【急募】見知らぬ世界で生きていく方法   作:道化所属

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 全てと言ったなアレは嘘だ。
 一万字近く書いたけど終わらねえので前後半分けます。後半も一万字くらいだと思うので時間がかかります。毎回書き溜め無しはキツイ。しかも明日忙しいから多分月曜日投稿。

 追記 忙しかったのでもう少しかかります


□□□が生まれた日

 

 

 ボロボロのベッドに腰を掛け、日記帳を捲る。

 書いている文字は子供相応のヘッタクソな文字で、読みにくいったらありゃしない。だけど綴られていたその文字は、とても幸せが滲んでいるように思えた。

 

 一ページごとに思い出していく記憶。

 笑顔も、悲しさも、懐かしさから無意識の内に涙すら溢れた。そうだ、此処から始まったのだ。

 

 

 ()の最初の記憶。 

 ラースという転生前の自分の人生は。

 

 

 ★★★★★

 

 

 僕の名前はラース。

 黒髪黒目の何処にでもいるような普通の人間(ヒューマン)。産まれて四歳までの記憶は曖昧で、両親には愛されていた気がする。名前は憶えていないし、顔は今ではぼんやりとしか憶えていない。

 

 そこそこ裕福だったと思う。

 特に本が好きだったから絵本を飽きるまで読んでた記憶がある。絵本じゃ足りなくて英雄譚を母さんに音読してもらったりと、多分幸せな人生を送っていたと思う。

 

 

 だけど……幸せは突如終わりを告げた。

 

 五歳になる前に二人は殺された。

 オラリオではよくあるような闇派閥の快楽殺人か、強盗かは分からない。僕を部屋のクローゼットに隠していたから生き延びた。けど、その後に僕の家は燃えた。証拠隠滅のためか、家は燃えて家族は全員焼死体となった。僕は燃える自分の家から脱出は出来たが、それだけだった。

 

 

 その日、僕は何もかも失った。

 服もなければ金もない、家もなければ家族もいない。

 

 居場所を失い当てもなくオラリオの街を彷徨っていた。

 

 この当時、孤児院なんてものはなく、物乞いをして生き続けた。お金がなくなった時はゴミ箱を漁った。盗むだけの度胸はなかった。殺して奪うだけの覚悟はなかった。でも、死にたくなかった、惨めでも死ぬのが怖くてずっと浅ましくみっともなく生きてきた。

 

 

 そして……限界は訪れた。

 

 雨の日、僕は空腹と高熱で裏路地に倒れた。降り注ぐ雨が体温を奪い、震える体も次第という事すら聞かない始末、薬もなければ食料もない。

 

 

「さむい……」

 

 

 でも、死を乗り切れば幸せな未来が待っているのかもしれない。もう苦しまなくてもいいのかもしれない。不幸の連続続きで嫌になりそうな人生に終わりが来るのならば、それはそれで良かったのかもしれない。気を張っていた力も抜け、僕は意識を手放した。

 

 

 

「ーーーーーー」

 

 

 目が閉じかける前に雨の中に黒い影が見えた気がした。

 

 

 ★★★★★

 

 

 身体が温かい、身体がいつもより軽い。

 あの苦しみから解き放たれたのか、此処は天国にいるのか分からずゆっくりと目を開ける。そこに見えたのは見知らぬ天井、自分にかけられた布団、そして額には濡れたタオルが置かれていた。

 

 

「……い、きてる?」

 

 

 起き上がるが、お腹が空いて力が入らない。

 それでも動ける程度にはなった。此処が何処なのか分からず辺りをキョロキョロと見渡すと、部屋のドアが開いた。

 

 

「目が覚めたかガキンチョ」

 

 

 そこに居たのは白髪の老人だった。

 老人というには厳つく、筋肉もあるから老人と言えるのか微妙だが、多分この人に助けられたらしい。

 お盆に水と鼻をくすぐるような匂いがするお粥がのっていて、小さなテーブルにそれは置かれた。

 

 

