【急募】見知らぬ世界で生きていく方法 作:道化所属
夢を見た。
誰かが一人で戦い続ける夢を。
剣が舞い、魔法が飛び交い、血肉が弾けながらも戦い続ける英雄の姿を。
それはとても鮮烈でどこか寂寥感を思い出させるような光景だった。彼の後ろには誰も居ない。誰もが勝てないと諦めている。民衆も仲間も、神さえも。彼の隣には誰も居ない。
それでも彼は戦い続けた。
恐怖を押し殺し、魂を削るように剣を振るう。
誰も着いてこないのに誰かを守る為に、ただ必死に抗う。
『──見事だ。英雄よ』
そして彼は成し遂げたのだ。
満身創痍になりながらも僅かな隙を突いて、怪物の胸に剣を突き刺した。命を削る闘争の果てに、彼は誰もが勝てないと宣う怪物の時間を奪う事が出来たのだ。
『だが、貴様の行いは破滅の未来の先延ばしに過ぎん』
『はッ……だったら…何だ?』
血を吐きながら、突き刺した剣に力を込める。
英雄はこの怪物に勝てなかった。この怪物は今の人類には太刀打ちできないモノだと判断した故の苦肉の策。精霊の力を利用した封印により決着を先延ばしにする事を選んだ。
『絶望』は凍結する。
安寧の日々が訪れる。
例えそれが、仮初の時間だとしても。
『──宣告する。今日より八年と七十と六日、我は復活を遂げる』
『!』
『貴様が護る人類の全てを鏖殺し、我はこの星を統べる。そこに貴様は居ないのだろう?後にも先にも、貴様程の英雄は現れない』
それは代償を払った上での選択。
すでに置換された精霊としての身体機能。それら全てを用いての封印だ。封印が出来ても彼は生きていられる時間の殆どを失う。遥か未来の決着は彼にではなく、未来の英傑達に託された。
『終末に抗う術を失い、何も出来ずに冥府で眺めるがいい。滅びを定めた世界で足掻く蟻共の喜劇を』
凍て付く氷が怪物の身体を包む。
全てを眠りにつかせる氷牢の封印に飲み込まれながら怪物は薄ら笑うように英雄を見た。
『───────────』
英雄は答えた。
不敵な笑みを浮かべながら『絶望』に向けて宣戦布告を口にした。
『ハッ、あはははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ──!!!』
怪物は笑った。
呵々大笑の声が響き渡る。
愉快な喜劇を見たかのように。
『ハッ、ならばやってみるがいい。
氷が全てを閉ざしていく。
怪物は永い眠りに付き、英雄は死に向かう。
『それでは──良い終末を』
そして、新たな時代の胎動が始まる。
たった八年。その短い年月で下界最強を超えなければいけない。
最強の英雄が託した、人類への試練がこの瞬間より始まった。
★★★★★
闇が燃えている。
いや、星々を隠す暗雲の下、激しく立ち昇る煙とともに街が焼かれている。轟々と燃え上がる緋色の輝きはまさに地獄の業火を彷彿させた。悲鳴を上げ、逃げ惑う民衆の視線の先で、巨大な工場が絶叫とともに炎上している。
「ひひひひひひひっっ!!」
それは混沌の嗤い声だ。
「ギャハハハハハハハッ──!」
安寧の滅亡を望む『悪』の哄笑だ。
「殺せ殺せっ!!どうせ後が約束されてんだっ!」
「奪えるだけ奪っていけ!女子供は好きにしろっ!!」
「あはははっ、あはははハハハハハハハハハッ!!!」
泣き叫ぶ民衆の声、燃える街、埋め尽くす絶望に嘲笑する。最強達はもういない。抑止力は崩壊し、『悪』は我が世の春を謳歌するように混沌を嗤う。
