校門の正門の反対にある裏口、つまり裏門は正門と比べてバス停がなかったり、グラウンドからも遠いせいか近づく生徒は表門に比べて圧倒的に少ない。
「お待たせしました」
「……別に待ってないから」
裏門の内側に鞄を持った彼女が、他の人から隠れるように立っていた。そんな彼女に私は声をかける。
待ち合わせられたのは終業のチャイムが鳴った一時間半後、ほとんど人のいない裏門での待ち合わせは、彼女にとっては都合がいいみたいだ。
そしてクレープ屋さんも、普段は不便だけど、裏門から出て行った方が近くて、今日に限っては都合がいい。
「それじゃあ、行きましょうか」
小さく頷いた彼女を見てから、場所の知っている私が少し先導する形で並んで歩き始める。
「来てくれてありがとうございます」
「……」
「すごく嬉しいです」
やっぱり無言の彼女に話しかけながら、もしかしたら、来てくれないかも、と。直前でドタキャンされるかもって少しだけ考えていたけど、彼女はちゃんと来てくれたのが私は嬉しかった。
ふと彼女の顔を見た。
冷たいとも見える顔つき。さらりとした綺麗な長い髪は、髪の短い私には羨ましく思える。彼女が無表情なのは初めて会ったときとほとんど変わらない。
彼女はやっぱり、私が嫌いだからついてきてくれているのかな。
ただ、お礼をしたい。ただ、お礼をされて早く解放されたい。
私たちはそれだけの関係で成り立っている。
また明日って私が言っても、彼女が距離を置けば、簡単にその明日がなくなってしまう。
クレープを食べ終わったら彼女との関係は――
「あそこです」
そんなことを考えていたら、時間がかなり経っていたらしく、目的のクレープ屋さんがあった。
赤色と少し古く見える色で塗装された、出っ張りのある天井のあるキッチンカー。
手前側にクレープのメニューの書かれた看板の黒板が車の前に立っている。周りには買ってからすぐに食べられるように白いテーブルが四つ。
注文をしていたらしいお客さんがテーブルにつくと、ちょうど一つだけテーブルが余っている。
「ここが?」
「注文をしに行きましょうか」
一直線にキッチンカーに進んでいく。キッチンカーの中には、この前来たときと同じ、真っ白い服を着た男の店員さんが立っていた。
「こんにちは、注文いいですか?」
「いらっしゃい。いいよ……って先週のいちごのチョコを頼んだ学生さん?」
「覚えてくれていたんですか?」
来たのは一回だし。それに、お客さんもそこそこ来るのにこの店員さんは覚えていたらしい。
「あんなに美味しそうに食べてくれたからね。覚えていたよ」
「だって、すっごく美味しかったんですもん。今日も同じの頼もうかなって」
「そっか、ありがとうね。そっちのお嬢ちゃんはお連れさんかい?」
店員さんの目の先に振り返ると、眉間にしわを寄せて、じっくりとメニューを見ている彼女がいた。
少し意外だった。メニューはすぐに決めそうと思ったのに。
「何か食べたいクレープ、ありましたか?」
「……」
数歩下がって彼女の横に来ても、彼女は何も反応をしない。それくらい集中をしているらしい。
「クレープ屋さんに来るのは初めてなんですか?」
口に出した後に、しまったと後悔をする。人によっては、かなり失礼な質問だったかもしれないから。
「昔、一回だけ来たことがある」
けど、その質問に彼女は怒っていない。
ぽつりぽつりと、彼女はなぞるように昔を思い返して、それでいて大切な物を遠くからもどかしく眺めるような、そんな顔をしながら見ている。
「そうなんですね」
「だから懐かしく思った」
「そのときは何を?」
「たぶん、クリームのいちご……いやバナナ?」
ぼんやりとした考えてしばらくしたら「……やっぱり、任せる」と、諦めた表情で私に言う。
「分かりました。じゃあ、先に椅子で待っていてください。私が注文しときますので」
「うん」
「いちごチョコとバナナでいいかい?」
彼女が空いているテーブルまで行くのを確認してから、私がキッチンカーまで戻ると、会話が聞こえたのか店員さんは優しい笑顔で注文を確認してくる。
「ううん、普通のいちごとバナナでお願いします」
「はいよ」
お金をトレイに置くと、店員さんはそれ以上は何も言わずに丸いプレートに生地を流し始めた。
そこからいちごとバナナを一つずつを魔法みたいに早く、けど丁寧に包んで作り終えた。
「料金ぴったり。また、来てくれると助かるよ」
「はい、来ます。ありがとうございます」
クレープを持って、椅子に座っている彼女にバナナの方を渡して、向かいの椅子を引いて腰を下ろす。
「いただきます」
「……いただきます」
「うんっ、美味しい」
早速、一口食べる。
クリームの甘さといちごの甘酸っぱさが口の中に広がって、甘すぎず、けど酸味がちょうどよく甘さで緩和されていて、ずっと食べても飽きない味だ。
「……んっ」
私が食べたのを見て、続けて彼女もバナナのクレープを一口食べて、それから二口と続けた。
「はい」
私は三口目を食べる彼女に、自分の手に持っている、いちごのクレープを近づける。
「……これは?」
「いちごも食べてください」
「でも、それはあなたの分」
「いいんですよ。お礼でここに来たんで……はっ! もちろん嫌だったらいいんですけど」
言葉にしてから気がついた、私が口にしていない部分を食べても間接キスみたいになっちゃうからそれで彼女は嫌がっているのかも。
「食べる」
「あっ」
ちいさなモヤモヤを考えていると、彼女が私の持っているクレープをパクリと一口食べる。
それから小さく咀嚼して、ゴクンと喉を揺らした。
「……ありがとう」
「よかった」
「ん」
「えっと」
私のクレープを引っ込めると、代わりに彼女から差し出された。食べかけのバナナのクレープを。
「食べていい」
「でも」
私が彼女にお礼をしに来たのに、彼女から貰ったら意味がないんじゃ?
