チワワ職人の朝は早い。授業の事を考慮して朝早く起きなくてはならない。
朝早く起きたらチワワの登校の為にチワワをベッドから引きずり出さないとならない。チワワは朝が弱い生き物である。普通に起こそうとしてもベッドに縋りつく我が儘な生き物でもある。その為、強制執行と称してチワワを持ち上げて洗面所へと運ぶ必要がある。
持ち上げて洗面所へと運んだ所でチワワは目覚めない。学園外に遠征に行くときこいつは大丈夫なのだろうかという不安が胸を満たすが、チワワ職人はプロフェッショナルだ。もう既にチワワの扱いに慣れてしまった。
洗面所で歯ブラシを手に取りチワワの口に突っ込み、それをチワワに握らせる。半分寝ているチワワは本能だけで歯を磨き始める。チワワはそこはかとない闇の見える生き物だ、実家にいる間身の回りの生活はどうやら全てお手伝いさんにさせていたらしい。
チワワは割と良い所のお嬢様だった。
普通の生活よりも、生活のほとんどをレースの為に捧げられていたっぽい。
チワワ職人は歯磨きを終えるとそのまま着替えを持ち、チワワを寮のシャワー室へと連れて行く。
廊下を歩けば一般尊死デジタルが床を転がっている。今日もデジタルはウマ娘の尊さに耐えられずに死んでいる。
道中、栗東寮の他のウマ娘に見つかるがもはや栗東寮では見慣れた光景だった。未だに目を覚まさないチワワを突いたり一緒に持ち上げて運んだりで朝のシャワー室はチワワのフォロワーで満ちる。
チワワは人気であった。その強さと私生活のギャップが母性を刺激するらしい。ただチワワと併走してしまったウマ娘は大体その強さに絶望する。チワワのフォロワーは大体先に本格化を迎えたウマ娘か、或いは未だに彼女と走っていないウマ娘であった。
シャワーに放り込んでも未だにねむねむしているチワワの丸洗いを完了すると自室へと引きずり、制服に着替え、着替えさせてから朝ごはんの為に食堂へと連れて行く。ここで漸くチワワの朝がやってくる。これまで自分がどうやってケアされているか良く覚えてないチワワはきりっとした顔をする。
「ら、ら、ライバル、です!」
「ああ!」
私生活をライバルにケアされるチワワがいるらしい。ダイワスカーレットとウオッカを少しは見習ってほしいという気持ちをぐっと抑え、朝食へと向かう姿をフジキセキはずっと眺めていた。
「……いやあ、リギルとスピカで別れちゃったから少しは拗れるかと思ったけどそんな事はなかったかな。うんうん、良い事だ」
栗東寮の朝は今日も平和です。
「そんじゃ紹介するぞ、新しくスピカに入部した期待の新人のクリムゾンフィアーだ」
「うっす、宜しくお願いしゃっす。フィアでもフィアーでもクリムでも好きな呼び方でどぞ。あんま畏まられるのは好きじゃないんで」
頭に8Bitサングラスを装着した俺をスピカが、沖野Tが迎えてくれた。スピカの部室はシービーを始めとする名バ達が実績を稼いだおかげでプレハブ小屋の中でもそこそこ大きくなっており、人数が増えたスピカの部員たちを収容するだけの広さがあった。
ぺこりと頭を下げた俺に対しておぉ、と声を零したのはポニーテールのウマ娘だ。
「赤毛! うわ、本物だ! すごーい! ボク赤毛を見るの初めてだよ!」
「失礼ですよ、テイオー。初めましてフィアーさん、メジロマックイーンですわ」
「ボクはトウカイテイオー! 宜しくね、フィア!」
メジロマックイーン、国内最強のステイヤー。トウカイテイオー、無敗で二冠を獲得し菊花賞で惜しくも距離適性に泣いた名バ。どうやらこの世界だと怪我を克服する事に成功したらしい。だが克服した所で距離適性には勝てなかった。無敗三冠の夢はそうして終わった。
「スペシャルウィークです! 宜しくお願いしますね、フィアさん!」
『サイレンススズカよ。宜しくね』
スペシャルウィーク、ダービーウマ娘でありウマ娘というコンテンツの顔役という事で誰よりも知名度のある娘だ。サイレンススズカ、大逃げという異次元の走りはもはや多くの人間の魂に焼き付いている。アメリカへと遠征中のご本人はスマホの通話を通しての挨拶だ。
「ダイワスカーレットです、宜しくお願いします先輩」
「ウオッカだ、宜しく頼むぜ先輩」
ダイワスカーレットとウオッカ、世代的には後の世代になるしまだデビュー前、学年的にも俺よりも下になってしまう。だがライバルでありながら同室、そしてそれを許容するというスピカのチームの自由さはもはや語る必要すらない。
ディープインパクト世代は2005年、ウオッカとダイワスカーレットは2007年世代だと考えるとこのトレセン学園、片足サザエさん時空に突っ込んでるのかもしれねぇ。
三女神、不思議な事は大体三女神で片付けよう。ウマソウルと三女神で解決だ。おのれ三女神ィ……!
