【急募】見知らぬ世界で生きていく方法   作:道化所属

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 疲れた。明日は休ませて


■■■が生まれた日

 

 

 英雄の道を選ぶ事はない。

 フララはラースを見てそう思った。幸せになりたいと願う彼の意志を何処までも尊重した。

 

 フララ、いや大精霊ヴィルデアには意志がある。遥か昔、自分を生み出した生みの親、神々の使命を護り続け、英雄を救う大精霊として世界に在り続けた。

 

 今は力を失い、体も縮み、どこまでも弱くなった少女に過ぎない。いつか力が戻ったら英雄達を助けなければいけない。終わらない使命を果たす為にラース達から離れなければならない時は来る。

 

 

 けど……それでも初めて思った。

 

 

「(離れたくない……)」

 

 

 まだ力が戻らないで欲しい、とフララは自分に願い続けた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「起きたかクソガキ」

「おはよ、ガジ」

「おはようございますガジさん」

「おう、フララもおはよう」

「おいコラ僕との扱いの差」

「お前はこんなもんでいいだろクソガキ」

「締め落とす」

 

 

 当たり前のように喧嘩が始まり、ラースが負ける。

 大人と子供の差。ジャンプして首に巻き付いて締め落とそうするが、頭に乗ったラースをガジはヒョイッと掴み、適当に放り投げる。

 

 

「ちぇっ」

「オラ支度しろ。呼び込んでこい」

「朝飯なに?」

「そこの失敗作齧ってろ」

 

 

 商品として出せない失敗作のパンを掴み、フララと分けて食べながら着替えにいく。これがいつもの日常、昼休みは朝より少し豪華でその為に仕事は頑張る。そして店が終わったら掃除と明日の為のパン生地を作り、風呂に入って飯を食べて寝るのがいつもの日常。

 

 

「んじゃ、開店!」

「お、おはようございます!」

 

 

 勢いよく扉を開くと待っていた客がパン屋に入り込む。会計をしながら、盗難されないように見張りをするのも二人の役割だ。ガジはパンを焼き続けて、終わったら次の種類のパンを焼く。

 

 ガジのパン屋は近所では人気だ。

 結構常連をよく見かけ、見かけない顔より憶えている人の方が多い程に客足が多い。

 

 

「フララ、悪いけど会計お願い!」

「あっ、うん!」

 

 

 ガジに呼ばれ、焼き上がったパンを持ち、トレーに入れていく。数と種類は結構多く、いつも入れるのに時間がかかる。まだ七歳で手伝いとはいえ働いているラースを常連の客も良く可愛がる。

 

 パンを入れながら話し相手になったりと色々と忙しい。トレーにパンを入れ終え、接客を再開する。

 

 

「……ん?」

 

 

 ラースが戻ると、フララが誰かに囲まれていた。

 

 

「面白いと思わないヴェナ?」

「ええ、とても面白いわね姉様?」

「や、やめて……!」

 

 

 厭らしい手付きをしてフララに触る二人のエルフ。手付きが艶かしく、振り解こうと必死の顔をしている。ため息を吐きながらエルフの腕を掴み、フララを抱き寄せる。

 

 

「やめろお客様。フララに触れんな」

「ら、ラース」

 

 

 ()()()()()()()()()

 嫌悪感か、致命的に合わなかったのか。これは恐怖とも言える震え。何を感じ取ったのか、恐怖に震えたフララはラースの胸に顔を埋める。

 

 

「あら、私達は客よ?お客様には相応の態度を取ると思うのだけど?」

「ウチの従業員の嫌がることをする奴を客とは認めないよ。つーか、嫌がってるのに触れようとするな」

「ねえねえ、貴方はその子の契約者?」

 

 

 一瞬瞠目、そして二人を睨む。

 フララが精霊だという事を悟られている。エルフだから気付く事が出来たのかもしれないが、これ以上この話題は広げるべきではない。

 

 

「帰れ。冒険者呼ぶぞ」

「あら、振られちゃった。まあいいわ帰るわよヴェナ」

「仕方ないわね姉様。機会なんて幾らでもあるのだし」

 

