いばらひめ様の仰せのままに   作:†デストロイヤー井上†

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いばらの少女と助けられた女の子

 

 清んだ青、白い雲がぷかぷかと自由に泳いでいる空。

 ぽわぽわと浮かぶ太陽さんは、布団と合わせるとちょうどいい気温の高さで浮かんでいる。

 

 きっと、昼寝をしたら気持ちいいんだろうな。

 

「遅刻っ!」

 

 だから私は寝坊した。朝起きたら、いつも家から出る時間よりも遅く起きた。

 

 私が悪いわけじゃない。すべては太陽さんと布団のせいである。あんなにぬくぬくして私を魅力したのが悪い。

 

 アスファルトで塗装された道を走って行く、学校までの通学は案外近い。本気で走れば間に合うくらいには。歩いている人を避けながら、夏に近い春の風になった私は、目の前の最後の十字路まで突っ走る。

 

 角に足を踏み込むと、近くからタイヤのゴムの擦れる音。その音で「しまった」と感じてしまった。

 音の方を見ると死角からチャリが走って来る。それも速度は坂のせいでより速度を増して滑っている。

 

 ドクッ、ドクッ、といやに強くなる心臓。

 

 とっさに避けられないことを悟って目をつむる。どうやっても結果は変わらないのに、心のどこかで避けてくれるかもしれない。そんな淡い思いをしながら心の準備をする。

 

 どうしても見たくなくなる。こういう感覚には慣れてはいたけど、やっぱり怖いものは怖い。

 

 あー、いやだな。まだ死に――

 

「危ない」

 

 ――真っ暗な景色、後ろから知らない女性の声が聞こえる。同時に手の平にひんやりとした感触と後ろに引っ張られる感覚。

 

 薄らと少しずつ力を入れて目を開いた。

 

 すぐ近くにいたであろう自転車は遠くの方を通っていっく。最後まで私の存在には気づかなかったみたいで、さらにスピードをつけていて後ろ姿はもう見えない。

 

 心臓のドキドキが止まらないまま、生きていて良かったと思い、引き寄せられた方向に視線を移動させる。

 

 私の後ろには一人の女性が立っていた。

 

 緑色の長い髪に、少しつり上がった髪よりも濃い緑色のぱっちりとした目。適度な高さのある鼻。ピンク色の、花が咲いたような唇。

 

 それと、私と同じ服。

 

「えっと、あの」

 

「……ごめなさい」

 

「え?」

 

 よく分からない。何で助けてくれたのに彼女が謝っているのだろう。

 

 私はお礼を言いたくて一歩前に進む。ジャリッとコンクリートと私の靴が擦れると、同時に彼女も靴を鳴らして後ろを向いた。

 

「それ以上、近づかないで」

 

 強い警戒する声。彼女は私から距離をとり、私が曲がりたかった方向へ逃げるように去って行った。

 

 彼女の後ろ姿を見ていると、じんわりする感覚が手にあることに気がついく。

 私の手の平には、見慣れない傷が一つあった。

 

「……今、擦りむいちゃったかな?」

 

 そこそこ深くて赤く腫れて、じくじくと傷む。

 

「それにしても、助けてくれた人めっちゃ美人だったな。それに、同じ制服だったし」

 

 もし、学校であったら今度はきちんとお礼を言わないと。

 

「って、そんなこと考えている場合じゃなかったぁ」

 

 ポケットに入れているスマホをカチッと見ると、もうすぐチャイムが鳴りそうだった。

 

――

 

「こら」

 

「いたっ」

 

「曜花。なにぼやっとしてるのよ。朝だって遅刻ギリギリで来るし」

 

 聞き慣れた声で聞き慣れた自分の名前と、見慣れた友人の顔が目の前にあった。

 

「あれ、アヤメどうしたの?」

 

「どうしたもこうしたも。もう、お昼休みなんだけど」

 

「えっ? あ、本当だ」

 

 時計を見ると、針がお昼の半分の過ぎた時間に置かれている。

 ということは、一つ問題が起きる。

 

「ご飯ない」

 

「ほら、あんたの分も購買で買ったわよ。いつも買っているのでいいのよね」

 

 机をくっつけて、袋から私の方にメロンパンとクリームパンを置き、焼きそばパンを自分に取り分ける。

 

「声かけたって返事ないんだから、心配したじゃない」

 

「ありがとう、アヤメさま! 本当に助かる」

 

「いいけど、明日は曜花の奢りね」

 

「もちろん」

 

 そりゃ、助けてもらったんだ。とびっきりのおまけをつけてあげたいくらいには、感謝している。

 メロンパンの包装をあけて、口の中に少しずつ砕き、口の奥に通していく。

 

「それで?」

 

「ん?」

 

「ん? じゃなくて、どうして朝からぼーっとしていたのよ?」

 

「あー、そうそう。アヤメに聞きたいことがあってさ」

 

 ゴクンと喉の管に通してアヤメを見る。肩まで伸ばした見た慣れた、青色に安心をしながら口を開く。

 

 私と違ってアヤメは物知りだ。だから、今朝の同じ制服の彼女が誰かを知っているかを、私は聞きたかった。

 

「この学校にさ、めっちゃ綺麗な人いる?」

 

「……はぁ?」

 

「だから、めっ」

 

「あんたねぇ。まず、あんたが言うめっちゃが、私は分からないんだから、もうちょっと落ち着いて詳しく話しなさい」

 

