その女〝動物好き〟 - the another order - 作:浅学寺のえる
白い光に包まれた。
純白に染め上げられたような感覚───ちがう。
染まったのではなく、抜け落ちたんだ。
これは、漂白。
頭の中が──記憶が──自身を構成する
何か考えなくてはいけない事があった。
漠然とした使命感だけは残っているけれど、それ以上のことは何も判らない。
きっと、もう思い出せない。
無いものは無い。いま、他に残っているものは───
ふと腕の中に、温もりを感じた。温かく柔らかいものを抱えている。
次第と感覚を取り戻していった鼻は、潮の匂いを捉えだした。
ここで
慌てて目を瞑り直し、ゆっくりと光に慣らしていく。
眼下には、
そこには、見渡す限りの大海原が広がっていた。
-the another order -
此処は? 船の上? どうして、アタシ海にいるんだっけ?
何も思い出せない。自分のことも、腕の中で寝ている 赤ちゃんのことも。
あ、でも遠くで跳ねてる動物は知ってる。イルカだぁ! かわいいなぁ〜。
あれ? すごく遠くにいる筈なのに、どうしてあんなに大きく見えてるんだろう? 遠近法が仕事してないのかな?
待って、待って! さっきから どんどん近づいてきて、どんどん大きくなってる……!?
ってデカすぎるっ!? こんな超巨大生物存在しな──イタっ! 頭が割れそう!?
思い出した!! クジラよりも遥かに巨大なイルカ! ONE PIECEだ!
う、まだ記憶が混乱してるけど! 今は逃げないと!! でもどうしよう!? 船って、どうやって動かせばいいの!?
「わっ!! 待って待って!! ぶつかっちゃう!?」
……っ!
あれ? 思わず目をつぶっちゃったけど、全然衝撃がこない。もしかして止まってくれたの? 助かった〜。
けど、巨大なイルカが急に止まったから、反動で波が起きて船が揺れてきてる!!
振り落とされないよう、何処かに……ううん、それよりも!
「赤ちゃんが落ちないように、おさえないと!」
《わりぃな、お嬢ちゃん》
「何!? 頭に響くような声が聞こえる? 誰!? どこにいるの!?」
《おれだ。目の前にいるだろうが》
「ええ!? 赤ちゃん!? 女の子だと思ったのに、なんでオッサン声なの!?」
《バカだなお嬢ちゃん。赤ん坊が喋る訳ねェだろ? こっちだ、お前らが言う所のイルカだ》
「イルカが喋った!? ああ、アレね! エコーロケーション*1だっけ? ヒトの言葉が分かるなんて、あなた お利口さんね」
《お嬢ちゃんは
あ、行っちゃった。波を立てないように気を付けてくれたのは、ありがたいけど……なんで最後バカにされたの?
とりあえず一難去った訳だけど……これからどうしよう?
少し、整理してみよう。
理由は分からないけど、アタシは記憶を失っていたんだと思う。でも、イルカを見て別の記憶が少しだけ蘇ったんだ。ONE PIECE の記憶……というか前世の記憶なのかな? でも、どちらも断片的にしか思い出せていないみたい。
とりあえず、あのイルカはリトルガーデンに着く前の航海中に登場した筈。信じがたいけど、そうなるとやっぱり此処は ONE PIECE の世界って事になっちゃう。割とハードな世界だった気がするし、少し不安……。
イルカを見た直後は、他にも何か思い出せそうだったんだけど……うっ! まだ頭がズキズキする。多分記憶を思い出してる最中に、エコーロケーションで話しかけられたからだ。まるでテレパシーみたいだったなぁ。
そうそう、こんなとき確かピッタリな表現があったと思うんだけど? 四字熟語だっけ? ちょっと違うかも。
そうだ!!
