【急募】見知らぬ世界で生きていく方法   作:道化所属

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 これにてアスレコ前の話が終了になります。
 少し駆け足気味になってしまった感がなくもないですが、やっと始められます。ここまで難産だった。

 新しい時代の幕開けという事でこの時間に合わせました。
 それではどうぞ。


白百合

 

 

 白百合の話をしよう。

 今にも枯れそうな白百合と呼ばれた少女の話を。

 

 彼女は泥の中のような世界から育った。肥料もなければ栄養なんてない。種は蕾を咲かすには余りにも小さく、隣に育つ薔薇の隣でしか咲くことも出来ない。

 

 手を握って先を歩く姉とは違い、何の力もない何も出来ない何の才能もないただの白百合のなり損ない。それが彼女だった。

 

 小さい頃、彼女の両親は死んだ。

 母は彼女と同じ病で、父は冒険者だったらしいがダンジョンで帰らぬ人となった。その時から彼女の世界は灰色のようだった。

 

 生まれつき身体が弱く、何をするにしても手を借りなくては生きていけない中、ずっと彼女は姉に縋るしかなく生き続ける為にはそれしか出来ない。

 

 剣を持とうとした事があった。

 けれど一振りで身体が悲鳴を上げて喉から上がる血に咳き込む。その様子に姉さんが焦った顔を覚えている。

 

 冒険者としての才能がない事を伝えられた。魔法も無ければ、誰かの手を借りなければ生きられない。惨めに泣いた事なんて何度もあった。それでも死にたくないから、彼女はその生き方のまま今を生きていた。

 

 姉は天才だ。

 一度見たものは何でも出来るし、何より生きる為の覚悟が違った。ランクアップによって身体は常人よりも強い肉体を得られる。その性質を利用して病に侵された身体を更新する。そうする事で病気による余命を延長させる。死を前に身を投じる覚悟は彼女には無かった。

 

 彼女達は【ヘラ・ファミリア】に入った。

 歴戦の女傑が揃うこの場所で役に立たない彼女が入れた理由は姉の口添えがあったからだ。姉の才能は【ヘラ・ファミリア】の中でも異質で、好条件でスカウトされた。

 

 入団テストでまさか、Lv.2の冒険者と対等に戦うなんてあちらも思わなかったらしい。その才能を欲したヘラ様に対し、彼女も入団させないのなら入る気はないと告げ、彼女は姉の待遇の恩寵を受ける事となった。

 

 姉はこのファミリアで頭角を現し、彼女は必然的にベッドの上の生活が増えた。刻まれた恩恵はかなりの悪種(スキル)で戦闘をすると絶対に病魔が悪化するスキルだった。だから戦えもしない。

 

 姉の為に何が出来るのだろうか。

 一度だけ、姉の目を盗んで自分のお小遣いから姉の為のプレゼントを買いに行ったことがあった。身体の調子が良かったから、誰かの手を借りずに成したかったから。

 

 だというのに……。

 

 

「ぅ……!」

「死にたくなけりゃ暴れんじゃねえぞ」

 

 

 闇派閥に拉致されて口枷をされて裏路地に連れ込まれた。初めて自分で足を運んだ病室の外の世界は悪意に満ちた魔窟そのものだった。

 

 

「コレが【静寂】の妹かぁ?見た目似てるのに全然弱えじゃねえか」

「冒険者じゃねえんだろ。ヤッとくか?」

「へへっ、あの女と同じだと勃たねえよ」

 

 

 恐怖で身体が動かなかった。

 いつも守ってくれていた姉はここにはいない。姉に恨みを持つ人の集まり、悪意の巣窟が目の前にある。ベッドと本棚が簡素的にあるあの部屋の外はコレほど怖いだなんて思わなかった。

 

 いつもこんな世界の中で護ってくれていた。けど、一人だけだと誰かの役に立つ事さえ出来ない。弱くて病弱で闘いの才能もない彼女は姉を喜ばせたいという小さな願いさえ叶えられない。恐怖で瞳が揺れる。怖くて怖くて、抑え込んでいた涙が流れそうになる。

 

 

「逃げられないように手足でも折っとくか」

「おっ、いいね。あの女に似てるから憂さ晴らしにはなりそうじゃね?」

「確かに。あの女の歪んだ顔が楽しみだ」

 

 

 

 彼女が姉の生き方を束縛する。

 足を引っ張り、足枷にしかならない愚物。恐怖と後悔、さまざまな感情が溢れては止まらない。何も出来ない自分を呪ってはそれでも死にたくないから浅ましく生に縋り付くことしか考えられない。

 

 たすけて、と惨めに泣き縋るように願った。

 助けられてばかりの人生を自ら惨めだと認めているのに。

 

 涙が溢れて、男の人の手が腕に触れようとした。

 

 

「何してんだテメェら…」

 

 

 そんな時だった。

 不意打ちで剣を振り下ろし、即座に反応した男の人が剣を持って立ち塞がる小さな男の子が立っていた。

 

 姉に追いかけられてた時、クローゼットに隠した人だ。

 

 自分と同じくらいの身長で見るからに頼りない体躯、殺し慣れた大人に木の棒を向ける子供のような差を感じた。勝てない。無意味に殺される。逃げてと叫びたかった。

 

 

「その子に何をしたんだって聞いてんだよ!」

 

 

 それでも、彼は逃げなかった。

 震えながらも負けると分かっていても逃げなかった。怒号を飛ばし、剣を向けて彼は叫んだ。弱い自分を奮い立たせるように。

 

 その日、本当の意味で白百合は出会ったのだ。

 震えた手でそれでも白百合を助けようとする黒い兎のような男の子を。足が竦んで手が震えていたけれど、自分を守ろうとする英雄のような男の子に。

 

