いばらひめ様の仰せのままに   作:†デストロイヤー井上†

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いばらの少女と女の子

 

「……すぅ」

 

 ここに彼女がいると決まったわけじゃないのに、私は深く息を吸った。きっといるに違いない。

 

 扉を開く、ドアノブを回そうとすると、風が押さえ込んで重い。奥の方に夕暮れに照らされながら彼女はいた。後ろ姿だけどそれが彼女だというのはすぐに分かった。

 

「……何をしに来たの?」

 

 私が声をかける前に、彼女が先に声を出した。初めてここで会った時のように彼女は棘のある声で私を振り向かない。

 

「茶原さんに会いたくて」

 

「どうして?」

 

「もっと仲良くなりたいから」

 

 考える暇もなく、口が自然とそう動いた。

 

「でも、私は皆を傷つけた」

 

「誰も傷つけてないよ? 私は自分から触ったんだから、それにさっきの人も助けてその拍子で怪我をしただけ。他の棘で傷ができた人もきっとそうなんでしょ? 茶原さんは優しいから」

 

 いくら言葉を重ねても彼女はこっちを向こうとしないで外を見ている。

 けど、聴いていないわけじゃない。

 

「それでも」

 

「それにお母さんも」

 

「……っ。どうして……それを?」

 

「先生から聞いた」

 

「なら、放っておいてよ私のこと」

 

 おいかぜで私の背中が押されて彼女に近づく。思った以上も思った以下も起きずに、私は自分の意思で彼女に近くにいる。

 

「私といたら傷つく。だから、放っておいてよ!」

 

「ほら、大丈夫だよ」

 

 彼女の片方の手を握る。夕方の気温で冷たい手を。それでやっと彼女は私を見た。

 

 学校の外で触ったときよりも何倍も痛い。掴んでいると蔓のように熱がこもる。痛みは指を腕を肩を回るように伝って行く。

 

「……もう、むり。諦めなよ」

 

 目に見える位に赤く腫れながら、指先に血が流れる私の手。そこは見えるだけで、服の下も同じくらい痛みがある。

 

「だいじょうぶだよ。ぢゃばらさん」

 

「……どうしてそこまでするの」

 

「……とも……だ……ち、だから!」

 

 痛みの蔓は足の指の先まで伸びていって、体全体を痛めつけてくる。

 

 諦めない。私が諦めてたまるか。

 

 手が。

 

 腕が。

 

 足が。

 

 首が。

 

 しまっていく。ひもみたいなのにしまられていく。

 

「……あ゛ぁ゛、う゛ぅ゛ぅ」

 

 いたい。

 

 くるしい。

 

 つらい。

 

 こきゅうができない。ちからもはいらない。

 

 からだがつめたくなる感覚と一緒に、頭が冷静にささやいてくる。

 

 やめればいいのに、離してしまえそうすれば楽になる。

 

 そうだよ。そうすれば――

 

 ――ポケットの中にしまったスマホが震える。一、二、三回と続けてなって、四回目も震えた。

 

 電話だ。私の電話が鳴っている。

 

「あやめ?」

 

 震えながらポケットの中にある震えたスマホを取り出してなんとか画面に触れる。

 

『よかった、今度は気づいてくれた。あぁ、それよりも今、屋上にいるの? なら校庭の方を見なさい』

 

「茶原さん、校庭」

 

 彼女は後ろを振り向く、私も彼女の後ろから同じ方向へ振り向いた。

 

「……あ」

 

 そこにいたのは、アヤメともう一人。

 

「助けてくれたのに、ごめんなさい!」

 

 運動部にも負けない力強い声が、私たちのいるところまで届く。同じ制服を着たさっき見た女の子。

 

「アヤメこれ! どうしたの」

 

『なんか……憑いてきた? あー、もしかして迷惑だった?』

 

「ううん、ありがとう」

 

 電話が切れる。それと一緒に明らかに体の痛みが減った。

 

「ほら、さっきの人も大丈夫だったでしょ?」

 

 大丈夫。彼女は確実に明日に向いている。

 

「それに私は分かるんだ。お母さんの気持ちが」

 

 今までアヤメにしか言ったことのない秘密。

 

「私も昔は病気でずっと入院してたから。だから、今もあんまり体力がないし不便なんだよね」

 

 それと、アヤメにも言ったことがない秘密。

 

「その時から、私は怖いなってずっと思ってた」

 

 死ぬのが怖い。なんて思ったのはいつだったか覚えてすらいない。

 

「けど、友達が読んでいた本にさ」

 

 昔、アヤメが読んでいた本に、気になった文章を出てきたことを今でも覚えている。

 

「『夏の花が好きなひとは、夏に死ぬっていうけれども、本当かしら』って」

 

 本当の意味は違うかもしれない。これは私の解釈でしかないけど。

 

「私はね……最近になってからだけど最後に好きな人が側にいないよりも、いてくれた方が嬉しい。そう思うんだ」

 

「……っ」

 

「だから、茶原さんは誰も傷つけてないよ。お母さんも喜んでいたって先……お父さんも言ってたよ?」

 

「でも」

 

「でもじゃないの」

 

 両手で彼女の顔を包んで顔を見る。

 

 ……あぁ、彼女の泣いた顔なんて初めて見た。

 

「茶原さんはどうしたい?」

 

「わた……し?」

 

「そう、私じゃなくて、誰かじゃなくて、他人にこうあって欲しいて願われる茶原さんじゃなくて」

 

 言って――

 

 

 

 ――言え。

 

「わたしも……仲良くなりたい。あなたとも、西川さんともお父さんとも」

 

 やっと本心を聴けた。

 

「はい。いばらひめ様の仰せのままに」

 

 言葉が聴けた瞬間に痛みがどんどん引いていく。彼女を触っても、彼女が触れていた時にできていた傷も徐々に薄れていく。

 

「なくな……った?」

 

「うん! 全然いたくない!」

 

 足まで伸びていた痛みが、首を結んでいた痛みが、指先の痛みが全部消えた。

 

「よかったぁ。……あ、そうそう茶原さん」

 

「なに?」

 

「下の名前って何て言うの? 私茶原さんのこと名前で呼びたい」

 

 迷って、悩んで

 

「はつね……お母さんがつけてくれた。大切な名前」

 

 はつね。

 

「よし、覚えた。これからもよろしく、はつね」

 

「……えっと」

 

「曜花」

 

「……よろしく、曜花」

 

「うん!」

 

 彼女の手を握っても今度は痛くない。

 

 

 

 

 

「けど、曜花さっきのは……なに?」

 

「えー、かっこよくない?」

 

「……もう言わないで、はずかしいから」

 

「はーい……へへっ」

 

「ふふっ」

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