「おら、生姜粥だ。食ったら降りてこい」

「えっ、食べて…いいの?」

「テメェの為に作ってやったんだ。冷める前に食え、そして残すな」

 

 

 そういうと老人は部屋を出ていく。

 色々と困惑して、どうすればいいか分からなかったがお腹は正直だった。我慢出来ずに震えた手でスプーンを掴み、お粥を口の中に入れる。

 

 

「おい、しい…」

 

 

 あったかい。くるしくない。

 そう思えるだけで涙が滲んでいた。

 

 

「おいしい…おいしい……!」

 

 

 一口、また一口、泣きながらお粥を食べ続けた。

 死ぬ怖さから逃げられた事に安堵しながら、僕は今を生きている実感を噛み締めていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 老人の名前はガジという。

 此処でパン屋を営んでいるらしく、食材調達の為に買い出しに出掛けていたところで僕を発見したらしい。助けてくれた事やお粥についてお礼を言ったら、助ける気があった訳ではないとガジは言った。

 

 

「人手不足だから体調治したら手伝いやがれ。そしたらあの小さな倉庫部屋と飯くらいは約束してやる」

 

 

 そう言って僕の新しい人生がまた始まった。

 パンを作る事は難しい。ガジに何回も怒られた。時には頭を殴られた。けど、最後まで見捨てるような事はしなかった。

 

 毎日が忙しい。

 朝早く起きてパンを焼き、具材が足らなくなったら買い出し、新しいパンのアイデアの模索、お店の呼び込み担当だったり、これでは放浪していた方が楽だと言わんばかりにこき使われた。

 

 けど、ご飯は欠かさなかった。

 試作のパンは飽きるほど食って、風邪をひいた日には米の生姜粥が出て来て、誕生日には不恰好なケーキを焼いてくれたりしていた。

 

 そしてクリスマスの日には……

 

 

「ガジ、これ……」

「あっ?ああそれか。暇な時に読めよ。夜更かしは許さん」

 

 

 クリスマスには英雄譚が枕の横に置かれていた。嬉しくてはしゃいだら、煩わしいとガジに殴られた。とにかく忙しくて、慌ただしくて、変な新しい人生だと思った。忙しくて死にたいなんて思う事すら与えてくれない。

 

 でも、そんな時間が僕はとても幸せだった。

 

 

 ★★★★★

 

 

「ラース!買い出し行ってこい!!」

「ふぁい……いつものでいい?」

「当たり前だ!四十秒で行って来やがれ!」

「ウソだろ!?まだパジャマだし無理!?」

「だったら寝過ごすなクソガキ!」

 

 

 ガジの拳骨が怖くてパジャマをベッドに放り投げ、全力で早着替えをして、机にあった金の入った巾着袋を持ってダッシュでいつもの買い出し場所へと向かう。全く人使いの荒い事だと言いたいが夜更かししてしまったので今回は僕が悪いし何も言い返せない。

 

 

「……ん?」

 

 

 買い出しを終え、材料の入った紙袋を抱えたまま帰ろうとしたその時、ふと足が止まった。裏路地に誰か倒れている。近づいてみると藍色の髪で綺麗な顔立ちをした僕くらいの女の子。行き倒れか何かか分からないが、近づいて声をかけてみる。

 

 

「おーい、生きてるか?」

 

 

 返事がない、ただの屍のようだ。

 この子も孤児なのか、どっから来たのか分からない。倒れてるなら僕みたいにもしかして熱でもあるのではないかと思い、女の子の額に手を当ててみると、驚愕した。

 

 

「……つめたっ!?」

 

 

 なんだこれ!?冷た過ぎる!?