 前にもこんなことがあったなぁと、思いつつ小さく謝り。今朝出会った彼女のことを話す。私もよく見たわけじゃから大体の特徴を。

 

「あぁ、それなら知っているわ」

 

「え、本当?」

 

「というか、すごく有名人よ。あんたが知らないだけ」

 

「へぇ、そうなんだぁ。ありがとう、アヤメ!」

 

「……あのさ、嬉しくなった時に手を繋ぐのやめない?」

 

「ごめん、ごめん、つい」

 

 つい、握ってしまったアヤメの手を離す。「まったく」と、あきれた顔に次はなるべくこの癖を抑えようとは思う。

 

「……あー、まあ、それで喜んでいるところ悪いんだけど」

 

「うん?」

 

「確かに有名人なんだけど」

 

「……うん」

 

 アヤメは浅くうつむきなが言いづらそうにしていたが、少しの無言の後に言う決心がついたのか私の目を見る。

 

「悪い方でなのよ」

 

 ある意味、今朝のチャリに轢かれそうになったことよりも衝撃が大きい。

 

「噂でしか聞いたことがないけどね。曜花も言っていたとおり、見た目もかなり美人だし成績も優秀らしいけど」

 

 うんうんと、首を縦に振ると、アヤメはより一層暗い顔になる。

 

「……かなり、性格が悪いみたい。なんて言うか、人を近づけないようにしている? っていか必要最低限の会話しかしていないみたい。だから、あんまりね。わざと、避けているか避けられているのかは私には分からないけど」

 

 あんなに。

 

「あんなに。優しいのに」

 

「何か言った?」

 

「ううん、なんでもない」

 

「それよりも人の噂とか、気にしない曜花がそういうのに気にするなんて意外」

 

「あはは、たまたま聞いちゃって。めっちゃめちゃ綺麗な人がいるって」

 

「そっ。まあ、何でもいいけど。あんまり近づかないようにね」

 

 さっきまでの暗さはなくなって、いつもの雰囲気に変わった。

 

 もし、私が彼女と知り合いになったと言ったら、アヤメは反対をすると思う。

 そういうのに、人一倍敏感な娘だから余計に。

 

「そういえば、昼休みになったら屋上に彼女がいるんだっけ。あー、あと彼女に……」

 

 頭の片隅にあるうろ覚えの知識を、多分無意識のうちに口から出たその言葉に、すぐに私の体が反応をした。

 

 屋上。

 

 そこに行けば彼女に会える。今朝言えなかったお礼ができる。

 

「ちょっと、曜花、どこ行くの! 話は最後まで――」

 

――

 

「……はぁはぁ」

 

 やっとの思いでこれた屋上の前の扉。

 

 今日、二回目かの全力疾走。それも今回は階段を全力で上っている。食べたばかりでおなかが痛いし、走りながら息を吸うのは慣れていないので肺も痛い。

 

 ここに彼女がいると決まったわけじゃないのに、私は緊張して深く息を吸った。けど、アヤメが言っていたんだ、きっといるに違いない。

 

「よし」

 

 扉を開く、初めて来る屋上。ドアノブを開くと、風が押さえ込んで重い。

 

 やっぱり、奥の方に彼女はいた。

 

 後ろ姿だけどそれが今朝の彼女だということは、まだ記憶に新しいことだからなのかすぐに分かった。

 

 数歩前に出ると、自動的に背中が押され足がもつれて、自分が思っていたよりも彼女の側に寄る事になる。

 

「……何をしに来たの?」

 

 私が声をかける前に、彼女が先に声を出した。当たり前だけど最近、聞いたことのある声。

 

「おっ、れい、が言いたくて」

 

「……お礼?」

 

「そうです! お礼です!」

 

 走ったせいか、それとも彼女に緊張しているのか私の言葉は解けているが、彼女にきちんと伝わった。

 

「別に良いわよ、お礼なんて」

 

「駄目ですよ。お礼はきちんと受け取らなきゃ。それに私が言いたいんです。私が言いたいだけなんです」

 

 そっと、彼女の手を握ろうと私は手を伸ばす。触られるとは思っていなかったのか、手に触ると彼女は驚いた表情をした。

 

「本当にありがとう――」

 

「――だめっ」

 

 朝と同じように彼女の手は少し冷たいなと、思っていたら私の手は彼女によって払われる。

 

「……いたっ」

 

「だから、駄目だって言ったでしょ」

 

 彼女は深いため息と、あきれた声を出しながら私のことを眺める。

 

 朝とは違うのは今は、太陽の光でじっくりと、彼女の顔を捉えることができた。

 

 ……やっぱり綺麗だ、断言できる。私が今まで見てきた中で一番整っている。

 

 けど、彼女には何もない。子供らしい自由さも、大人らしい堅苦しさも人間らしい表情を、私には一つも感じ取ることができなかった。

 

「それ」

 

 彼女は指で指す。私という個人のさらに細かいところ。彼女の目は確かに私を見ているが、彼女は私自身を見ているわけではないらしい。目線の先にあるのは私の手。

 

「今朝も言ったけど、私にはこれ以上近づかないで」

 

 手には傷がある。昨日にはなく、朝になってから急にできた傷。

 その隣に今できたばかりの血を光らしている傷ができていた。

 

 じくじくと鋭利な刃物で切ったような痛みじゃない。この痛みはまるで――

 

「私は……いばら」

 

 ――棘で怪我をしたような。

 

「みんなから、そう言われている」

 

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