「行ってくるね」
屋上の彼女と遊んだ次の日の昼休み。
ビニールをくしゃくしゃと、一つにまとめ立ち上がる。立ち上がりながら時計を見ると、今日も屋上に行くのには十分に時間があった。
「曜花。待ちなさい」
私が最近の日課をしようとすると突然、隣の席に座っていたアヤメが私を見上げている。
それも、ひどく納得していない表情で。
「どうしたのアヤメ?」
「とりあえず座って」
私を止めると、アヤメはそっと椅子の方に指をのばして、上下に小さく運動を、それこそトントンと鳴りそうな動作をした。
「どうしたの」
「あんた、いばらと会ってるんでしょ」
立ち上がった私が座ったのを見ると、黒板に正確に正解を書いて、先生にどうせ合っているだろといった感じの自信満々な感じで言ってくる。
「……何のこと?」
「昨日の放課後。どこに行っていたか説明してくれる?」
「き、昨日はそのまま帰ったよ? もちろん、家に!」
「ふーん、そうなんだ」
よかった、このまま騙されてくれ――
「じゃあ、どうして昨日の放課後に曜花は裏門にいたのかしらね? あなたの家は正門の方がちかいのに」
「あはは、えっと。その」
――ないみたいだ。
昨日の放課後、彼女と待ち合わせしていたところを偶然見られていたらしい。
ジロッと上半身を持ち上げて、私の顔を下から、それから上からと色んな角度から眺めてくるアヤメの視線を避ける。
「……やっぱり。だと思った」
「えっと、何がですか?」
「最近、あんたの様子がおかしかったから、昨日途中まで後つけてたの」
「後をつけていたって……え? ほんと?」
つまり、昨日見られたのは偶然じゃなくて、アヤメが私のことをストーカーして来ていた、いわば必然だったらしい。
「そ、まあ。どっかの誰かさんは全然気づいてくれなかったけどね」
「もしかして、一緒に遊びたかった? もう、仕方ないなぁ、だったらアヤメも今度――」
「――ねえ、曜花、真面目に話を聞いて」
ドンっ、とまではいかないけど私には十分に聞こえるくらいの、音の大きさで机を叩く。流石、アヤメと言ったところか私以外には迷惑をかけたくないらしい。
「昨日遊びに行ったけど別に怖い思いとかしてないし」
「怖いとかそういうんじゃない。彼女は危なの。あんただって彼女の噂は聞いてるでしょ? もし、曜花がそんな危険な目に」
「大丈夫だって。噂が一人歩きしてるだけ。アヤメは心配しすぎだよ。ほら、怪我だってないし」
「うそつき」
ぼそぼそと何かを言ったのは聞こえたけど、それ以上何も聞こえないし、アヤメも話す気はないみたい。
「とにかく、私は行くから」
「ちょっと、待ちなさいって曜花」
私は彼女の前から走って去った。
これは決して逃げたんじゃない。戦略的撤退ってやつだ。
――
「……はぁはぁ、ごめん。遅れちゃって」
「別にあなたのことは待ってないけど」
駆け上がった階段の先には、いつも通りの彼女がいつも通り外の景色を鑑賞していた。
けど、今日は私の方に耳を傾けてくれている。
「今日はどう? なんか面白いことあった?」
「……」
「もう、昨日遊んだ仲なのに」
「遊びじゃなくてあれはお礼でしょ?」
昨日までと変わらない他人と壁を感じている彼女がいる。それで、昨日までとほとんど変わらず突き放される私もいた。
けど。
「茶原さん」
「なに?」
「茶原さーん」
「なに」
「茶原さん!」
「……なに」
「えへへ、呼んでみただけ」
名前が呼べる。彼女の名前を言える。それが心地良い。それが私が彼女に近づけた証みたいなもの。
「茶原さん」
「……」
また、からかわれるだけだと思って、今度は興味なさそうに無視をされる。けど、今度はきちんと言いたいことがある。
「どっかの放課後、遊びに行かない?」
「……お礼は終わったはず」
「いや、私が普通に茶原さんと遊びに行きたいと思って」
「何で私と?」
何でって聞かれると答えづらい。うーんと、頭を抱えて言葉を探す。気持ちを形に、言葉にするのは難しい。
強いて言うなら。
「楽しかったから?」
「楽しい?」
「だから、また行きたいなって」
「私と……いて?」
「そうだけど」
「……へんなの」
「へんなのかな?」
小さく頷く。当たり前だ、と言っている。だから、私は笑った。
「……あ、そうだ。今度は私の友達も連れて行っていい?」
「友達?」
「そう、すごくいい子だから。茶原さんともすぐに仲良くなれると思う」
教室に置いてきた彼女の姿を思い出す。
きっと今もむすってしていて――
「あー、今日。友達を怒らしてから来ちゃったから早めに帰るね。じゃあね、また明日」
「……また……明日」
これも前に進めたことの一つ。返してくれた言葉に満足して改めて、バイバイと手を振ってから私は駆け足で教室に戻っていく。
結局、教室に帰って謝ってもアヤメは許してくれなかったけど。