 人がなっていい体温じゃない、()()()()()()()()……あっ、でも息はあるし鼓動もちゃんとある。

 

 スヤスヤと寝息を立てて眠っているが、裏路地は危ない。目に見えなければオラリオは無法地帯そのもの。裏路地はその代表と言える。僕も何度か絡まれかけてお金取られそうになった事あったし。

 

 

「……仕方ない」

 

 

 僕は持っていた紙袋を口に咥え、少女を背中に乗せて店に戻った。

 

 

 ★★★★★

 

 

「なあ、俺はテメェに材料買ってこいって言ったよな」

「うん」

 

 

 仁王立ちのガジを前に口に咥えた紙袋をそのまま渡す。いつもなら戻ったなクソガキと言ってくるのだが、今回は目を見開いてギョッとしていた。悪びれもせずにとりあえず部屋に女の子を寝かせ、ガジの所に戻ると叫び声が耳に突き刺さる。

 

 

「何でガキを拾ってんだ!?しかも幼女!さっさと元いた場所に返してきやがれ!」

「ネコじゃないんだから無茶言うな!?めっちゃ冷たかったんだから死にかけだと思うだろ!?あと、材料重くてアゴめっちゃ疲れた」

「知るかアホ!!」

 

 

 何処からきたのか、誰なのかすら分からず連れてきた自覚はあるが、死にかけの女の子を放っておいたら呪われそうだったし、良心的にも見捨てる訳にもいかなかった。

 

 

「とにかく、僕の部屋に寝かせるよ。起きて帰る場所があったんならそのまま帰せばいいし」

「あー、こういうのってギルドの管轄にねえの?」

「えっと捜索依頼……ってやつ?多分ない」

「言い切れる根拠は」

()()()()()()()()()

 

 

 家族を持っているなら間違いなく靴を履いてる筈だ。だが、服はボロボロで、顔立ちの良さとは裏腹にあの女の子の服はかなり汚れていた。それに発見した場所が裏路地だ。子供なら誰しもが危険だと大人に教わる裏路地にいた。

 

 

「迷子なら身なりは整ってる。それに裏路地がアブない場所ってのは子供ならみんな知ってる。僕みたいな人以外は」

「コイツも孤児って言いてぇのか?ったく、此処は宿屋でも孤児院でもねえっつーの」

 

 

 ガジはため息を吐くが追い出せとは言わなかった。

 

 

「僕ちょっとギルドの依頼書見てくる。ゆーかい疑惑?になったら困るし」

「さっさと見て戻ってこい。依頼あったら連れてけよ」

 

 

 首を縦に振り、僕はギルドに向かった。

 だが、藍色の髪をした女の子に関する捜索依頼は何処にもなかった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 私は––––どう生きればいいのだろう。

 

 それが私の最大の苦悩だ。

 私の名前はもう、思い出す事が出来ないくらいに消耗していた。

 

 人類の為に戦った、英雄の為に戦った。

 神々の『英雄を助けよ』という神意に応えるように私は生み出され、下界で多くの人を救ってきた。時には怪物を一掃し、時には灼熱の地に冬を届け、時には英雄達の手を取って力を振るった。

 

 それが辛くはなかった。

 命令される事で自分が此処にいてもいいという実感があった。

 

 誰かを助ける為、誰でもいい……救えばきっとそれが私の生きる道となる。だから、いつか終わる混沌の時代に私はずっと直走ってきた。

 

 

 だけど––––そんな日々は突如終わりを告げた。

 

 

 大英雄アルバート。

 人類が決して敵わないと称された黒竜をオラリオから遠ざけるという偉業を為した彼を讃えた神々は下界の地に遊びに来るという名目で誰もが英雄になれる時代を作り上げた。

 

 神時代がやってきた。

 それと共に精霊達の役割は徐々に消えていく。神がいるなら精霊は要らない。役割を失った私達は精霊の祠や住みやすい環境へと移り住む事になった。

 

 

 役割を失った––––神は私の生きる理由を奪った。

 

 

 そして私の手を取ってくれる人は、もう居ない。

 

 

 ★★★★★

 

 

「………ん」

「あっ、起きた」

 

 

 ベッドに座りながら英雄譚を読んでいると、女の子の目が覚めていた。額に軽く手を当てるが、やっぱり冷たい。普通の人間なら確実に死んでいるほどの体温だ。

 

 