 そして白百合は恋をした。

 灰色の世界に色彩が色付き、生きたいという意思が芽生えた事を。

 

 

 ★★★★★

 

 

 それから交流が始まった。

 彼の名前はアルゴ・クラネル。あの日、私を助けてくれた人だった。厳密に言えば、あの人が助けたわけではない。あの人が闇派閥を止めてくれたおかげでアルゴさんの親友が助けてくれた。

 

 アルゴさんはよくお見舞いに来てくれた。

 私達のホームである『神妃の王宮』に侵入して。英雄譚を持ってきてくれたり偶にノーグさんを連れてお菓子などを差し入れてくれたり、部屋の中でしか生きられないような狭くて灰色の世界が色付いていく。

 

 色彩が溢れていくようで、毎日が楽しい。

 孤独、という訳では無かったのに。でも多分友達ができた事が嬉しかったんだと私は思う。

 

 私の世界はいつも身体を預けるベッド、外の日差しが差し込む窓とあの窓薬の匂いがする部屋でしかなかったから。生きたいことだけに精一杯でそれ以上のことを考えられなかったから。

 

 

「外、出てみたい?」

「えっ……?」

 

 

 その提案に一瞬呆然とした。

 だって、外に連れ出すリスクはかなり前に経験した。姉さんやヘラ様だって許さないだろう。

 

 

「大丈夫、いざって時は何とかするから」

「で、でも姉さんやヘラ様とか他の人達が」

「人の目を気にしてたら何処にも行けないよ」

「!」

 

 

 確かにここは鳥籠だ。私を生かす優しい鳥籠。けど私自身がその鳥籠に居なければならないって分かっているから外に出れない。外の怖さを分かってるから、そんな目に遭ったらって恐怖がまだあった。

 

 思い出すだけで震える手。

 怖いから外に行けない。行けない理由に姉さんやヘラ様を使っている。ごめんなさい、と断ろうとしたその時、彼はベッドの前で膝を突いた。

 

 

「俺が君を守る。怖くても行ってみたかった場所に君を連れてくよ」

 

 

「んんっ──貴女を助ける理由なんて聞かないでください。だって困っている女の子を助けるのに理由なんて必要ないのだから」

「あっ」

「どうか姫様、私とデートをしましょう」

 

 

 それは英雄譚の1ページみたいな台詞だった。私が好きな英雄譚に似たキザったらしくて愚かな英雄。だけど、だからこそ皆に信頼を預けられて最期まで笑った英雄みたいに手を差し伸べてくれた。

 

 私は手を取ってしまった。

 迷惑になるのに、と思う私なら断っていたはずだ。だけど、見透かすように大丈夫と笑ってくれるこの人に私は勝てなかった。私はあの日からこの人に恋してしまったのだから。

 

 

「…えっと。わ、私を……連れてって…くれますか?」

「喜んで」

 

 

 外の世界に踏み出したのはそれから数回程度だった。私の体調にもよるけれど、身体に負担が掛からないように動かずとも楽しめる場所をいつもアルゴさんが選んでくれた。

 

 花畑で日向ぼっこをしたり、土精霊(ノーム)が管理してる図書館に行ったり、英雄の橋を一緒に歩いたりと思い出は私が行ける体力のせいで多くはないけれど、私にとって輝かしいあの人との思い出だったの。

 

 もしもこの人と一緒にいられたら、なんて思う事は何度も願った。生きたいと思うのに身体を蝕む病がそれを許さない。

 

 私は…私自身が嫌いだった。

 けど、少しでも長く生きられたらこの人と一緒に生きてみたい。

 

 

「アルゴさん」

「ん?」

「ありがとうございます。私、貴方に出会えてよかったです」

 

 

 少しだけ想いを伝えると動揺していた。

 赤面を隠そうと顔を逸らしていたけど、耳が真っ赤になっているのを見ると嬉しかった。この人の重荷になりたくないって分かっているのに、私を意識してくれるのが嬉しい。矛盾しているのにそれが少しだけ心地いい。

 

 

「っ、俺も……君とデート出来てよかった」

「ふふっ、同じですね」

「うん…おんなじだ」

 

 

 私は──この人に恋をしている。

 だから死に逝く短い未来だとしても、生きたいと思ったのだ。

 

 

 

 

 

「貴様……またメーテリアを連れ出したな」

「ちょちょちょっ、待ってやれ、待ってくださいアルフィアサン!?」

「離せ!どうしてそいつの肩を持つ!?」

「いやお前爆散させる気だろ!?止めるわ一般常識的に!」

 

 

 偶に逢引という名の脱走がバレて姉さんの逆鱗に触れる事があったけど。いつもノーグさんがとばっちりを引き受けてボコボコにされていた。本当にすみません。

 

 

 ★★★★★

 

 

 あれから暫くが経った。

 身体の調子は良かった。ノーグさんの血は精霊由来のものらしくて、血から作られた薬は病の進行をかなり遅らせる事が出来る。一時的とはいえ、私も外に出られるまで症状が抑えられてる。リハビリにはアルゴさんやノーグさん、姉さんが側にいること多いけど、近場の散歩なら息切れもしなくなった。

 

 楽しい日々が続いていた。

 いつも死神の鎌が首元を翳しているような感覚はなく、辛い症状に悩まされる事が減ったあの時は楽しかった。

 

 

「!」

 

 

 庭に歩くと、ノーグさんが庭の木陰に座って抜き身の剣を手入れしていた。簡単な整備なら鍛治士から教わって剣を使わない日は手入れを欠かさないって言ってた。刀身を木漏れ日に翳した後、満足したのかすぐさま立ち上がって剣を振るい始めた。

