「興味ねえわ」
あっけらかんと答えると、白毛がくすりと笑った。
「えぇ、そうでしょうね……本当に、強くなりましたね」
白毛の答えに眉を顰める。上から目線の言い方にちょっとだけむっとなったのは事実だ。だけど同時に目の前の怪バが自分よりもずっと長く存在している事―――伝承通りであれば未だに死なずに生きている神話クラスの生物だというのを思い出す。
そういえばこの世界、時折ウマ仙人やら胡乱だけど人類クラスを踏み出してる生物がちょくちょくいるな。もしかしてマジで伝承通りに生き続けてるのかもしれない。
……俺がつんけんした対応を取ってしまうのもほぼ反射的なものだ。はあ、とため息を吐いて目頭を揉む。もうちょっとだけ自分の態度を反省しておこう。意識して自分の中にある敵意を抑え込む。そう、三女神そのものはまるで悪くないのだ。
「悪い、睨んだ」
「いえ、気にしておりません」
「疑問」
白毛に続く様に黒毛が疑問を投げかけてくる。
「三女神、嫌悪?」
「あー」
黒毛の言葉に俺は短く声を零す。三女神を嫌いかどうか、という話に対する感情はまあ、色々と複雑だ。ぶっちゃけた話、俺は三女神の事を別に嫌いではないというのが答えにはなるだろう。だけどそれだけではない。
「三女神の存在そのものは好ましいよ。ウマ娘の幸福を願って、そして悲劇を迎えないように見守ってくれてるの。ただそこに見守っている存在があると解っているだけでも、心は大いに救われるもんだって知ってるしな」
人生とは明かりのない闇の道を行くものだろう。三女神はその中で手を引いて歩いてくれる存在だ。テンポイントの悲劇、テイオーの奇跡の復活、ライスシャワーの終わり、有名なものだけでも競走
そしてウマ娘は彼らの魂を受け継いでいる。ウマソウルという形で。まあ、物凄い胡乱なものだし信じられないとは思うが確かにそこにある。そして根本が同じだから同じ運命を歩みそうになっている……それを回避する為にそっと手を回しているのが三女神だ。
あの女神に悪意はない。ただ純粋にウマ娘を想っているのだろう。そして実際、多くのウマ娘が救われている。サラブレッドの悲劇、その宿命は知らずのうちに回避されている。それは性質が改善されるという形かもしれないし、
……或いは西村のように、それを回避できるトレーナーと出会うという形かもしれない。
何にせよ、三女神は純粋にウマ娘の味方だ。そこを疑う余地はない。だけど、まあ、
「無駄にお節介だよな」
「お節介」
俺の三女神に対する感情は結論から言うとそんな感じなのだ。
「猫ちゃん猫ちゃーん、ってすっげえ構ってくる飼い主いるだろ? 猫ちゃん可愛いからお洋服着ましょうねー、餌はいっぱい上げましょうねーって。親戚のおばさんかよお前! 干渉がすぎるんだよ! もうちょっと……こう、放置してくれないかなぁ! そこまで干渉されると若干鬱陶しいんだわお前!!」
普通のウマ娘ならともかく、見えてる側からすれば鬱陶しい事この上ない。因子継承とかお節介も不要なんだわ。
頭を軽く掻いて溜息を吐くと、納得するように黒毛が頷いて、白毛が苦笑した。
「そう仰らずに。三女神は特殊な出自である貴女を大層心配されてました。馴染めるか、ちゃんと生きていられるか。貴女のありようは見ていて非常に歪で、不安でしたから」
白毛のその言葉に両手をポケットに突っ込んで、微笑む。
「で、今は不安に覚えるもんはあるように見えるか?」
俺の返答に黒毛が頷く。
「心配不要」
「はい、もう何も心配する必要はないと思います」
微笑み返す白黒のコンビに安堵を覚える。これで俺も漸くお節介な神様の干渉から逃れられるのか。通知で震えるスマホを取り出して画面を見てみれば、ウマッター経由で謝罪ツイートが届いている。溜息を吐いてスマホをポケットに突っ込むと白黒に笑われてしまった。
「世界3大グランプリ制覇、貴女なら恐らく達成できます」
「さて、どうだろうな」
俺は運命には存在しない特異な存在だ。だから史実や歴史に縛られない。だがそれはもう、決して俺だけの事ではない。ロブロイはインターナショナルステークスに勝ったし、ウオッカも皐月賞を連ちゃんして勝利している。ロブロイはまだいいとしてウオッカはほんとなんなんだ。
