スピカでのトレーニングが始まり自分がどれだけ走れるかの測定が始まる。トラックを何周も走らせられながら記録される俺のデータ―――俺がこれまで模擬レースに参加しなかったのは、余計なデータをライバルに与えない為だ。
世代のトップはディープインパクトだ、間違いない。
だがアドマイヤジャパンやシックスセンスと影に隠れた実力者は確かに存在する世代でもあったのだ。俺は真面目な話、ライバルたちに余り自分の走りを見せたくはなかった。特にデビュー前、戦術等が固まる前の時期の走りはジュニア期での大きな情報源になる。
つまりそのウマ娘の戦術、その根幹とも呼べるものが今は露出している時期なのだ。たとえば我が家のチワワは凄まじい末脚を見せる追込み脚質だ。余計な
特に実力にあまり差が出てこないこの時期に対策を練られるのが一番嫌だ。だから選抜レースを回避し、自分から契約を申し込んでさっさとメイクデビューを走る。そうすれば余計な情報を与えずに済むだろうという俺の魂胆だ。
まあ、プロから言わせれば小細工らしい。そこまで警戒する必要もない。
俺のメイクデビューは、蹂躙になるだろう。
「短DマA中A長C芝AダC……かな」
「なんかの呪文詠唱?」
走り終えた所で西村Tは俺のデータをまとめたタブレットを片手にそんな事を口にした。無論、何を言っているのかは理解している。理解しているのだが早口で言われると何らかの呪文詠唱にしか聞こえない。
見た事もない聞いた事もないモブウマ娘が馬鹿ねぇ、と言ってくる。
「これは距離適性の話よ。Bが走れるラインだと思えば良いわ。Cは苦手、Dからは適性なし。Aあれば才能があるってレベルね。その上にSがあるけどそれはもう天性の才能があるってレベルね……そう、ディープインパクトみたいな」
知らないモブウマ娘が西村Tの呪文詠唱を説明してくれた。いや、言ってる事は解るけどお前誰? もしかして俺の知らないスピカの部員なのかもしれない。俺はまるで知っている人を相手するように頷いた。
「ディープインパクト……あの子は凄いね。この間ゴルシファンネルにリギルの練習風景を盗撮させて来たけど見た感じ中S芝Sはあるよあの子。ターフに愛されたと言われても納得できるレベルで天性の資質を備えている」
「やはりディープインパクト……ターフに愛された天性の怪物……」
知らないモブウマ娘が増えた。訳知り顔で頷いている。
「それに比べてクリムゾンフィアーは適性は高くてもA……もし肉体の調教具合が同じレベルだとしたら、ターフに愛されているか否かでハナ差の変化がゴールに出るだろう……これは根性で乗り越えられるように見えて絶望的な差になる」
「つまり貴女の出せるトップスピードが100だとしたらディープインパクトは同じ環境で102出せるって事よ」
モブウマ娘が俺とディープインパクトの間にある才能の差を説明してくる。
「でもそこまで絶望的な差じゃないよ。西村トレーナーがボクの長距離適性をBって説明してたけどギリギリ長距離の有マはボク勝てたしね。ただフィアの場合、その適性で菊花賞は難しいんじゃないかなぁ」
トウカイテイオーが集まるモブウマ娘を見て首を傾げている。アレ!? もしかしてご存じない!? スピカの部員じゃないの!? 誰!?