 この人はヘラの中ではまだ弱いらしい。

 全然そんな事ないように見えるが、二軍と対等に戦えて一軍に絶対勝てないという評価は団長からしたら弱い部類らしい。

 

 でも、才格だけなら姉さん並み。

 まだまだ発展途上の未完の冒険者と褒めていたし、他の人達もそれを認めてる。あと単純に男特有の欲望を感じないという点ではものすごいモテる。特にリリナさんとか丸わかりだ。

 

 ノーグさんは真っ直ぐに剣を振るう。それだけで草原が割れた。煌びやかな刀身が太陽に反射して、振るう様子は様になっている。

 

 

「おお……」

 

 

 剣圧に思わず感嘆の声が漏れた。剣の事なんて何も分からない私にも分かるくらい凄く綺麗な振りだった。声に気付いたのか、ノーグさんは顔をこちらに向けた。

 

 

「メーテリアか。散歩?」

「はい。体調がいいので」

「そっか。無理はすんなよ」

 

 

 剣の整備が終わったのかノーグさんは剣を構えた。

 また素振りでもするのかな、と思いながらも木陰に座り、少しだけ見ていこうと軽い気持ちでその光景を目にした次の瞬間だった。

 

 

「────」

「っ………?」

 

 

 背筋が強張るような感覚がした。

 ノーグさんの前には誰もいない。だと言うのに、誰かが居ると思わされるような圧を感じた。目を瞑り、剣を構えては誰もいないはずの正面の敵と対峙する。その圧に思わず冷や汗がこぼれ落ちそうになる。

 

 

「……!」

 

 

 ヒュオッ、と音が聞こえた。

 剣が目にも留まらぬ速さで振るわれた音。目を瞑りながら、誰かと戦っているかのように剣が舞う。剣なんてわからない私にも分かる。そこには間違いなく、ノーグさんと鍔迫り合う誰かが居ることに。

 

 数回、数十回と剣の速度が速くなっていく中、突如とその動きを止めた。

 

 

「……クソッ」

 

 

 目を開くとまるで時間に気付いたかのように汗がこぼれ落ちる。体感的に一分も満たない攻防、それだけで肩で息をしている。

 

 

「……誰かと戦ってたんですか?」

「まあな。72手目で最強の侍に首を刎ねられた」

 

 

 今のノーグさんはLv.4だ。最強の侍である紅さんはLv.7。ランクひとつ変わるだけで次元が違うと感じるのに三つもかけ離れたあの人に勝とうとして特訓をしている。

 

 ノーグさんは武人には見えない。勝つために極めると言えば武人のそれに近いのかもしれないけど。あの人は生きる為に強くなる。強くなければ強い人間に淘汰されるからと言っていたから。

 

 ただこのストイックさは過剰に見える。

 生きる為と言っていた以外にも強さを求めてる気がする。

 

 

「……ノーグさんはどうして強くなれるんですか?」

「んあ?そりゃまあ、あの中に混じりゃ強くなるだろ」

「いやまあ、そうなんですけど……」

「まあ生きる為とか色々あるけど一番はそうだな」

   

 

 少し気恥ずかしそうな様子で話してくれた。

 

 

「追いつきたいから、かな」

「えっ?」

「アルフィアには内緒だぞ?」

 

 

 ノーグさんは姉さんに憧れる。強さとか色々な部分を含めて、姉さんはノーグさんよりも強い。魔法や戦闘面以外にも精神的にも姉さんに負けていると言っていた。

 

 別にそんな事ないと思うけど……むしろ誰でも逃げ出すようなヘラの訓練を毎日受けて心折れたりしないノーグさんの精神も負けてないと思うけど。

 

 

「だから強くなって追いついたぞって言って少しは恰好つけたいんだよ。俺も男だしな」

「……ふふっ」

「あっ、笑うなよ」

 

 

 ムッとするノーグさんに笑みが溢れた。

 いつも大人びて姉さんみたいに頼りになる人が子供っぽい事を言うからつい笑ってしまった。男の子はカッコつけたい生き物って団長さんが言うけど、少しだけ納得してしまう。

 

 姉さんは天才だ。技も魔法も才能も誰を比較しても一線を画す。そんな天才に追いつくには生半可な鍛錬では追いつくどころか離される。だから休日だというのに鍛錬をしてるのだろう。

 

 

「好きなんですか?姉さんのこと」

「……それをお前に言う必要あるのか?」

「だって私のお兄さんになるかもしれないですし」

 

 

 その言葉に水筒の水を吹き出しかけていた。

 気管に入ったのか咳き込みながらも顰めっ面で私の方に視線を向けてきた。

 

 

「……頼むから冗談でも慎重に言葉を選べ。まだそこまで考えてねえし」

「お願い、お兄ちゃん♡」

「やめろォ!?」

 

 

 うがーっ、と頭を抱えて百面相をする。

 意外と隙のないこの人が心を開いてくれてる。ちょっとだけ嬉しかった。この人の心を開くのはアルゴさんか姉さんくらいだと思っていたから。悩みに悩みながらノーグさん自身がどう思ってるのか。視線を逸らして、若干頬を赤くしながらも答えてくれた。

 

 

「……側に居たいって思う。それで納得してくれ」

「おおぉ……」

「感心すんな!お前こそアルゴとはどうなんだ?キスぐらい済ませたんだろ」

「──!?」

「えっ、図星?」

 

 

 思いの外動揺してしまった。

 そうなのだ。実際にキスは済ませている。最近、アルゴさんが告白してくれた。

 

 私の好きな教会で目尻が熱くなって、そして唇を……ってやばい振り返るだけで幸福に満たされて顔が真っ赤になる!ノーグさんに見せたら絶対揶揄われる!

