転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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68話 KGⅥ&QEステークス Ⅰ

 ―――当然のようにアスコット競バ場に収容できる上限まで観客は来るという見通しが立っていた。歴史上、最も注目されるKGⅥ&QEステークスが開催される。

 

 その為、競バ場のすぐ外には大量のメディアが、競バ場に入る為に歩こうとする道をマスコミが邪魔になって、その道を開ける為に銃を構えたSP達が銃をちらつかせながら道を作る。1度テロを経験しているだけあって警備の方も厳重で、銃を見せる事に躊躇がない。

 

 そんなSPの壁に囲まれる形で朝からアスコット競バ場に入るのは、ちょっとだけ滅入る。

 

 それでテンションが下がるとか、調子を落とすとかはあり得ない事だが。

 

「おはようございます、Ms.Crimson、Mr.西村。控室は此方となります」

 

 競バ場に入ると直ぐに関係者用のエリアに入り、そこからスタッフに案内されて控室へと向かう。スタッフの動きや質も非常に高い。今日はおばあちゃん―――そう、英国のとてもとても偉い人が観戦に来るレースでもある。スタッフの気合の入りようもまるで違う。

 

「それでは何時でもお呼びください」

 

 控室に俺と西村を残してスタッフが去って行く。よく見ればメニューなどが置いてあって、レースの前に軽食を頼む事も出来るようだ。ドバイの時も相当サービスの質が良かったが、こっちはこっちで別方向にプロフェッショナルさを感じる。

 

 洗練されたプロフェッショナル意識というか、徹底された仕事への姿勢みたいなものだ。日本ではソシャカススタッフがいたのになあ、こっちではそういうタイプのヒトカスの気配がない。遊びがないとでも言うべきか。或いは余裕のなさはおばあちゃんが来るからかもしれない。

 

 何にせよ、この空気に流れるピリッとした緊張感は丁度良いスパイスに思えた。控室に到着したところでソファにどかり、と座り込んで腕と足を延ばす。そんな俺のくつろぎ姿を西村は苦笑してみていた。

 

「相変わらずメンタル調整不要だなあ、君は……」

 

「神経の太さとずぶとさで生きてる女だからな」

 

 もはや精神的に無敵なのは自覚があった。レース中の精神的な揺さぶりでさえ効果を発揮しないだろう。そんな俺を相手にスタミナを削る戦術はまあ……通じないだろう。つまりこのレースも、加速力とスピードの勝負になる。

 

 ……しかし、リギルの領域を今回は使えそうにない。恐らくディーの方に本継承されてしまったのだろう。ドバイの時は状況が状況だけに引っ張って来れたが、今回はそうもいかないだろう。純粋なコンディションは今の方が上だが、出力に関してはドバイの方がはるかに上回っている。

 

 ドバイの時ほどの無茶は出来ないだろう。

 

 その代わりに、固有/領域はこの四か月間でブラッシュアップされた。後はどれだけ巧く俺がこのアスコットというターフを走るかにかかっているだろう。基本的に等速ストライドの暴力でごり押しする予定なのはそうだろう。

 

「だけど簡単なレースにはならないだろうなぁ」

 

「まあ、だろうね。君の領域をどう利用するか……という話を他の陣営も密に話し合っているはずだ。知り合い、或いはチームメイトから選りすぐりの領域を継承して挑んで来るというのは別に不思議な事じゃない」

 

 領域の前提条件緩和、同時発動の可能化。領域はウマ娘を強化する未知数の技術だ。未だにその深淵にウマ娘は迫れていない。いや、俺はその本質を理解してるけど。マジマジ。言葉にする程の事でもないけど。マジだってば。フリじゃねーから。

 

 ともあれ、領域は必殺技の様なものだ。その制限を撤廃すれば必殺技を連打できる状態になる。皆がチャンミでクリオグリにスリーセブンを積んで走らせるのは固有を発動させるタイミングをコントロールする為だ。結局最終直線で最高速度に乗せられる固有が一番強いという話だ。

 

 じゃあ、最強の領域コンボを用意して戦うね! 最高速度をマークして俺の足を消し飛ばすぜ!!

