ほぼ1年ぶりのアメリカ訪問である。
去年のテロの影響もあって警備は厳重、なんと政府から交通規制まで敷いてお迎えして貰った。ここまでやる必要あるのか? とは思ったが実際の所1回テロで昏睡してしまったのは事実だし、ダート方面における競バ大国であるアメリカの名に傷をつけるような行いはしたくはないのだろう。
ここは政府からのエスコートに甘えて、そのまま見慣れたケンタッキー州のド田舎へと移動した。
向かう先は一つ、当然サンデーサイレンスの家だ。アメリカ滞在中はここに泊まる事にしているのは前回の縁もあっての事だ。サンデーサイレンスからもOKは貰っているし、遠慮なく利用させて貰う事にする。それに今年のBCクラシックに関して、聞きたい事もあった。
そんな訳で前よりも警備のグレードが上がっているサンデーサイレンスの私有地に入り、そこから広い土地を抜けて彼女の家の前まで車でやってくる。降りた所で、扉の前で四本足で立って迎える姿が見える。
「―――キュ」
そう、カピ君である。
「カピ君……強く、なったな……」
え? そういうノリなの今回? みたいな視線を西村が向けてくるが、無視だ無視。彼我の距離は10メートルほど。そこまでくると後ろ脚で立ち上がったカピ君はアリクイの威嚇のポーズを取ってくる。この先を通りたくば自分を倒してみせろ、という意思表示だった。
その目を見れば解る、長い旅路の果てに様々な出会い、別れを経てカピ君は強くなった。まずはゴミカスの様なマスゴミを薙ぎ倒し、ヒマラヤでカピバラ仙人と出会い、そしてそこから世界を巡り多くのライバルたちと競い合った。その果てにカピ君はこの始まりの地へと戻って来た。少し離れた場所ではワニが唾を飲み込んで緊張の中見守っていた。
「キュ」
「そうか、ついに下克上を果たしに来たか」
「フィアー、あんまり異能バトルし始めないようにね。ジャンル変わっちゃうから」
西村の言葉に俺は頷く。俺はスポコンモノの住人、超アニマルバトルの世界へと踏み込み過ぎたらジャンルが変わってしまう……故に、あまり深入りは出来ないのだ……!
故に相手出来るのは一瞬のみ。それで決着をつける。覚悟を決めたカピ君を前に、俺も静かに構える。それを見たカピ君は少しだけ呼吸を整えて踏み込む後ろ脚に力を籠め―――弾丸のように体を発進させた。
コークスクリュー! 回転しながら放たれたカピ君の前歯が煌めくッ!
新たに覚えた必殺技で今! 下克上を成し遂げようとしているッッ!
それを片手でキャッチし、カピ君を胴上げするように持ち上げた。
「はははは、可愛いなあ、カピ君は。うん?」
無残にも必殺技を粉砕されたカピ君が持ち上げられながら呆然とする。そんなカピ君を抱き寄せながらサンデー邸に向かう。
「愛玩畜生がウマ様に敵う訳がないだろ」
「お前、えげつない事してんな」
扉を開けたサンデーサイレンスが呆れたような表情を浮かべている。懐かしさに笑い声を零し、片手を上げて挨拶する。
「ども、姉御。またお世話になりまっす」
「サンデーサイレンスさん、また場所を提供してくれてありがとうございます」
「あー、そう畏まらなくても良い、めんどくせぇ。ほら、上がれ。特に何か用意してる訳じゃないけどな」
「お邪魔になりまーす」
腕の中で絶望顔のカピ君を抱えたままお邪魔する。去年は何か月も過ごしていた場所だけに、こうやって中に入ると帰って来た感じがして実に居心地が良い。ただ玄関を抜けてリビングに行っても、赤毛の姿が見当たらない。それに関してはまあ、予測通りって所だろう。
「大将ならいねぇぞ」
「やっぱ別の所に?」
「おう、弟子にリハビリと調整見られたくないってよ」
まあ、人望も金もある人だ。アメリカのトレセンでも、どっかの個人所有の厩舎でも適当にやれるだろう。寧ろ既に本格化を終えて引退をしているウマ娘なのにこのタイミングで1戦限りの現役復帰に対して体がついてくるのかどうかが不安だ。
車の方から荷物が運ばれてくる。日本とは違ってここでチップを払わなきゃいけないのがアメリカ文化だったりする。ちょくちょく日本人観光客でチップ文化を知らずに何も払わない人が出てくるの、中々面白い話だと思う。きっちり仕事分のチップを支払って荷物を入れて貰い、リビングに腰を下ろす。
空港からここまでそれなりの長旅だ。疲れた、とは言わないが漸く窮屈さからは解放された気分だ。