 

 不吉な事を言い残し、二人のエルフは店から出て行った。黒妖精、白妖精と珍しい存在がこんな所に来たと内心愚痴りながらもフララを抱えたまま一度部屋まで運ぶ。

 

 

「ありがとう…ラース」

「いい、気にすんな。落ち着くまでそこにいていいから」

 

 

 ラースは接客に戻る。

 取り残された部屋で、まだフララの手は震えていた。あの時、二人のエルフに触れられた時だった。ソレを感じ取ったのは……

 

 

「(仲間の…血の匂いがした……)」

 

 

 精霊を弄んだような匂い。

 人だろうとモンスターだろうと快楽のままに貪る獣。精霊だからか、あの二人から感じたのはソレだった。震えた身体を掴み、フララは恐怖に震えていた。   

 

 

 ★★★★★

 

 

「ふー、終わった」

「フララはまだ部屋か?」

「うん。どうにもベタベタ触られたからとりあえず部屋に」

「誰に」

「白黒エルフ。どっちも女だけど」

「そうか……。飯作ってる間に風呂入れ。もう沸いてる」

 

 

 あの二人のエルフに触れられて怯えていた。

 しかもあの二人組はフララが精霊である事に気付いた。何もなければいいのだが、問題はフララの精神的な問題だ。部屋を開けると、フララはベッドの上で体育座りをしていた。

 

 

「フララ、大丈夫?」

「ラース……」

「風呂、入れるか?」

「うん……」  

 

 

 衣服を脱ぎ、浴槽に二人入る。

 言葉を発せずに俯き続けるフララにラースは疑問に思い、何が怖かったのか問う。この怯え方は尋常ではない。

 

 

「どうしたんだ?あの二人組そんな怖かったか?」

「うん……」

「なら次来た時は部屋に戻っていい。だから大丈夫」

 

 

 あのエルフは何か怖いというフララの感性は恐らく間違っていない。あの時、ラースは腕を掴んだのに白妖精(ホワイトエルフ)はそれを嫌がっていなかった。エルフは接触を拒む。大抵はその筈だ。なのにその事を気にも留めなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それにフララは本能で怯えていたのかもしれない。

 

 

「大丈夫、此処にいていいよ。僕が守ってあげるから」

 

 

 フララの頭に手を乗せ、落ち着かせる。

 あの二人組がどんな存在かは分からない。けど店に来たらフララを遠ざけるくらいは出来る。ラースの手に触れてフララは涙を流す。

 

 

「え、フララ?」

「もう少しだけ……このまま」

 

 

 フララが頭に乗せた手を頬に寄せる。

 冷たい手で自分の頬にラースの手を寄せてその温かさに浸る。それが何よりもフララにとって幸福だった。

 

 手を振り解こうともせずにラースは安心するまで頬に手を添え続けた。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 寂れて床が脆くなり泥の地面へと足を突っ込んだ二人を救出したフィンは一度外に出る事を提案したのだが、今度は床全体が抜け、フィンまで泥の地面に足を突っ込むことになったのだ。

 

 いつも余裕めいた表情をするフィンから笑顔が消え、二人の巻き添えを食らった事に腹立たしく思いながら三人は一度店の外へ出た。

 

 

「ようやく抜けたわい」

「クソッ、私まで抜けるとは思わなかった」

「あはは、二人が重過ぎて床が耐え切れないとはね」

「凍らされたいか?」

「御免被るね。それよりノーグを」

 

 

 子供であるノーグと小人族であるフィンくらいなら床はまだ耐えられるので、二人を残しフィンは店の奥に向かおうとすると隣を風が通り過ぎた。

 

 

「えっ――」

「ノーグ!?」

「何処に行く気じゃ!?」

 

 

 走るノーグの姿が見えた。

 顔を伏せ、必死の形相をしながら店から駆け出すノーグに三人は驚きながらも背中を追いかける。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 混乱しながらも走り続け、そして立ち尽くす。