「沖野先輩、シービーとゴルシがいないですけど」
「あの2人がいないって事は散歩してるかどっかに旅立ったって事だ。気にするだけ無駄だ。まあ、顔を合わせてるから問題はないだろ」
自由人二名、学外逃亡する。イメージ通りの二名だった。
「どもども」
「クリムゾンフィアーは今年度デビュー予定の期待の新人だ。既に本格化の兆候も見えるし、デビューは近いうちを計画してる関係でどうしてもこいつのトレーニングに割く時間が増えると思う。それでフィアー、出来たらお前の夢や目標みたいなもんを口にして欲しい」
「スピカは基本的にウマ娘個人が持つ夢や目標と呼べるものを支持、支援する方針を取っているからね。例え適性外でも走らせて勝たせるのが僕たちの仕事なんだ」
「ほほう」
顎に手を当てながら感心の声を零す。流石スピカ、リギルでは絶対にこうはいかないだろう。実際の所、リギルはトップチームという事実に縛られている部分もある。トップである以上、結果を出す事を強いられているのだ。
適性外を走らせてはい、負けました……というのは許されない。走るなら勝つ、それがトップの責任だ。
「俺の目標は大きく分けて二つある!」
人差し指を掲げる。
「一つ、リギルに育てられ極限まで強くなったディープインパクトに正面から勝利する事」
中指を持ち上げる。
「二つ、凱旋門賞を制覇し、日本史上初の凱旋門勝利バとなる事。この二つだ」
「凱旋門賞かぁ、大きく出たなあ」
俺の目標にトウカイテイオーが腕を組みながら唸る。数多くの日本バが挑み、しかし凱旋門に弾かれてきた。ディープインパクト、オルフェーヴルでさえ凱旋門を超える事は出来なかった。ここで勝てば芝における世界最強さえ名乗れるだろう。
だからこそ、目指すだけの価値がある。
「目指すなら世界最強ぐらいがちょうど良くない?」
「か、かっけぇ……!」
拳を握って目を輝かせるウオッカに、やや呆れた表情のダイワスカーレット、だがメジロマックイーンはディープインパクトという名前を舌の上で転がしているようだった。
「ディープ、インパクトですか……聞いた事がありますわね。確かノーザン一族の最高傑作という話は聞いたことがありましたわね。本家筋の子で相当期待されているとか」
「それはメジロの方で聞いた話?」
「えぇ、まあ、名家は名家どうしの繋がりがあるので」
ノーザン一族……ノーザンファームだからノーザン一族? メジロはメジロだしなあ……いや、深く考えるのは止そう。考えた所でしょうもないだろこれ。俺はともかく、掲げる目標を口にした。
「ディー……ディープインパクトは間違いなく世代最強だ。アイツは強い。自分の強さを自覚していて、それに頓着していない。走れば勝ってしまうレベルで強い。だけどまだ成長出来る。これからもっと強く成長するだろうし、アイツを一番強く出来るのは絶対リギルだ」
拳をぐっと握る。
「そんな最強の状態にまで成長したディープインパクトを同じレースで捻じ伏せる―――それでこそ、最強の証明が出来る。そうじゃなきゃ面白くないだろ。その為にディーをリギルに押し付けてきたし、俺は対立を煽る為にスピカに来た!」
「ゴルシ級に無法だなこいつ……」
「まるで反省してないよね」
「ですけど、ここまでやりたいことに一直線なのは凄いですよ」
スペシャルウィークの言葉にピスピスとピースサインをする。窓の外から持ちネタをパクるんじゃねぇ、とゴルシからの電波が送られてくるのを尻尾で叩き落とす。
「うっし、これでフィアーの目標も解ったな。目標はスピカでもこれまでになかった凱旋門賞だ。厳しい戦いにはなるだろうがトレーナーとして、そしてスピカとして全力を尽くすぞ」
声が揃って返される。活きの良い返事と楽しそうなスピカの面々の表情に、ここが自分が知識として知る所よりも遥かに良い場所だと思った。
まず、最初はメイクデビューが目標だ。掲げた夢を目指し、俺のスピカでの日々が始まる。
クリムゾンフィアー
元が雄雌で耳の飾りの場所が変わるのは理解しているが、殿下同様どっちもという事で頭の上にサングラスを付けてる。地味に8Bitサングラスを気に入ってる。
スピカ
自由人はゴルシとCBで慣れ切っている。
ダイワスカーレット
皆がスカーレットを予約したのを地味に喜んでる。やっぱりスカーレットが一番よね。
栗東寮
ちょくちょくお嬢様や社会経験の薄い娘が入寮する事もしばしばあるのでこういう介護される姿は別に珍しくない。デジタルが死んでる姿も別に珍しくない。