「こいつ直接 脳内に……!」
「キャッ、キャッ!」
「あ、起きちゃった? あはは、何か面白かった?」
赤ちゃんはご機嫌みたい。この子は、アタシにとって大切な存在。記憶はさっぱりだけど、これだけは感覚で分かる。
でも、この子のゴハンとかどうしよう? あ〜、なんだかアタシも急にお腹が空いてきたなぁ。そこにある船室の中に、ゴハンがあればいいんだけど……欲を言えば、中にサンジが居てくれれば最高だけどね。女の子には優しくしてくれると思うし──── いざ、オープンザ扉〜! はい、誰もいないっ!
知ってたよ、さっきの揺れで誰も出てこないんだもん。
はぁ〜、いい加減 頭痛もマシになってきたし、そろそろ真面目に考えないとね。
船室は此処だけなんだし、この船にいるのはアタシと赤ちゃんの2人だけで確定。
食料は──タルの中に水と果物、パンや干し肉もあるみたい。でも数が少ないから、保って3日ぐらいかな?
もう一つある箱は──哺乳瓶と粉ミルク? 良かった、赤ちゃんのゴハンは数日分あるみたい。でも、ONE PIECE の世界に粉ミルクなんてあったっけ? 思い出せないけど無い方が困っちゃうし、まあいっか。
そう言えば、この子は生後何ヶ月くらいなんだろう? 髪の毛は生え揃ってるけど。あ、それは個人差があるから参考にならないか。って、こんな知識は普通に思い出せるんだ。今なら他にも何か思い出せるかも!
えーと、前世でも赤ちゃんを抱っこした記憶が微かにあるような、無いような? ダメかぁ、これ以上は思い出せない。アタシの記憶喪失って、思ってたより重症みたい。
「あぅ〜、だぁ!」
「よしよし、どうしたの〜? あ、口の中。うーん、歯はまだ生えてないみたい」
そうそう、早い子だと生後6ヶ月くらいで歯が生え始めるんだった! なら、この子は6ヶ月未満かぁ。どうやらアタシの記憶も、今みたいに何かきっかけがあれば少しだけ知識を思い出せるみたい。ゆっくり思い出して行くしかなさそうだけど、少しだけ希望が持てた!
問題は、アタシに赤ちゃんのお世話ができるかどうかだね。
前世の記憶は殆ど思い出せてないのに、何故か結婚してなかった事だけはハッキリ判るんだけど……。
アタシの名前はエイダ──記憶が戻るまで、取りあえずね。
鏡に写る無愛想な女の子は、ONE PIECE で言うなら子供時代のロビンの様な雰囲気なんだけど……さすがにロビンとは名乗れないから。そう名乗っちゃうと、自分をロビンだと思い込んじゃいそう。
もしそれで、なりきりロビンムーブしてる後ろから御本人登場! なんて展開になったら──だめ! 想像だけで〝恥ずか死〟ぬ!!
だから、似た雰囲気のキャラクターがいないかなって考えたら、ふと某ゾンビゲームに出てくる女スパイの名前を思い出せたの。
どうせなら、アタシの本当の名前を思い出して欲しかったけど。まあ、今は前世の名前すら忘れちゃってるからエイダって事で!
あははは、改めて思うと今世と前世のダブル記憶喪失ってヒドイなぁ〜。
よし! 気持ちを切り替えて、船室の鏡をもう一度確認。
着てる服は、半袖で膝丈の黒いワンピース。ああ、それだと紛らわしいね。 そうそう、カシュクール*2ってカテゴリの服だった。
あと、装飾品として白いストーンの付いたネックレスも着けてるみたい。
年齢は多分12歳くらい。表情のせいで大人びて見えるけど、胸がまだ第二次性徴期の始まりたてだと思うし。あ! アタシ……当たり前のように前世も女だったと思ってたけど合ってたみたい。二次性徴とかは経験談っぽいし。ここは推定でONE PIECEの世界だから、成長すればもれなく巨乳になるのかも?
まあ今は置いといて、髪の毛は黒。髪型はショートボブ。うん、まるでロビン。
目は大きくてパッチリとしてるし鼻筋も通ってる、自分で言うのもなんだけど将来美人になりそう。こうして見ると顔立ちは、赤ちゃんと似てるかも? 成長するまでは断言できないけど、きっと姉妹なんだと思う。
そうそう、さっきオシメを替えた時に確認したけど、赤ちゃんが女の子で良かったぁ。男の子だとお世話が大変らしいからね。紙オムツは無かったから、船室にあった布を使ったんだけど。アレもあとで洗濯もしなくちゃ。
よーし! 色々と大変だけど頑張れそう!