 思い出したのはラースという少年の記憶。それは転生前であった自分の記憶だった。思い出せた筈なのに謎が更に深まった。

 

 

「(そうだ……俺はあの時)」

 

 

 胸を押さえて走り続ける。

 思い出した全ては本当の意味で全てではない。ラースという少年時代の記憶は取り戻せた。それはいい、だがそれだけだった。

 

 問題はラースの記憶のその後の話だった。

 動揺、混乱、そしてあり得ない事実に気が付いた。

 

 それはあの日……

 

 

 

 

「(胸を貫かれて――死んだ筈)」

 

 

 

 

 ラースという少年は――()()()()()()()()()

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 それはあの二人のエルフが来てから一週間後の事だった。

 風呂に上がり、服一枚であとは寝るだけの状態だった。新しい英雄譚を読みたいから先に入らせてもらったのだ。フララを呼ぼうとしたその時、店の中で煩いほどに物音がした。何事かと思い、顔を出そうとすると次の瞬間――

 

 

「いやああああああああああああっ!!!」

「っ!?」

 

 

 フララの絶叫が店内に響いた。

 異常事態に厨房から包丁とフライパンを手にし、カウンターから何が起きたのかを凝視する。

 

 

「っ」

 

 

 そこに居たのは二人の大人。

 一人がフララの髪を掴み、抑えつけている。そしてもう一人は抜き身の剣を持ち、横たわっているガジに振り下ろそうとする瞬間だった。

 

 ザクリと肉を貫く音が聞こえた。

 フララの泣き叫ぶ声が聞こえた。

 

 ピシリと、何かが壊れる音が聞こえた。

 それは激しい憎悪と、激しい怒り。理性で叫びを噛み殺し、音を消しながらガジを殺した男の背後に回る。

 

 頭の中はぐちゃぐちゃなのに、どうしたら殺せるのかだけは理解出来ていた。持っていたフライパンを別の方向に投げ捨てる。

 

 

「あ"っ? んだ物音――」

「死ね」

 

 

 飛びついて、首にしがみ付いた自分の包丁が一人の喉元を切り裂いた。首を締め付けながら、包丁で何度も喉元を突き刺す。神に恩恵を授かっていようが、刃物を無効化できるわけではない。不意をつかれた男の喉元が切り裂かれ、流れる血で呼吸が出来ずに地に落ちる。

 

 

「あっ、がっ……ごぶっ……!」

「はっ?」

 

 

 耐え難い肉を斬る感触に吐き気を抑え込みながらもフララの髪を掴む人間へと襲いかかる。片や恩恵無しの子供、片や恩恵持ちの大人。力の差は歴然。走るラースに対して、もう一人の男はフララを一度放し、腰に据えたナイフを抜く。

 

 

「テメッ、糞餓鬼ぃ!?」

「っ【閉ざせ幻雪の箱庭】!」

 

 

 ラースに振り下ろされる凶刃。

 男が持つナイフが子供の脳天に突き刺さった――筈なのに感触が無い。それどころか突き刺したナイフは()()()()()()()()

 

 

「幻像……!?」

 

 

 ザシュッ、という音と共に男の喉元に突き刺さる。

 

 

「ごぶっ…!?」

 

 

 生々しい血の温度、人を斬る感触。

 どれも吐き気しかしない感覚の中、殺意だけがラースを動かしていた。ガジが倒れ、血を流して命を奪われた。その事実に怒りは突き抜けて今まで培った知識でどうしたら殺せるかしか考えられないほどに明るい子供の笑顔はドス黒い殺意に支配されていた。

 

 

「が……じ、し、に"だぐっ」

「死ね」

 

 

 倒れ伏した男の首に包丁を振り下ろした。

 そして男はピクリとも動かなくなった。それを確認すると、ラースはガジに視線を向けた。

 

 

「ハァ……ハァ……っ、うぷっ」

「ラース!」

「……フ、ララ」

 

 

 あの時、フララの魔法が無ければきっとラースは死んでいた。幻像に身を隠し、背景と同化する事で姿を消す雪化粧。そのおかげで狙う位置がズレた。大精霊ヴィルデアを狙う理由としては充分過ぎる強さだ。

