例コアラのように両手足でしがみついてくるチワワを引き剥がす儀式を行って飛行機に乗り12時間。
イギリス、ヒースロー空港へと到着する。
「んっあっ―――! やっぱ12時間は長いなぁ」
「流石に飛行機に12時間も乗ってるのはねぇ。おっと、荷物が来たよ」
「取ってくるわ」
流れてくる荷物をコンベアの上から回収して下ろす。こういう時、ヒトカスよりも頑強で力のあるウマ娘の体は便利だなぁ、なんて事を考えながら荷物をほいほいと重ねてしまう。俺も西村も割と渡航経験が増えてきた影響で、荷物もだいぶ圧縮されている。
勝負服を始めとする大事なものは別ルートで手配済みだし、手持ちの荷物は結局の所、着替えぐらいだ。荷物を回収したら今度はちゃんとカピ君を荷物に仕込んでない事を税関で証明し、空港の外に出る。
本来であれば大々的に渡欧の事をメディアに伝えたりするのだが、俺はここら辺の動きを一切メディアに伝えるつもりはない為、出迎えにBBCの記者の姿なんてものはない。平和な空港のロビーが広がっている。
「ヒースロー空港も綺麗だねぇ」
「国によって空港も結構変わってくるよね」
がらがらがらと荷物を引っ張りながらロビーに出ると、待ち構えていたように黒服が前に出てくる。
「失礼、Crimson Fear様とMr.西村ですね? 迎えに参りました、此方へとどうぞ」
綺麗な礼を見せて黒服が空港の外まで案内してくれる。その間に別の黒服が数名現れ、淀みのない動きで此方の荷物を取ると外へと向かって行く。西村と少しだけ呆然とプロフェッショナルの動きを眺め、慌てて黒服を追いかけて空港を出る。
すると高そうな黒い車が三台並んでいた。
中央の車に荷物を積み込み始める黒服達、その中で1人中央の車の扉を開ける姿があった。ゆっくりと開く扉の中からは老婆の姿が見え、人の良さそうな笑みを浮かべている。
んんっ? おばあちゃんどっかで見た事がある気がするな……気のせいか!
気のせいにして車に近づく。黒服を見ると何もリアクションを取らないが、車の中からは手招きする老婆の姿が見える。
「ほら、おいでおいで。Fineちゃんから話を聞いて是非逢って話したいと思ってたの!」
「マー? 俺様人気で困っちゃうなぁ」
「マー、よマー。ふふ、さ、早く乗っちゃって」
おばあちゃんに促されるまま車に乗り込むと、滅茶苦茶顔の青い西村の姿が見えるから、腕を掴んで車の中に引きずり込む。おばあちゃんの横に座って握手する。なんかもう西村は凄い震えてるし汗が凄い。風邪かなあ。
「俺、クリムゾンフィアー。宜しくね、おばあちゃん」
「あ、に、に、西村智樹です……ヨロシクオネガイシマス……」
「あら、これは失礼。名乗り忘れていたわ。私はエリザベスよ。宜しくね、Crimsonちゃん、Mr.西村」
スマホを取り出してとりあえず許可を貰い写真を一枚。おばあちゃんとのツーショットを眺めながらウマッターを開き、軽く写真をデコってからツイートする。
クリムゾンフィアー @crimson_fear・今
イギリスのホームステイ先の家主のおばあちゃん!
とても優しい顔をしてる素敵なおばあちゃんです
pic.twitter.com/queen
1万件のリツイート378件の引用リツイート1万5千件のいいね
「うおっ、凄い勢いで身内からレス付いた」
「お友達は元気なのねぇ」
「うん、元気すぎるぐらい元気だよ。確認は後でいっか。滞在先に困っていた所をファイモから紹介して貰ったんだけど……良かったのおばあちゃん?」
「ふふ、寂しい生活をしてるから全然構わないわ。Crimsonちゃんみたいな子がいてくれると若さを感じられて良いわねぇ」
馴染めるかどうか、ちょっとだけ不安だったが軽く話しているだけでもかなり優しそうな老婆だというのが解る。エリザベスおばあちゃん、これならイギリス滞在中は普通に仲良くなれそうで一安心だ。いや、ファイモ殿下に紹介された以上は人格やら背景やらは絶対に確かな相手なのだろうが。
「こっちに来たら観光もしてみたかったんだよね。ストーンサークルとか、ティンタジェルとか」
「あら、アーサー王伝説がお好きなの?」
「日本人で嫌いな人はいませんとも」
主にFateの影響だと思われますが。この世界線のアーサー王ってウマ娘なのか? そうじゃないのか? ウマ王アーサーだったらリアルでアルトリア状態が見られるのか……ちょっとというか、滅茶苦茶興味あるな。
窓の外へと視線を向ければヒースロー空港から景色は変わりつつある。そう言えば、と声を零す。
「ファイモから何も聞いてなかったんだけど、おばあちゃんってどこ住みなの?」
「ん? あ、何も聞いてなかったのね」
ふふ、とエリザベスおばあちゃんは笑った。その笑みに俺の耳がぴくぴくと揺れた。ハンドルを握るドライバーから同情の溜息が聞こえた。そしてたっぷり数秒間、堪えるように言葉を溜めてから答えを口にした。
「ウィンザー城よ」
「……ん?」
ヴーン、と音を立てて車が空港からウィンザー城への道を進んで行く。
「うーん……?」
VIPを護衛するように車は進んで行く。
「……?」
首を傾げても車は止まらない。西村は今にも死にそうな表情をしている。
―――あ、殿下にハメられたなこれ……。
窓の外の空に悪戯が成功しててへぺろしている殿下の顔が思い浮かぶ。はは、こやつめ―――こやつめ。嘘でしょ。
クリムゾンフィアー
でも王族とマブだしいっか! で解決する精神性
ファインモーション
ちょっとした仕返しを込めて詳細を言わなかった
西村
一瞬心臓が止まった
大きなお城に住んでるおばあちゃん
とても偉いらしい。凄く可愛いおばあちゃん