 

 落ち着こう。そう、落ち着こう。

 すー、はー、よし。まだちょっと動揺してるけど顔は赤くないはず!

 

 

「べ、別に普通ですよ……」

「嘘つけ、女の顔してるぞ」

「えっ!?」

「口角が上がって緩んでる。それ絶対アルフィアに見せるなよ」

「うぅぅ……」

 

 

 はいはいご馳走様、と適当に返されで若干ノーグさんを睨むが本人は割と愉悦な笑みを浮かべ続けてる。先程の意趣返しもあったみたいで、本人は満足そう。ぐぬぬ。

 

 

「まっ、気持ちは分からんでもない。欠点だらけなのに意外と憎めない奴だしな。普段ロクでもないから偶にしか輝かないのが玉に瑕だが」

「そこまで言いますか……」

「醜聞の多さが納得出来る奇行愚行かましてるの見りゃな。見てる分は楽しいけど、共に生きるなら話は別だ。あの阿呆に振り回されるのはごめんだ」

 

 

 まあ、アルゴさんの醜聞はよく聞く。

 ゼウス様が色々と教えてるのもあるけど、本人も満更ではないのはちょっとモヤっとするというか。いつも姉さんかノーグさんに引き摺られて反省させられるけど。

 

 それでもいいのだ。最近そんな事は聞かないし、聞く醜聞はいつも逃げ足についてだけ。まあそれもどうかと思うけど、私にとって生きて帰ってきてくれる方が嬉しいから。

 

 

「……アイツはまあ、空虚な奴だったからな」

「えっ?」

「道化という役割が性に合ってるから振る舞ってるが、本当は冷めた奴なんだよ。俺以上にな」

 

 

 ノーグさんは恋愛に関しては鈍いけど、人を見る目は本物だ。アルゴさんの親友であるからこそ、アルゴさんの事をよく知っている。ちょっぴり嫉妬しそうだけど、隣で戦うこの人だからこそ分かるものがある。

 

 ただ、冷めてるって言われたら信じられなかった。基本的にあの人は陽気な性格でふざけたりするけど、ムードメーカーみたいな存在だと思ってたから。

 

 

「アイツは生きる為に金を稼げるからサポーターになっただけで、心のままに何かをしたいって事が全くなかった。お前がいなけりゃアイツはそのままだったろ」

 

 

 冒険者は名声や富とか何かしらの欲望みたいなものがある。レシアさんとかは分かりやすい。アマゾネスとしての本能、闘いの愉悦を求めていたり、魔女のメナさんは未知の世界を見る為だったりする。

 

 それがあの人には無かった。そう告げられると少しだけ納得出来るような気がした。アルゴさんは『夢』を語らない。何かになりたいとか、自分がどうなりたいとか確かに聞いた事がない。

 

 

「まっ、今は別だ」

 

 

 視線を私に向けられた。

 

 

「今は強くなろうとしてる。せめて自分の限界までは。じゃなきゃ俺に剣を教えてくれなんて頼まねえよ」

 

 

 いやぁ愛されてるね、と言わんばかりに彼は苦笑を溢した。年下のノーグさんに教えを請うなんてアルゴさんからしたらダサいと思うかもしれない。けど、強くなろうとしてる理由が自分であると聞かされて私は顔が熱くなった。そして涙が出そうになった。私は貰いっぱなしであの人に何を返せるのだろうか。

 

 

「……貰いっぱなしと思うなら精々元気な姿でも見せてやれ」

「えっ?」

「好きな女が元気なら喜ぶ。アイツはそういう男だ」

「アルゴさん……」

 

 

 ああ、本当に私は愛されてる。

 ただ生きたいと誰かにしがみつく事しか出来ない私を彼は好きでいてくれる。恵まれない人生だと思っていたのに、貰っているものが多くてそんな事を考えさせてもくれない。

 

 頑張ってみよう。

 あの人をせめて笑顔で迎えられるくらいに元気になって、返していきたいと思った。あと、この人にも返していきたい。秘密といい薬といい割とアルゴさん以上に助けられてると思うから。

 

 

「ただ会うたびアイツから惚気話はうんざりする程聞くけどな」

「あ、あはは…」

「因みに最近はお前も多い。ちゃんと隠せよ?」

「えっ」

 

 

 USOですよね?ねえ……?

 困惑の視線を向ける中、ノーグさんはずっと逸らしたまま目を合わせてくれなかった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 本当はね。

 私は誰かと一緒に生きるなんて想像も出来なかった。

 

 助けてくれたとしても一生を生きるにはこの身体は弱過ぎて、添い遂げたとしても大切な人を置いていくから。

 

 けど、アルゴさんはきっと置いていかれる悲しみよりも明るくて楽しい今を大切にしようとしている。一生は無理でも、私を…今を大事にしてくれる。いつか居なくなる私との別れの時に後悔しないように。

 

 だから、私はあの人をデートに誘った。

 身体が弱いからあの人の支えが無ければいけない我儘だった。団員の誰にも伝えずに行なった秘密のデートだった。姉さんと歩いているノーグさんがチラッと見えたけど、彼方も気付いたら姉さんを連れて離れてくれた。

 

 

 祭りの食べ物を半分こしながら食べた。

 

 雑貨屋に回って綺麗な髪飾りを選んだ。

 

 パレードの花火を見て、手を繋ぎながら明日を想った。

 

 

「そろそろ祭りも終わりかぁ」

「最後はパレードでしたっけ」

「パレード、観やすい場所に行こう」

 

 