 

 

「ごめんなさい…!私が、私がやらないといけなかったのに!!」

「ガジ、は?君の力で治せる?」

「っ」

 

 

 フララは顔を俯かせた。

 それが答えだった。ガジは死んだ。余りに唐突な別れに混乱し、叫びたくなりそうだが、二人を殺したラースの精神は疲れ、思ったよりも冷静だった。

 

 

「そりゃ、そうだよね……心臓を貫かれたら生きてる人なんていない」

「ラース……」

「分かってる、分かってるつもりなのに……」

 

 

 ポタリと、何かが落ちる音が聞こえた。

 気が付けば目の前が潤んで見えにくくなった。冷静なんかじゃなかった、冷静になり切れるわけがなかった。冷静になれればよかったのに、悲しさも押し殺せればよかったのに……抑えきれなかった感情が決壊する。

 

 

 

「涙、止まんない……」

 

 

 

 もう、自分を育てたもう一人の親は居ない。

 パンを焼いて、自分をこき使って、褒めるときは不器用な手で撫でてくれたあの手はもう冷たくなっていた。

 

 命の喪失を嘆いても、きっと何もならない。

 けど、それでも溢れてくるものを止める術を今は知らなかった。

 

 

「……逃げよう。フララ」

「で、でも私のせいで狙われ」

「失うくらいなら一緒に死んだ方がマシだ」

 

 

 本当はガジから離れたくなかった。

 物言わぬ骸になっても、それでも此処に居たいとラースは心の中で思っていた。それでも連中は間違いなくフララを狙っていた。だから此処から離れなければ、また狙われる。

 

 

「ガジだって…そう言った筈だよ」

「!」

 

 

 フララを守る為に命を散らした。

 その意志を継がなければきっと後悔する。ラースは男からナイフだけを拝借し、外へと逃げていく。靴も服も、金も何も持たずにただ遠くに――

 

 

 ★★★★★

 

 

 逃げた。逃げ続けた。

 悪意から逃げ続けた。フララを連れて、遠くに逃げ続けた。それでも子供の足、ましてや恩恵を持たない人間には限度があった。

 

 逃げ切れなかった悪意が目の前に広がった。

 逃げ場を探そうとするが、その逃げ道も封鎖された。

 

 

「(囲まれた……!)」

 

 

 フララを狙う闇派閥の下っ端。

 懸賞金をかけてフララを狙う下卑た笑みを浮かべた下衆の存在に殺したいほどに苛立つが、そんな事をした所で状況が良くなるわけではない。前にも後ろにも武器を持った人間。逃げられない。

 

 

「ラース、私がやる」

「フララ…?」

 

 

 そんな中、フララがラースの前に出た。

 後ろにも前にも敵が居る中、フララは両手を前後に広げた。

 

 

「【空を閉ざす曇天、大地凍てつく王の吹雪】」

 

 

 溢れ出す莫大な魔力。

 漏れ出す冷気に恩恵を持たないラースでも分かる程の痺れるような荒れ狂う力。いつものフララからは想像も付かない程の存在感が今のフララにはあった。

 

 

「【我に従い疾く激しく駈けよ】」

 

 

 そしてフララの詠唱は完成した。

 両手に展開された二つの魔法円(マジックサークル)にとてつもない力が込められ、それと同時に襲いかかる敵の死を悟った。

 

 

「【アイス・ブランド】」

 

 

 氷の砲撃。眩い藍色の閃光が駆けた。

 思わず目を瞑り、そして開けた時には全てが凍りついていた。

 

 時さえも凍り付かせる大精霊ヴィルデアの厳冬が敵全てを凍て付かせ、全てを粉砕した。圧倒的過ぎた。

 

 

「嘘、だろ」

 

 

 フララの正体は知っていた。

 だが、大精霊ヴィルデアとは此処まで規格外の存在だとはラースでさえ思っていなかった。ヴィルデアは冬を運ぶと言われた氷の大精霊。逆説的に言えば冬の脅威そのものを意のままに操れる。