それが今の時代だった。
悪は栄え、弱き者は奪われてただひたすらにこの世の無情さを思い知らされる弱肉強食の世界。救いの声が届く前に誰かは殺され秩序側の人間に映るのは惨たらしい死体のみ。
「誰かぁ…!」
助けを求める声が燃える街に微かに響く。
「誰か助けてっ……!!」
無情にも湧き上がる炎に声は掻き消される。
街の住人に襲い掛かる『悪』に怯えては逃げていく。『悪』は泣き叫ぶ住人が滑稽で愚かしくて、嗤いながら追い掛ける。
「うあぁ……ああぁ……!!」
「つーかまーえたっ」
片や恩恵のない一般人、片や契約を以て恩恵を授かった邪神の駒。逃げる事さえ出来ずに逃げ惑う一人の女を見つめては追いかけて髪を掴む。泣き叫んで命乞いをする苦痛に満ちた顔に『悪』は恍惚な笑みを浮かべて剣を振り上げた。
そして、
「はっ?」
違和感を感じた。
身体が軽くなったかのような感覚、突如何かが欠けてしまったかのような違和感。振り下ろしたはずの剣が無い。
否、剣が握られた
「はっ、あああああああああああアアアアアアアアアア──ッ!?!?」
違和感は危機感へと変わり、目の前の光景を受け入れられずに絶叫を溢す。斬り落とされた部分を見れば血が
血は流れず、痛みはない。
それは冬の楽園と称しながら、全てを無に帰す零獄の箱庭。それを体現する人間は一人しかいなかった。
「──そこまでだ」
凛とした声が嘲笑の声を切り裂いた。
全てを灰に還さんと荒ぶる炎獄が、
哄笑は沈黙に、『悪』を目論む獣に獣を狩る英雄が、『絶望』を殺しにきた。
藍色の髪、二振りの剣、整った顔立ちは冷酷なほど冷たい瞳をして『悪』を見下ろす。
「ぁ………」
『絶望』は息を呑んだ。
獣は笑みを凍り付かせた。
今まで『絶望』を与える愉悦が、『死』から逃げる生存本能へと変わる。出会ったら最期、『絶望』は逃げられないと頭で理解していながら。
「嘘、だろ……早過ぎる……!?」
現オラリオ最強──【修羅】ノーグ
本拠地から十数キロ離れた工場に僅か1分で現着。
「う、ああああああっ!に、逃げろおおぉ!!」
「散れぇぇぇぇ!!!」
それを見た瞬間、勝てないと悟った。
それは正しく『希望』であり、敵からすれば『絶望』である。
雲を散らすかのように逃げ惑う『悪』を冷たい眼差しで睨み付ける。
「逃すわけねえだろ、誰一人」
剣を抜くまでもなく、出現した藍色の炎がノーグの指先に集中していく。冷気が周囲に影響を及ぼさない卓越した魔力操作によって圧縮した魔法は藍から黒へ。
指を銃の構えとし──放つ。
「『
星が弾けるように拡散する。
拡散する凍て付く槍が逃げる信者達に追尾するように襲いかかった。魔力操作は基本的にマニュアル。だが、Lv.7の超越した感知能力と魔力操作が誰一人逃す事なく捕捉していた。
空を駆ける黒い流星が着弾と同時に脚が地面と共に凍り付く。
「ギぃ……!?」
「ぐっ、クソッ……!」
逃げ惑う『悪』を誰一人逃す事なく撃ち抜く氷弾の流星雨。その弾は人の命を奪わず、凍り付いた身体の感覚をゆっくり殺していく無慈悲な絶技。全ての敵を凍結させると被害がないか工場を歩いていく。そこには逃げ遅れた先導者のような男が睨みつけながら不適な笑みをこぼした。
「こ、の程度……!」
この程度の威力なら思ってた以上ではない。脚と腕が凍結しているが自分はLv,2、他の人間より頑丈で氷を砕けば逃げ出せる。