 

 ……冗談でもなんでもなく、これはそういう領域なのだ。

 

 自分の終わりを認め、そしてそれでもなお先へと進む事を選ぶ―――即ち転生の領域なのだ。

 

 だからこんなもん、絶対に出すわけにはいかなかった。全部カモメ姐さんが悪い。あの女マジで邪悪だから。三女神邪神説とか訴えてる場合じゃない。本当にやばいのはアイツだって全人類と陰謀論者には伝えたい。あの女マジでヤバイよ……。

 

「個人的に警戒しているのはエレちゃんだっけ?」

 

 俺の言葉に西村が頷く。

 

「あぁ……確かにダラカニはヤバイ。彼女はドリームに移行した所で未だに全盛期が終わっていない。トゥインクルを去った事を未だに嘆かれる程にだ。だけど……ダラカニはまだ、君の領域を経験していない。確かに情報収集で容易く判明する事実だろう」

 

 だけど、まだ経験した事がない。

 

「それに対してエレクトロキューショニストは君の領域を一度経験している。恐らく適応度に関してはこのレース、彼女が一番上だ。ダラカニよりも常に君を見続けていたあの電気処刑人の方が僕は怖いと思うよ」

 

「成程な……」

 

 俺はどっちかというと、ロブロイが一番怖い気がする。たぶん白黒も気づいてるだろうが、ロブロイと白黒って滅茶苦茶相性良いんだよね。白黒ちょくちょく消えたり現れたりしてるが、たぶん俺に渡さなかった因子をロブロイ辺りに継承してると思うんだよな。

 

 まあ、これは言葉にして伝えても意味がない。マジで継承してたら泣きながらキレるしかない。でも絶対に楽しいレースになるわ。

 

 と、そこでこんこんと扉のノック音が響く。

 

「失礼しますMs.Crimson、Mr.西村。ご学友が会いに来られ―――あ、お待ちください!」

 

 スタッフが言葉を終える前に扉が開き、知っている姿が現れる。

 

「やっほフィアー! 応援に来たよ!」

 

「ったく、少しは落ち着けよ……」

 

「ファ院」

 

 ファインモーションと子守り担当のエアシャカールが控室にやって来た。日本から応援に来てくれたらしいのか、思わず尻尾をぶんぶんと振りながら座っていたソファから立ち上がってファインと抱き合う。

 

「日本から来てくれたんだ?」

 

「うん、女王陛下にも一緒に観ないかって誘われたしね。我が国の英雄(ダラカニ)も出走するし、私が見に来る大義名分は立っているのです」

 

「オレはそのお付きだよ。テメェの領域は未知数な所が多いからデータが欲しい所だしな」

 

「シャカクゥンのそういう素直な所俺好きだよ。ねー?」

 

「ねー」

 

 声を合わせる俺とファイモの様子にシャカールが頭を痛そうに押さえる。だけどまさかこのイギリスの地で応援に来てくれる知り合いがいるとは思わなかった。一歩下がって距離をあけて微笑む。

 

「理由はなんであれ、来てくれて嬉しいよ」

 

「ま、お前に心配なんていらねェだろうがよ。勝てるのか?」

 

 挑発する様なシャカールの言葉に俺は笑って答える。

 

「最初のレースで俺が躓く? 冗談はよしてくれよシャカクゥン。寧ろ俺が聞きたいぐらいだ―――今日、この場で俺に勝てる奴がいるとでも?」

 

 真面目な返答をシャカールに返せば、チッとシャカールが吐き捨てて視線を逸らす。それをファイモが見てくすりと笑う。

 

「こう見えてシャカール、結構キミの事心配してたんだよ」

 

「おい!」

 

「限界を超えて走る事を可能とする領域……その理想は凄まじいけど、辿る結末はただ一つだって事、理解してるよね?」

 

「おう」

 

 お姫様の言葉に腕を組んで頷く。限界を超えて理想の走りをする事の代償。一戦一戦で確実に足の寿命は削れて行くのだ。それもこれまでの比ではなく、凄まじい勢いで。10年走れる筈の怪我知らずのウマ娘が1回のレースで5年分の寿命を削る様なもんだ。

 

 俺だって相当頑丈なウマ娘だ。

 

 今まで怪我もその予兆もない。

 

 だが限界を超えるというのは体を壊すという事でもある。

 

 それを今から3戦、半年以内という短いスパンで繰り返すのだ。ファイモやシャカールのように最前線で走っていたウマ娘なら解るだろう。これは決して賢い選択ではない事を。結末は絶対的な死であるという事を。自殺紛いのラストランを始めたのだろうと。

 

 果たして、今日のレースに出て、終わった後で無事に次のレースが出られる娘はどれぐらい残るのだろうか? ウマ娘は本能で走る生き物だ―――その生き物から足を奪う恐ろしさを、ヒトは理解していない。

 

「この1年、走り抜いて最強を証明する。夢ではない事を、その他全ての屍の上に立つ事で。見ていてくれ」

 

 全てのヒトに、ウマ娘の魂を焼きつくす、深紅の恐怖の姿を。

 

 今日、この日、これから、忘れられない程に刻み込む。




クリムゾンフィアー
 無論、全て磨り潰してでも勝つつもりでいる

ファインモーション
 誘われたし、純粋に心配で見に来た

エアシャカール
 データを取りに来たという名目で様子を見に来た

ゼンノロブロイ
 英雄の光輝発動
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