 

 

「ラース、行こ――」

 

 

 ザクリ、と音が響いた。

 フララから唖然とした声が出た。

 

 

「えっ?」

 

 

 ()()()()()()()()

 今日初めて聞いた人生で一番不快な音が再び耳に届いた。そしてそれが聞こえた時にはもう遅かった。その音の発生源は――

 

 

「ごっ…ぶ……!?」

 

 

 背中を貫かれたラースからだった。

 視界が揺れる。力が入らずに崩れ落ちる身体、血溜まりに沈む意識。

 

 

「ラース!!!」

 

 

 最後に見えた光景。

 必死の形相で手を伸ばすフララと、赤い外套を被った白い妖精の嗤う顔。意識を保つ事も出来ず、小さな身体は地面へと落ちていく。そしてラースの記憶は此処で途絶えた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「(俺はあの時、背中を貫かれて死んだ)」

 

 

 あの白妖精に貫かれてラースは死んだ。

 あの妖精共は『火精霊の護符(サラマンダー・ウール)』を二重に被ってフララの攻撃を躱していた。極寒の中でも暖かさを保ち、精霊の攻撃に反発する。属性が違えど二重に被れば躱す事は出来るだろう。

 

 否、それは割とどうでもいい。

 

 ではこの肉体は?貫かれた跡はない。だが、記憶のラースは間違いなく死んだ。貫かれて死亡している。ノーグである自分は転生者だと理解してる、憑依ならまだ分かる。だが、死者蘇生はあり得ない。カードゲームのように死からの復活などあり得ない。仮に魂があったとして死んだ肉体に入れば蘇るなんてあり得る筈がない。

 

 

「どうしたんじゃノーグ」

「何が書いてあったんだ、その日記に」

 

 

 混乱の中、一つの仮説を思い付く。

 荒唐無稽、その考えに至るだけで不敬な話かもしれないが、それしか筋が通らない。

 

 

「リヴェリア」

「なんだ?」

「精霊は人を甦らせるだけの奇跡を起こせるのか?」

「それは不可能だ。傷を癒すならまだしも、失った命は回帰させる事は出来ない」

 

 

 そんな事が出来たなら誰もが精霊を捕らえようとする。精霊が絶滅するほどの乱獲なんてあり得る話だろう。そんな話は出てこないし、ハイエルフであるリヴェリアは精霊に詳しい。そのリヴェリアが不可能と言っていた。

 

 

「なら、()()()()()()()()()()使()()()()?」

「はっ?」

「精霊が自分自身さえ維持出来ない程の莫大な力を死んだ人間に与えれば、人は甦らせられるのか?」

 

 

 ハイエルフからしたら不敬な話だろう。

 だが、それでもやはりこの仮説でしか通らないのだ。精霊が生きたまま奇跡を起こした所で不可能なら、精霊が命をかけて奇跡を行使したならどうなるのか。

 

 

「……精霊にもよるが、可能性はあるかもしれない」

 

 

 目を見開き、リヴェリアに振り向く。

 

 

「精霊とは神々が創り出した代行者だ。その超常の力は血を与えるだけで精霊の魔法すら使わせる事も出来ると聞いた事がある。そんな精霊が存在そのものを代価に奇跡を起こすならそれは」

「不可能ではないかもしれない……か」

 

 

 その仮説が本当であるならば、筋だけは通る。

 ノーグが生きていて、フララが消えた理由も全部納得が出来てしまう。それと同時に成長率の高さも理解出来てしまう。

 

 もしもフララの存在が自分の中に溶け合っているなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一人分の恩恵ではなく、フララも含めて二人分の経験値を得ている。肉体は一つしかないから流石に二倍とはいかないが、上がりやすい経験値、限界を超えたステイタス。それらにも説明が付く。

 

 

「(だったら……分かるはずだ)」

 

 

 ノーグは間違いなく、精霊の力を持っている。

 それもフララ、大精霊ヴィルデアの力を行使できる。出力の桁が違うのも納得出来る。ノーグは大精霊ヴィルデアではないが、精霊の末端であれど力を持っている。

 