「ここ、は?」

「僕の部屋だよ。パンあるけど食べる?」

 

 

 ラッピングされた今日の売れ残ったパンを差し出すと、女の子はクロワッサンを手に取りサクサクとリスのように食べ始める。その様子に思わず笑ってしまう。

 

 

「おいしい」

「そりゃよかった。僕はラース。君の名前は?」

「名前?……名前…わかんない」

「うわっ、思ったより重症。じゃあ何処からきたの?」

「わかんない」

「家族はいる?」

「わかんない」

「何歳かは?」

「わかんない」

「……めんどくさくなってわかんないしか言ってなくない?」

「本当にわからない」

 

 

 分からない事だらけで何も情報を得られなかった。

 何処からきたのかも、家族がいるのかも、名前も何歳かすらも分からないと来た。うん、頭が痛い。

 

 

「私、誰なの?」

「おおう……」

 

 

 これは思った以上に闇が深いのかもしれない。

 

 

 ★★★★★

 

 

「居場所不明、年齢不明、家族不明、名前不明か」

「いやーわかったのは女の子って事だけだね!ウケる!」

「しばくぞクソガキ」

「いや僕も参ってるから」

 

 

 とりあえずガジに報告する事にしたのだが……うん、分からない事がわかっただけで根本的な解決になってない。何もかも分からない少女を僕らはどうするべきか。厄介ごとといえば厄介ごとなのだろうけど、記憶がない少女は正直扱いに困っていた。素直にいないと言ってくれたら楽なのにわからないときたし。

 

 

「しばらく僕の部屋に置いていい?毛布さえあれば床で寝るから」

「正気か?」

「うん」

 

 

 少なからず、記憶が戻るまでとは言わない。

 けど、今あの子は道に迷う子供以上に人生の迷子になってる。なんというか、放っておけなかった。

 

 

「……お前が面倒見ろ」

「分かった」

 

 

 ガジはそれ以上何も言わなかった。

 床で寝れるように毛布と枕は貸してくれた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「ただいま」

「………おかえり?」

「おっ、パンは完食か」

 

  

 お皿に乗っていたパンは見事に完食し、パン屑が口元に付いている。しかし改めて見ると凄い可愛い女の子だな。藍色の長い髪、整った顔立ち、可憐さみたいなものがあってなんというか、上手く口に出来ないけどとにかく綺麗だ。

 

 

「名前が無いと不便だな。何か名乗りたい名前はある?」

「……ない。名前付けて」

「いや…そんな簡単に僕に言わないでよ」

 

 

 名前ってどんな名前がいいのだろう。

 女の子っぽくて、可愛い名前がいいのだろうか。藍色の女の子、人生の迷子少女、迷子、迷子、フラフラ……あっ。

 

 

「じゃあフララで」

「フララ」

 

 

 まあ一応女の子っぽい名前だ。

 意味はアレだけど、名前を思い出すまでの仮の名前だ。丁度いいかもしれない。パンが乗っていた皿を回収し、部屋を出ようとするとキュッと、袖口を掴まれた。

 

 

「ねえ……私はどうしたらいい?」

「えっ?」

「私、どうしたらいいかわかんない。何も」

 

 

 予想以上に深刻だった。

 思った以上に迷子、というよりはやりたい事をやるという人間なら誰しも思う行動がない。まるでずっと何か大義とか使命の為に自分を犠牲にし続けたみたいで、答えを得るために僕に縋り付いていた。ただ拾っただけの僕に答えを求めていた。そうしてほしいと懇願するように袖口を強く握る彼女を見て、僕は手を取った。

 

 

「じゃあ、此処で働いてみない?」

「えっ?」

「此処で働いて、飯を食べて寝る、夢とかそういうのは少しずつ探せばいい」

 

 

 この子は子供過ぎた。

 大人びた僕がおかしいのかもしれないけどフララは子供より子供だ。頼らなければ動けないそんな当たり前の子供なのだ。

 

 

