【急募】見知らぬ世界で生きていく方法 作:道化所属
剣を振るい続ける。
血が滲む身体を恩讐を以て奮い立たせる。
魔法が飛び交い、鐘は高らかに終わりを告げる。
空が堕ちるその光景に、運命が終わった事を悟った。
決められた道、定められた巡り合わせ、即ちそれを運命と呼ぶのであれば私がなるべき役割を果たしたと言えるだろう。
「─────」
憎悪を薪に焔を焚べて生きてきた。
復讐が終わる。黒い焔は役目を果たしたかのように燃え尽きた。残る想いは仇を討てた僅かな満足感と、灰となって色褪せたどうしようもない虚無だった。
「大丈夫ですか団長」
「……うん、問題ないよ。怪我はあらかた治したし」
「……後悔してますか?アレは奇しくもあなたが生きる理由だったのでしょう?」
「……いや、仇として殺したかったから後悔はないよ」
殺したかったから殺した。
その事実は変わらない、変わることがない。ただ、虚しさだけは消えてはくれない。命を賭けてまで強くなる理由は……もう何処にもない。
「これから、どうすればいいかな」
「ダンジョンの最下層の攻略、と言えばあなたは納得しますか?」
「……できない、かな」
限界だった。
復讐は果たされた。恩讐の源を断ち斬った以上、戦う理由を他にぶつける事は出来なかった。心は身体についていかない。
「もう……疲れた」
復讐からは達成感しか生まれなかった。
失った命は回帰しない。あの頃の時間はもう戻らない。瞼の裏に焼き付いた静穏の記憶にはもう辿り着けない。
「……みんなの所へいきたい」
こんな世界を生きるより、大事だったあの人達に会いたかった。役割は果たした。最上とはいかなくても義理は通した。これ以上望まれた英雄になれるとは思えない。
本当は自分の為に戦って自己満足で戦い続けた。主神は何度も傷付いた英雄を抱きしめて、それでも道を示してくれた。仲間に恵まれたけど、心の奥底に眠るあの頃の幸せがいつも胸を締め付けて。
今はもう、空っぽだ。
生きる意味さえ見出せないくらいに。
「なら──賭けてみますか?その願い」
俯いていた英雄に副団長は膝を突いて懐から一冊の本を取り出した。
「……これは?」
「我が主神より預かってます。あなたの最後の魔法を埋める『
「……今更そんなものが何を」
「あなたは英雄です。最後の英雄としてあなたはこれまでよくやってきました。本来であれば、あなたは戦いを忌避する心優しい方だというのに、
才能の権化、歴代最強の麒麟児、どんな言葉を当てはめても
復讐心から剣に手を取った。
彼は止める事が出来なかった。失った気持ちは想像を絶する程の怒りを放ち、かの英雄の片鱗を見せつけられて、復讐が成せるのならそれ以外の全てを捨て去る覚悟を持った英雄の子を止める事が出来なかった。
「あなたを任されてずっと頑張ってきたのを見てきました」
涙を流して蹲る日は何度もあった。
寂しくて弱音を吐く日は何度も見てしまった。でも止めよう、と言っても投げ出す事だけはしなかった。
剣を取って素振りを欠かした日は無かった。
生きるための知恵を磨くのを欠かした事は無かった。
血の滲むような努力の中、泣きながらもかの英雄のように戦い続けた。
「もういいのです。世界のため戦い続けなくて。あなたのやりたいようにやりなさい。
かつて
「私も、あの二人に救われ今日まであなたに仕えて来たのですから」
救われない世界に希望を齎したあの英雄の子の我儘だ。
もう、救われてもいい筈だ。絶望の時代を斬り拓いた英雄も救われてほしいと思うのは間違いなんかじゃないのだから。
「だから私からあなたに問いましょう」
目を合わせて、手を取った。
魔法の発現は強い願いや想いから生まれる。