「さっき、くれたお礼」
「……それなら、いただきます」
自分でもよく状況がつかめないまま、けど断ることもできなかったので、差し出されたバナナのクレープを食べた。
甘い。バナナのトロリとした果肉は十分に熟されて、いちごとは違う甘さが口の中で混ざり、こっちも飽きない味で本当に食べやすい。
「美味しかったです」
無言でジッと見てくる彼女。もしかして、私に違う言葉を求めている?
「ありがとうございます?」
「よかった」
これが正解だったらしく、彼女はそのまま一口自分を口に運んだ。
――
私がクレープを食べ終わった頃には、客は私たち以外いなくなっていた。
「どっちを食べたか思い出せましたか?」
「分からない」
何となく気になったことを聞くと、彼女はきちんと私を見てから答えてくれた。
「そう……ですか」
残念だ。今日ここに来てくれたのは、きっとクレープに思い出があったからだと思う。そうじゃなきゃ、彼女は楽しくなかったんじゃないか。
最後の一欠片を口に運ぶ。小さく唇を動かして。
「……けど、おいしかった」
しばらく時間を空けた後、彼女は口を開いた。
ぱっと見ただけじゃ、気づかないような控えめな笑顔。それでも、私が初めて見た彼女の笑顔には違いない。
「よかったです! ……っいったぁ」
「だから、触らないで」
「あはは、つい」
ついつい浮かれて伸びてしまった私の手。指先を見ると、彼女に触れてしまった箇所にはここ最近で見なれた傷が新しくできていた。
私を悲しそうな目で彼女は眺めている。
「本当なんですね」
「……?」
「触ると怪我するのって」
治りかけの手の平の傷と今できたばかりの傷を見比べる。三つとも彼女を触ったことでできている。
新しくできた傷を冷静に見て、今起こっていることと先週起きたことが本当なのだとやっと自覚できた。
「やっと近づく気はなくなった?」
「いや、ぜんぜん?」
私が軽く言うと「そう」とだけ彼女は軽く返す。私のことも十分に慣れたみたいな自然な反応。
屋上じゃ見れない、彼女を今日はいっぱい見れた。
彼女の歩く姿。彼女の悩む姿に美味しそうに食べる姿、それに、彼女の笑う姿。
――やっぱり私は彼女のことをもっと知りたい。
「けど、私たちお互いの名前も知らないんですよね」
ぼんやりと考えていた口に出すつもりのなかった言葉。それでも、抑えきれなかったのか口に出てしまった。
「名前?」
「そうです。私たち自己紹介もしていなかったですし」
「……すればいいじゃん」
「えっ?」
「自己紹介くらい」
ポカンと私が固まっていると、彼女は首をかしげるのが視界の縁で映る。
「そっか、そうですよね」
「……?」
してもいいんだ。
「私は麦野曜花って言います。一年です」
「私は……」
少し息を吸って、深く息を吐く。
「茶原。同じく一年」
その後に彼女は短く、自分の苗字だけを吐き出した。けど、それでも私にとっては第一歩だ。
それよりも気になる単語が聞こえた。
「……えっ、同じ一年なんですか?」
「そうだけど?」
「あはは、そう……なんですね」
私よりも大人びていたりしていて、てっきり一つ上の先輩だと思っていたから、やっと彼女のことを少し分かったのに……何か気まずい。
「それじゃあ、今日はこれで終わり」
彼女は鞄を持って席を立つ。
そうだ、今日はこれで終わり。それは私たちの縁が切れるということになる。
「あのっ、また明日もお昼休みにお邪魔してもいいですか?」
また明日。
慌てて口にしたのは、ずっと彼女に言いたかった言葉。お礼はできた。もう、彼女とのつながりはこれで終わり。
だから、彼女が駄目と言うなら諦め――
「好きにすれば」
ぷいっと、顔を背けながら。今日初めて私は彼女の隣にいる許可を獲得した。
「あと、敬語はなくていい」
「はいっ」
「……それ敬語じゃ?」