 アルゴさんが私を抱えてパレードが通る大通りが見える場所に飛んでくれた。屋根の上からパレードを見下ろし、冷たい風が吹けば持っていた膝掛けを肩に掛けてくれた。

 

 ああ、やっぱり優しいなぁ……。

 

 

「楽しかったかメーテリア?」

「うん、とても──」

 

 

 鎮魂歌(レクイエム)が聞こえる。

 

 人々の騒ぐ声が聞こえる。

 

 花火が炸裂する音が聞こえる。

 

 拍手喝采の中、祭りが終わりに近づいていく。

 

 

「本当に…楽しかったっ……」

 

 

 この人の隣にいられたらと、願いは遠くて祭りが終われば涙を流してしまう。

 

 どうして私なのだろう。

 どうして私の身体は病を患ってしまったのだろう。

 

 姉さんみたいに命を賭けれる覚悟があったなら。ノーグさんみたいに誰よりも強くなろうと出来る気持ちがあったなら。アルゴさんみたいに前を向ける力があったのなら、私はこの病気に勝てた未来があったのかな。

 

 涙腺が決壊する。

 抑えてた気持ちが溢れ出す。

 

 

「死にたくない……」

 

 

 生きたい。

 

 生きて一緒に未来を歩きたい。

 

 私は、この人と一緒に生きていきたい。

 

 でもそんな未来を夢見てもこの身体はその幻想を否定する。

 

 

 

「死にたくないよぉ……!」

 

 

 

 どうして今思ってしまったのだろう。

 ずっと身近だった『死』を受け入れ続けてきたのに。いつか死ぬ運命だと分かってたのに。自分の身体が、『死』が此処まで憎いと思った事はなかった。

 

 

「……メーテリア」

 

 

 アルゴさんは優しく抱きしめてくれた。

 泣き続けた。ずっとあの人の胸の中で泣き続けた。

 死に怯える私を彼は優しく抱きしめて受け止めてくれた。

 

 

 

 それからの事は曖昧だった。

 多分、私から誘ったのだと思う。自棄(ヤケ)になった気持ちもあったのかもしれない。どうせ死んでしまうならと、そんな思いもあったのかもしれない。

 

 死にたくなくても、いつか置いて逝くのが分かっていたから。

 

 

「アルゴさん……お願い、拒まないで」

 

 

 だから形を残したかった。

 私が居なくても、あの人が笑っていられるように。

 

 

「拒まないよ。メーテリア、いいか?」

「うん、来て」

 

 

 ──それが命を賭ける勝負だとしても。

 

 私はあの人に宝物を残したかった。

 未来で私が居なかったとしても笑っていられる未来を生きてほしいと願ったから。

 

 

 ★★★★★

 

 

 あの教会でノーグさんは話してくれた。

 自分の身体に相当な負担が強いる。病魔に侵された私の身体は宿した子供を産めるかも分からないと。そもそも投薬が多くなってきた以上、身体はそれに適応し始めている。要するに薬の効力が徐々に効きにくくなり始めるらしい。

 

 

「身体が慣れてきたって事か?」

「厳密には違う。俺の血を使って作られた薬はある種の『精霊の加護』と同じなんだ。大精霊ヴィルデアの加護を限りなく薄めて薬という形にしてるらしくてな」

 

 

 ノーグさんの血は大精霊の力が宿っている。

 だから私が投薬した場合、薬に宿る神秘が病を抑えてくれる。けど……あくまでそれは病を抑えるだけで治せる訳じゃない。

 

 

「『精霊の加護』には限界がある。少しずつだが投薬を続けてきたメーテリアには加護による効果が既に蓄積している。だから蓄積が限界値に達した場合、加護による治療は出来ない。しかも加護に適応するみたいに()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「っ、じゃあ……どれくらいの時間が」

「医神の見立てだと……多分5、6年で限界値に届く。そうなったら俺の薬でもメーテリアの延命は出来ない」

 

 

 それが私の人生の終わり(タイムリミット)

 子供を産めたとしても数年しか一緒にいられない事実に顔を伏せた。

 

 

「……なあ、黒竜は病を治せる薬になれると思うか?」

 

 

 突拍子な質問にノーグさんは目を細めて答えを出した。

 

 

「可能性は低いがゼロじゃない。アレは紛れもなく太古から存在する竜の王だ。英雄譚には悪しき竜の血を浴び不死になった英雄もいるくらいだ。絶大な生命力を宿しているなら薬の代わりになれる……かもな」

「そっか……よかった」

「まさかお前」

「俺、黒竜討伐に行くよ」

   

 

 アルゴさんが告げた言葉に私もノーグさんも愕然とした。黒竜討伐戦の最低基準はLv.4だ。アルゴさんは満たしているとはいえ闘いの加勢ができる程の力はない。

 

 

「お前に何が出来るっつーんだ。女帝達に任せておけ」

「いいや行くよ。行く事に意味がある」

「駄目っ!」

 

 

 私は叫んだ。

 嫌だ。折角子供まで出来たのだ。そんな危険を犯してほしくない。かつての大英雄でさえ黒竜に太刀打ちできなかったのだ。今の女帝達が負けるなんて微塵も思ってないけど、万が一なんて言葉はきっと付きまとう。

 

 

「大丈夫だって、いざって時はいつもみたいに逃げるからさ」

「……お前の自由だから止めねえけど、死ぬなよ」

「妻子残して死ねるか」

 

 

 竜の谷へアルゴさんが向かう。

 あの時、私はあの人に「行かないで」って言いたかった。

 

 だって生きていればきっと幸せだと思えるから。逃げたっていい、情けなくたっていい、終わるのが早いかもしれないけど、それでも生きてさえいればきっとやり直せる。

 