「もはや史実やウマソウルの結末が関係がないのは俺だけじゃないだろ、ダラカニなんてまで出てくるんだし」
「えぇ、そういう意味では三女神はお喜びですよ。ある意味、この地上はウマソウルが持つ運命に縛られていますから」
視線を城壁の外の海辺へと向ける。岸壁の向こう側には青い海が広がっている。荒々しく風に揺れる波の様子がここからは良く見れる。そういえばイギリスも日本も島国だったよな、なんて事を今更思い出す。
「生まれた意味なんて誰かに与えられるもんでも教えられるもんでもないし、別に必要でもない」
転生する理由なんて今更、知る必要はないと思う。それは別にどうしようもなくしょーもない理由でもいいし。物語の主人公が課せられる重大な秘密が存在していても良い。だけどその全てはどうでもいい事実なのだと思う。
本当に重要なのは―――自分が、何をしたいのかという事だけだ。
クリムゾンフィアーは一体、何を成したいのか。
その一点だけがこの世において最も重要な真実なのだ。
だから何故転生したのか、何故生きているのか、何故俺がターフを走ろうとしているのか……そんな話も事実も本当に今更な話だ。だけどもし、俺が自分の命に役割を与えるとするのであれば……それはとてもシンプルな役割だ。
「この、クリムゾンフィアーは、運命を破壊する為に生まれてきた」
全てのウマ娘は運命に縛られていると言っても良い。ウマソウルに刻まれた歴史、その道筋、そして結末に縛られている。俺に出来る事があるとすれば、その全てを踏みにじって磨り潰す事だろう事だけだ。
走る、走って走って走って―――そして走り抜ける。
「俺を見る全ての心の中に赤い影を残してやる。誰もが忘れられない程に鮮烈な赤を残してやる。俺を見る度に恐怖する程鮮烈で強烈なレースを。魂が焼けつくすほどの恐怖を。そして思い出させる―――決してその魂に縛られる必要はないんだと」
夢はどこまでも無限に広がって行く。小さく魂なんかに縛られる必要はない。俺達はどこまでも自由であっていいし、自由で居られるのだと。それを言葉ではなく俺の走りで臓腑の奥まで刻み込んでやる。
やるべき事があるとすれば、それだけだろう。だがそれすら俺の自由意志だ。生まれた理由も元も関係ない。あるのはクリムゾンフィアーという、史実には存在しない架空バの意志と決断だけだ。だから俺はそういう存在でいい。そう決めたし、そう結論している。
「見事」
称賛する様な黒毛の声に、白毛が頷く。
「もはや心配する必要もない程に成長されましたね……と、また上から目線で」
「良いよ、実際におばあちゃんだろアンタら」
俺の言葉に三人で小さく笑い声を零してから背筋を伸ばす。
「さーて、と。俺は観光に戻るか。崖の方にアーサー王の銅像があるんだっけ? ネットで画像を見た事がないからどういう姿をしてるか楽しみなんだよな……そう言えばこっちの世界のアーサー王ってどうなってるの?」
「主がウマ娘であるか否か、という話ですか?」
「そうそう、リアルアルトリア状態なのか否かって奴」
歩き出すとそれに白黒が並んでついてくる。どうやらこのまま帰らないらしい。だったら観光ガイドぐらいはしてくれても良いんじゃないかなぁ。
「ふふ、それは実際に銅像を見てみれば解りますよ」
「必見」
「えー、少しぐらいネタバレしても良いんじゃない? 駄目?」
「見た時の驚きが薄れるから駄目です」
「楽しみにする」
ぶーぶー、と声を放ってから笑い声を零す。夏の空に声が吸い込まれるように消えて行く。そう、俺にはもはや運命とか宿命とか、そういうものは存在しないし通じない。あるのは己の意志で決めた進む道だけだ。それを再確認できた。
そして俺と走る以上、そういう余計なデッドウェイトに縛られる事もないだろう。
この先、起こるレースは全て純粋な殺し合いだ。
史実では存在しない顔ぶれ、ありえない並び、そして見た事のない結末になるだろう。
だがレースとは本来そうであるべきだ。そういう自由であってこそのレースだろう。
そんな事を考えながら白黒を観光ガイド代わりに、ティンタジェル観光を続ける。今日一日はまあ、そんな悪い日にはならなかった事を記しておく。
クリムゾンフィアー
精神的に完成された
白&黒
この後観光ガイドを引き受けた
黒服のイケメン
アレ……なんか人数増えて帰って来た……?