転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

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70話 KGⅥ&QEステークス Ⅲ

 ゲートインまで言葉は一つもなかった。観客の熱狂に対し、不思議と誰も言葉を口にする事はなかった。ただ感じるのは早く、早く始めろという意思だけだった。それを感じてか観客の方もそわそわとし始める。

 

 恐ろしい程静かなゲートイン。ゲートインしてからも誰も喋らない。俺も限界まで集中力を高める為に言葉を発する事無く、ルーティーンのように呼吸を繰り返す。観客の熱狂とボルテージだけが上昇して行く中で、西村の言葉を思い出す。

 

 ―――勝負は序盤から中盤だよ、フィアー。君を止めるのはそこしかない。だからそこで潰そうとするだろうね。

 

 西村は分析していた。既にドバイで1度領域と等速ストライドの組み合わせを見せている以上、絶対に対策してくるだろうと。対策を行わない事はまずありえないだろう、だから等速ストライドによる超加速を得る前に減速させ、前に出さない。

 

 限界まで加速力を上げなければ俺の素のスピードは飛びぬけて高い訳ではないから、終盤で速度が出しきれずに差し切れる。だから序盤から中盤、加速し始めたタイミングをどう攻略するかが他の皆にとっては重要なのだ。

 

 無論、俺もそれを理解している。理解しているからこそ想定された対策に対するメタを用意してきている。勝負とは常にそういうものだ、メタに対するメタ、メタ読み、そうやって何に対して勝つのかを想定して戦術を練るのだ。

 

 それはこのターフでも変わらない。

 

「―――うっし、やるか」

 

 軽く頬を叩いて気合を入れる。自分の中で既に戦術は出来上がっている。後はどれだけそれが環境と噛み合うか、というだけの話だ。だから息を潜めて、踏み出すようにスターティングポーズを取り、そして静かに空気を読む。

 

 コンセントレーション―――バ場適応―――競バ場適応良し。

 

 数秒先の世界を直感的に捉える。雑音を排除する。踏み出す。

 

 ―――ゲートが開いた。

 

「落ちろッッッ!!」

 

 飛び出すのと同時にがくり、と体に負荷が襲い掛かる。ゲートを飛び出す前から用意されていた威圧が突き刺さってくる。流石世界最高クラスの技術力を以て差し込まれてくる威圧、たとえ精神的に無敵だったとしても生理反応は隠しようがない。飛び出した瞬間の集中状態を狙われてスタミナを削られ、前に誰かが出る。

 

 進路を塞ぐ―――いや、コースを取られる。大外を進んでいようと関係なく此方が脅威としてロックオンされている。或いは全員からロックオンされている。開始早々キツイなあ、と思いながらも唇の端が弧を描く。

 

 そう来なくては面白くない。

 

 ガンガンと前に出るダラカニ、逃げの一手は恐らくまともに競り合った時点で負けが見えるとの判断か。前にエレクトロキューショニストとゼンノロブロイが見えないのは後ろに控えたからか。どちらでも良い。

 

 開幕の流れは想定した通りだ―――継承領域を引っ張り出す。態々日本で本人に頼んで継承してきた領域だ。ターフを踏み、加速する為のストライドに入りながら領域を最初に展開する。

 

「させるかッ!」

 

 領域を展開しようとする意識の感覚に威圧を差し込まれる―――領域崩しと呼ばれるテクニックは領域を展開する瞬間を見極めて心理的な()()を差し込む技術だ。

 

 ルドルフであれば視線の一つで相手に領域を発動させることをためらわせるか、領域を使う事を考え直させるだろう。一流のプレイヤーはその動作、所作の一つ一つが戦略として練り込まれている。この段階にある崩しは必殺の域、ほぼ確実に領域の発動を阻止できるだろう。

 

 ―――それが俺でなければ。

 

 心理的な崩しを受け流す。そもそもこの精神は彼岸を歩いた者。心理的、或いは精神的な崩しに関してはどれだけの技術であろうと意味を成さない。物理的なミスディレクションの類であればともかく、