 そして、溶け合ったのならフララの記憶を抽出出来るはずだ。だが、自力では流石に無理だ。

 

 

「クソッ、仕方ない……あまり頼りたくはないが」

「おい、何処に行く気だ?」

 

 

 ため息を吐きながら足を進め、行きたくない行先を口にした。

 

 

「美の女神に会ってくる」

 

 

 ★★★★★

 

 

「それで私のところに来たわけ?」

「まあ、その為にまさか殺し合いになるとは思わなかったけど」

 

 

 まさか戦士達に攻撃されるとは思わなかった。ミア団長が来なければ第二段階を使わざるを得なかった。アポ無しでファミリアのホームに訪れたからといって此処まで過剰なのは気になったが。

 

 

「つか坊主はウチの主神に何の用なんだい?只事ではないんだろ?」

「まあそうですね。用件というか、お願いですかね」

 

 

 目の前の女神、美の女神フレイヤにお願いを口にした。

 

 

「ちょっと全力で魅了してもらえますか?」

「坊主、頭がおかしくなったか?」

「ちょっと全力で魅了してもらえますか?」

「誰が二回言えといったアホンダラ」

 

 

 ミアは呆れながら紅茶とクッキーを出す。

 美の女神フレイヤの魅了はこの世界屈指の反則(チート)。全てが茶番に成り下がるそれを行使すれば誰も抗えない。それを自分にかけてほしいとお願いするノーグを、被虐素質(マゾヒスト)でもあるのではとミアは変な目で見ていた。

 

 

「へぇ……私が貴方を魅了ねぇ」

「イシュタルよりは貴女の方が確実だと思ったんで。あっ、クッキー美味い」

「でもどうして?」

「魂の扱いに関して、一番詳しいのは貴女だとゼウスから聞いたので」

 

 

 それを聞いたらヘラが激怒しかねない為、此処だけの話だがゼウスはフレイヤの力を買っている。それこそ世界の為に必要だとヘラに進言するくらいだ。まあ結果的にヘラの逆鱗に触れて実力行使でオラリオに縛り付けたのだが。

 

 

「あの狒々爺がねぇ。まあ私自身も貴方に興味があったもの、貸し一つでそのお願い聞いてあげる」

「貸し一つの中にファミリアの改宗は無しだよ?」

「それくらい分かっているわ?貴方がそれに耐えられたらね」

 

 

 美の女神が目の前に立ち、顎に触れる。

 

 

「――――平伏しなさい」

 

 

 魂を揺さぶる声が聞こえた。

 声が、息が、耳が、目が、その幸福感に満ちて全てを捧げたいという衝動に駆られた。だが、ノーグはその感覚に陥ったまま意識を自分自身に向ける。魂が揺さぶられたその感覚から、自分自身の魂を感知する。

 

 ノーグに魅了は効かない。

 神威の拒絶は魅了を含んでいる。だが、それでも揺れ動く魂があるとするならそれはノーグの魂ではなく、別の魂である筈だ。

 

 視界が暗転する。

 その魂を感知し、意識を向けるとノーグの意識は魂の中へと引き摺り込まれた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「ラース!!!」

 

 

 ラースを貫く一振りの剣。

 背中から腹にかけて風穴が開き、それに激昂したフララが叫んだ。

 

 

「【氷よ(コキュートス)】!!!」

 

 

 氷の付与魔法、触れたものを全て凍て付かせる。『火精霊の護符(サラマンダー・ウール)』を剥がし、ラースを貫いた白妖精を凍らせようとしたその時、魔力が上から感じ取れた。

 

 

「【ディアルヴ・ディース】!」

 

 

 天から灼熱の炎が降り注ぐ。

 ラースを抱え、降り注ぐ炎を避けると同時に白妖精を逃した。

 

 

「ラース!ラース!!」

 

 

 傷口を凍らせて延命しようが、貫かれた場所が悪過ぎた。間違いなく臓器を貫かれている。死へと近づくラースにフララは泣き叫びながら抱え続ける。

 

