「いばら?」
「そう、いばら」
私の声の後に、オウム返しのように声を繰り返した。「どういう意味ですか」と声に出さなくても、私の顔に出ていたのか、彼女は私から視線を逸らす。
「だから、もう近づかない方がいい」
「それってこの傷と関係があるんですか?」
「……」
近づかない方が正解と、決めつけたような言葉足らずの答えで彼女は満足をしたのか、私と会話することもないという態度で外の景色を眺めた。
同じことを聞いても彼女は、言葉にしないだろう。帰る気にもなれない私は、彼女と距離をとって隣まで歩く。
彼女の隣に行くと、彼女は特に否定をしないので私も屋上の外を眺めることにした。
見えたのは、ちょうどグラウンドだった。部活動の昼練習をしている人や、隣でクラスメイトと遊んでいる人。木陰で友人と楽しそうにご飯を食べている人。いろいろな人がそこに詰まっている。
ここから見える景色は、みんなが楽しい様子をしていて、学生らしさを全開にしている。
自然と私の口角が上がっていた。この景色が私は好きだから。
彼女はどんな表情でみんなを見ているのか気になって横を振り向くと、彼女は真剣な表情でそれらを観察していた。
風が吹いても、目を離さずに真剣に。その姿に私は覚えがある。
「あの、いつもここにいるんですか?」
返事を返してくれないのは分かっていたが、私はまた彼女に声をかけた。今度は違う言葉を口にしたから答えてくれるかもと、思ったが結局グラウンドからの聞こえる声だけで、彼女から反応はない。
「もしかして、ここにいるのってこの景色を見るから……ですよね?」
それならと、私がそう口に出すと彼女は「別に」と私に不機嫌に反応し、小さく呟いた後に、扉の方へ体を方向転換をする。
「……もう、あなたのお礼は十分に伝わったから」
この言葉は彼女からの明確な拒絶のサインだ。
「待って!」
声は多分、彼女まで届いていけど、彼女は無視をして扉の先の自分の教室に帰って行く。
私は彼女の姿をただ見ていることしかできなかった。
――
「いきなり、走り出してどうしたのよ」
結局、自分の教室に戻ったのはお昼休みが終わる時間帯になっていた。
今日は本当に時間がギリギリになることが多いと、他人事のように思っているとアヤメが私の机の前でしゃがんできた。
「あはは、ちょっとね」
「あんたまさか――」
「お手洗いに行ってた」
昼の話題のことを思い出したのか、アヤメが心配してきたので心の中でごめんと謝りつつ、隠し事をする。
「……うん」
アヤメは私が嘘を言っていないと思ったのか、素直に納得をしてくれた。
「でも、無理だけはしないでよ」
「私、頑張る」
「はぁ?」
回答になっていない返しに、私が思ったままの反応をしてくれたアヤメを見れて、頑張ろうと決意をした。
――
「こんにちは。今日も来ました」
「……」
次の日、お昼ご飯を食べた後に昨日と同じ位置で彼女はグラウンドを眺めていた。
隣まで行っても彼女の目には外しか映っていない。私はそこにはいない。
昨日と同じく、私も無言になって彼女とグラウンドを眺める。
「あそこのクレープ屋さんが」
「……」
彼女は話してはくれないが、話を聞いてくれるのは分かっていたので、今日はとにかく私から話しかけることにした。
嫌になったら彼女の方からどこかに行くと思うから、話を聞くことは嫌じゃないらしい。
「週末は何かするんですか?」
声をかけたら結局無視をされたけど。
「今週もいい天気が続くらしいですね。」
「……」
週の開けになっても彼女は同じ場所に立っている。
正直、晴れでよかったと心の底から安心をしていた。雨の日に彼女がどこに行くのか知らないし。アヤメにこれ以上聞いたらきっと彼女と会っていることがバレるだろうから。
「それで、それで、この前読んだ小説のラストが衝撃的で! ちょっと文章が加わるだけで印象が違うの」
「……」
今日も私一人、話しながら彼女は遠くを見ている。
――
「……また来たの?」
彼女に話しかけてから数えてちょうど六回目。水曜日のお昼休み。いつもと同じ扉を開くと、彼女がいつもと同じ場所に立っている。
彼女の隣まで歩いて、私の特等席になった位置まで行くと彼女からあきれた様子で、久しぶりに話しかけてきた。
「お礼がしたいです」
「だから――」
「――この前も言いましたけど。お礼は素直に受け取った方がいいですよ」
私が前と同じことを言うと、彼女も同じことを返してきたからそれに被せる。
「十分伝わった」
「お礼をさせていただけないなら。明日も明後日も、明明後日は……休みですけど。とにかく毎日! 毎日私が来ますから」
金属が何かとぶつかる音が鳴り響いた。音に続いて男女含めたグラウンドにいる生徒が盛り上がる。
砂をかき分ける音が、その声たちの隙間から実際は小さい音のはずなのに、それよりも大きく聞こえた。
周りは騒がしいのに、屋上だけの小さな二人だけが沈黙。
「はぁ」
沈黙は彼女の方から破った。ため息をして、面倒くさいような目をしながら今日、初めて私を見る。
「させてくれるんですか?」
「……しつこいから」
「それで?」と付け足した彼女は私に投げかけてくる。
付け足した言葉はきっと、お礼の内容を知りたいんだろうけど。
「えーっと」
「決まってなかったの?」
「だって、何が好きなのかとか分からなかったし」
私が訴えるようにそう言うと、彼女は沈黙とは違う静かさを一瞬だけ出した後、すぐに私の目を見た。
「……クレープ」
「クレープって、この前」
この前、彼女に話したクレープ屋さんのことだろう。
やっぱり彼女はちゃんと聞いてくれていたんだ。
「放課後。人がいなくなったら裏門で」