想いを形にするために、彼は英雄に問いかける。
「──あなたの願いはなんですか?」
★★★★★
長きにわたる暗黒の時代。
英傑達が死に絶え、秩序は崩れ去った英雄の都。
闇が燃え、星々を隠す暗雲の下、潡しく立ち昇る煙とともに街が焼かれている。地獄の業火を彷彿させた変わり果てた都。悲鳴を上げ、逃げ惑う民衆の視線の先で、絶叫とともに炎上している。
ケタケタと誰かが嘲笑う。
ゲラゲラと誰かが奪っていく。
抑止力たる最強は死に絶えた。
希望の象徴であった彼等はもう居ない。
「────」
絶望に泣き叫ぶ誰かの元に剣が舞い、藍色が全てを掻き消した。炎は消え、敵は斬り殺され、誰よりも速く誰かを助ける最後の抑止力が剣にこびりついた血を振り払う。
「ったく、退屈させる暇すらねえな……この街は」
オラリオに響き渡る悲鳴と絶叫。
絶望に嗤う邪神達と血で血を洗う善悪の戦い。
英雄の雛達は翼を得て、天を見上げて飛翔する。
正義に与する二大派閥が優勢だと、震える民は思い込む。現最強達に勝てる人間など敵には誰一人いないと。
だが……
「どうしたァ!!私を楽しませる
天秤が傾く。
隻腕のアマゾネスが高らかに叫ぶ。
「全くはしゃいじゃって。帰れたのがそんなに嬉しいのかねぇ」
天秤が傾く。
枢機の魔女は混沌たる街を見下ろす。
「さあ、喰らわせて貰おうか。小僧ォォォォ!!!」
天秤が傾く。
暴喰の武人が英雄の雛の前に立ちはだかる
「──五月蝿いのは今も変わらず、か。いつの時代もオラリオはオラリオという訳か」
天秤が、秩序は此処に崩れ去る。
才禍の怪物は静かに眼を閉ざした。
此れなるは下界最大の特異点。
世界の命運を左右する一つの物語。
「──今此処に宣言しよう。この俺が下界最強の冒険者である事を」
刻む。
修羅の道を歩む最凶の申し子が告げる。
「奴だけだと思うな。俺がまだ此処に居る!!」
刻む。
巌の武人が誰よりも泥臭く吠える。
「僕等はお前に勝ちに行く!だからこそ此処で命を賭ける!!」
刻む。
勇者足らぬ者が英雄の道に足を踏み出す。
「さあ、行くわよ!正義の剣と翼に誓って!!」
刻む。
己が抱えし正義を胸に秘め、星の乙女達は駆け抜ける。
神々でさえ予測し得ない。
物語は史実より遥かに捩れ狂う。
「貴女の名前は?」
「……別に、名前で呼びたいなら
誰の手にも止められない。
宣告する。英雄は──を前に死に絶える。
「アレは……何なんですか?」
「……一言で言うなら──だ。アレの気分次第で時代が決まる」
混沌より這い出る絶望の具現。
立ちはだかるは双剣を持つ最新の英雄。
「……勝てるんですか?」
「さあな」
此れは滅びに抗う彼等の物語。
下界の運命を揺るがす英雄達の軌跡。
「私はお前に感謝している。お前のおかげであの子が生きていられたのだから。死に逝く運命に、私はどうする事も出来なかった」
「私はお前を尊敬している。お前は諦めなかった。ファミリアが壊滅してもなお強くなり続けた」
「この選択は間違っているのだろう。分かっているんだそんな事は」
「けれど私は──」
「俺もお前も──きっと自分にとっての正当を選べない」
「言葉にしなきゃ分からないけど、分かるんだ。お前が俺にどうしてほしいのかは」
「そうしてほしいという願望の押し付け合いはもうやめだ」
「俺は──」
長いプロローグには飽きただろう?
ならば見せてやろう。誰にも止められない絶望を。
「──さあ、
星の終わりを再演しよう。
神々が振るいし天の暴力を刻み込もう。
血を這う虫が如何に群れようと天に届かぬ事を身を以て知るがいい。
「一丁やりますか。この下界を護るために」
──さあ戦え。
この世界の全てをかけて。
──
開幕