パリロンシャン競バ場のパドックは一つ大きな特徴がある。それはパドックがそう大きくはなく、そして非常に観客との距離が近い事にある。勝負服に着替えてからパドックへと出ればそこには大量のヒト、ヒト、ヒト、後ついでにウマ。
一年に一度、欧州最強のウマ娘を決める為のレースとも言える凱旋門賞を見る為に集まった人たちがパドックへと足を運んでいた。無論、警備員も大量に動員されて整備されているが、それでもパドックから観客までの距離は近い。
勝負服に身を包んでディー共々パドックへと上がれば悲鳴にも近い歓声が周りから上がる。フラッシュを焚かずカメラを向けるメディアが静かに撮影を開始する。既にパドックで身を晒す今日のライバルたちが思い思いにアピールしている姿を見る。
ここまでくると今日、凱旋門賞を走るのだという実感が湧いてくる。
「夢のレースか……」
「……?」
一緒にパドックに上がって来たディーが俺の言葉に首を傾げる。
「漠然と凱旋門賞を走る事を考えて来たけど、考えてみれば世界最高のレースなんだよな。賭けロードレースを走っていたころが嘘みたいだわ」
「ふふ、変な、の」
誰もがこの舞台を走る事を夢に見る。そして誰もが走れるという訳ではない、それだけ凱旋門の審査は重く、面倒が多い。それでも今年はほぼフルゲート分にウマ娘が集まっているだけすさまじい熱狂が籠っている。
誰もが最強という座を目指してこの場に来ている。Rail Link、Prode、Hurricane Run……見覚えのある欧州の今世代のスターたちに、見覚えのないウマ娘がちほらと。西村がこいつは危ない、こいつは警戒、こいつは強いみたいな話をしていたのはある。だが大半は頭からすっぽ抜けている。
俺にとって重要なのは今横にいる、ただ一人だけだからだ。
「Crimson Fearさん! コメントを貰っても宜しいでしょうか!」
中指を突き立てる。
「ありがとうございます!」
満足されてしまった。最近のメディア陣は強いなあ。こいつらどんな反応をしても喜ぶような気がするから反逆し甲斐がないというかなんというか。まあ、悪いメディアが出てこないのは決して悪い事ではないので文句はないのだが。
そう考えるとアメリカや日本のメディアは偉くレベルが低いと思える……欧州の方が競バの歴史が深いから、そこら辺のメディアも洗練されてるのかもしれない。イギリスの時もメディア対応は理想的なものだったし。
と、パドックでファンサービスに軽く手を振っていると、柵の向こう側に見覚えのある姿が立っている。此方に笑顔で大きく手を振っている姿に思わず笑顔になる。
「くーちゃんー、頑張ってー」
「マミー!!」
尻尾をぶんぶん振りながらマミーに手を振る。良く見ればマミーの直ぐ横にはガタイの良いウマ娘がガードに入っている……URAが護衛でもつけてくれたのだろうか? 来るとは聞いてなかったのでサプライズとしては滅茶苦茶嬉しいもんだった。
「ディーちゃんも頑張ってー!」
日本から駆け付けたマミーの声援にディーも手を大きく振って応える。まさかのサプライズだが、レースを前に良い気合が入る。パスポートなんてめんどくさいから海外には行かない様な人なのに……もしかしてURAから応援に行って欲しいと頼まれでもしたのだろうか?
良く見ればガードに入るようにガタイの良いウマ娘が母の横にいる。やっぱりURA辺りに頼まれたのか、或いはお勧めされてきたのかもしれない。どちらにせよ、来てくれた事実は嬉しいのだが。未だに獲得賞金の9割を母の口座にぶち込んでるのに一切触られてないんだよなぁ。
まあ、庶民が億単位の金を手に入れてもどう使うんだ? となるのはそう。俺も実際にこれだけの金どう使うんだって未だに悩んでる部分あるし。
「Hey, Crimson」
「ん?」
名を呼ばれて振り返れば、Hurricane Runの姿が見える。
「This game, my turn」
「You wish」
中指を向けると中指を返される。カメラが此方に注目するのを感じながら他のウマ娘達も軽く伺う……今挑発してきたHurricane Runも調子は良さそうだが、フォワ賞で見た連中も中々良い感じに仕上がっている。
そもそも欧州の最強決定戦だ、調子を崩す様なウマ娘は早々出てこないだろう。だが脅威に感じられるのはやはり、隣でファンサービスに軽く手を振っているディーの存在だけだった。既にフォワ賞で現地のウマ娘との格付けは終わっている。
故に、警戒すべきはただ一人―――その慢心が俺の致命傷になるかもしれないと西村が言っていたのを思い出す。
ただ、それも悪くはないかもしれないと思っている。慢心して負けるなら所詮その程度のウマ娘だったというだけの話だ。
「Crimsonさん目線くださーい!」