「フララが怖いなら僕が味方をしてあげる。分からないなら僕が分かるくらいの事なら教えてあげる。だから、先ずは生きる事。どうやって生きたいかを探してみよう」

「……それで、いいの?」

「うん」

 

 

 生きる事は簡単ではない。

 けど、先ずは生きる為に努力をしなければ何かをしたいなんて考えられない。僕がそうだったから。まあ此処で生きれば生き方を模索するなんて大変だとは思うけど。

 

 

「改めて、僕の名前はラース。君は?」

「私は……名前は」

「さっき言ったでしょ?」

「あっ、フララ…です。その、よろしくおねがいします」

 

 

 こちらこそ、と言って僕は笑う。

 なんというか……照れ臭いなこういうの。

 

 

 ★★★★★

 

 

「どう、ですか?」

「おお……」

「ん……まあ良いだろう。及第点よりは高え」

 

 

 パン屋の制服に着替えると可憐な看板娘の出来上がりだ。風呂に入れ、身なりを整えれば何処か異国のお姫様のような美貌を持つフララは首をコテンと傾けて僕の近くに迫る。

 

 

「ラース、似合う?」

「似合うって……近い近い」

「オラ、さっさと呼び込みしてきやがれ」

 

 

 ガジが外に押し出すように僕らを外に出す。

 無表情ながらも呼び込みを手伝うフララに惹かれて客が増え、次々とパンを買っていく。いつもは売れ残るはずのパンも、徐々に売れて行き、次第にカウンターのパンは全て消えた。

 

 営業が時短で終わり、ガジはフララの肩に手を乗せ優しく告げた。

 

 

「採用」

「おいこら、僕の時と全然違うじゃねえか」

「お前より使える」

「ぶっ飛ばす」

 

 

 そしてガジとの喧嘩時間が僅かに増えた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 服を脱ぎ捨て、風呂場に入る。

 フララも風呂の使い方が分からないらしいからガジが一緒に入ってこいと丸投げされた。十歳だったら殴れたのに…!身長差が恨めし過ぎた。拳骨一発で僕の方が沈んだ。

 

 

「ったく、ガジめ……」

「大丈夫?」

「平気。つか、フララ風呂でも冷たいんだな。熱くない?」

「平気」

 

 

 シャンプーでフララの頭を洗う。

 気持ちよさそうに目を閉じているけど、洗う必要があるのかと思うくらいに髪がサラサラ。しかも身体が相変わらず冷たい。シャワーの温度で火傷してしまうのではないかと思うくらいに。

 

 

「しばらくは一緒に入るけど、ちゃんと一人で入れるようになれよ?」

「なんで?」

「よく分からないけど、ガジが言ってた」

「うん」

 

 

 そして三十分後にガジが入った時、風呂は微温くなっていたらしい。僕らが悪いわけではないのに何故か怒鳴られた。理不尽過ぎる。

 

 

 ★★★★★

 

 

「んじゃガジ、行ってくる!」

「日没までには帰ってこい。あとフララ、お前も気をつけろよ」

「はい…えと、行ってきます」

 

 

 今日は休日、パン屋で働かずに遊びに行ける日。

 僕はその日にある場所に訪ねる。ウチのパン屋から少し離れた場所の民家の家のドアをノックする。

 

 

「お久しぶりナナさん!」

「おや、久しぶりだねぇラース君。あらま、フララちゃんも一緒に」

「ナナさん……こんにちは」

 

 

 出てきたのは常連のナナお婆さん。

 僕はいつも休日に此処によく本を読みに来る。

 

 

「本読んでいい?この子も一緒に」

「構わないよ。好きに読みなさい」

「ありがとう!行くよフララ!」

「あっ、うん!」

 

 

 そう言ってある部屋まで小走りで向かう。

 向かった先には一つの部屋があり、そこを開くと大きな本棚があって僕はそこで休日にナナさんの許可を貰って本を読み耽るのが趣味だ。そして今日は待ちに待った休日なのだ。時間は幾らあっても足りない。

 

 