 分かってる。

 きっとそうじゃないんだって。

 

 気持ちの問題なんだと思う。

 誰かに任せて私を治してくれるという期待しか出来ない自分が情けないと思うから、きっと行くんだと思う。初めてアルゴさんが誇りという言葉のために動こうとしている。

 

 私は止められなかった。

 今まで私を支え続けてくれた人のわがままに私が否定して何様なのだろうと思ってしまったから。

 

 でも、本当は止めるべきだったのかもしれない。

 アルゴさんのわがままを聞かずにそばにいて、って言えたのなら未来は変わってたのかもしれない

 

 その日になって、彼は笑いながら手を振ってオラリオの外へと歩き出した。それを私は見送るしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、あの人は帰ってこなかった。

 

 竜の丘で帰らぬ人となってしまったから。

 

 お腹を撫でて死にたい気持ちを堪えて、あの人との繋がりを守ろうと私は頑張った。頑張ったんだよ。ずっと貴方が居ない中、暗闇を歩くみたいに辛い気持ちを抑えて頑張ったの。

 

 でも、いの一番に喜んで褒めてくれた貴方が居ない。

 

 苦しいの、貴方が居ない世界を生きるのがとても辛いの。

 

 

 それが白百合の枯れ始めだった。

 身体も心も弱って、生きる希望を見出せなくなったちっぽけな花の話だった。

 

 

 ★

 ★★★

 ★★★★★

 

 

 

「………うっ」

 

 

 どうやら夢を見ていたようだ。

 気怠い身体をゆっくりと起こせば隣にはお見舞いに来てくれたノーグさんの姿があった。

 

 

「久しぶりだなメーテリア」

「ノーグさん……」

「体調、どうだ?」

「ぼちぼちです。ノーグさんこそ無理、してないですか?」

「まっ、ぼちぼちだな」

 

 

 嘘だ。目の隈が酷い。

 多分ノーグさんは今オラリオで一番忙しい筈だ。それこそこの場所にお見舞いなんて来れないほどに。深層の単独遠征、オラリオの治安維持、後進の育成、大手派閥としての仕事。どれも時間がかかるものばかり、それこそ寝る時間を削ってまで無理をしている。

 

 

「無茶してまでダンジョンに潜らなくてもいいんじゃないですか?」

「あっ?無茶しなきゃ強くなれねぇし、死ぬつもりでダンジョンに潜ってねえよ」

「でも、薬の材料」

「気にしてんじゃねえよ。お前は生きることを考えろ。酷な話かもしれねえけどアルゴがいない以上、お前まで逝ったら子供達が酷く悲しむぞ」

 

 

 姉さんがお金を払っているとはいえ、素材の8割はノーグさん自身から生み出したり深層で手に入れられるものばかりだ。単独の遠征に行ける冒険者は今のオラリオでは二人しかいないらしいけど、それでも無茶しなければそんな事は普通しない。単独遠征はそれだけ危険性が増す。一歩間違えばあっという間に死に誘う。ダンジョンとはそういうものだ。

 

 それをノーグさんは何度も遠征している。

 ダンジョン内で日が明ける事は当たり前、物資が無くなれば帰ってきてはファミリアとしての仕事もしている。いつも頼り過ぎてしまっている。

 

 

「お前は頑張ってる。頑張ってる奴には報われてほしいのは当たり前の話だ」

 

 

 そう告げると額に指を当てられた。

 子供を置いて逝くという言葉に私の胸が強く締め付けられる。生きなきゃいけないのに、何処か死にたいと願う自分がいる。置いていかれた苦しみを分かってるからあの子達の為に生きなきゃいけないのに、あの人がいなくなって世界が少しだけ色褪せて、身体がそれに連なるように弱くなっていく。

 

 

「俺は代わりになれたとしても、ずっと居られる訳じゃない。アルフィアには苦労をかけてるけど」

「そんな事ないです。貴方が居なければ私も……」

 

 

 きっと姉さんも長く生きていなかったと思う。

 多分、薬がなければ妊娠後に私は長くなかっただろう。暗い事言うなと告げられて、軽く額を撫でられる。ひんやりして冷たい手が身体の熱を吸い取るみたいで少しだけ頭が冴えていく。

 

 

「リズの方はどうだ?」

「私よりは元気ですけど……日に日に悪化してるとの事です。薬が無いと咳が多くて」

 

 

 精霊薬じゃ根本的な治療にはならない。ディアンケヒト様やミアハ様も研究してくれてるが、今のところは薬の効力の引き上げ以上の治療法が見つからない。治す方法はヘラ様が探してくれているけど、見つかる可能性は少ない。けど、私達を生かす為みんなが助けてくれる。そう思うとまた目尻から涙が溢れた。

 

 

「泣くなよ。涙脆くなりやがって」

「だってぇ……」

「全く……」

 

 

 頭を撫でられた。

 心が弱くなっている時、いつもこの人は頭を撫でてくれる。その優しさが嬉しくて辛く感じる。

 

 

「リズの様子見てくるからなんかあったらそのベルで呼べよ」

「お父さん呼んだ?」

「呼んでないぞ」

 

 

 だって、生きててほしいと言われても貰ってるだけじゃ辛いの。私には何も返せるものがないから。   

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 子供を産んでから6年が経った。

 ノーグが告げていた猶予が迫ってくるのがメーテリアには分かった。最近は発熱と食欲の低下、睡眠の質の低下も引き起こし、身体にダメージを与えていた。

 

 

「ゴホッ…!ぃ……ぅぅ…!」

 

 