「どの程度?」
そんな考えを嘲笑うかのように凍り付いた腕をノーグの指が弾く。
バキンッと砕かれた自分の腕を見て眼を見開いた。痛みはない。何も感じない。だというのに、自分の身体は硝子細工のように容易く砕き割られた。
腕を循環する温かい血が流れる。
感覚が徐々に取り戻されていく。
そして連なるように感じる激痛に絶叫を上げる。
「うがあああああアアアアアアアアアアッ──!!?」
「加減してるに決まっているだろ。じゃなきゃお前、死んだことすら気づかないまま凍死体だ」
「ぎぃ……ぎ、さまぁ……!!」
「下手に動くと更に身体割れるぞ。大人しくしとけ」
それを一瞥すると周囲を確認する。
工場の物資は盗まれているが、盗んだ人間は凍結している。魔石工場の損壊は最小限に留めたが無視出来ない損傷は残っている。嫌がらせの為に動いているのか、はたまた何かしらの目的があるのか。
「う、動くなぁ!?」
「あっ?」
茶髪の小さな女の子を腕で締めながら刃を翳す男がいた。
一瞬怪訝な顔をして僅かに困惑し、納得を溢した。魔法で何故拘束できなかったのか。アレは放ったら最後自動追尾するように制御しているにも関わらず、目の前の男には当たっていない。
先ほどの『
「は、はははっ!やっぱり人質が一番効果があるよなぁ!?」
「………」
「その剣で自害しろ、じゃないとこの子を殺──」
言葉を続けるよりも早く子供を掴む腕を切断し、首を刎ねた。鮮血が舞う光景を見せないように手で子供の目を覆い、他に気配がないか再確認する。唯一の『例外』は感知からすり抜けてしまう。被害を出さないために正確に捉えた範囲攻撃は敵と認識していないため目視抜きでは当てられない。
だが、『例外』にも弱点は存在する。
「
剣に付いた血を振り払い、覆い隠した手をどけて確認を取る。小人族のように見える小さな茶髪の子供は少し震えていた。このご時世、誰もが命の危機に晒されてしまう。助けられても精神面は別だ。
「大丈夫か?」
「は、はい!」
緊張しながらも答えてくれた。
『例外』を用意してきたのはおそらく【
「ったく、退屈させる暇すらねえな……この街は」
再びため息を吐くと、足音が聞こえてきた。鞘が体にぶつかる音、走る際に聞こえる鎧の音から誰がきたのか瞬時に把握した。正義の派閥【アストレア・ファミリア】が遅れながらも制圧した現場に駆け付けた。
「そこまでよ…ってノーグ!?」
「遅いわ。もう終わったぞ」
「お前が速すぎるんだよっ!?」
「ハッ、鈍間な正義だな。後処理よろしく」
「殺すぞ」
輝夜が青筋を立てて刀に手を掛けるが、そんな事も気にせずにノーグはこの場から歩いて離れていく。制圧が終わった以上、あとは正義のファミリアの管轄だ。抱えた子供をアリーゼに渡し、歩いていく。
「えっ、マジで行こうとしてる?」
「そもそも此処の管轄お前らだろ。遅れた罰として任せるわ。誰も殺してねえから煮るなり焼くなりご自由に。この子とそこの女の人は任せる」
「ちょっ、おい!」
「あと、
ノーグは手を振って直ぐに消えた。
腹立たしいが、鎮圧した
ノーグが居る時は
「(アイツが此処に来たって事は
ライラは眼を細めた。
ノーグには『直勘』の発展アビリティが存在する。勇者と同じ神懸った勘と類似した危機に対する虫の知らせ。ただフィンの勘と違うのは戦闘以外では何故危機に繋がるのか理解が出来ないのに反応する事があるらしい。