この通りアタシの表情筋は固まってて ニコリとも笑えないけど、赤ちゃんは良く笑ってくれるからね。海で漂流中っていう割とピンチな現状だけど、この笑顔だけは救いだなぁ。もし、一人ぼっちで無人島にでもいたら心が折れてたと思う。
「だぁ!」
「んー? どうしたの〜、赤ちゃん? って、名前! そうだよ、確認するの忘れてた!」
こういうのって、さっき船室で見つけた 赤ちゃんの揺かごにネームプレートがあるパターンなんじゃないの?
イタタ……急に、なんとかの大冒険って記憶が浮上してきたぁ。そっちだと、プレートが欠けて頭文字だけしか分からないって話みたいだけど。このネームプレートは4文字だけ確認できてる。
パッと見だと〝
また急にデジャブが……!
そうだった、ONE PIECE には考察っていうものが付いて回ってたんだ。うう、最終回に向けて怒涛の伏線回収があったハズなんだけどスッポリと記憶から抜けてる!
僅かに思い出せそうな記憶もあるんだけど、えーと……ナミっていう名前の由来に関して、いままさに直面してるネームプレートの考察があったと思う。あと、公式でも何かあったような? ナミ出生の謎がどうとかって話。たしか、クリスタルがどうとか。
あれ?
さっき軽く流しちゃったけど、アタシのネックレスに付いてるのってクリスタルだったりする? なんだか見覚えのある形だし。えーと、アバンのしるしだっけ?……いや違う。それは別の物語の設定だ。今は ONE PIECE の記憶を思い出させて! おねがい、アタシの脳!
四郷のクリスタル───4つ揃えばウェザリアの気象システムが完成する。
うぅ、頑張って思い出したけど今はこれが精一杯みたい。ウェザリアってナミが2年間 天候の科学を学んだ空島だっけ? 出生の秘密と関係あるのかな?
取りあえず、まとめてみよっか。
まず見た目が似てる点から、アタシとこの子は姉妹。それで、ナミ出生の鍵となるクリスタルをアタシが持ってるって事は───!
「きっと、あなたはナミ! 今は茶髪だけど、成長したら色素が明るくなるのかもねー」
「あぅ?」
そうなると、原作開始の18年前になるのかな?
え。それだとアタシ原作が始まる頃 アラサーなんだけど……!?
〝アラサー〟
まさか、そんなワードで前世の死因を思い出すなんて。
大好きな漫画〝ONE PIECE〟の最終回が、そもそもの起因だった。大人になってからはずっと電子版の雑誌で読んできたのに、『せっかく最後なんだから久しぶりに紙媒体で読もう!』なんて思うんじゃなかった……。
日付が変わる少し前にコンビニへ着き、雑誌コーナーへと向かった直後。店内なのに、4WDと思われるイカついジープに轢かれたんだ。ホント、そんな車乗っててアクセルとブレーキ間違えないでよ。最近、制御装置だって沢山あるでしょ。
哀れアタシは ONE PIECE が掲載されている大量の雑誌に囲まれて、天に召されたのでした……最終回を読みたいという執念を残して。
享年29歳。
きっとあの時の執念が、アタシをこの世界へ導いたんだ! 今は記憶が混乱して、最終回前どころか原作の知識も飛び飛びなんだけど。折角の機会なんだし、ここで物語の結末を確認したい! こんな所でまた死んじゃうなんて、ごめんだからね。
「だから!! 誰かー!! 助けてー!! 遭難してまーす!」
《へー、そうなんだ》
うわっ寒い返し。いつの間にか、船首に止まってた鳥が言ったみたい……って!?