 発作が最近は特に酷かった。

 咳と同時に吐血して呼吸が上手くいかない。急いでビンの蓋を開けて『精霊薬』を飲んだ。息切れがありながらも徐々に咳は止まって呼吸が落ち着いてきた。臓器の殆どが機能してないから、今は食事でさえすりおろした果物か重湯のどちらかになる。

 

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 

 最近は『精霊薬』が効きにくくなってきているようにも感じた。病を抑え込む時間が短くなってきている。今まで一日一錠だったのに今は三時間に一度は常飲している。

 

 

「私……どれだけ生きられるのかな、アルゴさん」

 

 

 薬指に嵌められた指輪を見ながら、切実に呟いた。

 約束の猶予もまもなく訪れてしまう。それが明日か、明後日か、それとも半年も先まで生きられるのか分からない。

 

 けど、死ぬならそれでもよかった。

 子供達には悪いけど、あの人のもとへと行けるなら私は死んでもよかった。身近で恐ろしかった『死』に対する覚悟も出来てしまった。

 

 だから……もう私は『死』を恐れなかった。

 

 

 

「──生きる事に貪欲だったお前も、愛した者が死ねば弱気を吐くのか」

 

 

 

 声が聞こえた。

 慣れ親しんだ母親のような声色が耳に届くと、重たい身体を声が聞こえた方向へと向ける。そこに居たのは、夫を探しに行ってくると言って姿を眩ませていたかつての主神。

 

 

「久しいなメーテリア」

「ヘラ…様?」

 

 

 元最強の眷属の女神であるヘラ様がそこに立っていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

 此処は『豊饒の女主人』

 【フレイヤ・ファミリア】であったミア・グランドが半脱退をし、開いた飲食店。体躯の大きいドワーフがフライパンを片手に調理し、調理中の匂いに腹が鳴る。割高ではあるが飯は絶品、金を払っても行く価値のある一度行った誰もが口を揃えて言う場所に開店してすぐに注文を済ませ、カウンターに顔を埋めている現英雄候補の姿がそこにあった。

 

 

「ふぅぅぅぅ疲れたぁぁ……」

「何しみったれた声出してんだい坊主」

「いやもう最近忙しくて。治安維持も楽じゃねーですし」

 

 

 ぐったりしているノーグを見てため息を溢した。いつも厳格な様子だったり余裕を見せたような態度とは一変し、割と年下の雰囲気を出しながら疲れ果てた社畜のように弱音を吐いている。

 

 

「その口調、止めたんじゃなかったかい?」

「偶には弱音吐かねえと身体に毒なんで。ミアさんの前くらいですよ」

「なんでアタシだい。ファミリアの連中に吐きな」

「嫌ですよ。意地は張り通してこそ意地なんで」

 

 

 強くなる為に単独遠征の許可をもぎ取ったが、条件としては治安維持に協力する事。本来の自分の仕事を後回しにしない事。自身に課した意地を含めた誓約だ。やると言った以上弱音を吐けるものか。

 

 書類整理や物流の流れなどは三頭領や確認しながら交渉を行なっているし、後進の育成もノーグはアストレアの眷属やあの二人の他にもレベルが低い新人に教えたりしている。それぞれ役割を投げ出すわけにもいかない。

 

 その役割も含めて後進の育成は急務ではあるが、暗黒期のせいで情勢が目まぐるしく変わる。武具や食材の流通による金額の変動、緊急依頼、それに対応できる人間が少ないのも事実だ。

 

 

「まあ抑止力はアンタと猪坊主しかいないしねぇ。ホレ、とっとと食ってさっさとこの時代を解決してきな」

「他人事だと思って…。いただきます」

 

 

 出されたビーフシチューを焼いたバケットに絡めて口に入れる。ザクッとした焼き加減とシチューの味の奥深さに頬を緩ませる。

 

 

「相変わらず美味いですね」

「当然。アタシは味に妥協はしないよ」

 

 

 他愛ない会話が心を休められる。

 黒竜の問題を後回しにせずに様々な問題に対応すれば疲労は溜まる。精神的磨耗は必然と言えるだろう。とはいえ上が瓦解すれば下も瓦解しかねない。毅然とした旗頭が必要である以上、弱音を吐く様子は極力見せられないのだ。

 

 

「(まあ、意外と弱音を吐けるのは距離感が近い人間よりも適度な距離感がある知り合いの方が楽だしな)」

 

 

 距離感が近くても弱音を吐けたのは後にも先にもアルゴくらいだ。ミアとは古い付き合いもある為、どうしても弱音を吐きたい場合は行っては美味しいご飯を食べて気持ちを切り替える。ストレス管理はノーグにも必要な事だった。

 

 

「ミアさんは店続けられるのか?最近、食材の流通に規制が入ったし」

「ギルドに治安維持に協力する代わりに融通するように交渉したから問題ないよ。半脱退は自由なのに今は辞めるなとか言ってくるもんだ。思わず拳が出かけたよ」

「それ豚死んでない?ミンチになってない?」

「安心しな。幾らアタシでも時代の情勢くらい読める」

 

 

 豚と呼ばれたエルフ。オラリオのギルド長のロイマンが死んだらそれこそオラリオの機能停止になりかねない。アレは無能に見えても大局を見据えている。エルフ故の傲慢さやそうあるべきであるというモラルの欠如も多々あれど、このオラリオを維持している人材としては認めている。拳が出ようものならオラリオ崩壊秒読みだ。

 

 

「治安維持の協力ってどの範囲?」

「週2でパトロール程度」

「まあ、そこが最低ラインですね」

 

 