所詮『直勘』は
『直勘』故に理由までは分からないが、そう考えた方がいいだろう。無駄に思えても無駄と割り切れるほど楽観的にはなれない。
凍って動けなくなり気絶している男の懐を漁ると、何か手に当たる感触に目を見開き取り出した。
「!」
小さな水晶のようなモノが出てきた。
内側には文字のようなモノが細かく刻まれているが魔力は浴びていない。多少なり武器に仕込む道具を作るライラでさえ詳細が全く分からないが、魔導具の類いのものだとは理解できた。
「(多分、1回しか使えない消耗品……魔力があったらノーグが気付いてる。相手はノーグの感知力を熟知して作ってんな)」
ノーグの情報をよく知っている。
捨て駒と見せかけた本命を混ぜる作戦は今までの傾向としては無かったパターンだ。捨て駒が何かしら起こせばそれでいいというスタンスから外れた明確な目的があった行動。
「(とりあえず『
解析さえできれば目的が分かるかもしれない。
ただ防げただけで安心できるほどライラは楽観的にはなれなかった。ノーグが楽観的というわけではないが、この惨状を見れば目的を阻止出来たと考えても無理はないだろう。
「うわっ、凄ぇな。急所を外して動きを封殺してやがる」
「団長、魔法で凍結した部分を解かしてやれ」
「私焚き火扱い!?」
因みに全員解かすのに数十分掛かった。アリーゼは
★★★★★
【ロキ・ファミリア】本拠地──『黄昏の館』
執務室にて三首領と主神がそれぞれ報告を交わす。ファミリアの現状報告や発注状況など大手ファミリアとしての仕事はかなり多い。一通りの報告が済んだ後、ある議題をフィンが口にする。
『
「……きな臭い」
「ノーグが抑止力となっとるが、やはり連中の動きが無さ過ぎる」
「それ事態はええ事なんやけど、やっぱ不気味さが拭えへんよなぁ」
あまりにも静か過ぎる。
抑制出来ているならいい。事件が起きなければいい。だが、この嵐の前の静けさに冒険者特有の嫌な予感を嗅ぎ取る。ハッキリ言えば煮え切らない気持ち悪さを感じていた。
「そもそもオラリオの崩壊が目的なら使い捨ての駒は有り余る。それすら温存しているとなると」
「
機を伺うのは敵の立場なら同じ考えだ。
無策な運用は何も得をしない。どころか手駒から策略が漏れて計画が潰れるならば敢えて何もしないで機を伺う方が100倍マシだ。
だが、ヴァレッタの狡猾さを加味しても殺しを抑制されるストレスはあるだろうに。『嫌がらせ』の類いを全くしてこないのは妙な不自然さを感じ取っていた。
「僕が仮に『
「ウチが敵の立場やったらノーグを誘き寄せて一時的に動けなくする。そもそも倒せる人間やないならそっちの線で行くわ」
「おい二人とも」
「じゃがまあそれは正しい。圧倒的な速さと強さで隠蔽した信者まで分かるなら何より最優先にする」
ガレスの思考は正しい。
そもそも『正義』は後手に回る立場だ。
何か盗みを働いたら捕まえる。武具を持ち、暴れたら取り押さえる。騒ぎを起こさずに民衆に紛れている信者に確証がなければ捕まえることすらできない。さもありなん。
だが、ノーグの『天眼』はその事実さえ凌駕する。常に先手を打ち続ける無法。フィンが敵の立場なら「やってられない」と渋い顔をしながら作戦を練り上げるだろう。
「時間稼ぎ……ロキ、神の武具に『精霊を確実に殺す』効果がある武具とかあったりするかい?」