「こっち向いてー!」
「きゃー! 中指を向けられたー!」
「違うだろ! あれは俺に向けたもんなんだよ!」
観客のリアクションを見て溜息をつく。
「なんか……普通に喜ばれるようになっちゃったなぁ」
もう止めようかなぁ、中指突き立てるの。ただのツンデレパフォーマンスになってるじゃん。
パドックでのお披露目が終わり、ウマ娘達がレース場への移動を開始する。その合間に別れていたグループが合流し、トレーナー組と日本からの応援組が合流する。そこにシャンティイから観戦に来たシーバードも加わり、それなりに大きなグループがVIP席を占領する事となった。
秋川やよいはシーバードと改めて握手を交わしていた。
「席の確保に感謝ッッ! 今年は倍率が凄く関係者でも取るのは至難だったと聞いている」
「えぇ、気にしないで。私も今年の凱旋門賞はとても楽しみにしてたし、あの子の関係者となると是非一等席で見て貰いたくて」
「まあ、良くして頂いてありがとうございます」
ぺこり、とフィアーの母が頭を下げ、それにシーバードが微笑む。そんな様子を横目に西村、東条、ルドルフがターフに集まりゲートイン前のウマ娘達を見下ろしながら話を進める。
「西村、お前はどう思う」
「今年も流石凱旋門賞……としか言いようがないですね。事実上の格付けはフォワ賞で完了してます。ディープインパクトが心理的なリードを既に取っていると言えますが、見ている感じそこでメンタルを崩している子はいないようです」
「私の見立てではRail Linkが一番厄介そうな相手ではあるが……」
「やはり、フィアーには敵わない、って感じかな東条トレーナー」
東条トレーナーの横からターフを覗くルドルフの言葉に登場が頷く。
「やはりウマ娘単体で見た時の完成度が段違いね。よくもまあ、あそこまで育て上げたものね西村」
「育てた、というのはちょっと違うかもしれませんね。フィアーは元々完成した図の見えるウマ娘でした。伸ばすべき才能、補うべき短所、そして適応させるべき適正というのがはっきりしてました。だから彼女に関しては育てる……というよりは完成された図にするという形が近かったですね」
独特の感性と育成論を展開する西村の言葉を少なくとも部分的に東条は理解する。クリムゾンフィアーと言うウマ娘は特異な才能の持ち主であり、恐らくその自由さはスピカでないと伸ばす事が出来なかっただろう。故に東条は惜しく思い、西村を称賛する。
西村という特殊なウマ娘に対する高い適性を持つトレーナーでなければ、恐らくここまで彼女が飛躍する事はなかっただろうからだ。リギルでは、その才能を存分に伸ばす事は出来ない。
そんな特異なウマ娘と、ライバルにある2人をルドルフは隠す事のない羨ましそうな視線を向けていた。現役時代にこれほど削り合えるライバルがいれば自分もまた違った運命を辿れたのだろうか? それともこのターフに立つ事が出来たのだろうか?
あの時、己にも西村の様なトレーナーがいれば―――とまで考え、それがリギルに対する裏切りと判断して考えを切り捨てる。
『さあ、ウマ娘各員ゲートインが終わりました』
『静かに闘志を燃やして発走に備える姿……誰もがこのレースに夢を、そして魂を燃やしています。今年は一体誰が世界最高の栄誉を得られるのか目が離せません』
「あら、もう始まりそうね」
「あ、本当ね。えーと……あの子は……赤毛が目立つから解りやすくて助かるわ」
理事長たちも話を切り上げターフへと視線を向ける。言葉を止めずに流し続ける実況と解説とは裏腹に、観客たちは次第に言葉を切り上げてウマ娘達が放つ雰囲気にのまれて行く。ロンシャン競バ場に集まる誰もが熱気を抱えながら始まるレースの前にそれを抑え込む。
今か、今かとゲートが開く瞬間を待ち、ウマ娘達がスタートに備える。
ゲートインが完了し、静かな時間が過ぎ去り―――今、ゲートが開く。
レースの開始と同時に前へと向かってハナを奪う為の戦いが始まる、先頭を行く姿にハナを奪われない為に後続のウマ娘達が前に飛び出そうとし、しかし次の瞬間には前に走る姿を見て異常性を悟る。
「やられた……!」
東条が乗り出すように欄干に拳を叩きつけて、レースの最後方を見る。
追い込み、最後方に備えるウマ娘の中には当然のようにそれを最も得意とするディープインパクトが存在し、そしてその真横に付けるように、後方で走るクリムゾンフィアーの姿がある。
追い込み―――それが赤毛の暴君の選択だった。
クリムゾンフィアー
脚質の苦手は心と脳を弄れば改善できるのでは? を自分で実行した女
ディープインパクト
数年前の夏の反動でバブみ接種すると秒でオギャる永続デバフを受けてる
マミー
URAに招待されて現地観戦に来た。秒で二人をオギャらせられる