 

「それじゃあ止められないぞ―――」

 

 引っ張りだす領域の影響により砂浜が具現する。遠くから潮騒が聞こえてくる。継承された領域がその効力を発揮しようとして、後出しで領域が放たれる。轟くような落雷が迷う事無く領域に衝突してくる。此方が展開しようとするモノを砕き、阻止しようとするように。

 

 間違いない、後方にいるエレクトロキューショニストの仕業だ。放つ領域を即座に破壊して本命を引きずり出そうとしている。

 

 が―――なぜか領域は砕けない。

 

 その代わりに何時の間にか出来上がっていた砂浜にUMA共が打ち上げられた。

 

『があああ―――人が気持ち良く登場しようとしたら感電させやがってよぉ! 泳いでいる人がいる時に落雷落とすなって教わらなかったのかよオメー!』

 

『ひひーん!!』

 

「!?」

 

「!?」

 

「!?!?」

 

 領域内のゴールドシップとゴールドシップ号が当然のように喋り出した。騎乗した。走り出した。会場の観客も走っているウマ娘も誰もが困惑を覚える中、バズーカから水鉄砲を笑いながら放つゴールドシップが笑い声を響かせる。

 

『さあ、今日発動する金スキルはぁ? どぅるるるるるるる―――』

 

『ひひん!』

 

『はい、これ!』

 

 星天が交差する。季節が逆行を始める。ターフが四季に染まり狂い始める。命の答えへと向かって時は逆行を始める。空が黄昏色に染まり曙光が眩く全てを染め上げる。この世で最もおぞましく美しい景色が顕現し始める。

 

『まあ、固有も金スキルも似たようなもんだろ! じゃあな!』

 

「ふっっっざけんなボケっ……!!」

 

 誰かの怒号が響き渡る。それもそうだ。継承領域で条件を無視した領域の展開なんてウルトラCな展開、普通やろうとしてもできるもんではない。ゴールドシップ号に乗って去って行くゴルシの継承領域と入れ替わるように俺の領域がアスコット競バ場を覆った。

 

 レースのルールが書き換わる。己の脚の限界を比べあうデスレースが始まる。

 

 踏み出しと同時に氷がターフを覆う。突風が後ろから吹き出し一気に加速しだすウマ娘が出現する。加速力をデバフと共に相殺し、相手を抑え込みながら一気に体を前へと向かって押し出す。

 

 目指す姿はハナで走るダラカニ。当然のように状況を察して加速するダラカニはドリームへと移籍したというのにその走りに陰りを見せない―――いや、寧ろ更に強くなっている。初めて経験するルールの中でありながらその法則性を見出して自分の限界を超えるように走る。

 

 それを追いかけるように加速する。内を取るつもりはない。インコースを取った所でバ群に突っ込むだけだ。ハナを取るまでは、

 

「大外のみを走る、だろっ……!」

 

 歯を食いしばり継承領域を引き出す。引きずり出す。ドバイの時程の展開は出来ないが、今回はゴルシの継承領域からショートカットした影響で丸々と自前の領域が残されている。だから蓋として活用していた二種の領域を同時に発動させる。

 

 走るのは花びらのカーペット、宙には氷の粒子が舞い、走るウマ娘の風に煽られ舞い狂う。

 

「来たか、Crimson Fear」

 

「―――!」

 

 大外から一気に先団にまで上がり、そこからダラカニに追いつく。そのまま抜き去ろうとすればその横を併走するようにダラカニが加速する。アイルランド方面から相当ヤバイ領域を継承してきたのか、ダラカニの加速力が止まらない。

 

 横並びになりながらハナ争いをする。

 

 互いに向ける視線は一瞬、その一瞬でスタミナではなく速度に関する威圧(デバフ)を向ける辺り、互いに絶対に走り切るであろうという信頼が存在していた。だからほぼ肩が接触しそうな距離まで互いの身を寄せ合い―――走る。

 