「『精霊殺しの武具』自体はある。けど下界で使用できるもんやない。『神造武具』が扱える条件は『
秩序側にLv.7が二人いる以上、どれだけ小細工を弄しても戦力的に負ける可能性の方が高い。ならば埒外の力、下界の魔法とはまた別の人智を超えた神の力に近しいものならと思ったが、ロキはそれを否定する。
「他やと『
「んー、『封印』って結構条件あったりする?」
「命と引き換えにする儀式とか制約は大きいで。つかそんなもん遠隔から一方的に使うのは不可能やし」
何かしらの制約を無しに行使出来る『
如何に儀式や制約をクリアしたとしてもノーグは『直勘』で気付くし、最低でもノーグを目視もせずに遠隔で殺したり封じたりなど出来るわけがない。
「(考え過ぎか?いや……)」
だが、
楽観視は出来ない状況の中、張り巡らせる思考はどれも想像の類いでしかない。僅かながらの不安を感じながらもフィンは今出来るファミリアの最善の行動を行なっていた。
★★★★★
【フレイヤ・ファミリア】本拠地──『
一人の猫が槍を振るっていた。一秒の間に五回の突きを放ち、それを永続と繰り返す。レベル差がある冒険者にはそれが目にも止まらぬ猛攻、迎撃する暇を与えない突きによる圧殺に見えた。
だが、本人が意図しているのは全く違う。
命を懸けた闘いではなく、自分の技を磨き上げる
「………クソ」
時は遡る事、数日前の話だ。
この『
『んじゃ、やるか』
『ああ』
大剣を構えたオッタルが殺し合いとは違う集中力を以て、『獣化』を始めた。二週に一回、オッタルとノーグはお互いに手合わせを行う。ゼウスとヘラが居た時代の名残、対人戦闘の特訓の為に自身に対して追い込みをかける。無論一対一でだ。
剣の音が遅れて轟く異様な光景。一合一合が地面を抉り、周囲を吹き飛ばす剣戟の嵐。お互いに理解しているからこそ、剣はお互いに完璧に迎撃していた。
『……よし、調整は済んだか?』
『問題ない。ここからが本気だ』
『来い』
獣化による本気の戦闘。本能を解放し理性で技の冴えを失わないオッタルのそれはLv.7の後半の力に迫る。毎回ノーグが勝つのだが、オッタルは一戦ごとに技の冴えが磨かれていく。
格上との戦闘による上質な経験値は伸び悩むオッタルを次の次元へと昇華させる。お互いに殺すまではいかなくても、油断しているなら殺す次元の攻防。牙が磨かれてはノーグに一太刀当てる攻防を生み出していた。
その
『へぇ……いい脚してるな。けど、軽いな』
屈辱だった。
オッタルの時とは遥かに違う対応。相手の得意分野を堂々と捩じ伏せて自分は上だと思い知らせる行動が気に食わない。自身が最も得意とする強さを出すまでもないと割り切られ、手を抜かれている事が尚筆舌に尽くし難い苛立ちを加速させていた。
『お前その加速をどうして突きに活かせねえのかねぇ』
『あ"っ?活かせてるだろうが』
『じゃあ出来てないだけだな。センスねぇー』
『ブッ殺す』
槍は届かず、摘まれては捻られて身体が回る。
咄嗟に槍を離して体勢を立て直すが、ノーグは右手で槍を軽快に回しながら壁へと向かっては止まった。何のつもりだ、という言葉を発する前にノーグの槍は手元から消えた。
『────ッ!!』
轟音、そして衝撃が耳を震わす。
その槍は音さえも置き去りにして。
『槍使いではないが、ヘラの副団長はこれくらいの事は出来てたぜ』
魅せられた。思わず唖然とする。