リビングのソファに腰を下ろしてカピ君の頭を撫でる。無残な敗北にショックなのか全く反応がない。可愛いね。
「んで、姉御」
「あん?」
「御大、走れるの?」
サンデーが俺の疑問にコーラ瓶を投げてよこしてくる。それをキャッチし、手刀で瓶の蓋を切りおとしながら切り口に口を付ける。ついでに西村の分も手刀で開けておく。これが出来ると栓抜きが不要の人生が始まるから人間は皆覚えるべきだと思う。
「お前、練習の時1度でも勝てたか?」
「勝てなかった」
「それが答えだ。あの人は今日まで1度も体を崩す事はなかった。現役を引退してからずっと理想的な絞り具合を維持してる。引退しても走れるように、な」
「やっぱり、か」
西村が腕を組んで溜息を吐いている。BCクラシックに御大―――Secretariatが出場するというニュースには度肝を抜かれたし、色んな意味でそれが大丈夫かどうかを不安に思った。あのダラカニでさえ永久追放というペナルティを受けてターフの上に戻ったのだ。御大だってただじゃすまないだろう。
それでも再び、レースの世界に現役復帰した。どういう伝手があるのかは不明だが……赤毛の信者というものは、意外と色んな所に潜んでいるというだけの話かもしれないが。それでも彼女は再びレースの世界に戻って来た。伝説の走法と共に。
史実では果たされる事のなかった等速ストライド対等速ストライド、それを実現する為に。
史実のファンが見たら馬鹿がよ、とでも罵りそうなシチュエーションだ。それとも驚きと共に喜ぶだろうか? 何にせよ、既に死んでいる筈の馬だ、それがウマ娘として生きながら最後の現役復帰を行う事には驚異的なものがある。
「良いか、走らなくなったウマ娘なんざ腐って消えて行くしかねぇ。俺達のまぶしいもんは全部過去にある。それをいつまでもメダルのようにぶら下げて掲げている事に一体どれだけのカッコ良さがある? だせぇだろ、自慢話は何時までも昔の事でよ」
「……」
サンデーサイレンスもまさしく歴史に名を遺す名バだ。クラシックを走り、伝説を残し、そして現役を退いた。それでも輝かしき物は全て過去にあると言えるだろう。それが競走バの宿命だ。走り終わったら忘れられるだけだ。
スポットライトが今を生きる者に与えられるのは当然の事だ。
「引退しても走る場所を、輝ける場所を探してる。忘れられないんだよ、昔浴びたスポットライトが。今の自分を昔の自分に見せてみろ、たぶん罵倒ばかり飛んでくるだろうな」
だから。
「燃え尽きる事の出来るステージが欲しいんだよ。……それとも言い訳出来ない程無様な敗北をな。納得したいんだよ、もう二度と走れないって事を」
競馬だったら……そんなに悩む事もないだろう。人間が考えて、馬を走らせるのだから。だけどこっちの俺達には自分の意志がある。レースが終わった後もずっと人生は続くだろう。走って浴びるスポットライトは一種の麻薬だ。それから何時かは抜け出さなきゃならない。
だけどテレビを見れば今の時代のウマ娘が走っている。
そこに自分の過去を重ねてしまうのは、仕方がないのかもしれない。
「ま、細々とした話はレースの本題からは外れる。お前にできる事があるとすれば、そりゃ全力で走る事だけだ……少なくとも去年は1度も勝ててないだろ?」
「そりゃそうだ」
「等速ストライド対策、か。何度も考えてきた策を実行に移せる日が来るなんてなぁ」
ホースマンとしてはそこら辺、やっぱり一度は考えてしまう事なのだろうか。ぐったりしているカピ君をなでなでして敗北者を可愛がりつつ久しぶりに落ち着く場所へと来た事に安堵の息を吐く。
今日は休んで、明日からは対Secretariatの徹底調整だ。
クリムゾンフィアー
強い相手と走れる事を楽しみにしてる
サンデーサイレンス
どいつもこいつもめんどくさいなぁ、って思ってる
ディープインパクト
空港で別れる時数十分全身で引っ付いて剥がれなかった
カピ君
新たな奥義を習得したがそれが全く通じない事に絶望感を覚えたカピ君。無駄だった……これまでの努力射全て無駄だった! 絶望、虚無、そして無力感……あらゆる感情がカピ君の中で渦巻いていた。これまでの旅も時間も全て無駄……もはや愛玩動物として生きるしかない。そんな後ろ向きの考えを抱くカピ君の前に一匹のシルエットが出現する。再び登場する姿を前にカピ君は立ち上がる事を決意する。次回、旅立ち再び。