 隣にいる存在に対する威圧を常に向けながら先に前に出る為のハナ争いをする。食らいつく様に前へ、前へと踏み出しながらも威圧する。だが速度は落ちない。加速し続けている。それだけのスタミナと想いを継承してきている。

 

 そう―――領域の継承とは想いの継承だ。積み重ねられた願い、祈り、想い。元々は自分の奥底にある願いを自覚し、凄まじい集中力と共にイメージに変えたものが領域の正体だ。それを振るうという事は想いを背負って走っているという事に他ならない。

 

 つまり、この満天の星と花畑の領域の中では。

 

 より、想いを背負っている方が強い。背負っている想いと己の体を燃焼させて走る。想いの重さに体が耐えきれなかった方が負ける。

 

「だから、俺のが強い……!」

 

「ほ、ざ、けっ」

 

 歯を食いしばるようにデッドヒートする。ダラカニの背負うそれはアイルランドという国の期待と重さだ。全てを捨て去ってターフへと戻って来た、その想像を絶する覚悟を軽いとさえ言えるのは単に最強という称号への想いが成し遂げている。

 

 そう、全てを燃やし尽くす最後の戦いを挑むつもりでアイルランドを背負ってきたのだ。

 

 その名に恥じるような走りは絶対に出来ない。だからこそ足が悲鳴を上げたとしても減速する事はない。普通のストライド走法だろうがピッチ走法だろうが、それでも限界まで食らいついて速度を出して行く。

 

 それが、ターフで許される唯一の行い。

 

「っ―――!」

 

 中盤を、何時の間にか抜けている。ペースが速い、速すぎる。コースレコードは当然としか言えない速度で走り続けている。コーナーに合わせて視線を背後へと掠らせれば既に3番手とは20バ身程の距離が空いている。追いつけるかどうかはもはや解らない程の距離、それでも減速せずにハナ争いを続ける。

 

 見えてくる終盤戦。感じられるホームストレッチの気配。踏み出す足を相手よりも強く、前へと出す。更に加速するように前へと踏み出せばダラカニよりも前に出られる。

 

「―――」

 

 声もなく、音を吐き出す事もなく対抗する為に踏み出された。だがそれよりも前に出る。前へ、前へ―――酷使できる体は、こっちのがより頑丈だ。そうだ、ダラカニはある一点において全てのウマ娘に対して不利を背負っている。

 

 ()()()()()()()()()()()()事だ。

 

 トゥインクルシリーズを走り終えた。それはつまり損耗の果てにあるという事だ。ドリームシリーズに行くと極端にレース数が減るのはこれ以上ウマ娘の体を酷使しない為でもある。既にトゥインクルの激闘で大いにその脚は削られている。多くのドリーム組は脚の限界を迎えている。

 

 だから、想いの比べあいと体の潰し合いに入ると自然と、限界を超えて潰れ始める。

 

「まだ、だ」

 

 それでも、声が零れる。

 

「まだだ、まだ走れる―――」

 

 それでもなお踏み出し、加速する。もはや気力が肉体を凌駕している。その状態で全盛期以上の力を振るって走っている。体を壊しながら前へと進んで行く。だがそれを超える加速力を身に着けたこの体は、

 

 無情にも、ハナ争いを奪って前に立つ。

 

 ―――そしてそれをずっと待っていた影が迫って来た。

 

 最後方に控え、この瞬間までずっと後方で窺いながら待っていた姿は限界までスタミナを温存し、その全てをラストスパートへと捧げて加速してくる。ターフを、風を、アスコットの空気を急加速と限界突破した速度で一気に流星の如く駆けあがってくる。届く、その姿は絶対に届くと感じていた。

 

 そう、そうだ。この2人は俺の事を良く知っていた。片方は既に1度走っている。もう片方は密な交流があった。だからこそ良く知っている、最速で先端を走る姿に追いつくには、究極の末脚で差し切る以外の選択肢はないという事を。ダラカニが間違えたのはその一点のみ。

 

 この領域に対する無経験から来る致命的なミス。

 