なんでカモメまで喋ってるの!? 巨大イルカはともかく、カモメまで喋るほど ONE PIECE はファンシーな世界観じゃないでしょ。喋る動物と言えば──
「そっか、カモメじゃなくてアホウドリなのかも! あなた、モルガンズね!」
《アホはアンタだろ。オイラはカモメだぞ》
「カモメ、しゃべらない、どうして、あなたしゃべる?」
《なんで片言になってんだ。アンタあれだろ? 噂に聞く、動物の声が分かるって人間なんだろ?》
アタシにそんなチカラが!? 万物の声が聞こえるって触れ込みのロジャーみたいな力かもしれない!! 見聞色の上位互換だったりして?
あ、今は折角来てくれたカモメさんとの会話中だったね。考察は後で。
「アタシ達、遭難してるの。助けてカモメさん!」
《やっぱアホだな。アンタを助けてもオイラに得がないだろ》
そう言い捨てて、カモメは飛んでいった……フンだけを残して。
シビア! 動物の価値観がシビアだよ! イルカもそうだったけど、カワイイ見た目なのに言ってることが可愛くない! はぁ、前世じゃ動物好きだったハズなのに 嫌いになりそうだよ。
まあ一歩前進したと思えばいっか。
どうやらアタシは動物の声が分かるみたい。
しかも〝聞こえる〟だけじゃなくて〝会話〟が可能。もし動物全般が対象だったら、しらほし姫 や モモの助 を超えるチカラかもしれない!
ここまでチート能力だと、原作でも居なかったんじゃない?…………あ、チョッパー。まあ、チョッパーも魚と海王類は対象外だけどね。
うーん、チョッパーのパターンもあるのかぁ。ちょっと怖いけど、海水を桶に汲んで被ってみようかな?
もしアタシが〝ヒトヒトの実〟を食べた動物だったら人獣型になるかもしれない───!!
うへぇ、しょっぱい! 口に少し入っちゃった。チカラが入らない腕でどうにか水を払って、早く鏡を確認しなきゃ……なぁんだ、アタシは人間だったみたい。むしろ可愛い動物なら大歓迎だったんだけど。ちょっと残念。
でも、体のチカラが一気に抜けたんだから悪魔の実の能力者なんだろうなぁ。考え無しに海へ飛び込まなくて良かった〜。
あれ? けどそうすると、もしかして〝動物と意思疎通するチカラ〟が能力? イルカだけじゃなくて、カモメも脳に直接テレパシーを送ってきてたし。能力はテレパシーによる意思疎通とかかな? なんだか〝悪魔の実〟の能力って考えると、途端にビミョーなチカラに感じてきた……。せめて、お玉ちゃんの〝キビキビの実〟だったらなぁ。問答無用であのカモメに、フンの掃除をさせられたんだけど。
アタシの場合は、同じことをするなら動物と交渉しなくちゃいけないんだ。
交渉かぁ、相手に見返りを提示して要求を飲んでもらう。シビア〜、せっかくファンタジー世界観なのに こんな現実に直面するなんて! もういっそ──
「だれか無償でたすけてー!」
って、そんな都合いい話に乗ってくれる訳ないよね……って! なに? 地震!? 海の上なのに!
嘘っ!? もしかして〝
《ヨホホホ! お困りかい、ベイビーちゃん?》
うわぁぁ!? 船が何かに持ち上げられた!? 何これ、陸地?
でも色が、黒いし……ちょっと青みがかってない? それにさっきの声、ヨホホホって言ってた?
「もしかしてブルックなの!? まさか、この黒いのはアフロだったりする?」
《なんと! ソウルブラザーの知り合いですか! 彼はいまどうしてます?》
「え!? ブルックじゃないの?……ごめんなさい! 彼のことは一方的に知ってるだけで、いまどこにいるか分からないの」
《そうでしたか。いえ、こうして旅をしていれば いずれ巡り合うでしょう。所で、お困りの様ですが事情をお伺いしてもよろしいですか?》
「紳士的! 今までの動物と正反対ね。あ、まずは自己紹介から、アタシはエイダです」
《私はラブーンと申します。愛を
ラブーン!? なんかイメージと違うんだけど! あの可愛いラブーンから、こんなジョーク聞きたくなかったよぉ。