 

「あはは!気に入ってもらったかしら私達の贈り物(プレゼント)は!」

「とってもとっても悲しいわ!大事な人を失ってしまったもの」

「「でも、それは貴女のせい」」 

 

 

 何かが切れる音が聞こえた。

 力を失えば自分が消えてしまうかもしれない。その恐怖心に怯えて、力は最低限しか使ってこなかった。

 

 後悔も絶望も噛み締めた、そして自分を憎むと同時にこんな惨状を招いた二人の妖魔を睨み付けた。

 

 

「貴女が私達の所に来れば店主も、その子も生きてたかもしれない」

「でも貴女はそれをしなかった。幸せを手放せなくてその結果はこうなった」

「「選んだのなら、当然の末路でしょう?」」

 

 

 あの時、確かにあの二人は忠告していた。

 そのお店から離れなければ店主達を殺す、と確かに脅迫していた。でもラースは此処にいていいと言ってくれた。それが嬉しくて、力を使ってでも二人を守ろうとしていた。自惚れた結果なら当然の末路なのかもしれない。

 

 

「【閉ざせ幻雪の箱庭】」

 

 

 ラースを抱え、雪化粧で姿を覆い隠す。

 当然の末路を引き起こした奴等を許さない。恐怖はなかった、そこにあったのは怒りだった。

 

 

 

「貴女達はいずれ殺す。震えて待ってろ――妖魔」

 

 

 

 腕を振るう。それだけで荒れ狂う大寒波が二人を襲う。『火精霊の護符(サラマンダー・ウール)』を持つ二人には大して効果はないが、牽制程度には充分すぎる一振りだった。

 

 

「あら、逃げられちゃったわヴェナ」

「逃げられちゃったね姉様。しかも騒ぎ始めた」

「仕方ないわね、帰るわ」

「そうね」

 

 

 精霊を捕らえて力を抽出する精霊兵の実験にヴィルデアほど有用な存在はいない。氷の大出力、そして幻像の雪化粧、彼女がいるだけで闇派閥のバランスが傾くと言っても過言ではなかったのだが、功を急ぎ過ぎたようだ。

 

 異変を駆けつけたマキシムが到着した時には、血溜まりがあるだけで誰の姿も確認出来なかった。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「……ラース」

 

 

 ラースの身体は冷たくなっていた。

 魂が離れている。精霊であるが故に理解出来る。ラースはもう死んでいる。それはもう覆らない事実だ。

 

 

「死なせない……」

 

 

 だが、フララは諦めたくなかった。

 喪った事を認めたくなかった。大事な人だったからこそ、フララは逃れられようのない死を否定した。

 

 

「…どうか繋いで……ラース!!」

 

 

 大精霊ヴィルデアの全ての権能の行使。

 この身体は神々によって生み出された神の力で構成された神秘の結晶、ならそれを代価にラースの肉体を修復、そして魂そのものを呼び戻す。

 

 普通はあり得ない。不可能だ。

 だが、大精霊ヴィルデアは冬を運ぶ最高位の精霊、内包された力だけなら他の精霊とは比べ物にならない。手を翳し、一か八かの賭けを始めた。

 

 

「くぅ……うう……!!」

 

 

 消える、自分が消えていく、魂が消えていく。

 存在が、記憶が、思い出が、力の全てが消えていく。想像を絶する苦しみの中、フララはそれでも投げ出さなかった。

 

 

「ごめんね……私のせいで、辛い思いをさせて」

 

 

 腕が消えていくと同時にラースの身体の中は元に戻っていた。全てを使い果たせば自我も思い出も、存在すら消えて、きっと魂の転生すら出来ないだろう。だが、それでも迷いはなかった。

 

 

「絶対に、幸せになってね」

 

 

 脚が消えていく、身体が徐々に消えていく。

 それでもヴィルデアは力を使い続けた。遠く離れた魂と繋がった感覚があった。あとは呼び戻せば、帰って来られる筈だ。

 