「やっぱりディープインパクトを仮想敵とするなら中距離と長距離適性の強化が必須だね……いや、中距離をコレ以上伸ばすのは本当に才覚の領域だから難しいけど、長距離はまだなんとかなるかな」
「幸いここにはメジロマックイーンという国内最強のステイヤーが存在する。彼女の走りを参考にすれば菊花は走り切れる様になるとは思う。だがそれはまだ先の話だ、まずクリムゾンフィアーが見るべきなのはジュニア期のレースだろう」
モブウマ娘Bが当然のように俺の方針の話に割り込んできている。スペシャルウィークの方に視線を向けるが、スペシャルウィークは頭を横に振ってる。どうやら知らない奴らしい。もうここまで図々しいといっそ清々しくさえ感じるんだが。
西村Tはタブレットを叩く。
「沖野さんに任されてる以上、僕は全力でフィアーの夢を叶える事に努めるつもりだ。ただ、最強の名と凱旋門という夢は無謀と言える程難しいよ。それこそ最強と名乗れるのは生涯無敗だったパーフェクトみたいなウマ娘で―――」
皆で視線を逸らすと、グラウンドを緑色の悪魔が爆走している。その先には針を持った白衣姿が見える。今でも現役に見えるんだけどなあ……トキノげふんげふんじゃなくてたづなさん。
「だけど目標は大きい程燃える、そうだろ?」
モブウマ娘ABCを見ると頷きが返される。お前らなんなの。偵察にでも来たんですか……? 偵察にしては……その……あまりにも堂々としてない? 大丈夫? ダイワスカーレットとウオッカが遠巻きにひそひそと何時の間にかトリオになっているモブウマ娘たちを指さしてる。
「ここはやはり、クリムゾンフィアーが持つ武器を使う必要があると思う」
「これか?」
彼岸花を足元に生やすと、西村Tは頭を横に振った。
「確かに領域を自在にコントロールできるのは凄い強みだ。恐らくドリームシリーズに行ったウマ娘たちでもそこまで細かいコントロールをする事は出来ないと思うよ。だけど、それはレースの決め手にはならないんだ。……テイオー、君にならフィアーの強みが解るんじゃないかな」
西村Tの言葉にテイオーはピン、と指を立てた。
「ズバリッ、レース運びと
「正解」
西村Tの言葉にえへへ、とテイオーが笑う。
「フィアが走ってるのを見てボク、まるでカイチョーみたいだって思ったもん。内ラチのギリギリを攻めたり、領域を決めたタイミングで発動させられる事、呼吸のコントロールや視線の動かし方……そういうレースをコントロールする能力が凄く高いと思うんだよね」
テイオーの言葉を補足するようにモブCが言葉を付け足す。
「かの皇帝は視線の一つで数人のウマ娘の脚を乱し、体の揺らしで心を乱すという。現状シンボリルドルフに似たスタイルで走るのはナイスネイチャとビワハヤヒデぐらいだろう……バフかデバフ、どっちでレースをコントロールするかという違いはあるが」
「だけどぉ、皇帝様はぁ、その両方が出来ちゃうのよねぇ」
またモブ増えたじゃん。どういう事なのぉ? 気にする俺が悪いのぉ? スピカにいると定期的にランダムで自由なウマ娘が召喚される仕組みでもあるのか? ありそうだな……。
「フィアーがこれからトゥインクルシリーズを走る上で、重要なのはレースコントロールとそれを可能にする為の技術を学ぶ事にあると思う」
西村Tはタブレットを脇に抱える。
「だけどこれは単純な併走で学べるものじゃない……それこそG2やG1といった舞台に出て経験して身につく技術だ。幸い、マイルと中距離に高い適性があるからシニアまで走れるレースには困る事はないだろうね」
「なら最初の目標は朝日FSかな」
「一番早い段階で走れるG1はそれになるだろうね」
ふ、とモブBが笑いながら背を見せる。
「ジュニア期に他のレースに出ずにいきなりG1に出たいなら、メイクデビューで圧倒的な強さを見せなければならないぞ」
モブAが他のモブたちと一緒に去り始める。
「クリムゾンフィアー……貴女がどういう時代を齎すのか、楽しみにしてるわ」
その言葉と共に去って行くウマ娘たちの背を見送り。
「アレ、誰だったんだ」
「解からない……」
「知らない娘たちだなぁ……」
こうして、俺のメイクデビューは来週に決まった。
謎のウマ娘を謎のままにして。
クリムゾンフィアー
アレ誰?
西村T
アレどこのチームの娘なんだろ?
トウカイテイオー
誰だったんだろ……。
スペシャルウィーク
誰だったんでしょう……。
ゴールドシップ
月刊トゥインクルの新人記者と一緒にマグロ漁に出た。