「ねぇねぇ、アヤメ」
「どうしたのよ」
私が彼女と……麦野曜花と出会ったのは中学生の頃。本当に偶然でもしも、中学生の間に知り合えるきっかけがなければ、私は曜花と仲良くなることはなかったと思う。それくらい私と彼女は性格が違った。
ページを捲る。ページを巡る。ページを探る。
中学生の頃、常に本を読むことしかしていれば小学生の頃に比べて少ないが、自然と周りの人は離れていく。まあ、正しい生き方だ。
だから、私は他人のことを嫌いになったりはしなかった。むしろ、そんな人間から離れていく人間の方が頭がいいと今でも普通だと思っている。
でも――
『西川ちゃん。何を読んでるの?』
『ねえねえ、西川ちゃん』
『西川ちゃん――』
とんでもない馬鹿が一人だけいた。
『あのさ、私は本を読んでいるんだけど』
『やっと反応してくれた!』
『だから――』
『ねえ、何読んでるの?』
『……斜陽』
一つ反応すればもっと馬鹿になり。二つ返事すれば仲のいい知人で、三つも言葉を口にすれば彼女にとっては友人になる。彼女はそんな人間。
そんな人間は嫌いだ。
『ねえ、アヤメちゃん!』
『なに、麦野さん』
嫌いだ。
『えへへ。かわいい犬。あっ、そうだアヤメちゃんは犬と猫どっちが好き?』
『……どっちかと言うと、猫の方が好き』
『そっかそっか』
きらいだ。
『アヤメちゃん、どっか休みの日に遊びに行かない?』
『……いいけど』
『やった』
きらい……なはずだ。
『曜花今度、どっかに行かない?』
『えっ?』
『私なんか変なこと言ったかな?』
『ううん、じゃなくて成長したなーって思って』
『はぁ?』
『アヤメから初めて遊びに誘ってくれたから』
きらい……じゃ……ない?
気づいたら、多分私は彼女のことを嫌いじゃなくなった。
綺麗な人間、彼女は本当に。私とは違って、好きなことが出来て、好きなことが分かってそんな、誰からも羨まれる生活をしていると勝手に思っていた。
だから、彼女が呟いた言葉を私は今でも忘れられない。
『私さ――』
「今日の体育、体育館の工事で隣のクラスと同じなんだって」
「へぇ、そうなんだ」
ぼたんを外して布のすれる音。白シャツを脱いで、紺色をベースにした体操服に体を通す。裾に名前が刺繍されていて私はそれを気に入っていた。
「よし、行こっか」
ガヤガヤと教室で着替えていた人が集団で階段を降りて、それに続いて私たち二人もその集団の後ろについて行く。
「そういえば知ってる? 隣のクラスに例の人が」
「あー、なんか危険な人だっけ。そういう人とは組みたくないなぁ」
「ね、ね。間違っても組みたくないから先に組んどこうよ。」
「おっけー」
「……」
「どうしたのよ、曜花」
前の集団から聞こえてきた声に暗い顔をした曜花にとぼけた感じで声をかけるが、実際には。曜花は最近、噂の『いばら』と呼ばれる人と遊んでいる。だから彼女は暗い顔をしているんだと思う。
校庭に着く頃、暗かった曜花がバッ、と顔をあげ私を申し訳なさそうに見る。
綺麗な目だ、少し色の抜けた灰色に近い黒色の目。肩より少し上に切りそろえられた、目と同じ灰色の髪の毛。
「……ごめん、アヤメ」
「なに?」
分かっている、この先彼女が何を言うか。
「今日の体育、他の人と組んでいいかな?」
ほら、やっぱり。思った通りだ。何となく分かっていた。
「その他の人が嫌がったらどうすんの?」
「ひたすら……お願いするとか?」
「……はぁ。行っていいわよ。どうせあんたは言うこと聞かないんだし」
「ほんとう? ありがとう」
本当は私が曜花と組みたいだけのくせに、何で私は他人が嫌がるかもしれないって、自分が嫌われないような下手な保険をかけてしまっているんだろうか、情けないとはぁとため息が出てきた。
私とは正反対の表情で、私から離れて行く彼女の先には件の彼女がいた。
見るのは初めてだ。この前、といっても一昨日。後をつけたときは曜花しか見ていなかったから、実物を見たのは今日が初。
緑の髪で、見るからに私暗いですよと言わんばかりの顔つき。
「ほら、言わんこっちゃない」
話して、向こうが嫌がっているのに曜花が無理矢理、組になった。それが昔の自分と昔の彼女の姿で重なって見えて、心のどこかで納得をする。
彼女らしい。出来損ないの、人に優しすぎる太陽。そんな明るさを彼女は持っている。それが、変わらないんだと。
「なに、あの子。いばらと仲いいの? あの子も変なやつなんだろうね」
だから。
「……ねえ、あんたたち」
だから、曜花を馬鹿にする人が許せない。私の大好きな太陽を汚されたんだ。
どこにでもいる三人組の女子だった。一人一人の名前を確認しても誰のも見覚えはない。
その中の一人にクラスも違うのにどこかで見覚えのあるような気がしたけど、同じ学校だしすれ違ったこともあるだろうと、気持ちを切り替えていく。
「何あんた」
「ぱーちくうるさい」
「はぁ? 何それ、だから何? 何が言いたいわけ?」
「嫌いだったら直接彼女に言ったら? ……あぁ、なるほど。そんなことも言えない臆病者なのか。だから、噂しか出来ないんだもんね」
「……っち、変なやつ。……行こ行こ。こいつもあいつらみたいに小学生の時からおかしかったから」
あぁ、そうだ思い出した。こんなやつと小学生から一緒だったんだっけ。そういえば中学の頃はクラスはずっと違ったなと、何のためにもならないけど薄皮一枚分の納得をする。
「どっちがおかしいんだか」
その後、私と同じで余った人と私は組んで、ちょくちょく彼女の様子を確認をした。
楽しそうに笑う彼女を見てほっとすると同時に、どうしても目に入るのは彼女の手にある傷の跡。
あの傷たちは曜花が屋上に行った日の朝から急に増えた傷だ。それで、屋上から帰ってきた時にも傷が一つ増えている。それから一昨日。
「私にうそをついてまで仲良くなりたかったんだから頑張りなさいよ」
『――小学校に行けなかったんだよね。病気でさ』
きっとこれ以上、彼女が傷ついたら、私は彼女のことすら許せなくなると思う。