 

 

 

「ずっとずっと、大好きだよ……愛してるラース」

   

 

 

 

 唇が重なる。これがきっと最後。

 二度と会えなくなったとしてもきっとラースの中で生き続ける。もう会話も出来ない、もう一緒に英雄譚を読めない、もう一緒に居られなかったとしても、英雄の為ではなく、たった一人の大切な人にフララは未来を託し、消えていった。

 

 

 ★★★★★★

 

 

「……ここ、は?」

 

 

 見知らぬ少年が目を覚ました。

 キョロキョロと辺りを見渡しながら現状を確認する。

 

 

「あれ、此処はなんだ?うわっ、血がついてるし服一枚じゃん」

 

 

 血に濡れた服、見慣れぬ場所。

 だが、何があったかの記憶は何もない。

 

 

「えっと……なんだ?憑依ものなら記憶残しとけよ」

 

 

 必死に、せめて名前だけを思い出そうと頭を回す。だが全然思い出せない。知識はあっても自分が誰だったのかは思い出せない。

 

 

「名前は確か……」

 

 

 ふと、夕焼けの街の光景が浮かび、知らない女の子が言った名前が頭を過ぎる。不思議と違和感なくその名前を口にした。

 

 

()()()

 

 

 不思議とその名前がしっくり来ていた。

 だから違和感がなく、それが自分の名前だと錯覚し続けた。

 

 

「俺の名前はノーグ」

 

 

 そして、ノーグという子供は生まれた。

 ラースの肉体、フララの存在代価の蘇生、呼び戻した魂はラースの魂ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()。外世界の魂をラースの身体に引き寄せ、この日異分子(イレギュラー)は生まれたのだ。

 

 

 ★★★★★

 

 

「……ふんっ!!」

 

 

 意識が戻ると、魅了の効果そのものを拒絶し、魅了の状態を解除する。フレイヤもミアも自らの意思で魅了を解除したのを見て目を見開いていた。魅了に唯一抗える男が目の前にいるのだから。

 

 

「ありがとう……用は済んだ」

「魅了を自力で、自分の意志で弾くなんて」

 

 

 神威の拒絶。 

 それは恐らくこの世界を作り上げた世界の魂だからというのがあるのだろう。つまり創作物の魂に抗う力が存在する。めっちゃメタな話だが。転生した時に副次的結果として『天啓』という形で外世界と繋がっている。この世界の魂ではないというのが原因で魅了が躱せるとは斜め下を行っている。

 

 

「貴女の眼には何が映っている?」

 

 

 フレイヤは目を凝らす。

 魂を見るフレイヤの眼に映っていたのは黒い魂を包んだ藍色の炎。それはとても綺麗で、ある意味芸術的にも思えるほどに美しかった。

 

 今まで遠くからでは見えなかったけど、此処まで近くで見ると今まで見た事のない魂とその在り方が本当に面白い。

 

 

「ノーグ、私のファミリアに入らない?」

 

 

 欲しい、そう思った。

 だが、ノーグは首を横に振った。美の女神がどれだけ魅了してもノーグは振り向かないだろう。

 

 

「お誘いは嬉しいが断るよ」

 

 

 誰よりも歪で、奇跡が生み出した一人の少年の魂は揺さぶれない。

 

 

 

「俺にもまた――家族が出来たんでね」

 

 

 全てを知ったノーグが変わることはない。 

 ラースという少年の記憶を取り戻し、フララという大精霊ヴィルデアの奇跡によって生かされ、そしてこの世界に転生した。

 

 その真実を知ったところでノーグが変わる訳ではない。ただ、一つ変わることがあるとするなら……

 

 

 

「幸せにならねえとな……フララ」

 

 

 

 その約束は違えない。

 生きていくだけでは足りない。転生してよかったと、思えるくらいに幸せになって生きていきたい。家族も、命も、何も手放さない強さが欲しいと思えた。

 

 いつか幸せになるその時まで、ノーグは見知らぬ世界を生きていく。

 

 

 

 

 





 ※別に最終回ではありません。


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