 だからこそ、誰よりも理解する2人はその選択肢を絶対に外さなかった。

 

「騎士達の王、勇気を胸に、私の道を―――切り開いてッ!」

 

 黄金を纏った英雄の剣が振るわれる。暗雲が切り払われ、領域そのものが切断される程の衝撃が走る。ターフを走っていたウマ娘達は本能的にその一振りを恐れ、道を開けるように左右に別れる。本当に一瞬の出来事だった。即座に正気に戻るよりも早く。

 

 英雄の名を持つウマ娘と電気処刑人の姿が上がって来た。黄金の斬撃が生み出した軌跡を、相乗りする形で上がって来た電気処刑人は極限まで賢く、そして正しい選択肢を取った。

 

 何故ならこの瞬間、ゼンノロブロイの軌跡は無敵に等しかった。その瞬間、抜け出したスピードスターの存在を捉えられる姿は存在しなかった。継承された因子を燃焼させ、英雄としての光輝を纏い一直線に最短のコースを駆け抜けてくる。

 

 上がってくる。追われている。追ってくる。

 

「はは―――」

 

 それがどうしようもなく楽しく命を燃やすように脚を酷使する。限界はまだまだ先だ。まだ体が壊れそうな感触はしない。引きずり出し、継承した領域を。スピカの部員たちは全員話を付けて納得し、協力してくれている。だから問答無用で彼女達の領域なら使用出来る。

 

 それを全て使ってスピードを限界まで引き上げる。走法の妙で速度の上限を超えて更に加速する。それでも決戦を迎えて限界を踏み越えたゼンノロブロイの姿が上がってくる。

 

 上がって―――抜いて―――並びに来る。

 

 ダラカニを抜いて、ゼンノロブロイが迫ってくる。狂おしい程に楽しそうな表情を浮かべ、それでも脇役にはなりたくはないというエゴイズムを掲げて再び、領域による騎士王の剣が振るわれる。領域という形での王権の行使だ、このイギリスの地で最も恐ろしい領域だと言えるだろう。

 

 それが俺の領域の影響によって防ぐことも出来ずに振るわれて、直撃する。スタミナと速度をごりっと削られるのを感じながらも、持っているスタミナを全て燃焼して脚力へと注ぎ込む。

 

 ドバイの時は走っていた。ただ加速しているだけで前に出て自由に走っていた。

 

 だがここでは違う。対策、覚悟、限界突破。全ての手段で差しに来ている。

 

 そう―――俺は今、全力で追われ、逃げている。

 

 全力を駆使してもなお食らいついてくる姿に笑い声が零れそうになる。いや、実際に笑い声が零れているのだろう。後ろから上がってくるゼンノロブロイが怖い。怖いから楽しい。今日最強のウマ娘は間違いなく彼女だ。継承された因子、調子、そして競バ場との相性、その全てが完全にかみ合っている。白黒のカス共め、最高の仕事をしてくれるじゃないか。

 

 見えてくるゴールライン。ホームストレッチに入って限界を超えて速度は出ている。だが追い込んでくるゼンノロブロイの姿が直ぐ背後にまで上がってくる。5バ身―――4バ身―――3バ身―――。

 

「それ、でも」

 

 息を吐く。テイオーの領域を引っ張りだす。奇跡を象徴する不死鳥の羽が舞い降り命を体に巡らせる。踏み込む力を一段と強くする。嫌な感触を足首に感じる。それを無視して真似が不可能とさえ言われたその独特なステップを再現した。

 

「絶対とは、この俺の事だ」

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁ―――!!!」

 

 1バ身。

 

 距離は縮まない。

 

 互いに速度は最高をマークする。それでも距離は縮まない。

 

 ―――そのまま、差は縮まる事無くゴールラインを切った。




クリムゾンフィアー
 勝負服のコンセプトは喪服

ゴールドシップ
 この後ゴールドシップ号に乗ってスピカ部室に帰った

ゴールドシップ号
 ふふ、来ちゃった
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