転生赤毛バは凱旋門の夢を見る   作:てんぞー

84 / 113
71話 KGⅥ&QEステークス Ⅳ

 ―――足首の一瞬の違和感は本当に一瞬だけで消えた。

 

 蹄鉄の裏でターフを踏む感覚で軽く探りを入れる。だがゴールの直前に感じた感触はもう、なかった。小さく誰にも見えないように息を吐き、垂れてきた汗が目に入りそうになるのを払う。気づけば汗だくになっていた。着こんでいる様に見えて実際の所は風通し良く設計されているだけにこれだけの汗を掻くのはそれだけのパフォーマンスをしたという事の証明だ。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ―――」

 

 ドバイの時の余裕は一切ない。全力で走り切った。それでいてここまで迫られた。俺が不甲斐ない? いいや、違う。誰もが本気だった。そして俺に匹敵するだけの才能と実力を備えていただけだ。それが最高の状態で発揮できれば、当然このような結果に行きつく、それだけの話だった。

 

「ふぅ―――勝ったわ」

 

 息を吐き、呼吸を整えながら呟く言葉に、

 

「はい、負けました」

 

 ロブロイが応えた。視線を向ければ眼鏡が少しずれて息を荒らげているロブロイの姿が見える。大きく酸素を求めて息を呑み込み、目を瞑って堪える。悔しそうな表情を浮かべ、だけどそれを言葉にしないように必死に抑え込んでいるのが見える。

 

「ぅぅ……やっぱり悔しいですっ!!」

 

「はっはっはっはっは! 俺の勝ちだかんな!」

 

 でも最後に堪えきれず思いっきり言葉にしてしまう辺りが可愛い。拳を握ってぎゅ、っと抑え込みながら言葉を口にするロブロイの表情には悔しさがありありと見えている。そうやって悔しがってくれると俺も最高に楽しいからありがたい。遠慮なく自分の勝ちを祝えるというもんだ。

 

「作戦は完璧だった……付いてこれなかったのは自分自身の能力、か」

 

 それに反してエレクトロキューショニストは片手で真面目な表情を浮かべる自分の顔を押さえ、ぼそりと先ほどのレースの反省を行っていた。冷静に何が悪かったのかを洗い出し静かに考える姿には普段のおちゃらけた態度が一切見えない。彼女には或いは、次のレースが既に見えているのかもしれない。

 

「Crimson Fear」

 

 名を呼ばれて、振り返る。ダラカニが此方に向かって歩いてくる。すぐ前にまでくると、ダラカニは此方の手を取った。

 

「―――ありがとう。ここまで悔しく、そして爽快な気分で走れたレースは今までになかった」

 

 目の端から僅かに涙を流すダラカニはそれを笑みを浮かべて言ってくる。トゥインクルを去った筈のレジェンド、これから先の全てを捨て去ってでも走ろうとしたレース。それを走り抜いた先で彼女が何を見たのかを俺が理解する事はないだろう。

 

 ただ、それでも最後まで全力で走り抜いたその強さに、敬意を抱く。両手でダラカニの手を握り返す。

 

「此方こそ、楽しいレースでした。今度はストリートや裏レースで勝負しましょ」

 

 俺の言葉にダラカニは驚いたような表情を浮かべてから頷いた。

 

「ああ、次はまた別の舞台で」

 

 そう言ってダラカニは握った俺の拳を観客に見えるように高く掲げた。それに合わせて観客からの声が爆発する。祝福する声が咆哮に混じって何を言っているのかがまるで聞こえない。だがこのイギリスの地で、最も価値のあるレースを制したという事実だけは確かだった。

 

「はは、勝った……勝ったぜ、おい」

 

 未だに夢を見ているような気分だ。だが体に感じる疲労感も、そして胸を確かに満たす達成感も全て現実だ。そう、俺は今、歴史を塗り替えている。この世界の中心に立って自分という存在を決して忘れられぬ傷跡として残している。それが歴史を作るという事だからだ。

 

「俺の……勝ちだッッッ!!!」

 

 吠えるように観客へと向かって勝利宣言を行えば祝福するようにバ券が空を舞う。花弁のように舞い上がって降り注いでくる景色に満面の笑みを以て応えた。

 

 

 

 

「―――さ、足首を見せて」

 

「Moo……」

 

「ラオウみたいな顔をしてもダメ。はい、座って。足首見せて」

 