「ラース、本好きなの?」

「好きだよ?雑学とか全部本で学んでるし、英雄譚も読む」

 

 

 僕の賢さは此処から来てる。

 自慢ではないけど、僕は読んだものの大体は忘れずに覚えている。知識量だけなら同年代に負けないくらいに、ふふん。

 

 

「英雄譚、好きなの?」

「まあ夢見るよね。英雄になって世界に名前を轟かせてお金持ちになる夢」

「夢…英雄になりたいの?」

「そんな暇はないかな」

 

 

 英雄になってみたいと思った事は無かった。

 英雄になれば幸せになれるのか、苦悩の果てに生きられる人生なら僕はそんなものより毎日を生きられたらいい。

 

 

「それに、なるんだったらガジみたいに手に届く誰かを助けられる人になりたい」

「!」

「そっちの方がカッコいいと思う」

 

 

 あれ、なんかめっちゃ恥ずかしくなってきた。ガジに言ったらニヤニヤと笑われる。本で顔を隠しながらフララを見る。

 

 

「!」

 

 

 そして瞠目した。

 フララの顔は何処か苦しそうな表情をしていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「ありがとねナナさん」

「また暇な日においで、その時はケーキでも焼いて待ってるさね」

「うん。じゃあまた」

 

 

 ナナさんに手を振っていつもの帰り道。フララの顔は曇ったままだ。

 

 

「フララ、大丈夫?」

「…………」

 

 

 フララが此処まで不安な顔をしているのは初めてかもしれない。出会った時以上に顔は暗い。

 

 

「私、ここにいて、いいのかな…」

「えっ?」

「英雄を助けなきゃ、いけないはずなのに……私はどうして」

 

 

 震えて、瞳が揺れて、動揺していた。

 僕はフララの手を握った。相変わらず冷たいけど、動揺してるフララには今必要な行動だと思ったから。

 

 

「落ち着いて、フララ」

 

 

 近くのベンチに座った。

 フララはまだ震えている。自分の冷たさに震えてるわけじゃない、不安な自分に震えているようだった。

 

 

「そんなに、使命がなければ怖い?」

「えっ……?」

「君が普通の人間じゃないって事くらい僕は知ってる」

 

 

 フララが更に動揺した。

 本人にとっては衝撃的かもしれないけど、僕は本当は知ってた。この子が普通の人間……いや、()()()()()()()()()

 

 

「な、んで……」

「君は冷たいから。体質で割り切れる話じゃない。ガジには言ってないけど。多分特別な存在なんでしょ?」

 

 

 あえて何なのかは明言しなかった。

 フララは多分だけど、精霊のような存在なのだろう。英雄譚で出てくるような英雄を助ける神の代行者。それも多分、かなり特殊な存在だ。身体が冷たくて、触れているものが冷たくなるからもしかしたら氷の精霊とかなのかもしれないけど……それは関係ない。

 

 フララはフララだ。

 僕にとって変わらない家族だ。動揺が少しずつ消えてフララは僕に話した。

 

 

「私、本当は全部憶えてるの」

 

 

 フララは全部僕に話した。  

 彼女の本当の名前はヴィルデア。世界に冬を届ける氷の大精霊らしい。どうにも彼女は大英雄に力を貸し過ぎた反動で身体が縮んで知性が一時期失われていたらしい。

 

 僕らと出会った時はまだ失われていた時期だったけど、最近は知性を取り戻し、記憶や力も徐々に戻り始めているらしい。だが思い出した時には神は地上に降り、人間には恩恵を与えていたのを目にして、自分がやってきた事が無意味に思えてしまったらしい。

 

 

「……神様が降りてきて、私は居場所を失った。誰かを助けなきゃいけないのに、私はここにいて」

「神様が降りてきたなら、そんな事考えなくていい」

「でも!!」

 

 

 憶えていたけど、どうすればいいかわからなかった。神様が降りてきた以上、精霊の使命の意味は殆ど無くなる。恩恵とはそれだけ強い力だ。フララはどう生きればいいのか分からなかった。

