いばらひめ様の仰せのままに   作:†デストロイヤー井上†

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女の子と先生

 

「今日の授業はこれで終わりますが、チャイムが鳴るまでは教室から出ないでくださいね」

 

 いつもの通りの調子で始まった理科の授業は、年齢よりも若く見える先生が決まって優しい言葉で終わる。黒板に書かれた文字は大きく、まだ消さないでくれていた。

 

「あ、そうだ。麦野さん」

 

 普段から早めに授業を切り上げる先生は別に手を抜いているわけではない。授業後は生徒の疑問を答えていたりと優しい先生なんだ。

 

 だから急に、私とアヤメをしかも、私だけ見て、声をかけてきたことは一度もなかった。

 

「……どうしたんですか先生?」

 

「麦野さんは今日、放課後空いているかな?」

 

 温厚、平和、優しい。先生に求めている全てが詰まったような先生が、放課後に私を呼び出すのは絶対何か間違っていると思う。

 

――

 

「失礼します」

 

 ネームプレートに『生徒指導室』と書かれた扉に三回ノックをすると、中から「はーい」と力の抜けるような優しい返事が返ってくる。

 

 誰も周りに生徒がいないことを確認してから、扉を開けて素早く部屋に入り込んだ。

 

「いらっしゃい」

 

 出迎えてくれたくれた先生は、生徒指導室とは思っていたことよりも対照的なイメージで、優しく明るい口調の先生が部屋の奥の椅子に座っている。

 

 入り口の横には観葉植物が置いてあり、中もさほど殺風景ではない。

 

「ごめんね、急に呼んじゃって。別に指導するつもりはないんだよ。ほら、そこの席に座って」

 

「はい、失礼します」

 

「紅茶もあるから、ぜひゆっくり飲んで欲しいな……一応他の先生には内緒でお願いね?」

 

 渡されたマグカップから湯気がふらりと空気に混ざっていく。私はただぼーっと見ていることしかできない。

 

「あぁ、ごめんごめん。僕が指導じゃないって言っても、信じられないよね。けど、本当だよ。麦野さんは、遅刻も規則をやぶったこともゼロ。生物の授業も平均点よりは低いけど特別悪いわけじゃない」

 

 「まあ、個人的にはもうちょっと頑張って欲しいとは思うけど」と、いつもの明るい口調で笑っていた。

 

「はぁ」

 

 なら、余計に私を呼んだのかが分からない。

 渡されたバラの絵が描いてあるカップに口をつけて傾ける。けど、変に緊張しているせいかあんまり味が分からないけど。

 

「ただ、個人的に聞きたいことがあってね」

 

「聞きたいこと……ですか?」

 

 成績でもなければ、規則でもない。特別先生と仲がいい訳でもない私に聞きたいことなんかあるか?

 

 「えっと」と、言いづらそうにした後に一口紅茶を飲んだ後にゆっくりと私を見る。

 顔にいつもの笑顔はない。つられて私も先生と向かいあう。

 

「君が……茶原と仲良くしているっていう、噂があるんだけどそれは本当かな?」

 

「え?」

 

「教師としては、あまり生徒の交友関係の話は言いたくないんだけど、これだけは聞いとかないと」

 

 マグカップはもうぬるい。私は液体を全部、飲みきった。

 

「それは茶原さんともう会うなってことですか?」

 

「そうだね、なるべく関わらない方がいいのかも」

 

 優しい先生のはずだ。私も何度もそう思ったことがある。生徒のことを第一に考える優しくて先生らしくない先生らしい人。

 

 それなのに。

 

「おかしくないですか?」

 

「なにがだい?」

 

「茶原さんはいい人です」

 

 私を助けてくれた。

 

「よく笑って、なんだかんだ付き合ってくれて。普通のどこにでもいるような人間で、彼女は私の友達です」

 

 私と遊んでくれた。

 

「だから、たとえ先生でも彼女のことを貶すなら私は許せません」

 

 そんな優しい人を、貶されるのは私は許せない。

 

「それが、麦野さんの答えかい?」

 

「はい」

 

 部屋が静かになった。私のマグカップには残っていない先生の液体は、完全に冷え切っている。

 

「……ふふっ」

 

「?」

 

「そうなんだ。麦野さんみたいな子とも友達なんだ。やっぱり子どもの成長はやっぱり早いね」

 

 残っている紅茶を飲みきった先生は真剣な表情のまま、優しい口調に戻った。

 

「うん。ありがとう麦野さん。やっぱりあの子のこと、麦野さんにまかせたいな」

 

「それってどういう――」

 

 私の感じた違和感の正体を聴こうとすると、外からやって来たノックの音に遮られてしまう。

 

「すみません茶原先生。ちょっと聴きたいことがあって」

 

「……えっ?」

 

 部屋の外から入ってきたのは、最近私にできた友達の名字。

 私以外にこの部屋にいるのは目の前にいる先生。

 

 つまり。

 

「いま行くので、少し待ってください。ごめんね麦野さん。本当はもっとお話を聴きたかったんだけどね」

 

「いえ、大丈夫なんですが」

 

「うん?」

 

「あの、茶原さん……ええっと、先生のことじゃなくて」

 

 つまり、彼女と目の前にいる先生は少なくとも赤の他人じゃなくて知り合い、しかも多分かなり親しい、だから、先生は私じゃなくて彼女のことを心配していたんだ。

 

 うまく言葉に落とせない。というよりも、さっき私が勘違いをして声を荒げたことが今になって恥ずかしい。

 

「親としては、僕はダメなのかもしれないけど。どうか、あの子のことをよろしくお願いします」

 

「言われなくても、友達ですから」

 

「……そっか、そうだね」

 

 部屋から出る前に言われた質問に自然とでた言葉は、先生が笑顔になった。今見る先生の笑顔は、いつもよりも柔らかい笑顔な気がした。

 

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