 表彰とライブに向けた準備と休憩の為に一旦休憩室に戻ると、有無を言わさず西村に椅子に座らせられる。

 

「最後、速度を維持するのにテイオーステップを使ったでしょ?」

 

「使った。あの場面では一番有効な手段だったから」

 

「少しは申し訳なさそうな顔をしてね? 前にも言ったけど君とテイオーでは体のつくりが違っていて、ステップは事実上再現不可なんだ。ムリにやろうとすればその分体を壊す事になるんだから……良し、軽く負荷はかかっているけど抜ける範囲だね」

 

「いやあ、悪い悪い」

 

 げらげらと笑っていると少しだけ怒った表情の西村に視線を向けられる。少しだけ……本当に少しだけ申し訳なさを感じるので、視線をそらして口笛を吹く。そんな俺の様子に呆れて西村が溜息を吐く。

 

「フィアー、これで君が領域を使って走るのは2回目だ。順調……と言うのもおかしな話だけど、君の脚はこれまでで一番削れている。そしてまだ凱旋門とBC、有マが残ってる。本気で走って勝つつもりなら余計な負荷を脚に与えてる場合じゃないんだ。解るよね?」

 

「……おう」

 

「このことに関しては余り小言を言わないよ。これだけだ。既に君がその領域を使って走る事を認めたんだ。これ以上君を止める事が僕にはできない。君と同じ夢を見る事を選んだ共犯者だからだ―――だけど選んだ以上は最後まで走り抜け、クリムゾンフィアー。僕が君に言うのはそれだけだ」

 

「解ってる、解ってる」

 

 西村の言葉に頷いて、軽く息を零す。靴を脱いで靴下も脱いで晒す脚を西村に任せてマッサージして貰う。特に酷使したばかりの足首を重点的に。テイオーのアレはテイオーの体だからこそ成立する奇跡なのだ、同じことを俺のパワー重視の体でやろうとすれば足首が月まで吹っ飛んでしまうだろう。

 

 まあ、今回は幸い最後のストレッチで少し使う程度だったから反動はほぼなかったが。咄嗟の判断としては最悪な部類だった。ここは反省しなくてはならない点だろう。

 

「反省会が必要だなぁ」

 

「流石にそれは翌日にね。今日はこの後ライブが待ってるし、女王陛下直々に授与されるし」

 

「おばあちゃん、一緒に居すぎてなんか授与されるって感覚がよお……」

 

「言いたい事は解るけど……解るけど凄く名誉なことなんだからね? 数える程度しか授与された人はいないんだからね? ある意味で君の勝負服そのものがそういうグレードのものなんだけどね……」

 

 いや、まあ、うん。解ってはいるけど愉快なおばあちゃんというイメージが抜けきらない。あの人、ウィンザー城にいる時は中々お転婆だったし。勝負服のデザインを相談している時も凄いノリノリであーだこーだ言ってたし。話していると凄い面白いおばあちゃんなんだよね……引退したらウチに所属しない? とか滅茶苦茶誘ってくるし。

 

 引退後はどこかのトレセン学園で後輩に指導かあ、ちょっと想像がつかねえわ。今はまだ引退した後の事を考えるのは早いし。

 

 それにこの次は凱旋門だ。ついに皐月以来のディーとの対決。心が躍らないわけがない。とはいえ、同じ手段に頼って走っていては二流だ。戦術はそのまま、武器を新しくする必要があるだろう。

 

「……良し、応急処置終わり。これでライブも大丈夫だろう。新曲、ちゃんと頭の中に入ってる?」

 

「大丈夫。ソロ曲を貰えるとは思わなかったけど。振り付けも完璧よ」

 

 立ち上がってたたーん、とステップターンとポーズを決める。それに満足げに西村が頷いた。

 

「良し、それじゃあ先に授賞式だからそっちに向かおう」

 

「それが終わったら打ち上げして反省会だ」

 

 心地良い疲労感を感じつつ靴下と靴を履いて背筋を伸ばす。

 

 まずは―――1冠。




クリムゾンフィアー
 活躍しまくったのでソロ曲を貰った。ライトハローがちょくちょく訪れては指導してた

ライトハロー
 当然のごとく西村を狙ってる

おばあちゃん
 割と本気で勧誘してる

エレクトロキューショニスト
 まだ、まだ終われない。正史のその向こう側へ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。