たった一突きで格の差を理解してしまった。
「クソッ…がぁ!!」
血豆が潰れ、槍に滲んだ血が流れ落ちるのを厭わずに壁を見た。破壊痕と亀裂、そしてその中心には
「バケモンがぁ……!!」
たった一突きで折れた銀槍があった。
尖端が残り
奴は槍使いですらない。だというのに、その技を見て理解をしてしまった。槍でさえコイツの方が強いと本能が認めてしまった。頭蓋が軋むほどの苛立ちが走りながらもその突き痕と自分の突きを比較するが歴然の差だった。
アレンの突きはここまでの破壊力を出せない。それにあの突きはアレンが見えるように手加減した威力だった。貫通は出来る。貫く事自体はアレンでも出来る。ただ、アレほど重い一撃は放てない。
能力値やレベルなどの話ではない。
アレは単純な技量だった。全身を上手く扱い力の流動を完璧に流さなければアレほどの破壊は生まれない。即ち、使い手ですらない槍でさえ今のノーグに負けていると自身が認めてしまっていた。
奥歯を噛み砕きそうなほどに屈辱に塗れ、血豆が潰れようが何度も槍を振るい続けた。
「絶対轢き殺してやる…!!」
天上を垣間見た戦車は今日も休まずに戦場にて槍を磨く。修練の先、修羅の道に挑む最強達を超える為に。
★★★★★
闇派閥にはある決まりが存在していた。
それは『ノーグが地上にいる間の活動自粛』だ。とある邪神からの要望に当然ながら反発した。ハッキリ言って巫山戯るなとキレ散らかし無視を決め込もうとしたヴァレッタがその言葉を聞いて三日後に作戦を練った。
英雄のように振る舞うのであれば人質作戦が通用する。能力で勝てなくても精神的に潰せばいずれ隙は生まれる。闇派閥の捨て駒を住民に紛れ込ませ、自爆兵として待機させていたというのに。
『何処にでも湧くな。蛆共が』
手刀一閃。
自爆兵は忽ち意識を刈り取られた。
「………………はっ?」
唖然とする。
騒ぎどころか動きすら見せてないというのに、ノーグは一目見ただけで確信を持ったかのように狙いを定めた。突如住民に攻撃をしたのではと悲鳴が飛び交う中、ノーグの手に持つ『
「………………はあっ?」
訳がわからないと理解することを拒む。
否、ノーグはどうやって住民の中にいる闇派閥を確信を持って倒せたのか。魔石製品の自爆装置を持つ人間だけでなく、撹乱のために放った自爆をしない指揮官まで狩るなんてあり得ない。
一体どうやってそれを判断しているのか、苛立ちながらも観察を続けようとしたその刹那、首を向けていた方向が急に変わった。
ゾクリ、と背筋が凍る。
深く全てを見透かすような藍色の瞳がこちらを向く。
目が合った。
目を細めてこちらを見つめるノーグの姿が。
「(嘘……だろ何だあのバケモノ…!?)」
此処は700メトラある距離から専用の魔導具を使って観察しているというのに視線が合う。否、確信を持って此方を見てきた。本能と今まで生きてきた人生最大の直勘が警鐘を鳴らし、即座に逃げ出した。
ヴァレッタは賢い。
殺す為の道筋や、フィンの策略を出し抜く大胆さがある。だから対策すれば勝てる。弱点を見抜けば勝てる。その策略を導き出せると考えていた。
「ふざけんなっ、ふざけんなよおおぉぉぉ!!!
あの眼に睨まれた時、その考えは消し飛んでいた。
変装しての奇襲、人質を取っての奇襲、爆弾による奇襲、それを行う前提から崩されてしまえば無意味に帰す。
何で、何が……何故見破られた!?