 

 本当に迷子だ。

 迷子の子供のようにどこに向かえばいいのか分からなくなったのが今のフララだった。

 

 どう答えても、慰めにもなりはしない。

 こう生きろといつも言われて動いてきた彼女に命令してもきっと何も変わらないだろう。それに僕は神ではない。

 

 

「神様が降りてきたから誰もが英雄になれる神時代が始まった。たしかに君はお役御免になったのかもしれない」

 

 

 フララの顔が歪む。

 自分の人生を否定する言葉に冷気が溢れた。

 

 

「でも、君の意思はどこにある?」

「意思?」

「何をしたい?自分で考えて、自分で悩んで、自分がどう生きたい?神の意思とか、使命とか抜きに君がどうしたい?」

 

 

 その言葉にフララの瞳が揺れた。

 使命の為にしか動けない精霊という訳ではない。フララには自我が存在してる。だから考えて、どうしたいかを選べるはずだ。大精霊として生きるか、フララという一人の女の子として生きるのか悩んでいるからきっと不安なのだ。

 

 

「考えた事…ない」

「そうだね。だから今、君は探してる」

 

 

 だったら今から考えて探せばいい。

 あのパン屋で生きてる以上、きっと生き方を探せるはずだ。どちらでも構わない。けど選ぶのはいつだって自分だ。僕でもガジでも、神ですらない。

 

 

「探してるからここに居ていい、縛られなくていい、先ずは自分がどうしたいか生きて探す。それが一番大事な事だよ」

 

 

 そしたらいつか見つかる筈だ。

 自分がどう生きたいのかフララは選べる筈だ。

 

 

「ラースは、どうしたいの?」

「僕?んー、そうだなぁ」

 

 

 夢、というわけではないけど、どう生きたいかと言うのは決まってる。ちょっぴり照れ臭いけど、ありきたりな答えをフララに語った。

 

 

「––––幸せになりたい」

 

 

 僕は多分、その為に生きてる。

 

 

「いつかガジのパン屋を継いで、誰かと結婚して、子供を作って、英雄譚を読んだりお客さんと話したり、僕らみたいな身寄りのない子供を助けたりして、幸せな毎日を生きられたらって思ってる」

 

 

 そして、そうなりたいから今を生きてる。

 夢というほど巨大で、いつか成し遂げてやると思えるような事ではない。けど、ありきたりでもそんな日々を過ごせたらって思ってる。

 

 

「いい夢、だね」

「だろ?あっ、そうだ。子供が生まれた時の名付け親はフララに決めた!」

「えっ!?わ、私名前なんて……」

「いいからいいから、はいあと10秒!」

「うえぇ!?え、えっと……」

 

 

 あっ、ちょっと無茶振りが過ぎたかも。

 頭を悩ませて湯気が出ているように見える。やっぱ無しと言おうとしたその時、彼女は閃いたように顔をあげ、僕に告げた。

 

 

 

「ノーグ」

 

 

 

 その名前に僕は目を見開いた。

 

 

「意味は?」

「楽園って意味」

 

 

 その言葉の意味にとてもしっくり来た。

 僕が生きる未来の子供が楽園の世界であればいい。そんな意味ならとても素敵だ。ノーグ、ノーグかぁ……男の子なら多分その名前を採用しよう。

 

 

「決まりっ!」

「えっ、ちょ!そ、そんな簡単に!?」

「いやフララの時も簡単に決めたし、あとは直感を信じる!」

「ま、待ってってば!?ラース!」

 

 

 夕陽が沈むオラリオの地で、僕らははしゃぎながら帰る場所へと走っていく。僕は幸せになりたいと言った。けど、ガジもいてフララもいて、帰る場所がある今も充分幸せだ。

 

 

 そう、僕はこんな幸せな世界にずっといたかったのだ。

 

 






 次回、イッチの過去最終回。
 
 ★★★★★
 良かったら感想・評価お願いします。モチベが上がります。後半も多分文量一万字なので明日の投稿はありません。待っててね。

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