 本来ならミアは店を開いていい人間ではないのだ。治安維持が難しい今の時代、ノーグやオッタル以外の抑止力としてはLv.6のミアが最上位に君臨する。三頭領以外ならヘディンやアレンなども候補に入るが、敵にLv.5がいる以上はやはり確実な強さの指標としてミアが挙がる。

 

 欲を言えばノーグもミアには現役でいてほしかった。

 負担の集約は強い人間の問題だとしても、現在はLv.7のノーグかオッタルに集約されている。ミアもそこが分かってるから治安維持を引き受けてくれたが、根本的な解決にはなっていない。

 

 ため息を吐くと、扉のベルが鳴り響く。

 白いワンピースを着て出勤してきた街娘がニコリと笑いながら手を振る。

 

 

「あっ、ノーグさんお久しぶりです!」

「……何やってんだお前」

「見て分からないんですか?働いてるんですよー」

「ああ、そう……心の栄養ってやつか」

 

 

 お前も大変だなぁ、と遠い目をして街娘を見る。

 一発で看破され、憐れみの眼を向けられて少しだけ顔が引き攣るのを抑えながらも街娘のシルは懐から取り出した手紙を差し出してきた。

 

 

「昨日なんですけどヘルメス様からお手紙を貰ったんです。貴方宛の」

「俺?ああ、遠征だったからか。悪いな」

「いえいえ、それよりなんで【ロキ・ファミリア】に直接届けないんでしょうね?」

「俺がファミリアを通さないように言ってたんだ。元ファミリアの手紙なんてアイツら検閲しかねないしな」

 

 

 ファミリア同士の交流ならまだしも、相手はヘラの眷属。引き抜きの手紙の可能性もゼロではない。そう言った場合、中身を見られるとこっそりお見舞いに行ってる事がバレかねない。

 

 

「つか差出人ヘラ本人?あの人ゼウス追っかけてなかった?」

 

 

 封を開け、中身を拝見すると書かれていたのは短い文章だった。

 

 

「はっ?」

 

 

 目を見開いて口を開いて驚愕する。何事かと思ったシルが手紙を覗き込むが、ヘラにしては簡素で短い文章に首を傾げる。

 

 

 

 

『特効薬が見つかった。三人とも投薬し快癒している。今度見舞いに来い』

 

 

 

 

 茫然し、言葉を失った。

 目を擦り、再度手紙に目を通したが書かれた文字は変わらない。

 

 

「………………マジ?」

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 ヘラ様が『不治の病』を治す薬を手に入れて、私とリズに投薬し始めた。即効性ではなかったけど、身体の怠さが徐々に消えていくのを感じる。リズも多分同じ、いつも辛そうな顔をしていたけど顔色が良くなっている。

 

 とはいえ臓器が機能不全に陥っていたから、まだ安心出来る状態でないらしい。食事制限など色々な問題はあるし、元気だった時のように動ける訳じゃない。いえ、これなら数十年は生きられるとヘラ様が連れてきた医神が答えてくれた。

 

 

「なら、もう大丈夫だな」

 

 

 そして病が治ると同時に、姉さんは旅の準備を始めた。ヘラの生き残りとしてやらなければならない事があるからと、荷物をまとめていく。姉さんが何処かに行く準備を始めるとベル達は首を傾げていた。

 

 そんな急に行く理由が分からない。

 まるで、猶予がないみたいに急いでいるみたいで私も疑問に思い、質問を口にした。

 

 

「何処に行くの?」

「ヘラから依頼があってな。神々の負債を片付けてくる」

「その後、姉さんはどうするの?」

「私の病も治ったんだ。暫くは旅をするつもりだ」

「……ノーグさんの所に」

「いや」

 

 

 空を見上げながらそれを否定した。

 

 

 

「──アイツの物語に私は必要ないだろう。()()()()()()()

 

 

 

 姉さんは振り返らなかった。

 妙な言い回しといい、何か隠しているように思えた。

 

 けどそれ以上に……

 

 

「姉さん!」

 

 

 何処か遠くに行ってしまいそうなその背中に手を伸ばそうとした。けど、出来なかった。何でかは分からない。とても悲しそうな顔をして笑ったからだ。私に隠そうとして隠せない優しく誤魔化そうとする笑みが聞こうとする私を止めた。

 

 話してほしい、ずっと支えられてきたから私を頼ってほしい。けど、その眼は聞かないでほしいって告げているようだった。

 

 

「いや……ごめん。気を付けてね」

「ああ、行ってくる」

 

 

 行ってしまう。

 あの人みたいに行ってしまうようなそんな予感を前にしても私は止められない。姉さんは何かを成そうとしてる。折角治った命を使い潰すようなそんな予感がしてならないのに。

 

 私は見送るしか出来ない。

 覚悟を決めてしまった人に、私の手は届かない。

 

 もしも、姉さんを止められる人がいるとするなら……

 

 

「ノーグが此処に見舞いに来たら伝えといてくれ」

 

 

 振り返らずに姉さんは言葉を遺した。

 姉さんが大切に想っているあの人に向けて。

 

 

 

「──またいつか、オラリオで」

 

 

 

 そう告げて姉さんは歩き出した。

 

 

  

 

 

 

 

 ──約束を告げた。

 きっとまた生きて会う事を信じて。

 

 ──未来を悟った。

 彼女は彼の未来が救済である事を信じて。

 

 ──彼女は歩く。

 定められた終末に抗う為に。

 

 

 

 ──英雄の都にて二人は再会する。

  

 

 その再会は希望か、絶望か。

 それは神でさえこの時は知り得ることはなかった。

 





 次回からアストレア・レコードに入ります。
 1月1日の23:59に予告編を投稿したいと思います。

 よかったら感想評価お願いします。モチベが上がります。
 
 来年もよろしくお願いいたします。
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