何も行動を起こさない信者が行動する前に捕縛されるとはどういう事だ。まるで意味がわからない。
「考えろ…!アイツは何で判断してやがるっ…!?」
信者の持つ自爆装置は魔石が原料となっているし、やや特殊な作りをしているから魔力を観測されてしまえばバレる可能性はゼロではない。だが、あの信者の中には
視線?いや、爆撃が始まってから動く指示をした信者は自爆する人間を知らない。
気配?馬鹿を言うな、悪人の気配を感じ分けるなんて根拠が無さすぎる。
直勘?可能性もあるがそれもない。というか、そんな直勘を明確に信じて行動し切るのは流石におかしい。明確な何かが必ずある。
考えて、考えて……ある邪神の言葉を思い出す。
「アイツ、誰が施した
邪神に聞いた事がある。
自分達の与える
刻んだ人間の
否、正確には刻んだ『
目の前に現れたら、容赦無く
盤上の計略を繰り広げる前に壊されたら溜まったものではない。
「クソッ、アイツが地上に居る時は動けねえのかよ…!!」
懸賞金20億ヴァリス。
死んで履行される契約も英雄の前では生かされて情報を抜き取られ幽閉される。死すら許されず勝ち目のない戦いに挑む程、駒として動く信者も馬鹿ではない。ヴァレッタは盛大に舌打ちを零した。
★★★★★
ギルドの最奥『祈祷の間』
創設神ウラノスがダンジョンに祈りを捧げ続け、座するギルドの最奥。モンスターが地上に出ない為に祈り続ける『
例外は約定の神ヘルメスとかつて賢者と呼ばれ悠久の時間を生き続けた『
「久しいな【修羅】よ」
「そうですかね、2週間ぶりですよ。久しぶりというには短い気もしますが」
【修羅】ノーグのみだ。
『
「遠征か」
「3日ほど。許可貰えますか」
「構わん」
言葉は少なく、要件は単純。
ノーグが
「
「いやまだだ。少なからず確実な白はロイマンのみ。それ以外は分からない」
『
予測に過ぎないがギルド内に
遠征の周知は【アストレア・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】の主神と団長のみ。漏れる口を最小限にする為、団員達には敢えて遠征の事を伝えずにしている。アリーゼやシャクティも事態を理解している以上、情報は漏らさないだろう。
「神の真偽で掴めないのか?」
「ダメだ。外部の神は招けない。かと言ってウラノスの前に呼ぶ訳にもいかない」
そしてもう一つがギルド。
ギルド長ロイマンと一部のギルド職員に伝えている。今現在深層域を単独で踏破出来る人間はノーグとオッタルのみだ。そして深層から出る魔石、ドロップアイテム、鉱石などは特に貴重だ。その中にはロイマンが外交として取引するものも含まれる。
ギルドはただ換金するだけではない。鉱石なら【ヘファイストス・ファミリア】との取引。薬草や泉水なら【ディアンケヒト・ファミリア】と、魔石ならば製品化している工場への輸送などとてもではないがロイマン一人で捌けるものではない。故にロイマンが信頼できる人間と情報を共有して動いている。
だが、そのごく一部のギルド職員から情報が漏れている。読みにくいタイミングの捨て駒による奇襲を混ぜながら、ノーグが居ない期間の被害が大きい。
「(予想が正しければ9割以上ギルドから漏れてる。ダンジョンに入る時は必ず『
現状最大の抑止力の為、ノーグが遠征に行っている期間を明かさない事を徹底している。それでも漏れるならやはり意図的に漏らしている人間がいるのだろう。
だからこその措置。
この『祈祷の間』は報告するだけなら最良の空間。ロイマンには遠征をした事すら事後報告とし、ドロップアイテムなどを渡す事にしている。換金後はギルドの保管庫の一部に入れている。ギルドも金をちょろまかして信頼を落とす真似はしないと確信しているので、そちらは全部ギルド任せだ。
「内通者探しは任せます。ロイマンによろしく言っといてください」
「ああ、遠征の健闘を祈る」
「地上で何かあったら『
フェルズが首を傾げる。
それは危機にのみ働く『直勘』とは違う。確証もなければ根拠すらない。ただ何となく背筋を撫でるようなゾワゾワとした理由のない勘。経験やスキルでは測れないような感覚がそれを導き出す。
「予感?」
「ああ。ただ嫌な予感とかじゃないけど」
ノーグの遠征中に地上で何かが起きる。
頭をトントンと人差し指で小突きながら、常人が聞いたら呆れ果てる答えを口にした。
「天界きってのトリックスターの眷属の勘さ」
背筋が強張る。
肉の無いはずの背中から冷や汗が流れるような感覚に信じない事はできなかった。
割と序盤は難産だった。
良かったら感想・評価お願いします。モチベが上がります。